魔女の暇つぶし

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1年生編12月

◆クリスマスチャレンジ

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 通知表を受け取り、どちらかと言うと暗い雰囲気の方が多いタイミング。しかし、もうじきクリスマス。一部の人間たちは浮足立ったような様子だ。
 教師たちにとっては、成績をつけ終えひと段落……とはいかず、年末年始の休みのためにたまっていた仕事を片づけなければいけない時期である。
 大坪もその一人であり、休み時間や放課後の多くの時間を生徒との対話に割いていたため、普段の業務が結構たまっている。二年後、おそらく順当にいけば受験生を持つことになるが、このままでは時間が足りない。
 そんな彼も、今日ばかりは地に足がついていない。浮かれているからではない。
「あの、瀬川先生」
 隣のクラスの担任教諭――瀬川藍子に声をかけるため。
「はい、なんでしょう」
 忙しい中でも、藍子はいつも笑顔を向けてくれる。たまたまの人事配置で若い男が他にいなくてよかったと安堵する。
「すみません、こんなところで誘うのもアレなんですが……」
 如何せん、大坪は藍子の連絡先を知らない。正確に言えば、教師専用の連絡網で電話番号だけは知っているのだが、それを私的に活用するのは気が引けてしまう。
 特別棟、職員室から美術室へ降りる階段に人の気配はない。
「二十四日の日、もし空いていれば僕と食事に行ってもらえませんか?」
 年下の女性は、おそらく頭の中でカレンダーを思い浮かべてから、
「その日は……というか当分は忙しいので……。ごめんなさい」
 クリスマスイブだけでなく、別日という選択肢すら奪われる。
 藍子は申し訳なさそうな顔をしているが、仮面の下では迷惑に思っているのだろう。
「そうだ!」
 藍子の視線が大坪の更に後ろの方へ向く。慌てた様子で大坪も振り返った。廊下と階段の分かれ目あたりに涼子の姿が現れた。
 話の内容を聞かれていたことを理解し、一気に汗が出て、大坪のシャツが濡れていく。
「吉川さん、クリスマスデート憧れているって言ってたわよね? だから大坪先生、吉川さんのデート相手してあげてください」
「ちょ、生徒と二人で出かけるなんて駄目ですよ!?」
 このご時世、学校外で生徒と一緒にいる姿を見られただけでネットで炎上する。
「まぁまぁ、デートって言ったのは私が悪かったですけど……彼女、一年生ながら生徒会で頑張ってくれているじゃないですか。そのお礼にファミレスでもおごってあげてください。部活動だって、顧問が生徒にご飯おごったりしてますよね?」
「……そうですけど……」
 理由はいくらでも出せるが、藍子の笑顔がそれら全てを屁理屈で潰していく。
「ちょっと先生。おおちゃん先生が困ってますよ」
「いいじゃない。それにクリスマスあたりは若宮さんも家にいないでしょ?」
「どうゆうことですか?」
「さぁ、どうゆうことでしょうね」
 藍子は笑顔を保ったまま、少しだけ目を細める。
「制服着てなければ大丈夫ですよ。いっそのこと東京まで出たらどうですか? それなら知り合いにも会うことないですよね? それでは」
 慌てた様子で藍子は階段を降りて行ってしまった。残された教師と生徒一人ずつ。
「先生、どうやら私はクリスマスぼっちみたいなんです。親のところにも帰れないし、夕飯奢ってもらえますか?」
 何かの暗示にかかったように頭の中が白くなる。
「……東京駅の銀の鈴で待ち合わせをしようか」
 下心はない。
 欲しいのは、藍子との繋がりだけだった。
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