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第四章 ダンジョン騒動編

28 討伐

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 フェナンが動いたことで、辺りの様子がもう少しわかるようになった。

 カイルは剣を振って血を払い、赤毛の子どもに向かって剣を構えている。羊角を持つ垂れ目の少年は、おそらくフェナンの弟だろうな。

「次はお前だ」

 地を這うようなカイルの声音に対して、十二、三歳と思しき少年は、甲高い声で意を唱える。

「待ってくださいカイル殿下! せっかくここまでやり遂げたのです、僕の話を聞いてください!」
「リョセス、さっきの大魔法で、ほとんど魔力も残っていないだろう? 無駄な抵抗はやめて降伏するんだ」

 兄であるフェナンが発した言葉に、リョセスと呼ばれた少年は烈火のごとく吠えた。

「役立たずは黙ってて! カイル殿下、先程攻撃を仕掛けたのは父の仕業でして、僕は貴方に攻撃しません」

 リョセスは両手を上げて無害をアピールしている。ほんとかよ、信用ならねえなあ。

 カイルも同じことを思ったようで、剣を構えたままリョセスを睨みつけている。羊角の少年は焦ったように口を開いた。

「魔人同士で争っている場合ではないのです、ぜひカイル殿下のお力をお貸しください。腑抜けの兄のことなど捨て置いて、僕と一緒にダンジョンを作りましょう!」
「……お前の目的はダンジョンか」

 カイルはまなじりを鋭くし、凄んだ。少年はびくりと怯み、フェナンとよく似た垂れ目を更に下げ、引きつり笑いを披露する。

「そ、そうです。ダンジョンを作って下等な獣人どもを支配し、プルテリオン魔人國に栄光をもたらすのです!」

 うん、だいぶヤバい思考をしているな。ロビンの本に書かれていた、魔人奴隷たちはダンジョンを作るために獣人王国にやってきた、という下りを思い出す。

 こいつもダンジョンを作りにきたら、獣人の奴隷にされてしまったと聞いている。獣人への恨みは深いだろう。

 リョセスは剣を構えるカイルに向かって、両手を広げながら近づく。

「お可哀想なカイル殿下、ダンジョンを作ることを許されず宮殿の奥に閉じ込められて、さぞ無念だったことでしょう」

 おいおい、何を言ってるんだ。カイルがダンジョンを作りたいわけねえだろ。なんのためにここまでアンタらを止めにきたと思ってるんだ。

「カイル殿下もかつて、奴隷として捕えられたと聞き及びました。獣人どもに味あわされた屈辱的な思いを、今こそ晴らす時です!」

 いや、昔はどうか知らねえが、今のカイルはあんまりそこ気にしてないと思うぞ。

 口でどうにかなる相手じゃねえと思うんだが、リョセスは説得を諦めない。

 カイルは無表情で黙り込みながら、視線をチラリとこちらに寄越した。

 合図を受けたフェナンは、ぴくりと肩を跳ねさせて、そろりそろりとリュセスの背後に移動する。

「僕が力になります。手始めにそこの兎獣人を血祭りに上げて、我ら魔人の力を皆に知らしめ……」
「黙れ」
「かはっ⁉︎」

 カイルの側まで近づいてきていたリョセスは、ヒヒイロカネの剣の柄に思いきり鳩尾を強打されて、えづく。

「ぐっ、このぉ!」

 リョセスの服の袖口から、短剣やダガーがポロポロ溢れ出る。

 彼は血走った目でそれを掴もうとするが、背後から忍び寄っていたフェナンにはがいじめにされた。

「離せ、離せぇ! どこまでも邪魔をする役立たずめ!」
「リョセス、もうやめるんだ!」

 カイルが鳩尾に拳を叩き込むと、リョセスは意識を失い全身の力を抜いた。

「お前はこいつらを見張っていろ」
「はい!」

 カイルはフェナンにことづけて、剣を鞘に戻しながら俺の体があるほうに駆け寄ってきた。

 本体っていうか、魂のほうには気づいてなさそうだ。

「イツキ、しっかりしろ」

 俺の体を抱えて呼びかけているが、垂れ耳が力なく揺れるばかりで目を覚まさない。そりゃそうだよな、中身が隣に出ちまってるし。

 どうしたら戻れるんだ? 相変わらず体は全然動かねえし……あ、声は出るのか? 試してみよう。

『おーいカイル、俺はこっちだ』
「顔色が真っ白だ、目も開かない……魔力切れか」

 駄目っぽい。なんでこんなことになったんだ、魔力切れで身体との繋がりが途絶えたとか?

 カイルは焦ったように眉をしかめながら、小声で「生きているよな?」と呟く。

 山羊耳の擬態を解き、尖り耳を口元に寄せて息をしていることを確認し、安堵のため息をついた。

 同じく擬態を解いたフェナンが、弟の手足を縛りながらおずおずと尋ねる。

「カイル殿下、イツキ殿下は……」
「……魔力切れだろう」
「魔力切れ⁉︎ ということは、死……っ⁉︎」
「馬鹿なことを言うな! 獣人は魔力切れでは死なない、気絶しているだけだ」
「あ、そうか、そうですね、よかった」

 カイルの大声を聞いてフェナンは肩をびくつかせたが、俺も驚いた。

 こんなに声を荒げるなんて、今までになかった気がする。ごめんなカイル、心配させちまって。

 胸がきゅうっと絞られたように痛んだ……今は実体がないはずなのに、本当にどうなってるんだ。

「ただの魔力切れだ……魔力さえ回復すれば、目を覚ますはずなんだ」

 自分にそう言い聞かせるように、カイルはごくごく小声で声で呟く。

 そう、そのはずだ。魔力が回復すれば魂みたいに身体から出ちゃってる俺も、戻れるはずだよな?

「獣人の魔力は、休むことで回復する」
「ということは、時間が必要ですね。本当はダンジョンコアを砕くところまで、同行したかったのですが」
「お前の力では無理だ」
「う、わかっています。ダンジョン主が倒れた以上、闇魔法の効果も薄れるでしょうし、この先に私の役目はありません。ですから私は……」

 フェナンは眉根を下げて、瞳を揺らしながら父親と弟の倒れ伏した体を見つめた。

「犯罪者を魔人國に連れ帰ります。彼らには、必ず法の下で裁きを受けさせます」
「……」

 自分の家族を犯罪者と言いきるまでに、どれだけの葛藤があったのだろうか。

 俺はこいつのことあんま知らねえけど、並大抵の覚悟じゃ言えなかっただろうな……

 家族か……不意に日本の家族の顔が頭に浮かぶ。そんな場合じゃないと思考を振り払い、彼らの動きに集中した。

 カイルはフェナンを見定めるように、彼をまっすぐに見つめた。フェナンはぐっと拳を握りしめたまま、真っ正面からカイルと視線を交わす。

 カイルはここまで同行して、フェナンのことをどう思っただろうか。

 フェナンは親父さんが斬られた時も邪魔しなかったし、弟を倒すのに協力してたから、さすがに信じられるんじゃねえかと俺は思ったんだが。

 はらはら見守っていると、カイルは瞳を伏せた。

「……ダンジョンのすぐ外に増援を呼んでおく。合流し身柄を引き渡したら、速やかに國へ戻れ」
「はい」
「しばらくはリドアートの元に身を寄せろ、後の沙汰は追って渡す」
「……っ、わかりました」

 一瞬戸惑った後フェナンは返事をした。なんだ今の間は。やっぱり変なこと考えてたりとか、しねえよな?

『なあ、もしもカイルを裏切ったりしたら、俺がアンタをとっちめに行くからな? おーいってば』

 身体が動いたら問い詰めてやりたいのに、残念ながらフェナンにも俺の声は聞こえないようだ。

 もやつく俺の思考をよそに、カイルは俺のぐったりした体を見下ろした。

「イツキ、すまない」

 がさごそと俺の腰元を漁るカイル……なんだなんだと見守っていたら、ポケットにしまいこんでいた魔導話を取りだした。

 ああ、なるほどな。なにをされるのかと一瞬焦っちまったじゃねえか。身体が動かせないってのはなかなかに歯痒い。

 カイルは応援部隊をダンジョン前に待機させるよう、リドアートと連絡をとっている。

 フェナンも父親と弟を縛り終えて、弟を肩に背負った。

 父親を魔法で浮かせ、宙吊り状態にして上まで向かうようだ……大丈夫だろうか、いろんな意味で。
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