32 / 96
第一章【挑】
七色のドライブ
しおりを挟む
【1-1】
海香がナックルドライブの様に突然出さずに、もう一つドライブがあると公言したのには理由がある。
もちろん相手を惑わす為だ。今までの六つのドライブに加えて、もう一つドライブがあると頭で考えさせる事で、相手に揺さぶりと選択肢の幅を増やしたのだ。そして、そのドライブは海香にとっても最も難しくて成功率の低いドライブである為、そうポンポン出す事が出来ない。
海香は新ドライブを出さずして精神的な揺さぶりを仕掛けていた。
【2-3】
第三セット序盤、海香のカーブドライブのキレが戻ってきた。台のサイドから巻き込むように鋭く侵入していくカーブドライブ。まず地区大会ではお目にかかる事の出来ないレベルのショットに凪咲は手を焼いた。
「ッ凄いな……本当に中学生か」
かと思えば手元にくい込んで来るシュートドライブ。変幻自在に繰り出されるドライブで、海香はこのセットの主導権を取り戻しつつあった。
【3-4】
それでも凪咲のブロックとカウンターは驚異的で、海香のドライブを持ってしても崩す事は容易ではない。前に落とされ、詰めた先で卓上ドライブを放つも、ソレを見事にカウンタードライブで打ちのめされた。
【5-7】
そしてセット中盤、遂に海香が勝負に出る。手を内側に巻き込むようなフォームのドライブショットが凪咲のコートを襲った。
──ループドライブ……いや、これは──、──
海香の放ったドライブは、凪咲のブロックに当たった瞬間に下方に跳ね、すぐさまバウンドをした。
【下回転ドライブ】
本当にそんなドライブが打てるのかと思うかも知れないが、実際に存在するドライブである。手首とラケットを内側に向け振り上げる様に打つことで、振り上げているのに下回転をかけることが出来るショット。プロでも使う人の少ない高難易度のドライブだ。
「今のって、もしかして──、」
「あぁ。ありゃ間違いなく下回転ドライブだぜ……ったくとんでもねーな」
打つ瞬間を見せないように台下まで引き込んで放たれた海香の下回転ドライブは、一見したらループドライブの様に見える。が、実際の回転は全くの逆で、ループドライブだと思い打ち返しに行けばご覧の通り、ラケットに当たった瞬間、カットボールの様にボールが下に落ちてしまう。
これには念珠崎ベンチのチームメイトも驚いたが、受けた凪咲自身が最も衝撃を受けていた。まさか地区大会で下回転ドライブを打てる選手と会えるとは──、
これで卓外から放たれる海香のドライブは全部で七種類。凪咲はその全てに対応しなければならなくなった。
【6-7】
「下回転ドライブ、か。まさかこんなものを打てるとは。怪物くんめ……」
「あんまり得意じゃないんですけどねー」
海香は感覚に優れた選手だ。手先の器用さ、ラケットにボールが食い込む感覚、タイミング、丁度いい角度。そのどれもが優れている為、ドライブが人より上手にこなす事が出来ている。
試合はその後、下回転ドライブとナックルドライブを織り交ぜ攻めたが、凪咲も女王の意地で大きくは崩れてくれない。
『中学生が放つ下回転ドライブ』と『王者が初戦で敗れるかも知れない』との情報が交錯し、瞬く間に他方からギャラリーが集まり始めた。そしていつしか、一回戦にも関わらず周りは他チームと観客で溢れていた。
【10-10】
そして第二セットに続き、この試合二回目のデュースがやって来た。今や二人の力関係は五分と五分。どちらに転んでも全くおかしくない展開。
次は海香のサーブから始まる。
ここまでドライブサーブに拘ってきたが、ここに来て意表を突く、この日初めての下回転サーブを選択するという勝負の一手。
ネット手前に落ちて急激に勢いを失ったボールに、狙い通り後ろに構えていた凪咲が前に出て処理した所を、卓上ドライブで撃ち抜いた。
──凪咲さんが前に出た所なら、卓上ドライブで抜ける! ──
しかし──、
海香のドライブは大きく卓外へと外れてしまった。
【10-11】
──勝たなくちゃ……絶対に……この試合だけは負けちゃダメなんだ……私が負けたら三年生は終わりなんだ。ここで負けたらまた──、だから絶対に勝たなくちゃ……失敗しちゃダメなんだ、絶対に失敗しちゃダメ──
再び海香の心に魔物が忍び寄る。プレッシャーという名のもう一つの敵。
知らずのうちに絡まり始めていた見えない鎖。
もう一本、海香のサーブ。海香は掌に乗せたピンポン玉をフワリと空に投げあげた。
──次のサーブは……あれ……サーブって、どうやって……打つんだっけ……──
海香のサーブは何の変哲もない、当てただけのサーブになってしまった。それを凪咲が見逃すはずも無く──、
強烈な二球目攻撃のスマッシュが返ってきた。
──あれ、今わたし……ヤバイッ、この打球は絶対に返さなきゃ! どうやって……ドライブ、ドライブで返す! 私のドライブッ!!──
凪咲のスマッシュに合わせてラケットを振り抜いた。海香のカウンタードライブ。タイミングはドンピシャだった。だが、打球は思った程上がらずネットスレスレに飛んで行く──、
──……越えて! お願いだから越えてよ──ッ!!──
「──────。」
つぎの瞬間、大歓声に包まれた場内で海香は天を見上げた。
照明がとても眩しくて、思わず目を瞑る。
また、勝てなかった。
セットカウント【1-3】
この瞬間、念珠崎チームの敗北が確定した。
トータル【2-3】勝者甘芽中。
最後の整列をした念珠崎チームだったが、泣いているものは一人も居ない。ただ一人、海香を除けば。
「「ありがとうございました」」
最後の挨拶を済ませ、それぞれ言葉と握手を交わした後、チームは控え室へと帰っていく。その間口を開く者はおらずただひたすらに控え室を目指した。
■■■■
結果纏め。
第一試合。
興屋まひる(二年)VS水沢夏(二年) セットカウント【3-2】
第二試合。
関翔子(三年)VS池華花(一年) セットカウント【0-3】
第三試合(ダブルス)。
常葉乃百合(一年)&六条舞鳥(一年)VS三瀬莉奈(三年)&小波渡雪(三年) セットカウント【1-3】
第四試合。
築山文(三年)VS五十川紗江(三年) セットカウント【3-1】
第五試合。
原海香(二年)VS遊佐凪咲(三年) セットカウント【1-3】
トータルスコア【2-3】となり──、
念珠崎チーム地区大会一回戦負け。
海香がナックルドライブの様に突然出さずに、もう一つドライブがあると公言したのには理由がある。
もちろん相手を惑わす為だ。今までの六つのドライブに加えて、もう一つドライブがあると頭で考えさせる事で、相手に揺さぶりと選択肢の幅を増やしたのだ。そして、そのドライブは海香にとっても最も難しくて成功率の低いドライブである為、そうポンポン出す事が出来ない。
海香は新ドライブを出さずして精神的な揺さぶりを仕掛けていた。
【2-3】
第三セット序盤、海香のカーブドライブのキレが戻ってきた。台のサイドから巻き込むように鋭く侵入していくカーブドライブ。まず地区大会ではお目にかかる事の出来ないレベルのショットに凪咲は手を焼いた。
「ッ凄いな……本当に中学生か」
かと思えば手元にくい込んで来るシュートドライブ。変幻自在に繰り出されるドライブで、海香はこのセットの主導権を取り戻しつつあった。
【3-4】
それでも凪咲のブロックとカウンターは驚異的で、海香のドライブを持ってしても崩す事は容易ではない。前に落とされ、詰めた先で卓上ドライブを放つも、ソレを見事にカウンタードライブで打ちのめされた。
【5-7】
そしてセット中盤、遂に海香が勝負に出る。手を内側に巻き込むようなフォームのドライブショットが凪咲のコートを襲った。
──ループドライブ……いや、これは──、──
海香の放ったドライブは、凪咲のブロックに当たった瞬間に下方に跳ね、すぐさまバウンドをした。
【下回転ドライブ】
本当にそんなドライブが打てるのかと思うかも知れないが、実際に存在するドライブである。手首とラケットを内側に向け振り上げる様に打つことで、振り上げているのに下回転をかけることが出来るショット。プロでも使う人の少ない高難易度のドライブだ。
「今のって、もしかして──、」
「あぁ。ありゃ間違いなく下回転ドライブだぜ……ったくとんでもねーな」
打つ瞬間を見せないように台下まで引き込んで放たれた海香の下回転ドライブは、一見したらループドライブの様に見える。が、実際の回転は全くの逆で、ループドライブだと思い打ち返しに行けばご覧の通り、ラケットに当たった瞬間、カットボールの様にボールが下に落ちてしまう。
これには念珠崎ベンチのチームメイトも驚いたが、受けた凪咲自身が最も衝撃を受けていた。まさか地区大会で下回転ドライブを打てる選手と会えるとは──、
これで卓外から放たれる海香のドライブは全部で七種類。凪咲はその全てに対応しなければならなくなった。
【6-7】
「下回転ドライブ、か。まさかこんなものを打てるとは。怪物くんめ……」
「あんまり得意じゃないんですけどねー」
海香は感覚に優れた選手だ。手先の器用さ、ラケットにボールが食い込む感覚、タイミング、丁度いい角度。そのどれもが優れている為、ドライブが人より上手にこなす事が出来ている。
試合はその後、下回転ドライブとナックルドライブを織り交ぜ攻めたが、凪咲も女王の意地で大きくは崩れてくれない。
『中学生が放つ下回転ドライブ』と『王者が初戦で敗れるかも知れない』との情報が交錯し、瞬く間に他方からギャラリーが集まり始めた。そしていつしか、一回戦にも関わらず周りは他チームと観客で溢れていた。
【10-10】
そして第二セットに続き、この試合二回目のデュースがやって来た。今や二人の力関係は五分と五分。どちらに転んでも全くおかしくない展開。
次は海香のサーブから始まる。
ここまでドライブサーブに拘ってきたが、ここに来て意表を突く、この日初めての下回転サーブを選択するという勝負の一手。
ネット手前に落ちて急激に勢いを失ったボールに、狙い通り後ろに構えていた凪咲が前に出て処理した所を、卓上ドライブで撃ち抜いた。
──凪咲さんが前に出た所なら、卓上ドライブで抜ける! ──
しかし──、
海香のドライブは大きく卓外へと外れてしまった。
【10-11】
──勝たなくちゃ……絶対に……この試合だけは負けちゃダメなんだ……私が負けたら三年生は終わりなんだ。ここで負けたらまた──、だから絶対に勝たなくちゃ……失敗しちゃダメなんだ、絶対に失敗しちゃダメ──
再び海香の心に魔物が忍び寄る。プレッシャーという名のもう一つの敵。
知らずのうちに絡まり始めていた見えない鎖。
もう一本、海香のサーブ。海香は掌に乗せたピンポン玉をフワリと空に投げあげた。
──次のサーブは……あれ……サーブって、どうやって……打つんだっけ……──
海香のサーブは何の変哲もない、当てただけのサーブになってしまった。それを凪咲が見逃すはずも無く──、
強烈な二球目攻撃のスマッシュが返ってきた。
──あれ、今わたし……ヤバイッ、この打球は絶対に返さなきゃ! どうやって……ドライブ、ドライブで返す! 私のドライブッ!!──
凪咲のスマッシュに合わせてラケットを振り抜いた。海香のカウンタードライブ。タイミングはドンピシャだった。だが、打球は思った程上がらずネットスレスレに飛んで行く──、
──……越えて! お願いだから越えてよ──ッ!!──
「──────。」
つぎの瞬間、大歓声に包まれた場内で海香は天を見上げた。
照明がとても眩しくて、思わず目を瞑る。
また、勝てなかった。
セットカウント【1-3】
この瞬間、念珠崎チームの敗北が確定した。
トータル【2-3】勝者甘芽中。
最後の整列をした念珠崎チームだったが、泣いているものは一人も居ない。ただ一人、海香を除けば。
「「ありがとうございました」」
最後の挨拶を済ませ、それぞれ言葉と握手を交わした後、チームは控え室へと帰っていく。その間口を開く者はおらずただひたすらに控え室を目指した。
■■■■
結果纏め。
第一試合。
興屋まひる(二年)VS水沢夏(二年) セットカウント【3-2】
第二試合。
関翔子(三年)VS池華花(一年) セットカウント【0-3】
第三試合(ダブルス)。
常葉乃百合(一年)&六条舞鳥(一年)VS三瀬莉奈(三年)&小波渡雪(三年) セットカウント【1-3】
第四試合。
築山文(三年)VS五十川紗江(三年) セットカウント【3-1】
第五試合。
原海香(二年)VS遊佐凪咲(三年) セットカウント【1-3】
トータルスコア【2-3】となり──、
念珠崎チーム地区大会一回戦負け。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる