ハヤブサ将軍は身代わりオメガを真摯に愛す

兎騎かなで

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 ディクスはしょぼくれるニコルを見て苦笑し、医療道具をまとめだした。

「皆までは言わん。坊は自分の口で伝えたいだろうからな。だが、わしの言ったことを今一度よく考えてみるといい」

 白の鳥人は邪魔したなと告げて部屋を出ていった。とても大事なことを言われた気がして、何度も彼の言葉を脳内で反芻してみる。

(ベルクード様は、僕にどんな言葉をかけてくれた? 何をしてくれたんだっけ)

 頭を目一杯捻って答えを出そうと頑張ってみたが、一日の間に色々なことがありすぎて精神に限界が来ていたらしい。

 考えがまとまらないうちに、思考は眠りの底に沈んでいった。

***

 どこを探してもカエラを見つけられない。ニコルは借り物の靴を泥で汚しながら、今にも泣きそうになっていた。

「うっ、カエラ……森の奥まで行っちゃったのかなあ」

 彼女に半ば無理矢理着せられたスカートを握りしめて、涙を堪えて辺りを見回す。こんなことなら彼女のいたずらにつきあわずに、二人で家に留まって勉強していればよかった。

 当てもなく歩きまわっても、カエラは見つかりそうにない。怒られるだろうけれど、帰って大人の応援を呼ぶしかないのかなと空を見上げる。

「あ、鳥人だ」

 あんな風に空を飛べたら、カエラのことだってすぐに探しだしてみせるのに。

 憧憬と共に見つめていると、灰色の影がみるみるうちに近づいてきた。羽の端が濃く色づいた印象的な翼を、まじまじと見つめているうちに地上へと降りてくる。

(うわあ、こっちに来る……!)

 年上の鳥人少年から無表情に見下ろされて、ニコルの足が竦んだ。

「何をしているんだ、人間。この森には猛獣が出る、人間の足では逃げきれないだろう。危険だぞ」

 鳥人がこんな風に声をかけてくるなんて、初めてのことだ。猛獣と聞いて、ニコルはますます恐ろしくなり言葉に詰まる。

 けれどこの鳥人の少年は、わざわざ空中から降りてきてニコルに忠告してくれた。
 怖くてもちゃんと事情を説明しなければと、もつれそうになる舌を懸命に動かす。

「そうなんだけど、い……じゃなくて、弟を探さなきゃならなくて」

 カエラはニコルのふりをしている時に名前を読んだり、妹扱いすると怒って拗ねてしまう。だからこんな時でもニコルは律儀に弟と言い直した。

「弟?」
「この森の中にいるはずなんだ、探さないと」

 彼は考えるような素振りを見せてから、飛んできた方向を振り向いた。

「そういえば、先程森の中で青色が見えた。もしかしてあれは人だったのか?」

 ニコルは今朝、青い上着に白の半ズボンを着ていた。今はカエラが身につけているはずだ。

「そうだと思う! 案内してもらえる?」
「まあ、いいだろう」

 灰色髪の少年は地上に降り立った。大人と同じくらい背が高いし、態度も落ち着いていて頼りになりそうだと安堵する。

「待っててね、今見つけるから」

 決意を胸に握り拳を胸の前で作っていると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「弟と仲がいいのだな」
「え、全然だよ? 今日だって嫌って言ってるのに森に行くって言い張るし、デザートのベリーも取られちゃったし、いっつもわがままだし偉そうなんだ」

 鳥人は押し黙り、静かな声で問い返した。

「それでなぜ、助けようと思うんだ? 姉弟といえど別の存在なんだ、酷い仕打ちをされたらやり返してやろうと思わないのか」

 思ってもみないことを言われて、ニコルは緑の目を瞬かせた。小走りで鳥人の彼につき従いながら考える。

「なんでかなあ……それでも、大事だからじゃないかな」

 少年が振り向く。黒い瞳を向けられてたじろいだが、無言で話の続きを促されて言葉を重ねた。

「どんなに酷いことを言われても、やっぱり家族だからね。守ってあげたいし、味方でいてあげたいよ」

 それに、悪いことばかりじゃない。カエラの冒険のおかげで美味しいベリーの群生地を見つけられたり、綺麗な景色が見られたりもする。

 偉そうにしながらも助けてくれて、新しい世界に連れ出してくれるカエラのことを、ニコルは気に入っていた。

「……!」
「わぷっ! な、どうしたの? 急に立ち止まって」

 勢い余って彼の羽を突き抜け、背中に体当たりしてしまった。立ち止まったままニコルを見下ろしていた彼は、広がっていた羽を折り畳んで感心したような声を出す。

「……貴方の心根は尊いな」
「尊いって?」
「素晴らしいということだ。貴方のような人間が側にいれば、日々心が洗われそうだ」
「ええと、ありがとう?」

 褒められているのかと首を傾げると、彼は興味深げにニコルの顔に視線を落とした。

「名前を聞いてもいいか」
「え……」

 ニコルは口ごもった。入れ替わっている時はカエラのフリをするようにと彼女から言いつけられているが、何もかもカエラの言う通りにするのは嫌だ。

 彼女は入れ替わりを楽しんで積極的にニコルのフリをしているが、ニコルは兄として彼女のお遊びにつきあってあげているだけなのだ。

 カエラだと名乗る気にはなれなくて、口を尖らせながらそっぽを向いた。

「教えたくない」
「む……そうか」

 少年は肩を落とすと、自己紹介をした。

「私はベルクードだ。鳥人御三家の長の子だ」
「長の子ってことは、将来跡を継ぐの?」

 だとすればニコルと同じだ。ニコルは長男だから、将来子爵家を継いで守っていくんだぞ、期待しているからなと父から言われている。
 ベルクードは軽く頭を横に振った。

「いや、どうだろうな。兄弟の中で一番長に向いている者が跡を継ぐだろう」
「ふうん、そうなんだ」

 ニコルと同じ境遇ではないのかと、少々がっかりする。

(領主になるための勉強は大変だから、どんな風に頑張っているか聞けたらよかったのになあ。カエラには負けたくないのに、いっつも負けちゃうし)

 口をへの字にしていると、彼は意味ありげにニコルを見つめた。

「他にやりたいこともできたし、私は跡を継がないかもしれないな」
「やりたいこと?」
「ああ。貴方の側にいられる存在になりたい」
「えっ?」

 思いも寄らないことを言われてニコルは怯む。


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