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第二章【越】
たとえ負けても
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貴重な勝ちを手にしたブッケンは、ベンチに戻るとチームメイトに手荒な祝福を受けた。
「ブッケンやるじゃん! このー!」
「い、痛いよ乃百合ちゃん……」
「なんで皆裏技を隠してるかなー」
「えへへー。まだ成功率が引くくって、でも皆に勇気を貰いました!」
弾ける汗と笑顔が眩しい。
普段はうつむき加減なブッケンも、笑うと実に可愛いらしい女の子だ。
セットカウントが【2-0】となり、圧倒的に有利に思えるこの状況。しかし月裏中との本当の戦いはここからだ。
次のダブルスは、月裏中のナンバーワンとナンバーツーの混合チーム。そして四試合目にはナンバーツーが、五試合目にはナンバーワンが控えている。
つまり、ここまでの勝ちは最低条件。必ずクリアしなければならない事だった。
試合に向かうため、重そうに腰を上げたまひるが、手で両足をパシンと叩き気合いを入れる。
「わっ子、次は俺達の番だ。ここで決めちまおうぜ!」
「はい! 精一杯頑張ります!」
第三試合の始まる前に、まひるは部長として皆を集め、チームを鼓舞する一言をかけた。
「海香が居ねー以上、俺達で何とかするしかねえ。今まで俺達は、何だかんだで海香に頼っちまってたんだ。それがプレッシャーになると分かっていながらな。だから──、県大会は俺達の力で決めようぜ! そんで、海香が来たら教えてやるんだ。お前が負けても俺達がなんとかするってよ!」
「ですね!」
「はい!」
「だね」
「おーっ!」
円を組んで背中を叩きあった念珠崎チームは、心を一つにして強豪月裏中に立ち向かう。先ずはダブルス、月裏中が誇る最強コンビとの一戦──、
そして始まる第三試合。
「桜先輩、相手の選手ってどんな感じなんですか? 四試合目も五試合目にも出てくるから、何か知っていれば教えて下さい」
乃百合は、いつになく真剣な顔で相手の情報を求めた。
「まず、第四セットに出るのは酒田夜宵。私の相手だね。とにかく変則的なサーブや、トリッキーな攻撃を得意とする。まあ、天才型……かな」
既に始まっている試合を見ると、その真宵の変則っぷりがよく分かる。
まずはそのサーブからして厄介極まりない。
酒田夜宵のサーブ。振り上げるような変則的なラケットから繰り出されたボールは、拾いに行った和子と追いかけっ子をする様に、直角に曲がって台から落っこちた。
「なんですかアレ!?」
「【ジャイロサーブ】だよ。スピードは遅いけど、曲がり方はほぼ直角で、当然回転も強烈。わっ子ちゃんが慣れるには時間がかかりそうだよね」
【ジャイロサーブ】回転軸が上を向いている通常の横回転サーブに対し、回転軸が相手の方向を向いている横回転サーブ。その為、バウンドした際の変化が比較にならない程大きく曲がる。
和子に圧倒的に足りない物。それは『経験』である。基本的に念珠崎のメンバー以外と試合をした事の無い和子は、チームメイトが使う技以外は全てが初めて。初見で攻略できる程、卓球は甘くない。
「そして月裏中のエース鶴岡琴女。乃百合ちゃんの相手だね。彼女の得意とするショットは──、あれだよ」
鶴岡琴女の台外プレー。大きくボールを引き込んでからの【チキータ】である。
「あんなところからチキータ!?」
「そう。【ロングチキータ】だよ。ここから見てもとんでもない曲がり方だよね。でもコッチはなんとかなりそう」
鶴岡琴女に対するレシーブはまひるの役目だ。
ロングチキータは確かに異質な曲がり方をして飛び込んでくるが、普段から海香の相手をしているまひるにとっては、捉えられない軌道ではない。
それでも完璧に返すには至難の業であり、隙を作られ酒田夜宵に押し込まれてしまう。
【1-3】
「いや、やっぱつえーわ」
「まっひー先輩……どうしましょう」
「なーに、俺達のコンビネーションを見せつけるだけだぜ!」
「はいっ!」
夜宵のジャイロサーブの軌道をよみ、台から落ちてきた所に合わせてロビングを打ち上げた。
この試合初めて、和子がサーブを拾う事に成功できた。
ダブルスはサーブをするコースが決められている為、球種さえ分かればコースはかなり限定される。まひるによる助言が大きいが、これは和子にとっては幸いな事だ。
ロビングが落ちてきた跳ね上がりを琴女が狙ってきた──、が。それをまひるがカウンターで返す。その瞬間……
──ッ!? 痛えッ……なんだよ、コレ……──
まひるは思わず、痛みにラケットを手放してしまい、行き場を誤ったボールが床下で転々と転がっている。
僅か二.七グラムのピンポン玉がラケットに当たった瞬間、痛みが走った。
まひるは手首を知らずのうちに怪我していたのだ。
急激に重くしたラケット、過酷な練習、度重なる連戦。それらに耐えかねた手首が遂に悲鳴を上げたのだ。
【1-4】
「まっひー先輩! 大丈夫ですか!?」
「お、おう。悪い、手が滑っちまった。次は決めるから、また頼むな!」
まひるは笑顔で答えてくれたが、これが地獄の始まりだった。
その後のまひるのプレーは明らかに精彩を欠き、ラケットを振る動きにいつもの力強さが感じられない。そして、傍から見ても明らかに手を庇っているように見えた。
【1-8】
しかし相手はそんな事を気遣ってくれる訳は無い。
試合は一方的な展開を見せ、そして遂に──、
【2-11】
僅か二点しか取る事が出来ずに、まひる&和子のペアはこのセットを落とした。
そして二人の顔からは、いつのまにか完全に笑顔が消え去っていた。
「ブッケンやるじゃん! このー!」
「い、痛いよ乃百合ちゃん……」
「なんで皆裏技を隠してるかなー」
「えへへー。まだ成功率が引くくって、でも皆に勇気を貰いました!」
弾ける汗と笑顔が眩しい。
普段はうつむき加減なブッケンも、笑うと実に可愛いらしい女の子だ。
セットカウントが【2-0】となり、圧倒的に有利に思えるこの状況。しかし月裏中との本当の戦いはここからだ。
次のダブルスは、月裏中のナンバーワンとナンバーツーの混合チーム。そして四試合目にはナンバーツーが、五試合目にはナンバーワンが控えている。
つまり、ここまでの勝ちは最低条件。必ずクリアしなければならない事だった。
試合に向かうため、重そうに腰を上げたまひるが、手で両足をパシンと叩き気合いを入れる。
「わっ子、次は俺達の番だ。ここで決めちまおうぜ!」
「はい! 精一杯頑張ります!」
第三試合の始まる前に、まひるは部長として皆を集め、チームを鼓舞する一言をかけた。
「海香が居ねー以上、俺達で何とかするしかねえ。今まで俺達は、何だかんだで海香に頼っちまってたんだ。それがプレッシャーになると分かっていながらな。だから──、県大会は俺達の力で決めようぜ! そんで、海香が来たら教えてやるんだ。お前が負けても俺達がなんとかするってよ!」
「ですね!」
「はい!」
「だね」
「おーっ!」
円を組んで背中を叩きあった念珠崎チームは、心を一つにして強豪月裏中に立ち向かう。先ずはダブルス、月裏中が誇る最強コンビとの一戦──、
そして始まる第三試合。
「桜先輩、相手の選手ってどんな感じなんですか? 四試合目も五試合目にも出てくるから、何か知っていれば教えて下さい」
乃百合は、いつになく真剣な顔で相手の情報を求めた。
「まず、第四セットに出るのは酒田夜宵。私の相手だね。とにかく変則的なサーブや、トリッキーな攻撃を得意とする。まあ、天才型……かな」
既に始まっている試合を見ると、その真宵の変則っぷりがよく分かる。
まずはそのサーブからして厄介極まりない。
酒田夜宵のサーブ。振り上げるような変則的なラケットから繰り出されたボールは、拾いに行った和子と追いかけっ子をする様に、直角に曲がって台から落っこちた。
「なんですかアレ!?」
「【ジャイロサーブ】だよ。スピードは遅いけど、曲がり方はほぼ直角で、当然回転も強烈。わっ子ちゃんが慣れるには時間がかかりそうだよね」
【ジャイロサーブ】回転軸が上を向いている通常の横回転サーブに対し、回転軸が相手の方向を向いている横回転サーブ。その為、バウンドした際の変化が比較にならない程大きく曲がる。
和子に圧倒的に足りない物。それは『経験』である。基本的に念珠崎のメンバー以外と試合をした事の無い和子は、チームメイトが使う技以外は全てが初めて。初見で攻略できる程、卓球は甘くない。
「そして月裏中のエース鶴岡琴女。乃百合ちゃんの相手だね。彼女の得意とするショットは──、あれだよ」
鶴岡琴女の台外プレー。大きくボールを引き込んでからの【チキータ】である。
「あんなところからチキータ!?」
「そう。【ロングチキータ】だよ。ここから見てもとんでもない曲がり方だよね。でもコッチはなんとかなりそう」
鶴岡琴女に対するレシーブはまひるの役目だ。
ロングチキータは確かに異質な曲がり方をして飛び込んでくるが、普段から海香の相手をしているまひるにとっては、捉えられない軌道ではない。
それでも完璧に返すには至難の業であり、隙を作られ酒田夜宵に押し込まれてしまう。
【1-3】
「いや、やっぱつえーわ」
「まっひー先輩……どうしましょう」
「なーに、俺達のコンビネーションを見せつけるだけだぜ!」
「はいっ!」
夜宵のジャイロサーブの軌道をよみ、台から落ちてきた所に合わせてロビングを打ち上げた。
この試合初めて、和子がサーブを拾う事に成功できた。
ダブルスはサーブをするコースが決められている為、球種さえ分かればコースはかなり限定される。まひるによる助言が大きいが、これは和子にとっては幸いな事だ。
ロビングが落ちてきた跳ね上がりを琴女が狙ってきた──、が。それをまひるがカウンターで返す。その瞬間……
──ッ!? 痛えッ……なんだよ、コレ……──
まひるは思わず、痛みにラケットを手放してしまい、行き場を誤ったボールが床下で転々と転がっている。
僅か二.七グラムのピンポン玉がラケットに当たった瞬間、痛みが走った。
まひるは手首を知らずのうちに怪我していたのだ。
急激に重くしたラケット、過酷な練習、度重なる連戦。それらに耐えかねた手首が遂に悲鳴を上げたのだ。
【1-4】
「まっひー先輩! 大丈夫ですか!?」
「お、おう。悪い、手が滑っちまった。次は決めるから、また頼むな!」
まひるは笑顔で答えてくれたが、これが地獄の始まりだった。
その後のまひるのプレーは明らかに精彩を欠き、ラケットを振る動きにいつもの力強さが感じられない。そして、傍から見ても明らかに手を庇っているように見えた。
【1-8】
しかし相手はそんな事を気遣ってくれる訳は無い。
試合は一方的な展開を見せ、そして遂に──、
【2-11】
僅か二点しか取る事が出来ずに、まひる&和子のペアはこのセットを落とした。
そして二人の顔からは、いつのまにか完全に笑顔が消え去っていた。
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