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第三章 歌でつながる絆
9.撮影エリアの人気者
しおりを挟む――昼下がりのイベント会場は、ますます人が増えているように感じられた。
着ぐるみキャラクターのステージが始まるのを待つ人。
グッズの販売ブースに並ぶ人。
自作の着ぐるみや、コスプレ衣装に身を包んだ人。
それらを見渡し、わたしはレイハルトさんの姿を探した。
背が高くて、コバルトブルーの毛を持つレイハルトさんは、普通の街中では目立つけれど、様々な格好をした人が集まるこの会場では、見つけるのがむずかしかった。
(もう……迷子の呼び出しアナウンスでも入れてもらった方が早いかな?)
疲れた足を止め、そんな冗談みたいなことを考え始めた……その時。
ふと、『撮影可能エリア』の一角に、黒山の人だかりができているのが見えた。
カメラを構えた大勢の人が、誰かを取り囲んでいるようだ。
「次、こっちに目線お願いしまーす!」
「ポーズ変えてもらっていいですか?」
「かっこいい……これ、なんのキャラクター?」
「よくできた着ぐるみだよなぁ。特殊メイクか?」
取り囲んでいる人たちからそんな声が聞こえ、わたしは首を傾げる。
(なんだろう……有名人でも来ているのかな?)
興味を引かれ、そちらへ近づいてみる。
そして、背伸びをして人だかりの向こうを覗いてみると……
「……えっ?!」
そこにいたのは、苦々しい顔でポーズを取る……レイハルトさんだった。
もしかして……よくできた着ぐるみだと思われて、ずっと写真撮影されていた?!
きっと、たくさんの人に囲まれて困っているんだ。
早く助けなきゃ!
わたしは人だかりをかき分け、レイハルトさんの横に立ち、叫ぶ。
「すみません! 撮影はここまでです! 道を開けてくださーい!」
すると、彼を囲んでいた人たちが「えーっ」と残念そうな声を上げる。
わたしはそれを無視してレイハルトさんの手を掴み、
「行きましょう、レイハルトさん! このエリアから出ないと、またすぐに囲まれてしまいます!」
彼の手を引きながら、人々を押しのけようとする。
いきなり現れたわたしに、レイハルトさんは一瞬驚いたような顔をするが、
「紗音殿……わかった。ここから離脱しよう」
そう言って頷くと……わたしのことを、ひょいっとお姫様抱っこした。
突然のことに「ひゃあっ」と悲鳴を上げたのも束の間、レイハルトさんはわたしを抱えたままジャンプし、人だかりを軽々と飛び越えた。
そして、そのままものすごい速さで走り出した。
人々の注目を集めながら、レイハルトさんはどんどん撮影可能エリアから離れていく。
いろんな人に見られていることも恥ずかしいけれど……
それ以上に、レイハルトさんにお姫様抱っこされていることにドキドキしてしまって……
(は、早く人のいないところで下ろして……!)
そう祈りながら、わたしはぎゅっと目をつむった。
* * * *
――イベント会場から少し離れた場所で、レイハルトさんはわたしを下ろした。
人通りの少ない、小さな公園だ。
と言っても遊具はなく、あるのは手入れされた花壇と木製のベンチだけだけれど。
「ふむ、ここなら安全だろう」
「はい……大丈夫でしたか?」
「あぁ。『写真を撮っても良いか』と聞かれ、構わないと承諾したところ、あっという間に囲まれてしまってな……止め時がわからず、途方に暮れていたところだ。本当に助かった。感謝する、紗音殿」
レイハルトさんが珍しく疲れた声で言うので、わたしは首を横に振る。
「いえ、すぐに見つけられなくてすみませんでした。とりあえず、少し座って休みましょう」
わたしがベンチに座ると、レイハルトさんもその隣に座った。
よほど緊張していたのか、座った瞬間、彼は「はぁ」と息を吐いた。
わたしも、お姫様抱っこをされたドキドキを落ち着かせるように深呼吸し、空を見上げる。
穏やかな午後の日差しが、木々の間から柔らかに降り注いでいた。
「……若は?」
ふと、レイハルトさんに聞かれ、わたしは彼の方を向く。
「坂田さんとキズミちゃんと一緒に、まださっきの会場にいます。そうだ、坂田さんに連絡しないと」
わたしはスマホを取り出し、アプリを起動させる。
そして、レイハルトさんを見つけたことと、今は近くの公園で休んでいることを、坂田さんにメッセージで送った。
「これでよし。少し待っていれば、こちらに来てくれるはずです」
「そうか。何から何まですまない」
「いえいえ。せっかく観光に来たのに、あんなにたくさんの人に囲まれちゃって大変でしたね」
「うむ……しかし、勉強になった。地球人は歌だけでなく、着ぐるみも好きなのだな。俺たちの目指す番組は、その二つを合わせることで子供たちの興味をより惹きつけようとしているのか……たしかに、良い教育媒体になりそうだ」
なんて大真面目な顔で言うので、わたしは思わず目を輝かせ、ぶんぶん頷く。
「そうなんです! 着ぐるみってすごく人気で、わたしも大大大好きで! レイハルトさんは着ぐるみみたいに親しみやすいし、それ以上にかっこいいですから、子供番組に出たら絶対に人気者になれますよ!!」
……と、そこまでしゃべって、わたしははたと言葉を止める。
(しまった……大好きな着ぐるみの話になったから、ついしゃべりすぎちゃった……! 「着ぐるみみたい」だなんて、失礼だったよね……それに、どさくさに紛れて「かっこいい」って言っちゃったし……!)
謝らなきゃ。
そう思って、レイハルトさんの顔を見ると……
レイハルトさんは、ほんのり顔を赤くして、カチンと固まっていた。
「れ、レイハルト、さん……?」
心配になったわたしが声をかけると……
彼は、ふいっと目を逸らし、
「……そのような言葉、俺には過分だ」
「かぶん……?」
「褒めすぎだと言っている」
と、困ったように言うので……わたしは驚く。
(もしかして、レイハルトさん……照れてる?)
意外だった。なにがあっても動じない、クールで冷静な人だと思っていたけれど……本当は照れ屋さんなのかな?
初めて見るレイハルトさんの照れ顔をまじまじ見つめていると、彼は「ごほんっ」と咳払いをし、
「ところで……紗音殿はどうだった? キズミ殿とうまくやれたか?」
そう尋ねるので、わたしは気持ちを切り替えて答える。
「は、はい。コンビニに寄って、電車に乗って動物園に行ったんですが、楽しんでくれたみたいです。それに……歌を通じて、キズミちゃんの気持ちに少しだけ触れることができました」
「そうか……実は、キズミ殿の精神状態がずっと心配だったのだ。敵対している我々の前では、なかなか心を開けないだろうからな。今日、紗音殿に連れ出してもらえて本当によかった。彼女の分まで、礼を言わせてくれ」
そう言って、頭を下げるレイハルトさん。
その言葉に、わたしはまた驚かされる。
レイハルトさんも、キズミちゃんのことを気にかけてくれていたんだ。
ハミルクへの態度を見ていても思うけれど……本当に面倒見の良い人だ。
わたしは、首を横に振りながら答える。
「いいえ、キズミちゃんが良い子だからうまくいったんです。キズミちゃん、惑星の女王様としてぜんぶ一人で抱え込もうとしていて……だから、地球にいる間だけでも子供らしく、のびのびと過ごしてほしいと伝えました」
「そうだな……キズミ殿も若も、背負うものが大きすぎる。だからこそ、『強くあらねば』と意固地になり、衝突するのだろう。要するに似ているのだ、あのお二人は」
「ふふ。たしかに、よく似ているからこそケンカになるのかも。ハミルクも、最初はただのワガママ王子だと思っていたけど、意外としっかりしていますよね。さっき、初対面の人とすぐに打ち解けているのを見て……なんだか見直しちゃいました」
わたしが坂田さんに見せてもらった動画を思い出しながら言うと、レイハルトさんは静かに目を伏せ、
「うむ。若は、ああ見えていろいろなことを考えている。そして……とても、臆病なのだ」
そう、低い声で言った。
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