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第四章 ダンジョン騒動編
40 カイルの願い
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「ところでリドアート、フェナン。お前たちに相談したいことがある」
カイルの珍しい、というかほとんど初めてと言っていい申し出に、叔父さんは大袈裟に首を傾げた。
「なんだね、改まって」
来客用のスペースに四人で移動し、ソファに座ったカイルは腕を組んで正面に座るリドアートを見つめた。
「……獣人王国にいる奴隷どもの件については、どうなっている」
「ああ、順次買い戻し中だ。彼らはろくに食事を与えられていなかったようだね。なかなか酷い有様だ」
酷い、という言葉には言外に、獣人への憎悪やかつての魔王至上主義的な思想の歪みも、含まれているように感じた。
「現在のところ離宮に住まわせて、身体の方は回復の兆しを見せているがね。親元に返すには、しばらく時間がかかるだろう」
「その元奴隷たち、俺に預けないか」
「なに?」
カイルは俺の意思を確認するかのように、チラリと隣に座る目配せをする。力強く頷いた。
再び叔父さんに向きあったカイルは、真剣な声で言葉を続ける。
「俺も王族としての責務を果たす必要があると、イツキが魔王を退いた後もずっと気になっていた」
「そんなことを考えていたのかね。君は大変な境遇だったんだから、もうしばらくの間、叔父さんにドーンと甘えてくれていいんだよ? ほら、物理的にも!」
ほれほれと両手を広げてカイルを呼ぶリドアートに、カイルは蛆虫でも見るかのような視線を向ける。
「ふざけるな。この半年間、十分に休暇をもらった。そろそろ仕事に戻るべきだろう」
「君がそう言うなら止めないがね。ああ、もちろん歓迎だとも。人手はいくらあってもいい」
真面目に返した叔父さんに向かって、カイルは身を乗り出した。
「今の魔人國プルテリオンには、旧体制を尊ぶ勢力が未だに蔓延っている。そしてその芽も以前として摘み取られていない」
「ははーん、それで君は、元奴隷たちをどうにかしたいと思ったのかね」
「その通りだ。彼らを俺の手元で預かり、新たに獣人と手を取りあえるよう再教育を施したい」
リッド叔父さんは片眉を器用に上げて、俺にもの言いたげな視線を向けながらによによと笑った。
「愛されているねえ、ハニーくん」
「まあな」
叔父さんにからかわれるであろうことは想定済みだ、こんなジャブでいちいち赤面したりしねえよ。
魔王は腕を組んで考え込む。そうしていると、ますますカイルが歳をとった姿に見えるな。叔父さんは赤毛で褐色の目だから、受ける印象は違うけれども。
「しかしだねカイルよ、言うほど容易いことではないぞ。元奴隷たちを、ダンジョンを作ろうとする危険思想の持ち主として牢屋に閉じ込めておくほうが、よっぽど事は簡単だ」
「彼らは皆高位貴族の子どもだ。いくら思想が歪んでいるとはいえ、閉じ込めれば貴族諸侯から反発を食らう。かといってこのまま野に放てばやがて第二の首謀者となる。そう思わないか、フェナン」
リドアートの斜め後ろに立ったままのフェナンをカイルが見上げると、彼も茶色の瞳を瞬かせながら頷いた。
「ええ、第二、第三のリョセスが出かねませんね。そのような悲劇を繰り返してはなりません」
フェナンは赤毛を揺らしながら首を横に振る。弟の名前を口にしたフェナンに向けて、カイルは頷く。
「そういうことだ。ただでさえ人手不足で、信頼できる部下が少ないだろう? 俺を使わずに遊ばせておく必要はない。責任を持って奴らを保護する」
「……ハニーくんはそれでいいのかね? 君はマーシャルの地で気ままに過ごしたいと、そう言って飛び出していったはずだろう」
暗に「私に魔王業を突然押しつけて」と責められている気がする。だって叔父さんの口元が意地悪く笑みの形に歪んでいるからな。
本気で怒っているわけじゃないとわかっているが、確かに一度飛び出して行ったのにまた魔人國に戻りたいだなんて、都合のいい話だ。
俺は瞳を伏せると、殊勝に見えるように肩をしゅんと下げた。
「ああ、そう思ったのは本心だ。だが、魔人國をよくするために國に戻りたいと言うカイルの話に胸を打たれた。俺も同じ気持ちだから、こうして戻ってきたんだ」
「では、君も納得づくなのだね」
「もちろんだ。俺も獣人の身ではあるが、カイルの伴侶だからな。こいつを支えてやりたい」
「ということは、これからは君にも正式に、仕事を頼めるということかねっ?」
急にリッド叔父さんが顔を近づけてきて、カイルとよく似た顔が眼前に迫ってくる。おいやめろって、心臓に悪いだろうが。
「近い」
「ぐあっ、ひどいなカイル」
おじさんはカイルに思い切り顔を押されて、鼻をさすっていた。苦笑いしながら答える。
「ちゃんと仕事も引き受ける。だが、俺たちが逃げ出したくなるほどの仕事量は頼まないでくれよ?」
「おおっ、なんということだ! 有能なハニーくんに仕事を回せるのなら、クレミアと会う日をもっと設けることができるではないか! 早速知らせねば!」
リドアートは勢い勇んで立ち上がった。ああうん、なんかごめんな? 今まで苦労かけたぶん、真面目に仕事するから。
「待て待て、まだ話は終わってねえぞ」
俺は執務室を飛び出そうとする叔父さんを引き止めて、カイルに頼んで再び座らせてもらった。
「なんだ、まだなにかあるのかね」
ソワソワしまくっている叔父さんを前にして、なにも今日話す必要もないかと、弱気な思考が頭をもたげる。
いや、だが。俺はもう決めたんだ。カイルの願いを叶えてやりたい。この心に偽りはない。
それに、俺自身もまんざらじゃねえっていうか、ただ恥ずかしいだけというか……とにかく、思い出をたくさん作っておくのは悪くない。それどころか、いいなって感じたんだ。
乾いた唇を舌先で湿らせて、慎重に言葉を紡ぐ。
「獣人の俺が正式に国政に携わるってなると、文句を言ってくるやつだっているはずだろ。だから……もう王都の一部の奴らは知ってるけど、全国に向けて知らしめておきたいことがある」
「むむむっ? もしや?」
言い淀む俺を前に、叔父さんは目を爛々と輝かせて体を前のめりにしている。カイルが固唾を飲んで俺を見守っているのが横目でもわかった。
「もしかして、イツキ殿下……!」
フェナンの驚く顔と、叔父さんの輝く瞳を交互に見比べ覚悟を決める。
思いきり息を吸い込んで、告げた。
「俺とカイルの結婚式を、国を挙げて執りおこなってほしいんだ」
カイルの珍しい、というかほとんど初めてと言っていい申し出に、叔父さんは大袈裟に首を傾げた。
「なんだね、改まって」
来客用のスペースに四人で移動し、ソファに座ったカイルは腕を組んで正面に座るリドアートを見つめた。
「……獣人王国にいる奴隷どもの件については、どうなっている」
「ああ、順次買い戻し中だ。彼らはろくに食事を与えられていなかったようだね。なかなか酷い有様だ」
酷い、という言葉には言外に、獣人への憎悪やかつての魔王至上主義的な思想の歪みも、含まれているように感じた。
「現在のところ離宮に住まわせて、身体の方は回復の兆しを見せているがね。親元に返すには、しばらく時間がかかるだろう」
「その元奴隷たち、俺に預けないか」
「なに?」
カイルは俺の意思を確認するかのように、チラリと隣に座る目配せをする。力強く頷いた。
再び叔父さんに向きあったカイルは、真剣な声で言葉を続ける。
「俺も王族としての責務を果たす必要があると、イツキが魔王を退いた後もずっと気になっていた」
「そんなことを考えていたのかね。君は大変な境遇だったんだから、もうしばらくの間、叔父さんにドーンと甘えてくれていいんだよ? ほら、物理的にも!」
ほれほれと両手を広げてカイルを呼ぶリドアートに、カイルは蛆虫でも見るかのような視線を向ける。
「ふざけるな。この半年間、十分に休暇をもらった。そろそろ仕事に戻るべきだろう」
「君がそう言うなら止めないがね。ああ、もちろん歓迎だとも。人手はいくらあってもいい」
真面目に返した叔父さんに向かって、カイルは身を乗り出した。
「今の魔人國プルテリオンには、旧体制を尊ぶ勢力が未だに蔓延っている。そしてその芽も以前として摘み取られていない」
「ははーん、それで君は、元奴隷たちをどうにかしたいと思ったのかね」
「その通りだ。彼らを俺の手元で預かり、新たに獣人と手を取りあえるよう再教育を施したい」
リッド叔父さんは片眉を器用に上げて、俺にもの言いたげな視線を向けながらによによと笑った。
「愛されているねえ、ハニーくん」
「まあな」
叔父さんにからかわれるであろうことは想定済みだ、こんなジャブでいちいち赤面したりしねえよ。
魔王は腕を組んで考え込む。そうしていると、ますますカイルが歳をとった姿に見えるな。叔父さんは赤毛で褐色の目だから、受ける印象は違うけれども。
「しかしだねカイルよ、言うほど容易いことではないぞ。元奴隷たちを、ダンジョンを作ろうとする危険思想の持ち主として牢屋に閉じ込めておくほうが、よっぽど事は簡単だ」
「彼らは皆高位貴族の子どもだ。いくら思想が歪んでいるとはいえ、閉じ込めれば貴族諸侯から反発を食らう。かといってこのまま野に放てばやがて第二の首謀者となる。そう思わないか、フェナン」
リドアートの斜め後ろに立ったままのフェナンをカイルが見上げると、彼も茶色の瞳を瞬かせながら頷いた。
「ええ、第二、第三のリョセスが出かねませんね。そのような悲劇を繰り返してはなりません」
フェナンは赤毛を揺らしながら首を横に振る。弟の名前を口にしたフェナンに向けて、カイルは頷く。
「そういうことだ。ただでさえ人手不足で、信頼できる部下が少ないだろう? 俺を使わずに遊ばせておく必要はない。責任を持って奴らを保護する」
「……ハニーくんはそれでいいのかね? 君はマーシャルの地で気ままに過ごしたいと、そう言って飛び出していったはずだろう」
暗に「私に魔王業を突然押しつけて」と責められている気がする。だって叔父さんの口元が意地悪く笑みの形に歪んでいるからな。
本気で怒っているわけじゃないとわかっているが、確かに一度飛び出して行ったのにまた魔人國に戻りたいだなんて、都合のいい話だ。
俺は瞳を伏せると、殊勝に見えるように肩をしゅんと下げた。
「ああ、そう思ったのは本心だ。だが、魔人國をよくするために國に戻りたいと言うカイルの話に胸を打たれた。俺も同じ気持ちだから、こうして戻ってきたんだ」
「では、君も納得づくなのだね」
「もちろんだ。俺も獣人の身ではあるが、カイルの伴侶だからな。こいつを支えてやりたい」
「ということは、これからは君にも正式に、仕事を頼めるということかねっ?」
急にリッド叔父さんが顔を近づけてきて、カイルとよく似た顔が眼前に迫ってくる。おいやめろって、心臓に悪いだろうが。
「近い」
「ぐあっ、ひどいなカイル」
おじさんはカイルに思い切り顔を押されて、鼻をさすっていた。苦笑いしながら答える。
「ちゃんと仕事も引き受ける。だが、俺たちが逃げ出したくなるほどの仕事量は頼まないでくれよ?」
「おおっ、なんということだ! 有能なハニーくんに仕事を回せるのなら、クレミアと会う日をもっと設けることができるではないか! 早速知らせねば!」
リドアートは勢い勇んで立ち上がった。ああうん、なんかごめんな? 今まで苦労かけたぶん、真面目に仕事するから。
「待て待て、まだ話は終わってねえぞ」
俺は執務室を飛び出そうとする叔父さんを引き止めて、カイルに頼んで再び座らせてもらった。
「なんだ、まだなにかあるのかね」
ソワソワしまくっている叔父さんを前にして、なにも今日話す必要もないかと、弱気な思考が頭をもたげる。
いや、だが。俺はもう決めたんだ。カイルの願いを叶えてやりたい。この心に偽りはない。
それに、俺自身もまんざらじゃねえっていうか、ただ恥ずかしいだけというか……とにかく、思い出をたくさん作っておくのは悪くない。それどころか、いいなって感じたんだ。
乾いた唇を舌先で湿らせて、慎重に言葉を紡ぐ。
「獣人の俺が正式に国政に携わるってなると、文句を言ってくるやつだっているはずだろ。だから……もう王都の一部の奴らは知ってるけど、全国に向けて知らしめておきたいことがある」
「むむむっ? もしや?」
言い淀む俺を前に、叔父さんは目を爛々と輝かせて体を前のめりにしている。カイルが固唾を飲んで俺を見守っているのが横目でもわかった。
「もしかして、イツキ殿下……!」
フェナンの驚く顔と、叔父さんの輝く瞳を交互に見比べ覚悟を決める。
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