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第三章 歌でつながる絆
8.王子の特技
しおりを挟むワットンは、ピタリと動きを止めると……のっそりした動きで、こちらを振り返った。
ふわふわ揺れる、鮮やかな紫色の耳。
もふもふで真っ白な体。
わたしを見つめる、愛らしい垂れ目。
テレビ越しに何度も見た、あのワットンが目の前にいた。
でも……
よく知っているはずのその顔になんとなく違和感を覚え、わたしは動揺する。
「し……シマさん、ですか……?」
恐る恐る尋ねると、目の前のワットンはしばし固まり……
慌てたように、ぱたぱたと手を振り始めた。
「いやいや、本物じゃないですよ! 俺はただのワットンのファンで、これは自作の着ぐるみです!」
そんな声が、ワットンの中から聞こえてきた。
それは、シマさんとは明らかに違う声だった。
……この人は、シマさんじゃない。
ワットンのコスプレをした、ファンの人だ。
それを理解した瞬間、わたしの体から、一気に力が抜けた。
(そうだよね、わたしが知ってるワットンと少し顔が違うもん……そもそもシマさんは『ささくれ』の着ぐるみと一緒に失踪したんだから、ワットンの姿でいるはずがないのに……わたし、なにをやっているんだろう)
「す、すみません。わたしもワットンのファンで……つい、声をかけてしまいました」
焦りすぎていたことを反省しながら、わたしはその人に謝った。
そして、少し離れた場所で待っててくれたキズミちゃんの元に駆け寄った。
「ごめん、キズミちゃん。わたし、勘違いして突っ走っちゃった。まだ動物園でゆっくりできたのに……巻き込んじゃって、本当にごめんね」
わたしが頭を下げると、キズミちゃんは少し間を置いて、こう言った。
「……残念だったわね」
「え……?」
「紗音の憧れの人がようやく見つかったって思ったけど……まさかニセモノだったなんて。まったく紛らわしい。なんだかキズミちゃんまでがっかりだわ」
そう言って、不機嫌そうに腕を組むので……わたしは、思わず嬉しくなる。
わかりにくい言い方だけれど、要するにキズミちゃんは、わたしの気持ちに共感して、慰めてくれているのだ。
わたしは、キズミちゃんに微笑み返す。
「一緒にがっかりしてくれてありがとう。シマさんじゃなかったのは残念だけど、キズミちゃんとはぐれなくてよかったよ。ごめんね、一人で先に走っちゃって」
「ほんとよ! もう少しで迷子になるところだったんだから! もちろんキズミちゃんじゃなくて『紗音が』だけどっ」
ぷんぷんと湯気を噴き出しながら目を吊り上げるキズミちゃんに、わたしがもう一度謝っていると……
「――あ、いたいた。おーい、紗音ー。キズミー」
そんな、聞き慣れた声が聞こえてきた。
見れば、宙に浮きながら前足を振るハミルクと、にこやかに笑う坂田さんがこちらに向かってきていた。
「坂田さんにハミルク! このエリアにいたんですね」
「はい。ここは着ぐるみやコスプレを着た人たちが一番集まる場所なので、怪しまれずに済むと思って」
「ここへ来る前、駅にシンカンセンを見に行ったんだけど、やっぱりおれっちやレイハルトが目立っちまってさー。でも、ここにはいろんな格好のヤツがいるから、遠慮なく交流できたぜ!」
坂田さんに続けて、ハミルクがご機嫌に答える。
どうやら社会科見学を楽しんでいるようだけれど……ハミルクの発言に、わたしは首を傾げながら聞き返す。
「交流? って、どういうこと?」
「ふふーん。この会場にいる地球人に声をかけて、おしゃべりしたんだ。おかげで歌のことがよくわかったぜ!」
「えっ?!」
得意げに言うハミルクに、わたしは声を上げる。
だって、誰とでもすぐにケンカになるようなハミルクが、いろんな人に声をかけて回ったなんて……
わたしは、恐る恐る坂田さんに尋ねる。
「だ、大丈夫でしたか? 誰かに迷惑をかけたり、問題を起こしたりしたんじゃ……」
「おい! おれっちのことをなんだと思ってるんだよ!」
(ケンカっ早いワガママ王子様だと思ってるよ!!)
……と、頭の中でツッコみながら、わたしは坂田さんの答えを待つ。
すると坂田さんは、にこっと笑って……
取り出したスマホの画面を、わたしに見せてくれた。
そこに映っていたのは、坂田さんが撮影したハミルクの動画。
ハミルクが、このイベント会場に来ている人――アニメのコスプレをしている女性二人と会話している映像だ。
『あのさあのさ、おねえさんたちはどんな歌が好き?』
動画の中のハミルクが、女性たちに尋ねる。
すると、こんな答えが返ってきた。
『私は、今着ている衣装のアニメの主題歌が好きかな』
『しゅだいか? なんだソレ?』
『番組の最初に流れる歌だよ。主人公の気持ちをよく表してて、本当に泣ける歌なんだー!』
『なるほど。歌には物語を盛り上げる役割もあるんだな』
そして、もう一人の女性がこう答える。
『私は、子供の時に視ていたアニメのテーマ曲かなぁ。あの歌を聞くと、小さい頃の思い出が一気によみがえるんだよね』
『ふむふむ。歌は思い出と深く繋がっている、ってことか』
女性たちの言葉に、興味深そうに頷くハミルク。
続けて、坂田さんが次の動画を再生した。
今度はハミルクが、首からカメラをぶら下げた男性に話しかけている映像だ。
『なぁなぁ。にいちゃんはどんな歌が好き?』
『僕は「スリーピース・ブー」の曲が好きなんだ。どれも歌詞が最高でね』
『カシ? ってなんだ?』
『歌の中の言葉のことだよ。楽しい気持ち、悲しい気持ち……その時々の僕の気持ちを代弁してくれるような歌詞が多くて、すごく胸に刺さるんだ』
『へぇー。歌ってのは、音だけじゃなくて言葉の意味も重要なんだな』
『うん。そういう君は、好きな歌はあるの?』
『おれっちか? うーん、そうだなぁ。最近覚えたばかりなんだけど、「しんらばんしょう だいばくしょう!」って歌はけっこう好きだな』
『うわぁ、懐かしい! 子供の頃によく歌ったよ。「ららら 大好きが広がるよ ハイ!」ってやつだよね?』
『そうそう、それそれ! なんだ、知ってるのか!』
ハミルクは嬉しそうに言うと、歌の最初から歌い始めた。
それに合わせて、男性も歌い始める。
それを聞いた周りの人も集まってきて、賑やかに歌い始める。
たくさんの人に囲まれ、覚えたての歌を大合唱する――そんな楽しそうなハミルクの姿が、そこには映っていた。
「…………」
わたしは驚きのあまり、ぽかんと口を開けた。
まさか、ハミルクがこんなにいろんな人と仲良くなれるなんて……
呆然とするわたしに、坂田さんはスマホをしまいながら微笑む。
「みなさんにはハミルクさんのことを『歌について学習中のAI搭載型人形』と説明して会話していただきました。ハミルクさんがとてもお上手におしゃべりしてくださったので、怪しまれることもありませんでしたよ」
「へへーん、どうだ。すごいだろ?」
えっへん。と、ふわふわな胸を反らすハミルク。
キズミちゃんはおもしろくなさそうに「ふんっ」と鼻を鳴らすが、わたしは素直に感心して、思わず手を叩いた。
「うん、すごいよハミルク! 知らない人に自分から話しかけて、歌について学ぶなんて。見直しちゃった!」
「言ったろ? おれっちの特技は『誰とでもすぐに仲良くなれることだ』って。それに……」
そこで、ハミルクはあらたまったように言葉を止めて、
「……いろんなヤツと話して、少しずつわかってきた。地球人にとって、歌がどれだけ大事なものなのか。初めて会ったヤツと同じ歌で盛り上がれたのは嬉しかったぜ。いいもんだな、歌って!」
そう言って、嬉しさをあらわすようにくるりと一回転した。
歌のない世界で生きてきたハミルクに、『歌はいいものだ』と思ってもらえた。
そのことに、わたしもたまらなく嬉しくなって……何度も頷きながら、ハミルクに言う。
「でしょ? 歌って本当にすごいんだよ! 実はね、キズミちゃんも歌に興味を持ってくれて……」
「き、キズミちゃんの話はしなくていいから! っていうか、レイハルトはどこなの? さっきから見当たらないんだけど」
と、キズミちゃんに言われ、ハッとなる。
たしかに、レイハルトさんの姿がない。
ハミルクと坂田さんも、周りをキョロキョロと見回し、
「あれ? おかしいな、さっきまで一緒だったのに……」
「どうしましょう、いつの間にかはぐれてしまったようです」
どうやら二人も行方を知らないらしい。
わたしは急いでその場を離れると、
「わたしが探してくる。みんなはそこにいて。坂田さん、なにかあればスマホで連絡します!」
そう言い残し、レイハルトさんを探しに駆け出した。
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