上 下
12 / 46
評価が変わる

12

しおりを挟む
 強く抱きしめてくる腕の力に息を詰めると、心配そうに眉尻を下げられた。

「見た目より細いな、ちゃんと食べているか?」
「……失礼な人だな、君に心配されることはなにもないよ」

 ここまでやっても怒らないどころか、余計に近づいてこられてしまった。この路線でも嫌われるのは難しそうだ。

 観念して気やすい口調で言いかえすと、ヴァレリオはホッとしたように笑みを浮かべた。

「その話し方のほうが、君の本音が透けてみえるから好ましいな」
「あっそう。冷たくされる方が好きなんて、ずいぶんと変わった趣味をお持ちなんだね」
「そういうわけではないが、本音を厳重に隠されるよりはその方がいい」

 身をよじって解放を訴えると、ヴァレリオは名残惜しそうに俺の身体を解放した。

 仕切り直しとばかりにメイドを呼んで、お茶を淹れてもらう。お茶が用意されると、ヴァレリオの向かい側に、ドサリとぞんざいな仕草で座った。

「それを飲んだらとっとと帰ってくれ。俺は体調が悪いんだ」
「どこか悪いのか? 泣いたのも体調が辛いせいか」
「そうそう。だから早く帰って」

 ずびび、とわざとらしく鼻をすする。ヴァレリオは行儀が悪いと顔をしかめるどころか、気遣う様子をみせた。

「医者にはかかったのか、流行り病ではないだろうな」
「大袈裟だって、ただの鼻風邪だし」
「それならいいのだが……ところで、先日トビアス殿と対談の機会を設けたんだ」
「あっそう。知ってるけど。それで?」

 俺の投げやりな言動を気にするでもなく、ヴァレリオは紳士的に返答を寄越した。

「彼はなかなか見所のある男だと感じた。君は友人の趣味がいいな」
「トビアスも同じようなことを言ってたよ。君達両思いじゃないかよかったね、もういっそのこと二人がつきあえばいいんじゃない」
「拗ねないでくれクインシー。俺が愛しているのは貴方だ」
「拗ねてないけど? 都合のいいように曲解しないでくれるかな」

 目尻を釣り上げると、ヴァレリオはふはっと笑い声をふきだした。

「貴方とのやり取りは楽しいな」
「はあ? どこが? 俺が怒ってるのが見てわからないのかな、趣味が悪いね」
「すまない、ククッ……」

 よく笑うやつだなあ。俺は半眼でヴァレリオを睨みつつ、彼の評価を硬派なやつから、変なところに笑いのツボがあるやつに引き下げた。

「トビアス殿も対抗戦に出られるそうだな。貴方の目から見て、彼は強敵だろうか」
「全然雑魚だよ。もうすっごいから。どこからそんな雑魚集めてきたのってくらい弱々だから」
「そうか、強敵なんだな」
「あれ、人の話聞いてた?」
「貴方の友人として立ち回れる彼の手腕が、そこまで悪いとは思えない。にも関わらず貴方が大袈裟にコケ下ろしたとなると、逆に強いのだろうなと推測した」

 ふうん、そうか。やはり腐ってもバルトフォス公爵家の一員、頭の足りない馬鹿ではないらしい。

 俺はわざとらしく肩を竦めて、観念したようにソファーの背もたれに体を預けた。

「その通りだよ。俺も彼のことは一目置いてる」
「そうか。妬けるな」
「なにが」
「トビアス殿とクインシーには、分かりあっている者同士の絆を感じる。俺も早くそうなりたいものだ」
「がんばってね、トビアスも泣いて喜ぶよ」
「わざと言わせているのか? 俺が絆を育みたいのは、貴方に決まっているだろう、クインシー」

 そう告げたヴァレリオは、口の端を釣り上げて不敵に笑った。

 やめてくれよその笑い方は。ちょっとイツキと似てて、カッコイイと思っちゃったじゃないか。悟られないように、そっと緑の瞳から視線を逸らし、窓の外を見る。

 イツキは今頃カイル君とレジオットと一緒に、城下街に出かけている頃だろう。いいなあ、俺も仕事サボって行けばよかった。

 そしたらこんなヤツの顔なんて見ないで、イツキのかわいい垂れ耳を堪能できたのに……

「何を考えている、クインシー」
「別になにもないよ」
「嘘だな、辛そうだ。やはり体調が悪いんだな」

 俺はこくりと力なく頷いた。そろそろ本当に帰ってもらおう。大した用事もなさそうだし、十分相手もしたし。

「もう休むから帰って」
「わかった。貴方に早く会いたくて、手紙の返事も待たずに来てしまい、すまなかった。また近々来る」
「来なくていいよ」
「ああ、そうだ。いい物がある」

 ヴァレリオは俺の言い分を聞かなかったことにして、懐からなにかの包みを取りだし俺の手のひらに乗せた。

「なにこれ」
「キャンディーだ。喉が痛い時に舐めるといい」

 手のひらに三つ乗せられた、かわいらしい包みを凝視する。甘党なのかヴァレリオ、人は見た目によらないな。

「邪魔したな。見送りはいらないから、早く休め」

 ヴァレリオはコートを羽織ると、持参していたマフラーを俺の首に巻いた。

「ちょっと、なにするのさ」
「温かくしているんだぞ。俺だと思って大切に使ってくれ」
「いやいらないよ。ねえ、待ってってば」

 風邪のせいで機敏に動く気になれない俺を置いて、ヴァレリオは颯爽と去っていった。

 彼の姿が見えなくなるとドッと疲れを感じて、託された黒のマフラーに思わず顔を埋めた。

 フワリとヴァレリオの香りが鼻をくすぐる。ウッディムスクのような落ちついた深い香りは、嫌いじゃなかった。むしろささくれた気分が少し和らいだ。

 手のひらの飴の包みを一つ開けて口に含む。甘すぎず、ほのかにハーブのような味がするキャンディーに、心が慰められた。

 俺はヴァレリオの評価を無遠慮なやつから、気遣いができるやつに引き上げると、いい加減休むべく重い足を引きずって自室に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

寂しいからそばにいて(仮)【『無冠の皇帝』スピンオフ】

有喜多亜里
BL
「退役したい自称腹黒中佐」と「退役させたくない他称腹黒大佐」の攻防があったりなかったり。 ※『無冠の皇帝』のスピンオフ(パラディン大佐隊メイン)。コメディ通りこしてギャグです。完全にギャグです。ご注意ください。 ※途中から、シナリオもどき形式になります。ご了承ください。 ※ちょこちょここっそり修正しています。持病です。見逃してください。 ◆表紙はかんたん表紙メーカー様で作成いたしました。ありがとうございました(2023/03/16)。

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

【完結】前世は魔王の妻でしたが転生したら人間の王子になったので元旦那と戦います

ほしふり
BL
ーーーーー魔王の妻、常闇の魔女リアーネは死んだ。 それから五百年の時を経てリアーネの魂は転生したものの、生まれた場所は人間の王国であり、第三王子リグレットは忌み子として恐れられていた。 王族とは思えない隠遁生活を送る中、前世の夫である魔王ベルグラに関して不穏な噂を耳にする。 いったいこの五百年の間、元夫に何があったのだろうか…?

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

処理中です...