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第四章 ダンジョン騒動編
29 あれれ、おかしいぞ?
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カイルもフェナンが上まで一人で帰れるか心配に思ったようで、よろめきながら弟を担ぐ赤毛の痩身に声をかけた。
「やはり難しいのではないか、獣人どもに見咎められる恐れがある」
「大丈夫です! いざとなればこの身を賭してでも、やり遂げてみせます!」
いや、それじゃあんたの身がもたないだろ? やめたほうがいいって。
魔力を限界まで使っても諦めない宣言に、カイルはますます眉を寄せる。
はあ、とため息をつき、魔導話をフェナンの胸ポケットに突っ込んだ。
「いざとなればこれを使え」
「ありがとうございます!」
魔導話を受け取りよろよろと歩き出したフェナンに、カイルは声をかける。
「お前を信じて預けるんだ……必ずやり遂げろ。魔王城でまた会おう、フェナン」
フェナンは名前を呼ばれたと気づき、ハッと振り向いた。顔をくしゃくしゃに歪めて、力強く頷く。
「わかったら早く行け」
「はい……!」
背を向けたフェナンは、一歩づつダンジョンの床を踏み締めながら帰っていった。
さて、あとはダンジョンのコアを砕くだけなんだが、その前になんとかして魂状態から身体に戻らねえとな。
「イツキ……なぜだ。手が冷えている」
俺を担ぐつもりだったのか、カイルは俺の身体の手首を掴んで、異変に気づいたようだった。
だらりと力の抜けた指先を触って、カイルの表情が引き締まる。
「指先が氷のようだ、まさか血が巡っていないのか?」
なんだって? そりゃ困る、帰る身体が無事じゃなかったら、俺はこれからどうなっちまうんだ。
動け動けと念じながら、身体の方に向かってバタ足をしてみるが、いっこうに場所が変わらない。
カイルは俺の魂に横顔を向けたまま、俺の服の首元をくつろげた。胸元まで露出させて、鼓動を確かめているようだ。
「いつもより弱いか……? おいイツキ、目を覚ませ、イツキ!」
『俺はここだカイル、気づいてくれ!』
やっぱ無理か、何度声をかけてもカイルにはわからないみたいだ。
深く眉間に皺を寄せる横顔を見ていると、俺の方まで焦ってくる。なんでこんなことになっちまったんだ?
そもそも異世界での俺の身体は、元の俺の身体と関係があるのかも謎だ。
目と髪の色、それに兎の耳と尻尾が変わっちまったけど、それ以外は元の俺の身体と酷似している。
最初に異世界に来た時は、家の近所の道路を歩いていたら落ちたんだよな……その後気がついたら、マーシャルの大通りにいたんだ。
考えこんでいる間に、カイルはインベントリから魔酵母の酒を出して、俺に飲ませようとしている。
「イツキ、口を開けてくれ」
俺の身体は上手く飲みこめずに、口の端から液体が溢れてしまう。
うわ、カイルの膝に垂れた。ごめんっ、俺のせいじゃねえけど……っ!
「駄目か。ではこれなら」
カイルは口に魔酵母の酒を含むと、俺の身体に口づけた。うわっ、ちょ、待てよカイル、魔酵母じゃ俺の魔力は回復しねえんだってば!
自分が口づけられているところを見るのは、とんでもなく居た堪れない。
でも俺の身体にキスをしているカイルの横顔は新鮮で、つい目で追っちまう……恥ずかしい、でも見たい、だがとんでもなく恥ずかしいなオイ!
大混乱している俺の意識を知るよしもなく、カイルは俺に魔酵母の酒を次々と嚥下させた……ああ、濡れたカイルの唇が艶っぽい。
だが俺の意識の興奮とは裏腹に、身体の方の顔色はちっともよくならなかった。
「やはりこれでは無理か……」
カイルは俺の体をかき抱き、ギュッと目を閉じている。ああもう、なんで戻れねえんだよ!
せめて魔力があれば、まだ他にも試せることがあったのに。
ちょっとでも魔力が残っていないかと探ると、腹の奥がもぞっと動いたような気がした。
視線を下に向けると、いつの間にか腹から二本の光の線が出現していた。一本は俺の身体に細く細く繋がっている。
もう一本の太い線はどこへいくんだと視線で辿ると、糸の先は懐かしい場所へと続いていた。
『あれは……』
黒髪の俺が、住宅地の道路の水溜りに足を滑らせながら、今にも転けそうになっている。ああ、なんて懐かしい光景だ。
あの場所から、俺は異世界に落ちたのだ。
時間はあの時のままなのか、俺の足は不自然に宙に浮いたまま、汚ねえ水しぶきが靴底から舞い散っている。
ああ、でも、ほんの少し動いているみたいだ。水の形がうねるように、わずかに変化している。こっちとあっちの時間の流れが違うってやつか。
黒髪の俺は大荷物を抱えている。家族のために土産をしこたま買ったリュックが、パンパンに膨らんでいるんだ。
それでいつもとは身体のバランスが違うから、ちょっと滑っただけで転けそうになって……
もしかしてこの糸を辿れば、あの時の日本に帰れるってことなのか?
糸を眺めながら家族の顔を思い浮かべると、ぐんと黒髪の俺の方に引っ張られる感覚があった。やべえ、なんだ⁉︎
「そうだ、あれがあった」
カイルの声が俺の意識を引っ張った。我に返って彼のほうを振り向く。
気難しい顔をしたカイルは、インベントリの中から手当たり次第に、瓶という瓶を取り出している。
ああカイル、少し遠くなっちまった。見下ろすような視界に変化しているが、まだカイルを視界に映せる。
これ以上離れてなるものかと、懸命にカイルを見つめ続けた。
「どれだ……これか、それともこっちだったか」
カイルは緑色の瓶を手に持ち見比べて、エメラルドグリーンの瓶の蓋を開けた。
あれは……俺が実験で作って渡した、魔力回復ポーションじゃねえか。
「やはり難しいのではないか、獣人どもに見咎められる恐れがある」
「大丈夫です! いざとなればこの身を賭してでも、やり遂げてみせます!」
いや、それじゃあんたの身がもたないだろ? やめたほうがいいって。
魔力を限界まで使っても諦めない宣言に、カイルはますます眉を寄せる。
はあ、とため息をつき、魔導話をフェナンの胸ポケットに突っ込んだ。
「いざとなればこれを使え」
「ありがとうございます!」
魔導話を受け取りよろよろと歩き出したフェナンに、カイルは声をかける。
「お前を信じて預けるんだ……必ずやり遂げろ。魔王城でまた会おう、フェナン」
フェナンは名前を呼ばれたと気づき、ハッと振り向いた。顔をくしゃくしゃに歪めて、力強く頷く。
「わかったら早く行け」
「はい……!」
背を向けたフェナンは、一歩づつダンジョンの床を踏み締めながら帰っていった。
さて、あとはダンジョンのコアを砕くだけなんだが、その前になんとかして魂状態から身体に戻らねえとな。
「イツキ……なぜだ。手が冷えている」
俺を担ぐつもりだったのか、カイルは俺の身体の手首を掴んで、異変に気づいたようだった。
だらりと力の抜けた指先を触って、カイルの表情が引き締まる。
「指先が氷のようだ、まさか血が巡っていないのか?」
なんだって? そりゃ困る、帰る身体が無事じゃなかったら、俺はこれからどうなっちまうんだ。
動け動けと念じながら、身体の方に向かってバタ足をしてみるが、いっこうに場所が変わらない。
カイルは俺の魂に横顔を向けたまま、俺の服の首元をくつろげた。胸元まで露出させて、鼓動を確かめているようだ。
「いつもより弱いか……? おいイツキ、目を覚ませ、イツキ!」
『俺はここだカイル、気づいてくれ!』
やっぱ無理か、何度声をかけてもカイルにはわからないみたいだ。
深く眉間に皺を寄せる横顔を見ていると、俺の方まで焦ってくる。なんでこんなことになっちまったんだ?
そもそも異世界での俺の身体は、元の俺の身体と関係があるのかも謎だ。
目と髪の色、それに兎の耳と尻尾が変わっちまったけど、それ以外は元の俺の身体と酷似している。
最初に異世界に来た時は、家の近所の道路を歩いていたら落ちたんだよな……その後気がついたら、マーシャルの大通りにいたんだ。
考えこんでいる間に、カイルはインベントリから魔酵母の酒を出して、俺に飲ませようとしている。
「イツキ、口を開けてくれ」
俺の身体は上手く飲みこめずに、口の端から液体が溢れてしまう。
うわ、カイルの膝に垂れた。ごめんっ、俺のせいじゃねえけど……っ!
「駄目か。ではこれなら」
カイルは口に魔酵母の酒を含むと、俺の身体に口づけた。うわっ、ちょ、待てよカイル、魔酵母じゃ俺の魔力は回復しねえんだってば!
自分が口づけられているところを見るのは、とんでもなく居た堪れない。
でも俺の身体にキスをしているカイルの横顔は新鮮で、つい目で追っちまう……恥ずかしい、でも見たい、だがとんでもなく恥ずかしいなオイ!
大混乱している俺の意識を知るよしもなく、カイルは俺に魔酵母の酒を次々と嚥下させた……ああ、濡れたカイルの唇が艶っぽい。
だが俺の意識の興奮とは裏腹に、身体の方の顔色はちっともよくならなかった。
「やはりこれでは無理か……」
カイルは俺の体をかき抱き、ギュッと目を閉じている。ああもう、なんで戻れねえんだよ!
せめて魔力があれば、まだ他にも試せることがあったのに。
ちょっとでも魔力が残っていないかと探ると、腹の奥がもぞっと動いたような気がした。
視線を下に向けると、いつの間にか腹から二本の光の線が出現していた。一本は俺の身体に細く細く繋がっている。
もう一本の太い線はどこへいくんだと視線で辿ると、糸の先は懐かしい場所へと続いていた。
『あれは……』
黒髪の俺が、住宅地の道路の水溜りに足を滑らせながら、今にも転けそうになっている。ああ、なんて懐かしい光景だ。
あの場所から、俺は異世界に落ちたのだ。
時間はあの時のままなのか、俺の足は不自然に宙に浮いたまま、汚ねえ水しぶきが靴底から舞い散っている。
ああ、でも、ほんの少し動いているみたいだ。水の形がうねるように、わずかに変化している。こっちとあっちの時間の流れが違うってやつか。
黒髪の俺は大荷物を抱えている。家族のために土産をしこたま買ったリュックが、パンパンに膨らんでいるんだ。
それでいつもとは身体のバランスが違うから、ちょっと滑っただけで転けそうになって……
もしかしてこの糸を辿れば、あの時の日本に帰れるってことなのか?
糸を眺めながら家族の顔を思い浮かべると、ぐんと黒髪の俺の方に引っ張られる感覚があった。やべえ、なんだ⁉︎
「そうだ、あれがあった」
カイルの声が俺の意識を引っ張った。我に返って彼のほうを振り向く。
気難しい顔をしたカイルは、インベントリの中から手当たり次第に、瓶という瓶を取り出している。
ああカイル、少し遠くなっちまった。見下ろすような視界に変化しているが、まだカイルを視界に映せる。
これ以上離れてなるものかと、懸命にカイルを見つめ続けた。
「どれだ……これか、それともこっちだったか」
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