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相談事

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 俺は迫りくる生命の危機に怯えながら、必死に無実を訴えた。

「誤解! 誤解だから! 襲ってない! ねえイツキ、そうだよね!?」
「そうだな、クインシーはただ俺に抱きついてきて、その勢いで俺が押し倒されたように見えるだけだ」

 真顔でそんなことをのたまうイツキだけど、それむしろ火に油を注ぎそうな物言いだから、やめてほしいな切実に!

「ちょっと! それフォローになってるようで、全然なってないから!」

 青くなって慌てる俺を、カイル君が眼光鋭く睨みつけてくる。もう視線だけで人が殺せそうなレベルだ。

「今すぐ出ていけ」
「いやここ君のじゃなくて俺の邸……はいすいませんなんでもないです」

 カイル君はどこからともなく剣を取りだした。彼は本気だ……殺気を感じる。口答えや言い訳は悪手だ、とにかく今はここから逃げないと!

「じゃあ俺は自分の部屋に戻るから! イツキ、カイル君にちゃんと、俺の身の潔白を証明しておいてくれよ!? それじゃあ!」

 俺はサッと手を掲げて挨拶すると、脱兎のごとくカイル君の横をすり抜けて部屋を出ていった。

 こっわ! カイル君マジで怖すぎなんだけど!! やっぱりダメだ、無理だ、彼がいる限りイツキに手を出したら大変なことになる。

 さっき勢いで大好きって言った時も、今考えたらかるーく流されちゃった感じだったし……やっぱりイツキは俺のことなんて、眼中にないんだよね。

 わかっていたけど、辛いなあ。俺は気持ちがおさまらず、ヤケ酒をあおることに決めた。

 最近がんばってたし、たまには自分にご褒美をあげたっていいだろう。

 ワインセラーからワインを取りだす。ヤケ酒だから、安いやつでいいや。

 部屋に戻って一人で晩酌していると、なんだか自然と泣けてきた。

「はあ……俺って好きな人とは、結ばれない運命なのかなあ」

 なんだかずいぶん昔にも、同じようなことを思った気がする。

 あれはいつのことだっただろう……うつらうつらと船をこぎはじめた頭でぼんやり考えるが、思い出せない。

 眠りに落ちる寸前、狼耳のシルエットが脳裏に過ぎった気がした。





「あー、頭痛い。鼻も出るし、体調最悪だよ」

 翌日。上着も着ずに寝こけた俺は、鼻風邪を引いた。酒が残っているのか、頭もガンガンする。

 新しく届いた手紙を持ってきたテオが、呆れたように苦笑いした。

「こんな時期に薄着で寝たら、そりゃそうなりますよ。ボスったらうっかりしてたっスね」
「本当だよ、俺としたことが……へくしゅんっ! うぅー」

 あー辛い。昨日とは別の意味で辛い。テオは風邪のせいだと思ってくれてるけど、泣いたせいか目元も腫れてるし最悪だ。

 今日は最低限の仕事だけ終えたら、休んだ方がいいな。手紙を読んで、代筆が頼めるものはテオに頼んでしまおう。まずは断るべき夜会を選別して……

 うわ、ドロセロナ侯爵からまた、娘の行方について進展があったかどうかって手紙が来てる。そんなすぐわかるわけないって。

 知らないよって一蹴したいけど、マーシャル領にとっては大事な取引相手だから、無下にもできない。

 あの家に代わる取引相手を見つけるよう、父様と兄様に進言しようかな。婚約もなくなったし、いい加減迷惑なんだよなあ、あのちょび髭のオッサン。

 どこかにちょうどいい取引き相手になりそうな貴族はいなかったか、この社交シーズンで探してみないと。また仕事が増えるなあ。

 ため息をついて文面を考えていると、メイドが来客を告げた。

「なに、俺は体調が悪いから帰ってもらってよ」
「それが、相手はバルトフォス公爵の御子息らしくて、私どもからはとてもお断りなんて……」
「はあ? 来客ってヴァレリオ・バルトフォス?」

 メイドは申し訳なさそうに頷いた。ええー、昨日の今日でもう来たの? 手紙の返事が来ないと判断されるには、早すぎるだろう。

「……わかった、応接室にいるんだよね。俺が行くよ」

 まったくもう、どいつもこいつも気が早すぎる。俺はできる限り時間を引き伸ばしつつ、ダラダラと着替え適当に身形を整えて、ヤツの前に姿をあらわした。

 慇懃無礼に見えるよう大仰に会釈をして、わざとらしく微笑みかける。

「これはこれはバルトフォス卿、ようこそいらっしゃいました。ご来訪誠に嬉しく、本日の空のように晴れがましい心境でございます」

 ヴァレリオはチラリと窓の外に視線をやった。冬らしくどんよりとした、薄曇りの空が見える。もちろんわざと言ってやった。

 続けて、なるべく殊勝そうに見える面持ちをとり繕う。

「ところで先日の夜会では、ご健勝であらせられるようでしたが、この度はいったいどうなされたのでしょう? 先触れもなくいらっしゃるなんて、なにか危急の用件でもございましたか?」

 暗に大した用事じゃなかったら締めるぞと仄めかすと、ヴァレリオは立ち上がって片胸に手を当て、騎士の礼を披露した。

「丁寧な挨拶をありがとうクインシー、だが俺と君の仲だ。前回のように、砕けた口調で話してくれた方が嬉しい」
「いいえバルトフォス卿、本来貴方様とは直答を許されなければ口も聞けぬほど、身分に差がある身でございます。何卒ご容赦ください」

 いくら罵っても効果がなかったので、今度は丁寧に見せかけて嫌味マシマシ路線で嫌われようと、試みることにした。

 流石にこれはヴァレリオにも効いたようで、彼は困ったように眉を寄せている。

 いいよー、もっと困ってもらって、嫌ってもらって、それで婚約解消に持ちこめたら万々歳だ。

 しかしやはり彼は一筋縄ではいかなかった。大股で歩みよると、俺の頬に手を当てて、親指で目尻をなぞった。

「腫れているな。泣いたのか」
「いいえ? バルトフォス卿の御心を煩わせることなど、なにもございません」
「クインシー」
「……はい」

 彼は燃えるような情熱を宿した緑の瞳で、真摯な声音でこいねがった。

「普通に話してくれ。いいな?」
「そのようなことは」
「君に距離を設けられると、強引にでも詰めよりたくなるんだ。こうやって」

 ヴァレリオは俺を壁に追いやり、腕の中に閉じこめた。
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