ドレスの下の聖典

尾崎ふみ緒

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予告篇

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 部屋の中は、四隅に置かれた燭台の明かりが煌々と照らしていた。しかし、どこかから立ち上っている湯気のせいで、まるで雲の中を歩いているような、非現実の中を漂っているような感覚に襲われる。先を歩いている”司祭”の姿すら、遠い幻影のように霞んで見える。
 歩を進めるたびに、湯気が濃くなり、また麝香ジャコウの香りが強くなっていった。その甘い馥郁ふくいくとした香りに気を取られ、ふと足を止める。少しの間、香りにうっとりと酔いしれていると、これから自分の身に起こることへの不安と恐怖が和らぐ。
 そうそう、この調子この調子。何も怖くなんかないわ。ここは私が求めていた世界、夢のような場所なんだから。
 そんなことを自らに言い聞かせていたら、”司祭”の声で我に返った。
「お嬢さま、こちらでございますよ」
 前方に目をやると、”司祭”が湯気の中でゆったり手招きしているのが見えた。彼が指し示す方へ向かった。
 そこには寝台が置かれていて、寝台を取り囲むように尼僧姿の女が三人立っていた。そして、私がそばに行くとそのうちの一人が微笑みかけてきた。
「お待ちしておりました、お嬢さま。それでは、ここへ横になってくださいませ」
 彼女に言われるがまま、目の前の傾斜のついた寝台に横たわる。すると、両脇にいた女二人が私の足を恭しく持ち上げ、左右に広げられた。
 左右からスカートをめくり上げられ、そっとズロースを剥ぎ取られる。下半身は、まるでカエルのように不恰好ではあったけれど、これからされることの恥ずかしさに比べればなんてことはなかった。
 もう一人の尼僧が私の足の間に立つ。右手に剃刀、左手に泡のついた刷毛を持って、ひどく真面目な顔で私の露わになっている秘所を眺めている。その表情には一切の感情は見られず、あたかも医者が患部をあらためるような冷たさがあった。
 しばらく秘所を観察して、女が口を開いた。
「では、開始いたします。しかし、お嬢さまさま、その前に一言ご忠告を。刃は十分に温めてありますが、緊張のために最初は刃の当たりに違和感を感じられるかもしれません。ですが、怪我をしないためにも決して動いてはなりません。この部分は大事なところであります。あなたのためでもありますし、また信徒の皆さまのためでもあります。よろしいですか?」
「はい、承知しました」
 尼僧は私の返事に大きく頷くのを確認すると、ふっと私の視界から消えた。それからやや間があり、心許ない気持ちになりかけていると、泡がそっと恥毛に触れるのを感じた。柔らかくてふんわりとした泡が、恥毛全体に絡んでいく。そして次の瞬間、尼僧の指が恥毛を掴むのが分かった。肌が少し突っ張る感じがした後に、ザラッザラッとした感覚が下半身に走った。剃刀が恥丘を撫で、やがて密集している毛を剃り始めているのを理解する。
 彼女の手の動きは慎重であった。しかし、的確で迷いがないのは刃の動きでも分かった。また、刃の当たりは思ったよりも不快ではなく、それどころか露わになった性器は、毛に隠されていた窮屈さから解放され、ピクピクと踊っているような感覚さえ覚えた。
 そうなると、今まで身のうちに渦巻いていた緊張もほぐれていき、ゆったりとした気持ちで、すべてを彼女の手に身を預けることができた。
 彼女は作業を進めながら、こんなことを呟いていた。
「まあ、お嬢さまさまのおまんこは綺麗な桃色で、ほんと愛らしい。形もよく、これほどのものをお持ちでいらっしゃるなんて、幸福なお方。これは信徒の殿方も群がって手に入れようとするに違いありませんわ」
 彼女は心底感嘆し、賞賛しているようだった。
 私は、こんなことで褒められることがあるのかと内心苦笑しつつ、悪い気はしなかった。
 どんなものであれ、褒められて嫌な気分になることなどない。それどころか、これから私を待っている世界では最上級の褒め言葉なのだから。
 そのまま彼女は、私に言い聞かせるように話を続けた。
「お嬢さまさまはまだ清い乙女でいらっしゃるので、ここでこれから起こることにひるんでしまわれるかもしれません。ですが、何も心配することはございませんよ。ここに来られる信徒の方々は誰も彼も、深い品格と教養を持った方々です。身も心も、ただ彼らに委ねればよいのです。そうすれば、新しい世界が開かれ、真の天国へと行けるのですよ」
 そうしているうちに全てが終わった。あっという間に感じられた。
 右側にいた女がスカートの裾を下ろし、左側の女が乱れた修道衣を整えてくれた。
「お嬢さまさまの支度が終わりました」
 女たちの言葉を合図に、寝台から立ち上がる。そして、背筋を伸ばし、淑女らしく居ずまいを正していると、”司祭”が、やや厳しい顔で私の前に現れ、私に向かってこう言ってきた。
「心の準備はよろしいですか? あの扉の向こうへ一歩足を踏み入れれば、あなたはもう、外の世界のあなたではありません。まったくの他人、”シスターM”、ただのシスターMとなるのです。いいですか? あの扉の向こうへ一歩でも足を踏み入れたら、決して引き返すことはできません。覚悟はできていますか?」
 何度も確かめてくるその声には、忠告という意味以上に私の動揺を誘いながら、一方で決意をけしかけてくる意地悪さがあった。
 しかし、私は動揺することなどなかった。 
「はい、充分理解しております。私はシスターM、信徒の皆さまの歓びにご奉仕させていただく雌羊ですわ」
 そう答えると、”司祭”は満足そうに大きく頷いた後、ゆったりとした足取りで私の背中へと回った。何が起こるのだろうかと待っていると、顔に覆いが被せられた。帽子にも似た革製の袋。それがすっぽりと頭を包む。両目と鼻の部分にも布はあるが、他の部分と違いレース様になっているので、視界も呼吸も妨げられることはない。そして、口の部分だけは大きく空いている。
 ふと横に大きな姿見があることに気づき、鏡に映る自分の姿をしげしげと眺めてみた。 鏡に映るのは確かに私のはずだった。
 だが革の仮面のせいで、鏡の中の女と自分が同じ人間だとは到底思えなかった。
 そこにいるのは、顔を奪われた尼僧姿の女。どこの誰かも分からない、淫らな期待に胸膨らませた若い女だった。
 不思議な気分で鏡の自分を見つめていると、横からそっと”司祭”の手が伸びてきた。「それではまいりましょう。真の世界、天国への旅に」
 彼に導かれて前へ進んでいく。
 二人の尼僧によって目の前の扉が開かれる。その先から一筋の光が見えた。あまりに眩しくて、向こうに何があるのか分からない。
 ほんの一瞬息を呑むが、決して足を止めることはなかった。
 この光の先に待っているものが何であろうと、私は進まなければいけないのだから。
 そう、私が本当の自分を手に入れ、真の人生を生き、心から望んでいるものを手に入れるために……。
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