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第四章 ダンジョン騒動編

41 納まるべきところへ

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 リドアートは俺の話を聞くと再び立ち上がり、俺とカイルの後ろに回ってガシッと肩を組んできた。

「カイル、叔父さんは、叔父さんは……っああ、立派に育って……!」
「暑苦しい、離せ」

 感極まって言葉にならないリドアートから、カイルは身をよじって逃れようとするが、叔父さんの腕はキツく回って離れない。

 叔父さんは息を詰めて黙ったかと思えば、急に大声を出した。

「私も全力で君たちを祝うよ! 素晴らしい式にしよう! なんなら私とクレミアとともに、合同結婚式をしたっていい!」
「俺たちはお前の臣下に当たる、先に魔王が結婚するのが筋だ。合同じゃなくて後でいい」
「ではすぐにでもクレミアとの式を進めようではないか、そうすれば彼女とも城で一緒に住むことができて一石二鳥だ! 君たちが魔王城へ正式に戻ってくるのであれば、もう怖いものなどない!」

 今度こそ叔父さんは俺たちを開放して、大股で扉の外へと出ていった。クレミアー! と最愛の人を探す声が聞こえてくる。

 俺とカイルは嵐のような後ろ姿を見送った後、お互いに顔を見合わせて笑った。

「身内が暑苦しくてすまない」
「全然いいって。すごく祝福してくれてる気持ちが伝わってきたぜ」
「……そうだな」

 それにわかっちゃいたが、ずいぶんと叔父さんに負担をかけてたって改めて思い知ったしな。カイルと話しあった通りに、城に戻ってきてよかった。

 主がいない執務室に居座るのも変だし、そろそろお暇するかと立ち上がる。カイルがフェナンに視線を向けると、びくりと痩せた肩が跳ねた。

「フェナン。よく無事に帰ったな、体調に問題はないか」
「はい、カイル殿下。一時的に限界近くまで魔力を酷使しましたが、今はこうしてリドアート陛下のもとで働ける程度に回復しました」
「俺がいない間、あの暴走野郎の面倒を押しつけてすまなかったな」
「そんな、とんでもありません!」

 フェナンはあわあわと両手を意味もなく振っている。ついでに悪魔の尻尾もわたわたと揺れていた。動揺しすぎじゃないか?

 やっぱなんか隠してることがあるんじゃねえかと、じっとフェムの顔を見つめる。カイルは俺の様子をチラと確認したが、頓着せずに話を続けた。

「フェナン、これは提案だから断ってくれても構わないのだが」
「は、はい。なんでしょう」
「お前さえよければ、これからは俺の下で働かないか。信頼できる人手が必要だ」

 フェナンは思いきり胸元のボタンを握り締めて、目を見開いたまま言葉を継げないでいる。あまりにも長い間止まっているので、カイルは自嘲気味に視線を逸らした。

「もっとも、お前の領地にだって人手が足りないことは百も承知だ。難しければ代わりの者を……」
「いいえ、いいえ! 領地には信頼できる家臣がおりますから! カイル殿下のお側で働きたいです、ぜひお願いします!」

 跪いて臣下の礼をとるフェナン。カイルの口元にじわじわと笑みが広がる。

「……ああ。よろしく頼む」

 うーん、カイルは信用してるみたいだが、本当の本当に大丈夫なんだよな? この後に及んで家族を救えなかった恨みとかを、カイルに転嫁してたりしたら怖すぎるんだが。

 注意深く見守っていると、俯いたフェナンは小さく独り言を漏らす。

「私の家族から犯罪者が出たというのに、カイル殿下……一生、お仕えします」

 兎耳はばっちり、彼の震える声音を聞き取った。なんだ、恐れ多いとか思ってびくついてただけなのか。

 つくづく誤解を受けやすい性質をしているようだが、最初に感じた印象の通り根は悪くないようだ。

 立ち上がったフェナンに、カイルはついてくるように促す。

「では、本日づけでお前は俺の臣下となる。いいな?」
「光栄です、カイル殿下」
「また明日からこき使うことになる。今日は休め、フェム」
「はい!」

 臣下として認められて、愛称で呼んでもらえたフェナンは、そりゃもう輝くような笑顔で垂れ目をふにゃりと曲げて笑った。



 忙しくしてると、時間ってあっという間に過ぎ去るんだよな。つい先日春が来たばかりなのに、日差しはもう初夏の気配を帯びてギラギラしている。

 俺たちはあれから、週に五日は城に住んで仕事をして、週末の二日はマーシャルに戻ってゆっくり休む日々を送っていた。

 生意気、いや、反抗期……でもないな、まあアレだ、思想を歪められた思春期の子どもたちを城の一室に集めて、カイルは基本的に午前中は教師の真似事をしている。

 獣人姿の俺がしゃしゃり出ると、ややこしいことになりそうなので、全てカイルに任せているが、なかなか時間がかかりそうだと言っていた。

 時々授業中に部屋の外を通りがかると、激しく議論をする声が聞こえてきたりするのだが、カイルは根気良く関わっているようだ。

 フェナンとともに授業内容を工夫したりして、奮闘している。がんばれよ、カイル。

 俺のほうはと言うと、主にリドアートやクレミアの補佐的な仕事をしたり、キエルステンに泣きつかれて議会の新政策に案を出したりしている。

 例のミスリル温泉についても、俺に調査の続行を任されたので、有効活用できないかといろいろ実験中だ。

 どうやらあの泉の成分には、体感した通り魔力を一時的に大量に放出する効果があるみたいだ。危ないが色々使えそうでもある……

 考え事をしながらアーガイル柄の廊下を歩いていると、無意識のうちにカイルの運営する教室前に差し掛かっていたみたいだ。

 聞くつもりがなくても、中から声が聞こえてきて、兎耳へと飛びこんでくる。

「しかしカイル殿下、獣人は本当に下等な生き物なのです。彼らは魔力についての知識が乏しく、また伸ばす努力すらしていません」

 あ、この声は一番カイルに突っかかってる例のアイツだな。扉の隙間からちょっとのぞくと、緑の髪色をした生意気そうな少年が、カイルを睨んでいた。

 教壇のような一段高い場所に立ったカイルは、十人ほどいる少年たちを見回し、はあとため息をついた。

「前にも言ったが、獣人にとっては魔力は生きるために必要な物ではない。重要だとも感じていない。彼らは肉体的な力が重要だと考えている」
「それが野蛮だと言っているのです! 魔力という至高の力を理解できない存在が、我々と対等な契約で国交を結んでいるなんて、いまだに信じられない」

 あーあ、毎日毎日飽きねえなあ……カイルも理性的に関わっているものの、頭が固すぎる一部の生徒に手を焼いているようだ。

「だいたい、カイル殿下は奴隷になった後も、食事を抜かれなかったと聞きました。我々の苦労なんてわかりませんよ」

 緑髪の少年は友人らしき少年と、顔を見合わせてニヤニヤと笑っている。

 おいおい、カイルだって俺と出会う直前まで、空腹で死にかけていたんだぞ?

「今はお前たちの苦労について話はしていない」
「我々の苦労がわからないから、殿下は獣人と手を取りあおうなんて簡単に言うんですよ。よりによって下等で暴力的な獣人を伴侶に選ぶなんて、正気の沙汰ではない!」

 話には聞いていたが、彼らの獣人への拒否感は半端じゃねえんだな……なんか俺の話に突入してるみたいだし、直接弁解してもいいだろうか?
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