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08 本当の事
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私は陽菜さんと里羅さんを引き連れ、岡本の住むマンションに向かって歩きはじめる。
岡本住むマンション管理は厳重で、出入りする人間も全てチェックされている。私と天野は付き合いはじめた時に、岡本の部屋に出入りする人として登録をした。私が陽菜さんと里羅さんを連れている場合も、知人扱いとして問題はない。
それにしても陽菜さんはともかく里羅さんは私が、岡本のマンションに出入り出来るなんておかしいと思わないのかしら。
岡本のマンションはハイグレードタイプのマンションだ。医者、弁護士、芸能人といった高収入の人間が多く住んでいる。昨今、同じマンションに誰が住んでいるかなんて、詮索はしないものだが、いつかマンションのエレベーターですれ違った人は、ワイドショーを賑わしていた芸能人だった。社会人として考えても、私みたいな普通の社会人、一般人がこのマンションの住人として出入りするのは不自然と思うはずなのに。
そんな私の疑問は、陽菜さんに説明する里羅さんの話を聞いて理解出来た。
「涼音が聡司と同じマンションに住んでるっていうのは、友達が調査してくれた時に分かったの。涼音は聡司と同じ階に住んでいる医者とお付き合いしているのでしょう?」
「「えっ」」
私と陽菜さんは同時に声をあげる。
私の「えっ」は驚きの声だったのだが、反対に弾んでいた陽菜さんの声にかき消されてしまった。その後、続けざまに興奮した陽菜さんの声が聞こえた。
「お医者さんってすごーい! だよねぇ涼音さんみたいに落ち着いた女性がお兄ちゃんの恋人なんておかしいと思った。確かに! お医者さんって聞いたら納得~」
「ち、違」
違うのよ、陽菜さん。お医者さんなんて、全然、全く、これっぽっちも、接点がないのよ。
そう言いたいのに、今度は里羅さんの声にかき消される。
「そうなのよ。涼音が健康診断で通っている、総合病院の跡取り息子だそうよ。優しくて職場でも大人気なんですって。馴れ初めが気になるところだわ~ね? いつか聞かせてよね」
と、里羅さんが私の肩をポンポンと叩いた。
「……」
いやいやいやいや。健康診断で通うだけの総合病院の先生と、いつお知り合いになるんですか! それに跡取り息子って、どの先生よ。全く覚えがないのに。
総合病院の跡取り息子であるドクターが住んでいるのは事実らしい。私の出入りが、なぜそのドクターと結びついたのか。
そこで私は、里羅さんの『友達が調査してくれた』という言葉を思い出した。
まさかね? 里羅さんの友達だから当然プロの探偵だと思っていたけれどもしかして違うのかしら。
私は思い切って、頭一つ背の高い里羅さんに尋ねてみる。
「里羅さん。調べてくれた友達って探偵事務所にお勤めなんですか?」
すると里羅さんがカラカラと笑った。
「確かに探偵を稼業にしている友達もいるけど、残念な事に日本には住んでいないの。今回調査をお願いしたのは昔一緒に働いていた友達よ」
「お、お友達ですか?」
やっぱり! 私は思わず顔をあげ里羅さんの顔を見上げる。里羅さんはウインクを交えながら楽しそうに話しはじめる
「今回の話を聞いたら面白そうと興味を持ってね。丁度休業中らしくて、時間がたっぷりあるから協力してくれたの。だけど、専門職じゃないから何もかも手探りよ! 器材も何もないしね。そんなところからはじめたから、友達もね探偵気分で楽しかったって言っていたわ」
聞けば盗聴器やカメラなど様々な器材を揃えたのだとか。お金持ちの金銭感覚はついていけないと思った。
「それにさ、調査対象が眼福だって言っていたわ! 聡司も見た目だけはいいでしょ? 更にユージなんて、素敵としか言いようがないし」
「そ、そうですか」
予想通りだ。
里羅さんと仲良く出来る友達でしょ? 何となく里羅さんの性格を考えると似たもの同士なのではないかと考えられる。
それなら、私が知らないお医者さんと恋人同士になっているっているという、むちゃくちゃな設定をしてしまったのね。
そうよね……そもそも、三人で付き合うなんて、同性同士が付き合うよりもありえない話だものね。
もしこれが本職である探偵に頼んでいたとしたら、岡本と同じ会社の女子社員(私)が出入りしているだけで、岡本と関係がある女性の可能性があると考えるかもしれない。
それを考えると、里羅さん達はよほど岡本と天野をカップルにしたかったのかもしれない。
人間、そうあってほしいと考える傾向がある。
想像から生まれた岡本と天野の関係。そうであったら面白いかも、素敵かも。
調べた友達も、里羅さんも、そして陽菜さんも。そう考えてしまった。
だけど、こんなに誤解してしまったのは、本当の関係を伝えなかった、私達のせいでもあるのよね。
最初の話に戻ってしまい、私は深いため息をついた。
私の後ろからついてくる陽菜さんと里羅さんは、そんな私のため息に気がつく事なく会話を弾ませていた。
「キラリンさっすがぁ~! そしてそのお友達もナイスだね!」
「そうなのよ。調査に協力してくれた友人には、御礼をしないといけないわね。とはいえ、その友人もユージと聡司のファンなんだけどね」
「その気持ち分かる、分かる~。アイドルだってビックリの美形だもん。お兄ちゃんもさー顔だけはね、本当に褒められると思うし」
きゃっきゃっと会話に花を咲かせていた。
そんな会話をしながらマンションのエントランスゲートに到着する。私達三人が並ぶと、重厚なチョコレート色をした自動ドアがスライドして開いた。
「わっ」
陽菜さんが驚いて里羅さんの腕をぎゅっと握った。
静かに開いたドアの先にはホテルのロビーに似た吹き抜けの空間が待っていた。私も初めて来た時はビックリしたのよね。それも雨が降ってびしょ濡れになった日だったから、不審者極まりなかったのよね……当時を思い出し感慨にふける。
更に歩いたその先のドアをくぐれば、各階にいくエレベーターと階段があるフロアになる。私は、岡本からもらったカギをオートロックパネルにかざし、自分の顔をカメラに映し出す。カギが開き、焦げ茶色のドアが自動で開いた。
ここまで来たなら覚悟を決めるのよ涼音! 私は深呼吸をしてきゅっと口を閉じた。天野と岡本は私が二人を連れてきた事に驚くだろう。どのぐらい驚くかなんて、想像もつかない。それでも私達、三人は逃げられないのよ。
「すごーい。こんなの見た事がないよ」
陽菜さんの驚く声を聞きながら私達は、岡本の住む階へと足をすすめた。
◇◆◇
岡本の部屋の前までたどり着くと、陽菜さんが私の後ろからそっとドアをのぞき見る。
「エントランスのドアも綺麗だったけれども部屋のドアも素敵。私、初めてかもこんな凄いマンションに入るの」
「ヒナったらオーバーね。聡司のマンションなら、そうね……中流ってところかしら。とはいえ、エントランスや通路も掃除が行き届いている上に静かだし。住みやすそうでいいわね」
「えーっこれで中流なの? 嘘ぉ~私はスペック高いと思うけど」
「中の上といったところかしら」
「嘘! じゃぁキラリンの思うハイスペックってどんな感じなの?」
比較的お金持ちが通う全寮制私立高校に通う陽菜さんから見ても、このマンションはハイグレードのようだ。でもそれを中の上と言ってのけるのは里羅さんだ。陽菜さんのセリフには私も頷くしかなかった。
隣との接触をより少なくする為か、各個人宅に続くドアは少しへこんだところにあった。隣同士詮索をされずにすむ。普段だったらすぐにカギを開けて岡本の家に入るのだが、私はゴクンとつばを飲み込んで震える手でインターフォンを押した。その瞬間、里羅さんは陽菜さんと一緒に私の後ろにピタリと並びしゃがみ込んだ。どうやらドアモニターの前から姿を消す作戦らしい。
インターフォンの音は室外には漏れる事はない。少ししてからガチャリと音がしてモニター付近にライトが灯った。
『はい、って、誰かと思ったら倉田さんじゃないですか。インターフォンなんか押してどうしたんです? カギを開けて入ってくればいいのに』
自宅に帰り、緩みきった岡本の声が聞こえる。中低音の優しい声に、私はホッとした。
「あの実は」
私は後ろに隠れている陽菜さんと里羅さんの存在をどういう風に伝えたらいいのか分からず、言葉を飲み込んでしまった。
ストレートに言えばいいんだけど、いざとなると言葉がすんなり出ない。私が悩んでいるとしゃがみ込んだ里羅さんがツンツンと私のコートの裾を引っ張った。俯いていた私は、里羅さんのささやく言葉を拾い上げる。
『両手が塞がっているからドアを開けてほしい』
里羅さんは口をパクパクして告げる。
私はもごもごと小さく言葉を反芻したら、インターフォンに近づく。いや、別に近づかなくても聞こえるんだろうけれど。そうしてしまうのは二人をより陰に隠したいからかもしれない。
「えっと。りょ、両手が塞がっていてね。ドアを開けてほしいんだけど。お願い出来るかしら?」
ダメな私。不自然な棒読みとなってしまった。しかし、岡本は何の疑いもなく小さく笑う。
『いいですよ。少し待っていてくださいね』
そう言ってガチャリとドアフォンが切れた。
ドアモニターから、しゃがみ込んでいる陽菜さんと里羅さんは見えなかったようだ。隠れている二人は肩を寄せ合って話をしている。
「緊張する~生の岡本さんに会える。しかもお家ってさーどうしよう?」
「ねぇ。ヒナ。聡司がドアを開けたたらすぐに走り出してね。私がドアを押さえておくからヒナには部屋に入ってほしいの。真っ直ぐいけばリビングダイニングだから。そこにお兄さんのユージがいるはずよ!」
「り」
陽菜さんは里羅さんの指示に若者らしく短く答えた。里羅さんは私を見上げるとにっこり笑った。
「涼音は動かないようにね」
「……はい」
としか答えようがなかった。
ほんの数秒だ。ドアの施錠が外れる音がして、岡本が顔を出す。それからゆっくりとドアを開けた。私だと知っているからドアスコープからも確認しなかったのだろう。開いたドアの先、岡本は身体が泳ぐ程大きめな茶系のトレーナーに白いTシャツの裾を覗かせていた。パンツも緩やかなタイプで細身の身体を包んでいた。
その姿を見た私は思わずかっこよさにため息をついてしまった。
初めて見る部屋着だ。もしかしたらこの間洋服をたくさん里羅さんからもらったからその中の一つなのかもしれない。その姿に魅了されたのは私だけではなかった。ドアが開いたらダッシュを決めるはずの陽菜さんが立ち上がるなり感嘆の声を漏らす。
「嘘~かっ、かっこよすぎ!」
岡本を見つめる瞳には星やハートが散らばっている。
「えっ、君は誰? って……うゎーっ!!!」
岡本は私を見てから陽菜さんを見つけ首を傾げたが、背の高い女性である里羅さんを見つけてドアから飛び退いた。まるでお化けを見たかの勢いだ。岡本の黒縁眼鏡がずるりと落ちて慌て振りを強調した。
里羅さんは強い口調で話しはじめる。
「It looks good on you. I'll disturb you」
早口の英語だが「いい感じね? 邪魔するわよ」だろう。
「り、里羅! Why in this place? You should have returned!」
岡本もとっさに英語になってしまう。「なぜこの場所に? 帰ったはずじゃないのか!」だろう。
岡本がそう叫んだと同時に、我に返った陽菜さんが上半身をかがめて大きく開いたドアを通り抜けた。
「こんにちは! 私、陽菜って言います。ごめんなさい岡本さんお邪魔します~! お兄ちゃーん、どこにいるの~」
陽菜さんはスニーカーをこすり合わせるように脱ぎ捨てると、岡本の部屋に上がり込む。そしてリビングダイニングに向かって真っ直ぐかけていった。
「あっ! 待って。君は誰なの? ヒナって。え? お兄ちゃん?」
陽菜さんの突然の行動に驚いて制しようとするも、里羅さんに片方の腕を引っ張られ反対にドアに身体をぶつける事となった。
「イテッ! 里羅、引っ張るなよ服が破れる」
「大丈夫よ、これはストレッチ素材だから伸びるでしょ。に、してもドアスコープから確認ぐらいしなさいよ。強盗とかに押し入られるわよ」
「相手が倉田さんだって分かっていたからだよ。って、ホテルですら素っ裸で出てくる里羅に言われたくない!」
「あら、ホントね。言うじゃない」
岡本は気が動転しているのか、なぜかこの間パンツ一枚で出てきた里羅さんを咎める会話をしはじめた。あまりにも声が大きく、廊下に響いたので私は片手をあげて意見した。
「あの。声が響くしとりあえず家の中に入れてもらえないかな。色々、双方言いたい事があると思うし」
と、私が言うと岡本と里羅さんがお互いを見つめあって身体を起こした。
岡本はため息をついて何となく察したのか私と里羅さんを招き入れる。
「どうせ里羅が倉田さんを脅したんだろ? 僕が里羅を家にあげないと見越してさ」
ジロリと里羅さんを睨みつけるが、里羅さんはカラカラと笑う。
「半分正解よ! 実はね、友達に頼んで最近の聡司の動向を調べてもらったの」
「えっ?」
いきなり調べていたと話をされ岡本がポカンとしていた。
「聡司が悪いのよ。恋人の存在を秘密にしようとするから、調査してもらったの」
「ちょ、調査だって?!」
里羅さんの行動力に岡本が顔色を変える。しかし里羅さんはどこ吹く風だ。
「ここまで来たら本当の事を打ち明けてもらうわよ?」
フフンと、目を三日月のように細めて里羅さんは部屋の中に入る。長い髪の毛を揺らして堂々としていた。
その態度に岡本は両手を広げて頭の上に手を乗せ、オーバーなポーズを取る。
「どういう神経をしているんだ。人のプライベートを勝手に調べるなんて!」
「あら? 聡司が事実を言わないからでしょ?」
「……本当の事?」
三人で付き合っている事を隠していたという、後ろめたさがあるのか。岡本が少しだけ息を飲んだのが聞こえた。
「涼音を紹介してくれた時には、私は全てを知っていたんだから」
そう言い捨てると里羅さんは靴を脱いでずんずんとリビングダイニングへ向かって歩いていく。
全てを知っていた──というセリフを聞いて、岡本が目をこれでもかと大きく開いた。
「全てを知っていたって……」
岡本は驚いたまま私を見つめた。私は後ろ手に玄関のドアを閉めた。
「あの、それがね。全てを知っているどころか、里羅さんは大きな誤解をしているの」
「誤解?」
岡本はわけが分からず首を傾げた。その頃、リビングダイニングから天野と陽菜さんの声が聞こえた。
「うわっ?! 陽菜! 何でここに?!」
「さぁお兄ちゃん。もう逃げられないよ! 本当の事を私に教えてよ!」
ようやく私達は、それぞれの家族と対面する事が出来たのだ。
◇◆◇
黒革張りの三人がけのソファに陽菜さんと里羅さんが座った。そしてテーブルを挟んであぐらをかいて座るのは天野。その隣に正座をしているのは岡本だ。私は、長方形のテーブルの短辺側、お誕生日席と呼ばれる場所に正座をしていた。
テーブルにはお茶も水も出ていない。何とも言えない雰囲気が漂っている。岡本のマンションで、それぞれ家族と顔をつきあわせているという状況だ。
最初、岡本と天野はなぜこんな場所に?! と驚いていたがひとまず落ち着き、お互いの紹介をしあった後、話をしようとテーブルを囲んだところだった。
どうしよう。私から話をすすめるべきなのかしら。最初から三人で付き合っているのだと陽菜さんと里羅さんに説明すればよかったのに、話はこじれてしまっている。
まずは里羅さんと陽菜さんの誤解を解くところからだろうか。私は意を決して口を開こうとしたが、先に開いたのは里羅さんだった。
「さぁ! まずは説明してもらうわよ」
モデルでも通用する長い足を組み替え、少し顎をあげて発する里羅さんの声がリビングに響いた。
「説明……そうだな、悪かったよ」
そんな里羅さんに対して、静かに口を開いたのは岡本だった。
お詫びの言葉を口にしてもうなだれてはいない。正座をしてしっかりと背筋を伸ばす姿は凜としていた。今の言葉は、私達三人が付き合っているという事を隠していた事を、謝ったつもりだろう。
ああ……岡本。残念ながら里羅さんには、それじゃぁ伝わらないのよ。
私も会話をしていて気がついたのだが、主語がない状態で話をしても、岡本は天野と付き合っていると思い込んでいる里羅さんには、伝わらないのだ。
「聡司、謝る必要なんてないのよ。だって、たとえ家族でも言いにくい事実はあると思うから」
胸に手を当てて里羅さんが静かに答える。
「ああ。それでも里羅は僕の理解者である事はよく知っているよ」
岡本が優しい微笑みを浮かべて微笑む。
「嬉しいわ。私の理解者が聡司であるように、私もあなたの理解者でありたいと願っている。だからこそ、今回の事は調べて知らされるよりも、聡司の口から直接聞きたかったわ」
「うん……って、里羅!」
途端に岡本が怒り出した。
「ん? 何?」
強めに岡本が、里羅さんの名前を呼んだが全く気にしていない。岡本は両腕組んで静かに怒る。
「しんみりした雰囲気だからって調子に乗るなよ。そもそも家族で会おうっていう話をする前から、勝手に調べたのはそっちだろ。どの口が言ってるんだよ」
岡本の怒りは最もだった。調べていたのはずいぶんと前からのようだ。先週、里羅さんとホテルで会った時には既に岡本は天野と付き合っているという、誤解をした状態だったのだから。
「んー? そうだったかしら」
しかし里羅さんも負けていない唇の下に人差し指をつけてわざと悩んで見せていた。
ダメだ! 全然かみ合ってない! 私は肩をあげて正座したまま俯いた。
今度は陽菜さんが話しはじめた。
「私だってすごく、すごーく心配したんだよ。私も本当の事を知るまでは、お兄ちゃんは浮気をしているとばかり思っていたし」
「何で俺が浮気をするんだよ。今まで浮気なんてした事はないぜ」
浮気というワードに天野が噛みついてた。妹に直接言われるとさすがに否定したくなるのだろう。
ん? でも今までで一度も浮気をした事がない、なんて。
思わず私は首を傾げてしまった。首を傾げたのは私だけではなく、岡本も同じようなポーズをしていた。そんな私と岡本を交互に見た天野が冷静に話し出す。
「俺は確かに過去、恋人がよく替わっていたさ。でも、付き合っていた相手とはきっちり別れてから付き合っていたぜ」
私と岡本に向かって説明する天野に、疑いの声を向けるのは妹の陽菜さんだった。
「ホントぉ? あんなに頻繁に替わったらさ。絶対二股の時期があったって思うじゃん」
「自分の兄貴の言う事ぐらい信じろよ」
困ったように眉をたれさせる天野だ。
ああ、そんな顔をされると何だか許したくなるのよね。私は明らかに天野の雰囲気に飲まれそうな陽菜さんを見つめた。しかし、そのタイミングで口を開いたのは岡本だった。
「確かに信じられないですよね。僕も陽菜さんの言う事は、弟的立場で考えたら理解出来ます」
雰囲気に流されない岡本の言葉に、ぱっと花開いたように笑ったのは陽菜さんだ。
「ですよね! えへへ~分かってもらえます?」
なぜか岡本に肩を持たれると嬉しい陽菜さんがいる。
どうやら陽菜さんはずいぶんと岡本びいきになっているようだ。
しかし、天野に味方がいないわけではない。里羅さんが隣に座る陽菜さんの太ももに手をかけポンポンと叩いた。
「ヒナ。ユージが言っている事は本当よ。それについても友人を通じて調査済みだから。過去の女性達にそれとなく近づいて話を聞き出してもらったけれども、皆ユージと付き合った事に恨みも後悔もないそうよ。さすがねユージ、素晴らしいわ」
里羅さんは陽菜さんと逆で、天野びいきだった。
突然現れた謎の長身美人(もちろん正体は天野のお姉さんだが)に過去の事を調べられ、更に呼び捨てで褒められるという事実に驚きを隠せない天野は、戸惑いながらもこう答えた。
「ど、どうも。フォロー助かる……?」
天野はヒクヒクと頬を震わせながら笑い、最後は疑問形で締めくくっていた。
疑問形ながらも助かるという言葉を聞いて、気をよくした里羅さんは、天野のあぐらをかいて座っている姿を見ながらニンマリと笑った。
「そのボーダーのパーカーを選んだの? さすがね。それ最新作なのよ。部屋着だったらダメージデニムをあわせるかなと思ったけど、白のパンツで組み合わせたのね」
「え、あ、これ? 今日、岡本がたくさんの洋服をもらったからって。新作も多いし、すげぇなぁって思っていたけれども。そうか……里羅さんのプレゼントだったのか。勝手に着てすみません」
驚いて自分の着ているパーカーの前を撫でた天野が、くせ毛風にアレンジした髪の毛をガシガシとかき恥ずかしそうに謝った。
おしゃれに興味がある天野だ。洋服の山を見て飛びついたのだろう。姿が目に浮かぶ。
そんな天野の言葉に食いつくようにして身を乗り出したのは里羅さんだった。
「気にしないで。洋服は着て輝くものだからいいのよ。それにしても素晴らしい! 思った通りの感性だわ。ああ~見るだけでも楽しいわね。聡司と違って意見交換出来るというのは新鮮だし。着せ替えがいがあるというものよ」
「え?」
「いいえ。こちらの話よ。コホン」
里羅さんと天野のやり取りに、一晩中着せ替え人形にされた事のある岡本は、小さく咳をして話を戻した。
「と、とにかく。浮気がなかったという事実は分かりましたけれども。陽菜さんの心配は最もだって言う話ですよ。天野さん、妹さんだって兄を思って心配するんですよ?」
「そうだな。陽菜、悪かったな心配かけて。俺は浮気なんて一度もした事ねぇ……って言うか、何でおまえが陽菜の代弁者みたいになってんだよ!」
天野はあぐらをかいたまま横を向いて、岡本をギリリと睨んだ。焦げ茶色の瞳の中に苛立ちが見える。
「年下としての意見ですよ」
岡本は更に小さく咳払いをして、眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げた。それから陽菜さんを見つめてにっこりと笑う。陽菜さんはそんな岡本を見つめてから頬を染めうんうんと何度も頷いた。
その岡本とやり取りを天野は見て、陽菜さんと岡本の視界に入り込んだ。
「それはこっちのセリフだわ。里羅さん……お姉さん、わざわざ調べたって言うじゃないか。大体岡本こそ不特定多数の人間と付き合う人生だろ? 里羅さんが調べる気持ちも分かるわ。大丈夫なのかと心配するだろ」
天野の言葉に今度は里羅さんが大きく頷いた。しかし、岡本は更に天野に食ってかかる。
「冗談じゃないですよ! 歳も三十だって言うのに今さら人生をどうこう言われる筋合いはありませんよ」
そこから論点が少しズレて、天野と岡本の言い合いがはじまる。
大抵どこか冷めている兄気質の天野が譲歩するのだが、今日はその天野も陽菜さんが目の前にいる事で調子が狂っている。
ああ、止まらない。どうしよう……私は口を挟む隙間がなくて冷や汗がダラダラと流れる。
天野と岡本がお互いのトレーナーやパーカーの襟元をぐっと握ったところで、陽菜さんの黄色い悲鳴があがる。
「きゃぁ!」
それは『取っ組み合いをしないで!』という暴力に驚いた悲鳴ではない。黄色い悲鳴だ。
好きなアイドルの一挙手一投足に悲鳴をあげたファンの一人なのだ。
目をキラキラとさせた陽菜さんの声に、思わず天野と岡本が動きを止めてた。それから向かい側に座る陽菜さんに視線を移した。
「素敵すぎる。もう、何と、言われても! 仲が良すぎての喧嘩としか言いようがないよね? ないよねぇ? 何でそんなに仲良しなの? そんなキラキラな二人じゃ鼻血が出そうなのに」
若干ハァハァしている息づかいの陽菜さんだ
「はっ?」
「鼻血?」
あまりにも興奮している陽菜さんの様子に、天野と岡本が動きを止めた。
そこへ里羅さんがスマートフォンをいつの間にか握りしめ、連射で写真を撮り続けていた。
「ビデオもいいけれどやっぱり写真よ! 額縁に入れて眺めるには完璧な状態で──」
里羅さんもハァハァと息を荒くして天野と岡本の写真を撮っていた。
陽菜さんと里羅さんの二人は、天野と岡本がカップルとして成立していると信じ切っているので、その二人の日常を垣間見る事が出来て、興奮しているのだろう。
ドラマや漫画、小説での出来事みたいな。美形の二人の世界──として。
「なぜ」
「写真を?」
理解が出来ないと首を傾げた天野と岡本だった。
すると里羅さんがとうとう爆弾を投下した。
「だってユージと聡司は付き合っているんでしょう? 二人の真の姿。恋人同士である姿を撮りたいのよ」
オー・マイ・ガー! とうとう里羅さんが言ってしまった。
私は正座した太ももの上でぎゅっと両手で拳を作った。
その発言を聞いた天野と岡本は、口を開けたまま微動だにしなくなる。
「アハハ! すごーい二人一緒に動かなくなった。って言うかバレバレなんだよお兄ちゃん。涼音さんにお願いして、涼音さんと付き合ってる振りをしたりしてさ。そんなに隠さなくったって岡本さんと付き合っている事否定したりしないのに~」
高校生の陽菜さんにまで爆弾を投下され、天野と岡本は石化したように見えた。
「本当よね今さらそんな事で驚くような私達じゃないのに、ねぇ?」
「だよねー! キラリン」
里羅さんと陽菜さんはお互いの手を握りあい頬を寄せ合ってにっこり笑った。
それから数秒。いえ数十秒だったかもしれない。再び動き出した天野と岡本は、自分達の像を残し、一人分後ろにはじけ飛んだ。
天野は両腕にポツポツと鳥肌を立たせてさすった。
「ばっ、馬鹿な事言うな! どうして俺が岡本と付き合うんだ。俺は完全ストレートだよっ!」
岡本も黒縁眼鏡を光らせて慌てて首を左右に振った。
「そうですよ。同性のカップルだっている時代ですが、僕も完全ノーマルですよ!」
当然予想通りの天野と岡本の反応だ。
次に若干空白の時間があったのは里羅さんと陽菜さんだった。しかし、天野と岡本が否定しても立ち直りが早くケラケラと笑った。
「まぁ、そんな嘘を言わなくても」
「そうだよーキラリンの言う通りだよ」
里羅さんと陽菜さんには全く飲み込めないのか、否定を更に否定する。
天野はそんな陽菜さんに小さくため息をついてくせ毛風の髪の毛をかき上げた。
「あのなぁ陽菜。確かに俺と岡本は一緒に仕事をしているせいか、社内でもそんな面白おかしく揶揄う噂が流れる事もあるさ。だけど、それは本当に悪い冗談なんだぜ?」
「だって二人はいつも週末は過ごしているんでしょ? キラリン調査だとそうだって」
「週末は過ごしているって……おまえどうしてそれを知ってるんだ?」
知らないはずの事実を知っている事に天野は慌てた。
当然、陽菜さんは納得してないので、隣の里羅さんに意見を求めた。
すると、その陽菜さんの言葉を聞いて声をあげたのは岡本だ。
「里羅! 陽菜さんは高校生なんだぞ。勝手に人のプライベートを探っといて、陽菜さんに教えるだなんて、やりすぎだ!」
「えぇ~? だって、社内の噂はかなりの角度だって聞いたわよ。しょっちゅう二人で資料室にこもっているって」
里羅さんの言葉を聞いて、思わず口を押さえたのは天野だった。
小さな声で「マジかよ。そんな事まで調査出来るのか」とつぶやいていた。
どうやら資料室に二人でいたのは本当らしい。
「それは! 僕達二人は途中入社で仕事の流れが分かっていない事が多いからだ。情報を得る為に資料室にこもる事があるんだよ。そもそも誰なんだ、僕と天野さんが付き合っているみたいな発言をする社内の人って。社内外で噂するなんて。場合によってはセクハラだと考えないのか?」
ギラリと鋭い瞳で岡本は里羅さんを睨みつけた。里羅さんはそれでもどこ吹く風だ。
「誰かだなんて言えないわ。だって大切な情報提供者なんだから」
「間違った事を伝える人間なんて、情報提供者でも何でもないだろ!」
ぴしゃりと言ってのけた岡本に里羅さんが身を乗り出して尋ねた。
「それならなぜあなた達二人は、週末仲睦まじく過ごしているの? その説明をしてくれないと私とヒナは納得しないわよ? まさか友達だからなんて言わないわよね。毎週泊まり込む関係は恋人しかないわよね」
腕を組んで鼻息を荒くしふんぞり返る里羅さんだ。
三人で付き合っているという覚えのある天野と岡本は、里羅さんが説明しろと言い張る意味が素直に飲み込めずにいた。
「二人で週末仲睦まじくって」
「だって二人じゃないのに」
天野と岡本が、今まで話の中に私が登場しない事にようやく気がつき、顔をあげて私を見つめた。
そう二人じゃないの。毎週泊まり込む関係には必ず私も一緒だったのよ。
天野と岡本の視線が移動した事で、自然と陽菜さんと里羅さんの視線も私に注がれた。
このタイミングを逃したら、もう本当の事を話す機会はない! 私は、きゅっと膝の上で作った握りこぶしに再び力を込める。
それから真っ直ぐ顔をあげて、息を胸いっぱいに吸い込んだ。
「陽菜さん、里羅さん嘘をついてごめんなさい。本当は、天野と岡本が付き合っているんじゃないんです。私も含めて──三人で付き合っているんです」
リビングに私の声が響いた。
岡本住むマンション管理は厳重で、出入りする人間も全てチェックされている。私と天野は付き合いはじめた時に、岡本の部屋に出入りする人として登録をした。私が陽菜さんと里羅さんを連れている場合も、知人扱いとして問題はない。
それにしても陽菜さんはともかく里羅さんは私が、岡本のマンションに出入り出来るなんておかしいと思わないのかしら。
岡本のマンションはハイグレードタイプのマンションだ。医者、弁護士、芸能人といった高収入の人間が多く住んでいる。昨今、同じマンションに誰が住んでいるかなんて、詮索はしないものだが、いつかマンションのエレベーターですれ違った人は、ワイドショーを賑わしていた芸能人だった。社会人として考えても、私みたいな普通の社会人、一般人がこのマンションの住人として出入りするのは不自然と思うはずなのに。
そんな私の疑問は、陽菜さんに説明する里羅さんの話を聞いて理解出来た。
「涼音が聡司と同じマンションに住んでるっていうのは、友達が調査してくれた時に分かったの。涼音は聡司と同じ階に住んでいる医者とお付き合いしているのでしょう?」
「「えっ」」
私と陽菜さんは同時に声をあげる。
私の「えっ」は驚きの声だったのだが、反対に弾んでいた陽菜さんの声にかき消されてしまった。その後、続けざまに興奮した陽菜さんの声が聞こえた。
「お医者さんってすごーい! だよねぇ涼音さんみたいに落ち着いた女性がお兄ちゃんの恋人なんておかしいと思った。確かに! お医者さんって聞いたら納得~」
「ち、違」
違うのよ、陽菜さん。お医者さんなんて、全然、全く、これっぽっちも、接点がないのよ。
そう言いたいのに、今度は里羅さんの声にかき消される。
「そうなのよ。涼音が健康診断で通っている、総合病院の跡取り息子だそうよ。優しくて職場でも大人気なんですって。馴れ初めが気になるところだわ~ね? いつか聞かせてよね」
と、里羅さんが私の肩をポンポンと叩いた。
「……」
いやいやいやいや。健康診断で通うだけの総合病院の先生と、いつお知り合いになるんですか! それに跡取り息子って、どの先生よ。全く覚えがないのに。
総合病院の跡取り息子であるドクターが住んでいるのは事実らしい。私の出入りが、なぜそのドクターと結びついたのか。
そこで私は、里羅さんの『友達が調査してくれた』という言葉を思い出した。
まさかね? 里羅さんの友達だから当然プロの探偵だと思っていたけれどもしかして違うのかしら。
私は思い切って、頭一つ背の高い里羅さんに尋ねてみる。
「里羅さん。調べてくれた友達って探偵事務所にお勤めなんですか?」
すると里羅さんがカラカラと笑った。
「確かに探偵を稼業にしている友達もいるけど、残念な事に日本には住んでいないの。今回調査をお願いしたのは昔一緒に働いていた友達よ」
「お、お友達ですか?」
やっぱり! 私は思わず顔をあげ里羅さんの顔を見上げる。里羅さんはウインクを交えながら楽しそうに話しはじめる
「今回の話を聞いたら面白そうと興味を持ってね。丁度休業中らしくて、時間がたっぷりあるから協力してくれたの。だけど、専門職じゃないから何もかも手探りよ! 器材も何もないしね。そんなところからはじめたから、友達もね探偵気分で楽しかったって言っていたわ」
聞けば盗聴器やカメラなど様々な器材を揃えたのだとか。お金持ちの金銭感覚はついていけないと思った。
「それにさ、調査対象が眼福だって言っていたわ! 聡司も見た目だけはいいでしょ? 更にユージなんて、素敵としか言いようがないし」
「そ、そうですか」
予想通りだ。
里羅さんと仲良く出来る友達でしょ? 何となく里羅さんの性格を考えると似たもの同士なのではないかと考えられる。
それなら、私が知らないお医者さんと恋人同士になっているっているという、むちゃくちゃな設定をしてしまったのね。
そうよね……そもそも、三人で付き合うなんて、同性同士が付き合うよりもありえない話だものね。
もしこれが本職である探偵に頼んでいたとしたら、岡本と同じ会社の女子社員(私)が出入りしているだけで、岡本と関係がある女性の可能性があると考えるかもしれない。
それを考えると、里羅さん達はよほど岡本と天野をカップルにしたかったのかもしれない。
人間、そうあってほしいと考える傾向がある。
想像から生まれた岡本と天野の関係。そうであったら面白いかも、素敵かも。
調べた友達も、里羅さんも、そして陽菜さんも。そう考えてしまった。
だけど、こんなに誤解してしまったのは、本当の関係を伝えなかった、私達のせいでもあるのよね。
最初の話に戻ってしまい、私は深いため息をついた。
私の後ろからついてくる陽菜さんと里羅さんは、そんな私のため息に気がつく事なく会話を弾ませていた。
「キラリンさっすがぁ~! そしてそのお友達もナイスだね!」
「そうなのよ。調査に協力してくれた友人には、御礼をしないといけないわね。とはいえ、その友人もユージと聡司のファンなんだけどね」
「その気持ち分かる、分かる~。アイドルだってビックリの美形だもん。お兄ちゃんもさー顔だけはね、本当に褒められると思うし」
きゃっきゃっと会話に花を咲かせていた。
そんな会話をしながらマンションのエントランスゲートに到着する。私達三人が並ぶと、重厚なチョコレート色をした自動ドアがスライドして開いた。
「わっ」
陽菜さんが驚いて里羅さんの腕をぎゅっと握った。
静かに開いたドアの先にはホテルのロビーに似た吹き抜けの空間が待っていた。私も初めて来た時はビックリしたのよね。それも雨が降ってびしょ濡れになった日だったから、不審者極まりなかったのよね……当時を思い出し感慨にふける。
更に歩いたその先のドアをくぐれば、各階にいくエレベーターと階段があるフロアになる。私は、岡本からもらったカギをオートロックパネルにかざし、自分の顔をカメラに映し出す。カギが開き、焦げ茶色のドアが自動で開いた。
ここまで来たなら覚悟を決めるのよ涼音! 私は深呼吸をしてきゅっと口を閉じた。天野と岡本は私が二人を連れてきた事に驚くだろう。どのぐらい驚くかなんて、想像もつかない。それでも私達、三人は逃げられないのよ。
「すごーい。こんなの見た事がないよ」
陽菜さんの驚く声を聞きながら私達は、岡本の住む階へと足をすすめた。
◇◆◇
岡本の部屋の前までたどり着くと、陽菜さんが私の後ろからそっとドアをのぞき見る。
「エントランスのドアも綺麗だったけれども部屋のドアも素敵。私、初めてかもこんな凄いマンションに入るの」
「ヒナったらオーバーね。聡司のマンションなら、そうね……中流ってところかしら。とはいえ、エントランスや通路も掃除が行き届いている上に静かだし。住みやすそうでいいわね」
「えーっこれで中流なの? 嘘ぉ~私はスペック高いと思うけど」
「中の上といったところかしら」
「嘘! じゃぁキラリンの思うハイスペックってどんな感じなの?」
比較的お金持ちが通う全寮制私立高校に通う陽菜さんから見ても、このマンションはハイグレードのようだ。でもそれを中の上と言ってのけるのは里羅さんだ。陽菜さんのセリフには私も頷くしかなかった。
隣との接触をより少なくする為か、各個人宅に続くドアは少しへこんだところにあった。隣同士詮索をされずにすむ。普段だったらすぐにカギを開けて岡本の家に入るのだが、私はゴクンとつばを飲み込んで震える手でインターフォンを押した。その瞬間、里羅さんは陽菜さんと一緒に私の後ろにピタリと並びしゃがみ込んだ。どうやらドアモニターの前から姿を消す作戦らしい。
インターフォンの音は室外には漏れる事はない。少ししてからガチャリと音がしてモニター付近にライトが灯った。
『はい、って、誰かと思ったら倉田さんじゃないですか。インターフォンなんか押してどうしたんです? カギを開けて入ってくればいいのに』
自宅に帰り、緩みきった岡本の声が聞こえる。中低音の優しい声に、私はホッとした。
「あの実は」
私は後ろに隠れている陽菜さんと里羅さんの存在をどういう風に伝えたらいいのか分からず、言葉を飲み込んでしまった。
ストレートに言えばいいんだけど、いざとなると言葉がすんなり出ない。私が悩んでいるとしゃがみ込んだ里羅さんがツンツンと私のコートの裾を引っ張った。俯いていた私は、里羅さんのささやく言葉を拾い上げる。
『両手が塞がっているからドアを開けてほしい』
里羅さんは口をパクパクして告げる。
私はもごもごと小さく言葉を反芻したら、インターフォンに近づく。いや、別に近づかなくても聞こえるんだろうけれど。そうしてしまうのは二人をより陰に隠したいからかもしれない。
「えっと。りょ、両手が塞がっていてね。ドアを開けてほしいんだけど。お願い出来るかしら?」
ダメな私。不自然な棒読みとなってしまった。しかし、岡本は何の疑いもなく小さく笑う。
『いいですよ。少し待っていてくださいね』
そう言ってガチャリとドアフォンが切れた。
ドアモニターから、しゃがみ込んでいる陽菜さんと里羅さんは見えなかったようだ。隠れている二人は肩を寄せ合って話をしている。
「緊張する~生の岡本さんに会える。しかもお家ってさーどうしよう?」
「ねぇ。ヒナ。聡司がドアを開けたたらすぐに走り出してね。私がドアを押さえておくからヒナには部屋に入ってほしいの。真っ直ぐいけばリビングダイニングだから。そこにお兄さんのユージがいるはずよ!」
「り」
陽菜さんは里羅さんの指示に若者らしく短く答えた。里羅さんは私を見上げるとにっこり笑った。
「涼音は動かないようにね」
「……はい」
としか答えようがなかった。
ほんの数秒だ。ドアの施錠が外れる音がして、岡本が顔を出す。それからゆっくりとドアを開けた。私だと知っているからドアスコープからも確認しなかったのだろう。開いたドアの先、岡本は身体が泳ぐ程大きめな茶系のトレーナーに白いTシャツの裾を覗かせていた。パンツも緩やかなタイプで細身の身体を包んでいた。
その姿を見た私は思わずかっこよさにため息をついてしまった。
初めて見る部屋着だ。もしかしたらこの間洋服をたくさん里羅さんからもらったからその中の一つなのかもしれない。その姿に魅了されたのは私だけではなかった。ドアが開いたらダッシュを決めるはずの陽菜さんが立ち上がるなり感嘆の声を漏らす。
「嘘~かっ、かっこよすぎ!」
岡本を見つめる瞳には星やハートが散らばっている。
「えっ、君は誰? って……うゎーっ!!!」
岡本は私を見てから陽菜さんを見つけ首を傾げたが、背の高い女性である里羅さんを見つけてドアから飛び退いた。まるでお化けを見たかの勢いだ。岡本の黒縁眼鏡がずるりと落ちて慌て振りを強調した。
里羅さんは強い口調で話しはじめる。
「It looks good on you. I'll disturb you」
早口の英語だが「いい感じね? 邪魔するわよ」だろう。
「り、里羅! Why in this place? You should have returned!」
岡本もとっさに英語になってしまう。「なぜこの場所に? 帰ったはずじゃないのか!」だろう。
岡本がそう叫んだと同時に、我に返った陽菜さんが上半身をかがめて大きく開いたドアを通り抜けた。
「こんにちは! 私、陽菜って言います。ごめんなさい岡本さんお邪魔します~! お兄ちゃーん、どこにいるの~」
陽菜さんはスニーカーをこすり合わせるように脱ぎ捨てると、岡本の部屋に上がり込む。そしてリビングダイニングに向かって真っ直ぐかけていった。
「あっ! 待って。君は誰なの? ヒナって。え? お兄ちゃん?」
陽菜さんの突然の行動に驚いて制しようとするも、里羅さんに片方の腕を引っ張られ反対にドアに身体をぶつける事となった。
「イテッ! 里羅、引っ張るなよ服が破れる」
「大丈夫よ、これはストレッチ素材だから伸びるでしょ。に、してもドアスコープから確認ぐらいしなさいよ。強盗とかに押し入られるわよ」
「相手が倉田さんだって分かっていたからだよ。って、ホテルですら素っ裸で出てくる里羅に言われたくない!」
「あら、ホントね。言うじゃない」
岡本は気が動転しているのか、なぜかこの間パンツ一枚で出てきた里羅さんを咎める会話をしはじめた。あまりにも声が大きく、廊下に響いたので私は片手をあげて意見した。
「あの。声が響くしとりあえず家の中に入れてもらえないかな。色々、双方言いたい事があると思うし」
と、私が言うと岡本と里羅さんがお互いを見つめあって身体を起こした。
岡本はため息をついて何となく察したのか私と里羅さんを招き入れる。
「どうせ里羅が倉田さんを脅したんだろ? 僕が里羅を家にあげないと見越してさ」
ジロリと里羅さんを睨みつけるが、里羅さんはカラカラと笑う。
「半分正解よ! 実はね、友達に頼んで最近の聡司の動向を調べてもらったの」
「えっ?」
いきなり調べていたと話をされ岡本がポカンとしていた。
「聡司が悪いのよ。恋人の存在を秘密にしようとするから、調査してもらったの」
「ちょ、調査だって?!」
里羅さんの行動力に岡本が顔色を変える。しかし里羅さんはどこ吹く風だ。
「ここまで来たら本当の事を打ち明けてもらうわよ?」
フフンと、目を三日月のように細めて里羅さんは部屋の中に入る。長い髪の毛を揺らして堂々としていた。
その態度に岡本は両手を広げて頭の上に手を乗せ、オーバーなポーズを取る。
「どういう神経をしているんだ。人のプライベートを勝手に調べるなんて!」
「あら? 聡司が事実を言わないからでしょ?」
「……本当の事?」
三人で付き合っている事を隠していたという、後ろめたさがあるのか。岡本が少しだけ息を飲んだのが聞こえた。
「涼音を紹介してくれた時には、私は全てを知っていたんだから」
そう言い捨てると里羅さんは靴を脱いでずんずんとリビングダイニングへ向かって歩いていく。
全てを知っていた──というセリフを聞いて、岡本が目をこれでもかと大きく開いた。
「全てを知っていたって……」
岡本は驚いたまま私を見つめた。私は後ろ手に玄関のドアを閉めた。
「あの、それがね。全てを知っているどころか、里羅さんは大きな誤解をしているの」
「誤解?」
岡本はわけが分からず首を傾げた。その頃、リビングダイニングから天野と陽菜さんの声が聞こえた。
「うわっ?! 陽菜! 何でここに?!」
「さぁお兄ちゃん。もう逃げられないよ! 本当の事を私に教えてよ!」
ようやく私達は、それぞれの家族と対面する事が出来たのだ。
◇◆◇
黒革張りの三人がけのソファに陽菜さんと里羅さんが座った。そしてテーブルを挟んであぐらをかいて座るのは天野。その隣に正座をしているのは岡本だ。私は、長方形のテーブルの短辺側、お誕生日席と呼ばれる場所に正座をしていた。
テーブルにはお茶も水も出ていない。何とも言えない雰囲気が漂っている。岡本のマンションで、それぞれ家族と顔をつきあわせているという状況だ。
最初、岡本と天野はなぜこんな場所に?! と驚いていたがひとまず落ち着き、お互いの紹介をしあった後、話をしようとテーブルを囲んだところだった。
どうしよう。私から話をすすめるべきなのかしら。最初から三人で付き合っているのだと陽菜さんと里羅さんに説明すればよかったのに、話はこじれてしまっている。
まずは里羅さんと陽菜さんの誤解を解くところからだろうか。私は意を決して口を開こうとしたが、先に開いたのは里羅さんだった。
「さぁ! まずは説明してもらうわよ」
モデルでも通用する長い足を組み替え、少し顎をあげて発する里羅さんの声がリビングに響いた。
「説明……そうだな、悪かったよ」
そんな里羅さんに対して、静かに口を開いたのは岡本だった。
お詫びの言葉を口にしてもうなだれてはいない。正座をしてしっかりと背筋を伸ばす姿は凜としていた。今の言葉は、私達三人が付き合っているという事を隠していた事を、謝ったつもりだろう。
ああ……岡本。残念ながら里羅さんには、それじゃぁ伝わらないのよ。
私も会話をしていて気がついたのだが、主語がない状態で話をしても、岡本は天野と付き合っていると思い込んでいる里羅さんには、伝わらないのだ。
「聡司、謝る必要なんてないのよ。だって、たとえ家族でも言いにくい事実はあると思うから」
胸に手を当てて里羅さんが静かに答える。
「ああ。それでも里羅は僕の理解者である事はよく知っているよ」
岡本が優しい微笑みを浮かべて微笑む。
「嬉しいわ。私の理解者が聡司であるように、私もあなたの理解者でありたいと願っている。だからこそ、今回の事は調べて知らされるよりも、聡司の口から直接聞きたかったわ」
「うん……って、里羅!」
途端に岡本が怒り出した。
「ん? 何?」
強めに岡本が、里羅さんの名前を呼んだが全く気にしていない。岡本は両腕組んで静かに怒る。
「しんみりした雰囲気だからって調子に乗るなよ。そもそも家族で会おうっていう話をする前から、勝手に調べたのはそっちだろ。どの口が言ってるんだよ」
岡本の怒りは最もだった。調べていたのはずいぶんと前からのようだ。先週、里羅さんとホテルで会った時には既に岡本は天野と付き合っているという、誤解をした状態だったのだから。
「んー? そうだったかしら」
しかし里羅さんも負けていない唇の下に人差し指をつけてわざと悩んで見せていた。
ダメだ! 全然かみ合ってない! 私は肩をあげて正座したまま俯いた。
今度は陽菜さんが話しはじめた。
「私だってすごく、すごーく心配したんだよ。私も本当の事を知るまでは、お兄ちゃんは浮気をしているとばかり思っていたし」
「何で俺が浮気をするんだよ。今まで浮気なんてした事はないぜ」
浮気というワードに天野が噛みついてた。妹に直接言われるとさすがに否定したくなるのだろう。
ん? でも今までで一度も浮気をした事がない、なんて。
思わず私は首を傾げてしまった。首を傾げたのは私だけではなく、岡本も同じようなポーズをしていた。そんな私と岡本を交互に見た天野が冷静に話し出す。
「俺は確かに過去、恋人がよく替わっていたさ。でも、付き合っていた相手とはきっちり別れてから付き合っていたぜ」
私と岡本に向かって説明する天野に、疑いの声を向けるのは妹の陽菜さんだった。
「ホントぉ? あんなに頻繁に替わったらさ。絶対二股の時期があったって思うじゃん」
「自分の兄貴の言う事ぐらい信じろよ」
困ったように眉をたれさせる天野だ。
ああ、そんな顔をされると何だか許したくなるのよね。私は明らかに天野の雰囲気に飲まれそうな陽菜さんを見つめた。しかし、そのタイミングで口を開いたのは岡本だった。
「確かに信じられないですよね。僕も陽菜さんの言う事は、弟的立場で考えたら理解出来ます」
雰囲気に流されない岡本の言葉に、ぱっと花開いたように笑ったのは陽菜さんだ。
「ですよね! えへへ~分かってもらえます?」
なぜか岡本に肩を持たれると嬉しい陽菜さんがいる。
どうやら陽菜さんはずいぶんと岡本びいきになっているようだ。
しかし、天野に味方がいないわけではない。里羅さんが隣に座る陽菜さんの太ももに手をかけポンポンと叩いた。
「ヒナ。ユージが言っている事は本当よ。それについても友人を通じて調査済みだから。過去の女性達にそれとなく近づいて話を聞き出してもらったけれども、皆ユージと付き合った事に恨みも後悔もないそうよ。さすがねユージ、素晴らしいわ」
里羅さんは陽菜さんと逆で、天野びいきだった。
突然現れた謎の長身美人(もちろん正体は天野のお姉さんだが)に過去の事を調べられ、更に呼び捨てで褒められるという事実に驚きを隠せない天野は、戸惑いながらもこう答えた。
「ど、どうも。フォロー助かる……?」
天野はヒクヒクと頬を震わせながら笑い、最後は疑問形で締めくくっていた。
疑問形ながらも助かるという言葉を聞いて、気をよくした里羅さんは、天野のあぐらをかいて座っている姿を見ながらニンマリと笑った。
「そのボーダーのパーカーを選んだの? さすがね。それ最新作なのよ。部屋着だったらダメージデニムをあわせるかなと思ったけど、白のパンツで組み合わせたのね」
「え、あ、これ? 今日、岡本がたくさんの洋服をもらったからって。新作も多いし、すげぇなぁって思っていたけれども。そうか……里羅さんのプレゼントだったのか。勝手に着てすみません」
驚いて自分の着ているパーカーの前を撫でた天野が、くせ毛風にアレンジした髪の毛をガシガシとかき恥ずかしそうに謝った。
おしゃれに興味がある天野だ。洋服の山を見て飛びついたのだろう。姿が目に浮かぶ。
そんな天野の言葉に食いつくようにして身を乗り出したのは里羅さんだった。
「気にしないで。洋服は着て輝くものだからいいのよ。それにしても素晴らしい! 思った通りの感性だわ。ああ~見るだけでも楽しいわね。聡司と違って意見交換出来るというのは新鮮だし。着せ替えがいがあるというものよ」
「え?」
「いいえ。こちらの話よ。コホン」
里羅さんと天野のやり取りに、一晩中着せ替え人形にされた事のある岡本は、小さく咳をして話を戻した。
「と、とにかく。浮気がなかったという事実は分かりましたけれども。陽菜さんの心配は最もだって言う話ですよ。天野さん、妹さんだって兄を思って心配するんですよ?」
「そうだな。陽菜、悪かったな心配かけて。俺は浮気なんて一度もした事ねぇ……って言うか、何でおまえが陽菜の代弁者みたいになってんだよ!」
天野はあぐらをかいたまま横を向いて、岡本をギリリと睨んだ。焦げ茶色の瞳の中に苛立ちが見える。
「年下としての意見ですよ」
岡本は更に小さく咳払いをして、眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げた。それから陽菜さんを見つめてにっこりと笑う。陽菜さんはそんな岡本を見つめてから頬を染めうんうんと何度も頷いた。
その岡本とやり取りを天野は見て、陽菜さんと岡本の視界に入り込んだ。
「それはこっちのセリフだわ。里羅さん……お姉さん、わざわざ調べたって言うじゃないか。大体岡本こそ不特定多数の人間と付き合う人生だろ? 里羅さんが調べる気持ちも分かるわ。大丈夫なのかと心配するだろ」
天野の言葉に今度は里羅さんが大きく頷いた。しかし、岡本は更に天野に食ってかかる。
「冗談じゃないですよ! 歳も三十だって言うのに今さら人生をどうこう言われる筋合いはありませんよ」
そこから論点が少しズレて、天野と岡本の言い合いがはじまる。
大抵どこか冷めている兄気質の天野が譲歩するのだが、今日はその天野も陽菜さんが目の前にいる事で調子が狂っている。
ああ、止まらない。どうしよう……私は口を挟む隙間がなくて冷や汗がダラダラと流れる。
天野と岡本がお互いのトレーナーやパーカーの襟元をぐっと握ったところで、陽菜さんの黄色い悲鳴があがる。
「きゃぁ!」
それは『取っ組み合いをしないで!』という暴力に驚いた悲鳴ではない。黄色い悲鳴だ。
好きなアイドルの一挙手一投足に悲鳴をあげたファンの一人なのだ。
目をキラキラとさせた陽菜さんの声に、思わず天野と岡本が動きを止めてた。それから向かい側に座る陽菜さんに視線を移した。
「素敵すぎる。もう、何と、言われても! 仲が良すぎての喧嘩としか言いようがないよね? ないよねぇ? 何でそんなに仲良しなの? そんなキラキラな二人じゃ鼻血が出そうなのに」
若干ハァハァしている息づかいの陽菜さんだ
「はっ?」
「鼻血?」
あまりにも興奮している陽菜さんの様子に、天野と岡本が動きを止めた。
そこへ里羅さんがスマートフォンをいつの間にか握りしめ、連射で写真を撮り続けていた。
「ビデオもいいけれどやっぱり写真よ! 額縁に入れて眺めるには完璧な状態で──」
里羅さんもハァハァと息を荒くして天野と岡本の写真を撮っていた。
陽菜さんと里羅さんの二人は、天野と岡本がカップルとして成立していると信じ切っているので、その二人の日常を垣間見る事が出来て、興奮しているのだろう。
ドラマや漫画、小説での出来事みたいな。美形の二人の世界──として。
「なぜ」
「写真を?」
理解が出来ないと首を傾げた天野と岡本だった。
すると里羅さんがとうとう爆弾を投下した。
「だってユージと聡司は付き合っているんでしょう? 二人の真の姿。恋人同士である姿を撮りたいのよ」
オー・マイ・ガー! とうとう里羅さんが言ってしまった。
私は正座した太ももの上でぎゅっと両手で拳を作った。
その発言を聞いた天野と岡本は、口を開けたまま微動だにしなくなる。
「アハハ! すごーい二人一緒に動かなくなった。って言うかバレバレなんだよお兄ちゃん。涼音さんにお願いして、涼音さんと付き合ってる振りをしたりしてさ。そんなに隠さなくったって岡本さんと付き合っている事否定したりしないのに~」
高校生の陽菜さんにまで爆弾を投下され、天野と岡本は石化したように見えた。
「本当よね今さらそんな事で驚くような私達じゃないのに、ねぇ?」
「だよねー! キラリン」
里羅さんと陽菜さんはお互いの手を握りあい頬を寄せ合ってにっこり笑った。
それから数秒。いえ数十秒だったかもしれない。再び動き出した天野と岡本は、自分達の像を残し、一人分後ろにはじけ飛んだ。
天野は両腕にポツポツと鳥肌を立たせてさすった。
「ばっ、馬鹿な事言うな! どうして俺が岡本と付き合うんだ。俺は完全ストレートだよっ!」
岡本も黒縁眼鏡を光らせて慌てて首を左右に振った。
「そうですよ。同性のカップルだっている時代ですが、僕も完全ノーマルですよ!」
当然予想通りの天野と岡本の反応だ。
次に若干空白の時間があったのは里羅さんと陽菜さんだった。しかし、天野と岡本が否定しても立ち直りが早くケラケラと笑った。
「まぁ、そんな嘘を言わなくても」
「そうだよーキラリンの言う通りだよ」
里羅さんと陽菜さんには全く飲み込めないのか、否定を更に否定する。
天野はそんな陽菜さんに小さくため息をついてくせ毛風の髪の毛をかき上げた。
「あのなぁ陽菜。確かに俺と岡本は一緒に仕事をしているせいか、社内でもそんな面白おかしく揶揄う噂が流れる事もあるさ。だけど、それは本当に悪い冗談なんだぜ?」
「だって二人はいつも週末は過ごしているんでしょ? キラリン調査だとそうだって」
「週末は過ごしているって……おまえどうしてそれを知ってるんだ?」
知らないはずの事実を知っている事に天野は慌てた。
当然、陽菜さんは納得してないので、隣の里羅さんに意見を求めた。
すると、その陽菜さんの言葉を聞いて声をあげたのは岡本だ。
「里羅! 陽菜さんは高校生なんだぞ。勝手に人のプライベートを探っといて、陽菜さんに教えるだなんて、やりすぎだ!」
「えぇ~? だって、社内の噂はかなりの角度だって聞いたわよ。しょっちゅう二人で資料室にこもっているって」
里羅さんの言葉を聞いて、思わず口を押さえたのは天野だった。
小さな声で「マジかよ。そんな事まで調査出来るのか」とつぶやいていた。
どうやら資料室に二人でいたのは本当らしい。
「それは! 僕達二人は途中入社で仕事の流れが分かっていない事が多いからだ。情報を得る為に資料室にこもる事があるんだよ。そもそも誰なんだ、僕と天野さんが付き合っているみたいな発言をする社内の人って。社内外で噂するなんて。場合によってはセクハラだと考えないのか?」
ギラリと鋭い瞳で岡本は里羅さんを睨みつけた。里羅さんはそれでもどこ吹く風だ。
「誰かだなんて言えないわ。だって大切な情報提供者なんだから」
「間違った事を伝える人間なんて、情報提供者でも何でもないだろ!」
ぴしゃりと言ってのけた岡本に里羅さんが身を乗り出して尋ねた。
「それならなぜあなた達二人は、週末仲睦まじく過ごしているの? その説明をしてくれないと私とヒナは納得しないわよ? まさか友達だからなんて言わないわよね。毎週泊まり込む関係は恋人しかないわよね」
腕を組んで鼻息を荒くしふんぞり返る里羅さんだ。
三人で付き合っているという覚えのある天野と岡本は、里羅さんが説明しろと言い張る意味が素直に飲み込めずにいた。
「二人で週末仲睦まじくって」
「だって二人じゃないのに」
天野と岡本が、今まで話の中に私が登場しない事にようやく気がつき、顔をあげて私を見つめた。
そう二人じゃないの。毎週泊まり込む関係には必ず私も一緒だったのよ。
天野と岡本の視線が移動した事で、自然と陽菜さんと里羅さんの視線も私に注がれた。
このタイミングを逃したら、もう本当の事を話す機会はない! 私は、きゅっと膝の上で作った握りこぶしに再び力を込める。
それから真っ直ぐ顔をあげて、息を胸いっぱいに吸い込んだ。
「陽菜さん、里羅さん嘘をついてごめんなさい。本当は、天野と岡本が付き合っているんじゃないんです。私も含めて──三人で付き合っているんです」
リビングに私の声が響いた。
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