上 下
29 / 43
第三章 歌でつながる絆

8.王子の特技

しおりを挟む


 ワットンは、ピタリと動きを止めると……のっそりした動きで、こちらを振り返った。

 ふわふわ揺れる、鮮やかな紫色の耳。
 もふもふで真っ白な体。
 わたしを見つめる、愛らしい垂れ目。

 テレビ越しに何度も見た、あのワットンが目の前にいた。
 でも……

 よく知っているはずのその顔になんとなく違和感を覚え、わたしは動揺する。

「し……シマさん、ですか……?」

 恐る恐る尋ねると、目の前のワットンはしばし固まり……
 慌てたように、ぱたぱたと手を振り始めた。

「いやいや、本物じゃないですよ! 俺はただのワットンのファンで、これは自作の着ぐるみです!」

 そんな声が、ワットンの中から聞こえてきた。
 それは、シマさんとは明らかに違う声だった。

 ……この人は、シマさんじゃない。
 ワットンのコスプレをした、ファンの人だ。

 それを理解した瞬間、わたしの体から、一気に力が抜けた。

(そうだよね、わたしが知ってるワットンと少し顔が違うもん……そもそもシマさんは『ささくれ』の着ぐるみと一緒に失踪したんだから、ワットンの姿でいるはずがないのに……わたし、なにをやっているんだろう)

「す、すみません。わたしもワットンのファンで……つい、声をかけてしまいました」

 焦りすぎていたことを反省しながら、わたしはその人に謝った。
 そして、少し離れた場所で待っててくれたキズミちゃんの元に駆け寄った。

「ごめん、キズミちゃん。わたし、勘違いして突っ走っちゃった。まだ動物園でゆっくりできたのに……巻き込んじゃって、本当にごめんね」

 わたしが頭を下げると、キズミちゃんは少し間を置いて、こう言った。

「……残念だったわね」
「え……?」
「紗音の憧れの人がようやく見つかったって思ったけど……まさかニセモノだったなんて。まったく紛らわしい。なんだかキズミちゃんまでがっかりだわ」

 そう言って、不機嫌そうに腕を組むので……わたしは、思わず嬉しくなる。
 わかりにくい言い方だけれど、要するにキズミちゃんは、わたしの気持ちに共感して、慰めてくれているのだ。
 
 わたしは、キズミちゃんに微笑み返す。

「一緒にがっかりしてくれてありがとう。シマさんじゃなかったのは残念だけど、キズミちゃんとはぐれなくてよかったよ。ごめんね、一人で先に走っちゃって」
「ほんとよ! もう少しで迷子になるところだったんだから! もちろんキズミちゃんじゃなくて『紗音が』だけどっ」

 ぷんぷんと湯気を噴き出しながら目を吊り上げるキズミちゃんに、わたしがもう一度謝っていると……


「――あ、いたいた。おーい、紗音ー。キズミー」


 そんな、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 見れば、宙に浮きながら前足を振るハミルクと、にこやかに笑う坂田さんがこちらに向かってきていた。

「坂田さんにハミルク! このエリアにいたんですね」
「はい。ここは着ぐるみやコスプレを着た人たちが一番集まる場所なので、怪しまれずに済むと思って」
「ここへ来る前、駅にシンカンセンを見に行ったんだけど、やっぱりおれっちやレイハルトが目立っちまってさー。でも、ここにはいろんな格好のヤツがいるから、遠慮なく交流できたぜ!」

 坂田さんに続けて、ハミルクがご機嫌に答える。
 どうやら社会科見学を楽しんでいるようだけれど……ハミルクの発言に、わたしは首を傾げながら聞き返す。

「交流? って、どういうこと?」
「ふふーん。この会場にいる地球人に声をかけて、おしゃべりしたんだ。おかげで歌のことがよくわかったぜ!」
「えっ?!」

 得意げに言うハミルクに、わたしは声を上げる。

 だって、誰とでもすぐにケンカになるようなハミルクが、いろんな人に声をかけて回ったなんて……

 わたしは、恐る恐る坂田さんに尋ねる。

「だ、大丈夫でしたか? 誰かに迷惑をかけたり、問題を起こしたりしたんじゃ……」
「おい! おれっちのことをなんだと思ってるんだよ!」

(ケンカっ早いワガママ王子様だと思ってるよ!!)

 ……と、頭の中でツッコみながら、わたしは坂田さんの答えを待つ。

 すると坂田さんは、にこっと笑って……
 取り出したスマホの画面を、わたしに見せてくれた。

 そこに映っていたのは、坂田さんが撮影したハミルクの動画。
 ハミルクが、このイベント会場に来ている人――アニメのコスプレをしている女性二人と会話している映像だ。



『あのさあのさ、おねえさんたちはどんな歌が好き?』

 動画の中のハミルクが、女性たちに尋ねる。
 すると、こんな答えが返ってきた。

『私は、今着ている衣装のアニメの主題歌が好きかな』
『しゅだいか? なんだソレ?』
『番組の最初に流れる歌だよ。主人公の気持ちをよく表してて、本当に泣ける歌なんだー!』
『なるほど。歌には物語を盛り上げる役割もあるんだな』

 そして、もう一人の女性がこう答える。

『私は、子供の時に視ていたアニメのテーマ曲かなぁ。あの歌を聞くと、小さい頃の思い出が一気によみがえるんだよね』
『ふむふむ。歌は思い出と深く繋がっている、ってことか』

 女性たちの言葉に、興味深そうに頷くハミルク。

 続けて、坂田さんが次の動画を再生した。
 今度はハミルクが、首からカメラをぶら下げた男性に話しかけている映像だ。

『なぁなぁ。にいちゃんはどんな歌が好き?』
『僕は「スリーピース・ブー」の曲が好きなんだ。どれも歌詞が最高でね』
『カシ? ってなんだ?』
『歌の中の言葉のことだよ。楽しい気持ち、悲しい気持ち……その時々の僕の気持ちを代弁してくれるような歌詞が多くて、すごく胸に刺さるんだ』
『へぇー。歌ってのは、音だけじゃなくて言葉の意味も重要なんだな』
『うん。そういう君は、好きな歌はあるの?』
『おれっちか? うーん、そうだなぁ。最近覚えたばかりなんだけど、「しんらばんしょう だいばくしょう!」って歌はけっこう好きだな』
『うわぁ、懐かしい! 子供の頃によく歌ったよ。「ららら 大好きが広がるよ ハイ!」ってやつだよね?』
『そうそう、それそれ! なんだ、知ってるのか!』

 ハミルクは嬉しそうに言うと、歌の最初から歌い始めた。

 それに合わせて、男性も歌い始める。
 それを聞いた周りの人も集まってきて、賑やかに歌い始める。

 たくさんの人に囲まれ、覚えたての歌を大合唱する――そんな楽しそうなハミルクの姿が、そこには映っていた。


「…………」

 わたしは驚きのあまり、ぽかんと口を開けた。
 まさか、ハミルクがこんなにいろんな人と仲良くなれるなんて……

 呆然とするわたしに、坂田さんはスマホをしまいながら微笑む。

「みなさんにはハミルクさんのことを『歌について学習中のAI搭載型人形』と説明して会話していただきました。ハミルクさんがとてもお上手におしゃべりしてくださったので、怪しまれることもありませんでしたよ」
「へへーん、どうだ。すごいだろ?」

 えっへん。と、ふわふわな胸を反らすハミルク。
 キズミちゃんはおもしろくなさそうに「ふんっ」と鼻を鳴らすが、わたしは素直に感心して、思わず手を叩いた。

「うん、すごいよハミルク! 知らない人に自分から話しかけて、歌について学ぶなんて。見直しちゃった!」
「言ったろ? おれっちの特技は『誰とでもすぐに仲良くなれることだ』って。それに……」

 そこで、ハミルクはあらたまったように言葉を止めて、

「……いろんなヤツと話して、少しずつわかってきた。地球人にとって、歌がどれだけ大事なものなのか。初めて会ったヤツと同じ歌で盛り上がれたのは嬉しかったぜ。いいもんだな、歌って!」

 そう言って、嬉しさをあらわすようにくるりと一回転した。

 歌のない世界で生きてきたハミルクに、『歌はいいものだ』と思ってもらえた。

 そのことに、わたしもたまらなく嬉しくなって……何度も頷きながら、ハミルクに言う。

「でしょ? 歌って本当にすごいんだよ! 実はね、キズミちゃんも歌に興味を持ってくれて……」
「き、キズミちゃんの話はしなくていいから! っていうか、レイハルトはどこなの? さっきから見当たらないんだけど」

 と、キズミちゃんに言われ、ハッとなる。
 たしかに、レイハルトさんの姿がない。
 ハミルクと坂田さんも、周りをキョロキョロと見回し、

「あれ? おかしいな、さっきまで一緒だったのに……」
「どうしましょう、いつの間にかはぐれてしまったようです」

 どうやら二人も行方を知らないらしい。
 わたしは急いでその場を離れると、

「わたしが探してくる。みんなはそこにいて。坂田さん、なにかあればスマホで連絡します!」

 そう言い残し、レイハルトさんを探しに駆け出した。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

Galaxy Day's

SF
考えることができ、心を持ち、言語を解す 存在・知的生命体は長らく地球にしか いない と思われていた。しかしながら 我々があずかり知らぬだけで、どこかに 異星出身の知的生命体は存在する。 その中で!最も邪悪で、最も残忍で、最も 面白い(かどうかは極めて怪しい)一家がいた! その名も『コズモル家』。両親はおろか、子供達まで 破壊や殺戮に手を染めている、脅威の全員『悪』! 家族揃って宇宙をブラブラ渡り歩きながら、悪の組織 をやっていたり!自分達以上にどーしよーもない悪と 戦ったり、たま〜に悪らしからぬいいことをしたり! 宇宙を舞台とした、少し不思議なSFと家族愛、 そして悪vs悪の鬩ぎ合いを中心に、美少女あり、 イケメンあり、人妻あり、幼女あり、イケオジあり、 ギャグあり、カオスあり、恋愛あり、バトルあり、 怪獣あり、メカもあり、巨大ロボットまであり!? 今世紀史上なんでもありなダークヒーロー一家、 ここに誕生!窮屈なこの世の中を全力で破壊… してくれると信じていいのか!?

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

入れ替わった二人

廣瀬純一
ファンタジー
ある日突然、男と女の身体が入れ替わる話です。

星の海、月の船

BIRD
SF
核戦争で人が住めなくなった地球。 人類は箱舟計画により、様々な植物や生物と共に7つのスペースコロニーに移住して生き残った。 宇宙飛行士の青年トオヤは、月の地下で発見された謎の遺跡調査の依頼を受ける。 遺跡の奥には1人の少年が眠る生命維持カプセルがあった。 何かに導かれるようにトオヤがカプセルに触れると、少年は目覚める。 それはトオヤにとって、長い旅の始まりでもあった。 宇宙飛行士の青年と異星人の少年が旅する物語、様々な文明の異星での冒険譚です。

処理中です...