ハヤブサ将軍は身代わりオメガを真摯に愛す

兎騎かなで

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 「う……熱い」

 呻きながら起き上がると、分厚く重ねられた毛布が体から滑り落ちた。昨夜二枚だけかけていたはずなのに、気がつけばこんもりと重ねられている。

 どおりでうなされるはずだと頭を振って、ベッドから抜け出す。昔の夢を見ていた気がするけれど、内容は忘れてしまった。何か大切なことだった気がするが……

 記憶を辿ろうとしていると、ノックの音が聞こえた。

「起きていらっしゃいますか、ニコル様」
「カイ? ああ、今起きたところだ」

 入室の許可を出すとカイが部屋に入ってきた。朝食を手に抱えている。もうそんな時間なのかと驚いて、よく眠っていたなと瞬きをした。

「昨夜も体調を崩したと聞きましたが、もう大丈夫ですか?」
「ああ、なんともないよ」

 何度かこのやりとりを繰り返しているなと感じて苦笑する。不審な態度を誤魔化すために仮病を使ったから、またベルクードに心配をさせてしまったかもしれない。

(変に思われただろうか……いったいどんな顔をして会えばいいんだろう)

 彼の声や姿を思い浮かべるだけで頬に熱が昇ってしまう。意識していない時に髪を触られたことや、胸の中に抱かれて空を飛んだことまで連鎖的に思い出してしまい、恥ずかしくなって身悶えた。

「……らしいです。あの、本当に大丈夫ですか? ニコル様」
「あっ、すまない聞いていなかった」

 ハッと顔をカイの方へ向けると、彼は気遣わしげに眉を潜めてニコルの顔をのぞき混んできた。

「調子が悪いならベッドに戻ります? 顔が赤いですよ」
「必要ないから、本当に心配しなくて大丈夫だ。もう一度話してくれ」

 カイは納得がいっていなさそうだったが、気を取り直して話を再開した。

「ニコル様の体調に問題がないなら、今晩もお話をしに伺いたいと、領主様がおっしゃっていましたよ」

 ドキリと胸が高鳴る。ベルクードとまた二人きりで会いたい、けれど今までとは違う意味で緊張してしまう。彼が好きだと自覚をしてから、ニコルの心は嵐に襲われたようにしっちゃかめっちゃかになっている。

 どんな事を口走ってしまうかわからないし、どういう態度をとればいいのかわからない。混乱と羞恥と恋しさが入り混じり、叫び出したい気持ちになった。

「……っ」

 頭を抱えて俯くニコルを前にして、カイは慌てふためいた。

「やっぱり具合が悪いんじゃないですか? わかりました、今晩はお断りしておきま……」
「待って! 会う、会うから。お待ちしていますと返事をしておいてくれ」

 カイは納得がいかなさそうにしていたが、会うと念押しして部屋から送りだした。胸がいっぱいで朝食を見ても食欲なんて湧かなかったが、詰め込むようにして食べ終える。

 着替えを終えて椅子に座ってみても、とても部屋で本を読む気分にはなれなくて、衝動的に部屋を飛び出した。早足で庭へと出て、赤い華やかな花弁が綻びはじめた花壇の周りを当て所なく散策する。

(どうしよう、今晩もベルクード様が僕の部屋に来る……何を話せばいいんだろう)

 そうだ、彼はきっとまた人間の愛情表現について聞きたがるはずだから、予習をしておかなければならない。カイと相談しようとして、縫いつけられたように足が止まった。

(ベルクード様は僕が教えたことを、カエラに実践するつもりだろうか)

 カエラの瞳と同じペリドットの指輪を用意したベルクードが、彼女の指先に指輪を飾るところを想像して胸が傷んだ。

(そんなの、嫌だ……)

 途方に暮れながら花を眺める。温かくなりはじめた春の風に揺られる赤い花びらは、歩くたびに華やかに翻るカエラのドレスによく似ていた。

(僕がカエラのように頭がよくて美しければ、ベルクード様に好きになってもらえたんだろうか)

 またいつものように暗い思考に沈んでいきそうになったその時、不意に低く深みのある声が脳裏に蘇った。

『側にいてくれるだけでいいんだ、ニコル』

 一際大きな風が吹いて、花壇の花を揺らして空へと去っていく。ざぁっと葉擦れの音が森から聞こえてきて、ニコルはゆっくりと顔を上げた。

 真正面からニコルを洗うようにして駆け抜けた春風は、彼の頭を明瞭に冴え渡らせる。

「側に、いてくれるだけで……」

 大切な意味を含んだ言葉を、噛み締めるように口に出してみる。

 役に立つ人間でいなければいけないと、ずっと肩肘を張って生きてきた。両親に認められたくて、優秀なカエラのようになりたくて、けれどなれなくて。心はいつだって悲鳴を上げていた。

 本当は領主になれなくてもよかった。ただニコルは、誰かに認めてほしかっただけなのだから。

 だってベルクードがニコルに贈ってくれた言葉を思い出すだけで、胸が震えるほどに嬉しい。

「側に、いるだけで……いいのかな」

 無理に役に立とうとして頑張らなくても、ただ彼の側で時を過ごしたり、わからない事を一緒に考えたり、楽しい思い出を共有したりする。そういう事をベルクードは求めているのではないかと閃いた。

 まるで憑き物が落ちたような気分で、ふわふわとした足取りで部屋へと戻る。椅子に座ろうとして、灰色の羽が絨毯の上に落ちていることに気がついた。羽の形に合わせて、縁取りだけが丸く色を変えているそれを手にとる。

(綺麗な羽だなあ……最初は姿も人と違うし、背も高くて傷もあって恐ろしく感じていたけれど、触ってみると人と同じように温かかった)

 彼を怖がる必要なんてない。見た目や考え方が違っても、ニコルと同じ血が通った生き物であることは変わりがない。羽の柔らかさを肌で感じて、改めてそう思った。

 椅子に座りながら羽を愛でているうちに、ディクスの助言も思い出す。

(ベルクード様のことを、不器用で嘘がつけない人だと言っていた)

 最初に出会った時からすでに、彼はニコルに側にいてほしいと言ってくれていた。そのままの意味で、素直に捉えてもいいのだとしたら。

(ベルクード様はお優しい方だ。もしかしたら最初から、カエラが嫌がっているならと彼女と結ばれることを諦めて、僕と婚約しようと思ってくれていた? 彼はカエラではなく僕と仲良くなろうとしていて、僕自身の事を知ろうとしてくれていた気がする)

 そうだとすれば、どんなにいいだろう。考えるだけで身体中が熱くなってきて、いてもたってもいられなくなり立ち上がった。

(確かめなくては。ベルクード様の気持ちを)

 きっと執務中だろうから、今会いにいったところで話はできないだろう。姿が見れるだけでもいい、一目でいいから見たいと、ニコルは早足で廊下を駆けだした。
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