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第一章【挑】
七色のドライブ
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【1-1】
海香がナックルドライブの様に突然出さずに、もう一つドライブがあると公言したのには理由がある。
もちろん相手を惑わす為だ。今までの六つのドライブに加えて、もう一つドライブがあると頭で考えさせる事で、相手に揺さぶりと選択肢の幅を増やしたのだ。そして、そのドライブは海香にとっても最も難しくて成功率の低いドライブである為、そうポンポン出す事が出来ない。
海香は新ドライブを出さずして精神的な揺さぶりを仕掛けていた。
【2-3】
第三セット序盤、海香のカーブドライブのキレが戻ってきた。台のサイドから巻き込むように鋭く侵入していくカーブドライブ。まず地区大会ではお目にかかる事の出来ないレベルのショットに凪咲は手を焼いた。
「ッ凄いな……本当に中学生か」
かと思えば手元にくい込んで来るシュートドライブ。変幻自在に繰り出されるドライブで、海香はこのセットの主導権を取り戻しつつあった。
【3-4】
それでも凪咲のブロックとカウンターは驚異的で、海香のドライブを持ってしても崩す事は容易ではない。前に落とされ、詰めた先で卓上ドライブを放つも、ソレを見事にカウンタードライブで打ちのめされた。
【5-7】
そしてセット中盤、遂に海香が勝負に出る。手を内側に巻き込むようなフォームのドライブショットが凪咲のコートを襲った。
──ループドライブ……いや、これは──、──
海香の放ったドライブは、凪咲のブロックに当たった瞬間に下方に跳ね、すぐさまバウンドをした。
【下回転ドライブ】
本当にそんなドライブが打てるのかと思うかも知れないが、実際に存在するドライブである。手首とラケットを内側に向け振り上げる様に打つことで、振り上げているのに下回転をかけることが出来るショット。プロでも使う人の少ない高難易度のドライブだ。
「今のって、もしかして──、」
「あぁ。ありゃ間違いなく下回転ドライブだぜ……ったくとんでもねーな」
打つ瞬間を見せないように台下まで引き込んで放たれた海香の下回転ドライブは、一見したらループドライブの様に見える。が、実際の回転は全くの逆で、ループドライブだと思い打ち返しに行けばご覧の通り、ラケットに当たった瞬間、カットボールの様にボールが下に落ちてしまう。
これには念珠崎ベンチのチームメイトも驚いたが、受けた凪咲自身が最も衝撃を受けていた。まさか地区大会で下回転ドライブを打てる選手と会えるとは──、
これで卓外から放たれる海香のドライブは全部で七種類。凪咲はその全てに対応しなければならなくなった。
【6-7】
「下回転ドライブ、か。まさかこんなものを打てるとは。怪物くんめ……」
「あんまり得意じゃないんですけどねー」
海香は感覚に優れた選手だ。手先の器用さ、ラケットにボールが食い込む感覚、タイミング、丁度いい角度。そのどれもが優れている為、ドライブが人より上手にこなす事が出来ている。
試合はその後、下回転ドライブとナックルドライブを織り交ぜ攻めたが、凪咲も女王の意地で大きくは崩れてくれない。
『中学生が放つ下回転ドライブ』と『王者が初戦で敗れるかも知れない』との情報が交錯し、瞬く間に他方からギャラリーが集まり始めた。そしていつしか、一回戦にも関わらず周りは他チームと観客で溢れていた。
【10-10】
そして第二セットに続き、この試合二回目のデュースがやって来た。今や二人の力関係は五分と五分。どちらに転んでも全くおかしくない展開。
次は海香のサーブから始まる。
ここまでドライブサーブに拘ってきたが、ここに来て意表を突く、この日初めての下回転サーブを選択するという勝負の一手。
ネット手前に落ちて急激に勢いを失ったボールに、狙い通り後ろに構えていた凪咲が前に出て処理した所を、卓上ドライブで撃ち抜いた。
──凪咲さんが前に出た所なら、卓上ドライブで抜ける! ──
しかし──、
海香のドライブは大きく卓外へと外れてしまった。
【10-11】
──勝たなくちゃ……絶対に……この試合だけは負けちゃダメなんだ……私が負けたら三年生は終わりなんだ。ここで負けたらまた──、だから絶対に勝たなくちゃ……失敗しちゃダメなんだ、絶対に失敗しちゃダメ──
再び海香の心に魔物が忍び寄る。プレッシャーという名のもう一つの敵。
知らずのうちに絡まり始めていた見えない鎖。
もう一本、海香のサーブ。海香は掌に乗せたピンポン玉をフワリと空に投げあげた。
──次のサーブは……あれ……サーブって、どうやって……打つんだっけ……──
海香のサーブは何の変哲もない、当てただけのサーブになってしまった。それを凪咲が見逃すはずも無く──、
強烈な二球目攻撃のスマッシュが返ってきた。
──あれ、今わたし……ヤバイッ、この打球は絶対に返さなきゃ! どうやって……ドライブ、ドライブで返す! 私のドライブッ!!──
凪咲のスマッシュに合わせてラケットを振り抜いた。海香のカウンタードライブ。タイミングはドンピシャだった。だが、打球は思った程上がらずネットスレスレに飛んで行く──、
──……越えて! お願いだから越えてよ──ッ!!──
「──────。」
つぎの瞬間、大歓声に包まれた場内で海香は天を見上げた。
照明がとても眩しくて、思わず目を瞑る。
また、勝てなかった。
セットカウント【1-3】
この瞬間、念珠崎チームの敗北が確定した。
トータル【2-3】勝者甘芽中。
最後の整列をした念珠崎チームだったが、泣いているものは一人も居ない。ただ一人、海香を除けば。
「「ありがとうございました」」
最後の挨拶を済ませ、それぞれ言葉と握手を交わした後、チームは控え室へと帰っていく。その間口を開く者はおらずただひたすらに控え室を目指した。
■■■■
結果纏め。
第一試合。
興屋まひる(二年)VS水沢夏(二年) セットカウント【3-2】
第二試合。
関翔子(三年)VS池華花(一年) セットカウント【0-3】
第三試合(ダブルス)。
常葉乃百合(一年)&六条舞鳥(一年)VS三瀬莉奈(三年)&小波渡雪(三年) セットカウント【1-3】
第四試合。
築山文(三年)VS五十川紗江(三年) セットカウント【3-1】
第五試合。
原海香(二年)VS遊佐凪咲(三年) セットカウント【1-3】
トータルスコア【2-3】となり──、
念珠崎チーム地区大会一回戦負け。
海香がナックルドライブの様に突然出さずに、もう一つドライブがあると公言したのには理由がある。
もちろん相手を惑わす為だ。今までの六つのドライブに加えて、もう一つドライブがあると頭で考えさせる事で、相手に揺さぶりと選択肢の幅を増やしたのだ。そして、そのドライブは海香にとっても最も難しくて成功率の低いドライブである為、そうポンポン出す事が出来ない。
海香は新ドライブを出さずして精神的な揺さぶりを仕掛けていた。
【2-3】
第三セット序盤、海香のカーブドライブのキレが戻ってきた。台のサイドから巻き込むように鋭く侵入していくカーブドライブ。まず地区大会ではお目にかかる事の出来ないレベルのショットに凪咲は手を焼いた。
「ッ凄いな……本当に中学生か」
かと思えば手元にくい込んで来るシュートドライブ。変幻自在に繰り出されるドライブで、海香はこのセットの主導権を取り戻しつつあった。
【3-4】
それでも凪咲のブロックとカウンターは驚異的で、海香のドライブを持ってしても崩す事は容易ではない。前に落とされ、詰めた先で卓上ドライブを放つも、ソレを見事にカウンタードライブで打ちのめされた。
【5-7】
そしてセット中盤、遂に海香が勝負に出る。手を内側に巻き込むようなフォームのドライブショットが凪咲のコートを襲った。
──ループドライブ……いや、これは──、──
海香の放ったドライブは、凪咲のブロックに当たった瞬間に下方に跳ね、すぐさまバウンドをした。
【下回転ドライブ】
本当にそんなドライブが打てるのかと思うかも知れないが、実際に存在するドライブである。手首とラケットを内側に向け振り上げる様に打つことで、振り上げているのに下回転をかけることが出来るショット。プロでも使う人の少ない高難易度のドライブだ。
「今のって、もしかして──、」
「あぁ。ありゃ間違いなく下回転ドライブだぜ……ったくとんでもねーな」
打つ瞬間を見せないように台下まで引き込んで放たれた海香の下回転ドライブは、一見したらループドライブの様に見える。が、実際の回転は全くの逆で、ループドライブだと思い打ち返しに行けばご覧の通り、ラケットに当たった瞬間、カットボールの様にボールが下に落ちてしまう。
これには念珠崎ベンチのチームメイトも驚いたが、受けた凪咲自身が最も衝撃を受けていた。まさか地区大会で下回転ドライブを打てる選手と会えるとは──、
これで卓外から放たれる海香のドライブは全部で七種類。凪咲はその全てに対応しなければならなくなった。
【6-7】
「下回転ドライブ、か。まさかこんなものを打てるとは。怪物くんめ……」
「あんまり得意じゃないんですけどねー」
海香は感覚に優れた選手だ。手先の器用さ、ラケットにボールが食い込む感覚、タイミング、丁度いい角度。そのどれもが優れている為、ドライブが人より上手にこなす事が出来ている。
試合はその後、下回転ドライブとナックルドライブを織り交ぜ攻めたが、凪咲も女王の意地で大きくは崩れてくれない。
『中学生が放つ下回転ドライブ』と『王者が初戦で敗れるかも知れない』との情報が交錯し、瞬く間に他方からギャラリーが集まり始めた。そしていつしか、一回戦にも関わらず周りは他チームと観客で溢れていた。
【10-10】
そして第二セットに続き、この試合二回目のデュースがやって来た。今や二人の力関係は五分と五分。どちらに転んでも全くおかしくない展開。
次は海香のサーブから始まる。
ここまでドライブサーブに拘ってきたが、ここに来て意表を突く、この日初めての下回転サーブを選択するという勝負の一手。
ネット手前に落ちて急激に勢いを失ったボールに、狙い通り後ろに構えていた凪咲が前に出て処理した所を、卓上ドライブで撃ち抜いた。
──凪咲さんが前に出た所なら、卓上ドライブで抜ける! ──
しかし──、
海香のドライブは大きく卓外へと外れてしまった。
【10-11】
──勝たなくちゃ……絶対に……この試合だけは負けちゃダメなんだ……私が負けたら三年生は終わりなんだ。ここで負けたらまた──、だから絶対に勝たなくちゃ……失敗しちゃダメなんだ、絶対に失敗しちゃダメ──
再び海香の心に魔物が忍び寄る。プレッシャーという名のもう一つの敵。
知らずのうちに絡まり始めていた見えない鎖。
もう一本、海香のサーブ。海香は掌に乗せたピンポン玉をフワリと空に投げあげた。
──次のサーブは……あれ……サーブって、どうやって……打つんだっけ……──
海香のサーブは何の変哲もない、当てただけのサーブになってしまった。それを凪咲が見逃すはずも無く──、
強烈な二球目攻撃のスマッシュが返ってきた。
──あれ、今わたし……ヤバイッ、この打球は絶対に返さなきゃ! どうやって……ドライブ、ドライブで返す! 私のドライブッ!!──
凪咲のスマッシュに合わせてラケットを振り抜いた。海香のカウンタードライブ。タイミングはドンピシャだった。だが、打球は思った程上がらずネットスレスレに飛んで行く──、
──……越えて! お願いだから越えてよ──ッ!!──
「──────。」
つぎの瞬間、大歓声に包まれた場内で海香は天を見上げた。
照明がとても眩しくて、思わず目を瞑る。
また、勝てなかった。
セットカウント【1-3】
この瞬間、念珠崎チームの敗北が確定した。
トータル【2-3】勝者甘芽中。
最後の整列をした念珠崎チームだったが、泣いているものは一人も居ない。ただ一人、海香を除けば。
「「ありがとうございました」」
最後の挨拶を済ませ、それぞれ言葉と握手を交わした後、チームは控え室へと帰っていく。その間口を開く者はおらずただひたすらに控え室を目指した。
■■■■
結果纏め。
第一試合。
興屋まひる(二年)VS水沢夏(二年) セットカウント【3-2】
第二試合。
関翔子(三年)VS池華花(一年) セットカウント【0-3】
第三試合(ダブルス)。
常葉乃百合(一年)&六条舞鳥(一年)VS三瀬莉奈(三年)&小波渡雪(三年) セットカウント【1-3】
第四試合。
築山文(三年)VS五十川紗江(三年) セットカウント【3-1】
第五試合。
原海香(二年)VS遊佐凪咲(三年) セットカウント【1-3】
トータルスコア【2-3】となり──、
念珠崎チーム地区大会一回戦負け。
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