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1年生編12月
◆クリスマス。それはデッドライン
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「カイはクリスマスに侑希と約束したんですの?」
「え、何で?」
「……現代の日本において、クリスマスがどういう日かはご存知で?」
「クリスマスってキリスト教の人が家族で集まって鳥をつつく日じゃないの?」
「そのどこかにケンカを売るような表現やめてもらいますか。確かにクリスマスはクリスチャンにとって大事な日であり、海外では家族で食事を共にするのが一般的ではありますが、日本のクリスマスは少し違います」
「そりゃ日本人は無宗教だもんな。世間一般で神と崇められる存在の一端を私が担っていることを、まるで知ってるかのようで笑っちゃうね」
街中には赤と緑の配色が増え、あちらこちらで電球がキラキラと輝いている。
「日本において、特に若い人間たちにとっては、クリスマスは好きな人と過ごす日ですの」
「はぁ」
「間抜けな返事ですわね。侑希が誰と過ごすか気にならないんですの」
「…………」
海の表情が少しだけ曇る。魔女はわがままな性格が多く、また嫉妬深い性格も多い。海はどちらにも当てはまる面倒なタイプだ。正確に言うと、どんな感情にもハマりやすい。
「誰と過ごすの?」
「私に聞かないで本人に聞いてくださいな」
実のところ、涼子はすでに侑希のスケジュールは予想済みである。
「あ、侑希ちゃんから連絡きた……」
これは侑希が自らの意思で送ったものなのか、藍子の策略であるのかは涼子にも分からない。
「藍子のところでコミケの原稿するから一緒にって……コミケってアニメ系のイベントだよね?」
雲行きが怪しくなる。
「あの教師……生徒に原稿手伝わせるって……」
「今の時期ってことは相当締め切りギリギリなんでしょうね。下手にケンカ売らないでくださいね」
「こんなことで殺したりしないわ……。でも、藍子のことはどうしても信用できないんだよな。あの笑顔が鼻をつくというか」
「……前回一緒にいた時は特に何も問題はありませんでしたよ。性格が悪いのは否定しませんが、魔女に対して害を加えることはないはずです」
「侑希ちゃんは魔女じゃないだろ」
「……すっかり感化されているみたいですね。それも大丈夫でしょう。侑希に手を出したらどうなるか、藍子も含め近隣の魔女は理解しているでしょうから」
十一月の襲撃は魔女の中ではそこそこ噂になっているらしい。元から目立つ立場にいるので慣れてはいるものの、恐れられるというのはあまり気持ちいいものではない。
「いいじゃないですの。邪魔者がいようがいまいが、侑希と過ごせることは変わりないでしょう。利用してやればいいじゃないですか」
「そうだな」
人間と過ごす時間はあっという間に過ぎる。そして人間はすぐにいなくなる。
「うわぁ、すーごい部屋」
侑希が合流するより前に話をしておこうと思い、待ち合わせ時間より一時間早く藍子の家を訪ねた。涼子が用意したような高級マンション。いや、おそらくそれよりも少し家賃は高そうだ。綺麗なエントランス。隅に埃一つ溜まっていないエレベーター。部屋の前の廊下も絨毯が敷かれている。しかし、一枚扉を隔てた部屋は一言で表して汚かった。
「なに、これ。ゴミじゃん」
食生活の残念さを物語るカップラーメンの残骸、コンビニの袋。
「原稿に専念していたら掃除忘れてて。大丈夫、すぐ片づけるから」
藍子は魔法を使う時に指先を振る癖があるようで、人差し指で筆記体のエルを空中に描いた。すると床いっぱいに散らかっていたゴミや服がいなくなった。
「はーい、これで大丈夫」
「こんなだらしないくせに何で先生なんかやってんの?」
「前も言ったでしょう。ネタ集めよ。私からすれば、あなたみたいな魔女が、こんな辺境の地で女子高校生を演じていることの方が不思議ですね」
「シルヴィアに誘われたからだよ」
「そう。まぁ、私はあなたがちゃんと生きて魔女としての責務を果たしているなら、何をしていようとどうでもいいんですけど」
涼子から聞いた話だが、藍子は随分と人間嫌いらしい。それでも人間界に溶け込むのは、この日本独特のオタク文化のためだとか。
「宮本さんを誘えばあなたも来るだろうと思いましたけど、本当予想通り過ぎて、一周回って面白いお方」
彼女の目を細める笑い方が苦手だ。おおよそのことを見透かしているくせに何も言わない。
「シルヴィアの方から先月の件は聞いてます。私はその件と無関係な上、宮本さんをどうこうするつもりはまったくありません」
「…………」
「私は人間嫌いだけど、漫画は好きなの」
校内と変わらずジャージ姿なのに、今の藍子は輝いて見える。
漫画と言われて初めて、彼女の部屋は本棚で囲まれていた。収められている全てが漫画もしくはそれに準じるものだろう。背表紙がカラフルなものが多い。
「気になるなら好きに読んでいいですよ」
「そういや漫画読んだことないな……」
侑希が来るまですることもない。
「なんかおすすめとかあるの?」
「大魔女様が随分柔らかくなったことで」
「私のことなんだと思ってんだ」
「あのシルヴィアをぶちのめしたと聞いたら、ねぇ……」
涼子――魔女としてのシルヴィアは派手好きで有名なため、それを沈めたカイは魔女界で尾ひれがついた状態で噂になった。
「カイはどういった毛色のものがお好きで?」
「特に好みはないな。本はなんでも読んできたし」
「それならマイナーなところを薦めたいんですが……シルヴィアが怒ると嫌だから……このあたりで」
薦められた学園ものの漫画を二冊ほど読み終えたところで、侑希がやってきた。冬の私服姿を見るのは今日が初めてだ。制服の時はコートも羽織らない侑希が、今日は厚めのジャケットを纏っている。
「うみちゃん来てたんだ~。メリークリスマス。あ、二十四日だからクリスマスイブか。メリークリスマスイブ!」
藍子に誘われた身であるのにも関わらず侑希は、「つまらないものですが」と言って白い箱を渡す。
「これケーキ? 気を使わせてごめんなさいね。いくらだった? さすがに生徒に出させるわけにはいかないから、レシートちょうだい」
――侑希ちゃんと話している時はまともな大人なんだよな。
「それでわたしは何をお手伝いすればいいですか?」
「クリ●タ使ったことある?」
「デジタルで絵を描いたことないですね」
「じゃあ今日覚えて! 今覚えて!」
最初から分かっていたことだが、海の出番はなさそうだ。大人しく漫画を読みつつ、藍子のことを監視することにした。
「そうそう。宮本さんってば、覚えいいわね。……もしかして部に液タブ導入すれば……」
「おい、部活を私物化すんな」
藍子と知り合って、まだ半年と少ししか経っていないが、海から見ても藍子は典型的な魔女を例に挙げたタイプで自己主張が強い。海に大して最低限の礼節は分かっているようでも、傲慢なところは隠れていない。
「そんなにも口を出してくるなら、いっそ若宮さんも美術部に入ればいいのに」
――心にも思っていないことを。
「わたしはうみちゃんが美術部入ってくれたら嬉しいな。あぁ、でも」
基本的に侑希は海のことを受け入れてくれていたので、いきなり「でも」なんて言われると背中に嫌な汗をかいてしまう。
「え……私ってなんか嫌がるようなことした? ご、ごめん……」
覚えのある所は記憶が削除されているはず。
「全然そうゆうことじゃないよ。ただ……真面目に描いた絵を見られるのは……ちょーっと恥ずかしいかなぁって思っただけ」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって! 自分の作品を友達に見られるのって恥ずかしいよ。ほら、卒業文集とか読まれたら恥ずかしくない??」
「うーん。分からないな」
如何せん、海は記録として残すために文章を書いたことがない。絵もそうだ。暇な時に、自由に描いただけであるので、それを見られたところで痛くも痒くもない。
「どんかん」
「若宮さんには共感能力が足りないのよねぇ」
侑希の前だからとばかりに藍子が嫌味を言う。むしろ人間と共感ができる魔女が多くいるならば、両者間での争いなんて起きない――魔女の機嫌を損なうことなんてないだろう。魔女間ですら共感なんて無理な話。
「そんなわけだからうみちゃんは覗かないで!」
――私は何をしにきたんだろう。
「他に漫画出しましょうか?」
「私に出来ることないの? 消しゴムがけとか」
どこかで植えついた知識の中で、ひたすら自分でもできるだろうことを探す。
「いつの話ですか。私は完全デジタルに移行済みですからね。機械音痴な上に、漫画を今日初めて読んだ方にできることはありません」
「ひどい言い様……。役立たずが聞くのもおかしな話だけど、何で私が来るのを了承したんだ?」
「そりゃ断ったところで無理矢理来るのは分かっていましたし。下手に疑われるくらいなら潔白を見せて証明した方がいいでしょう」
侑希に呼ばれ、藍子が席を外す。漫画を読む以外することがない海は、徐に冷蔵庫を開いた。侑希が持ってきたケーキの箱以外には酒しかない。
「そうそう。何も買ってないのよ。普段そんな面倒くさいことしないから」
「うわっ」
いきなり背後に現れるから、驚いて冷蔵庫に頭をぶつけた。
「大魔女様は好き嫌いあります? ないなら下のコンビニで適当に買ってきますよ」
「サービスいいな」
「宮本さんがいるのに魔法使えないでしょう。それにあなたをパシりにするほど身の程知らずじゃありません。留守番お願いしますね」
敬われることには慣れているが、校内での関係性があるので違和感が強い。
藍子はスマートフォンと家の鍵だけを手に持ち、出かけて行ってしまった。
「先生出かけたの?」
タッチペンを弄びながら侑希まで台所にやってきた。
「うみちゃんは冷蔵庫の前で丸まってどうしたの? ケーキはつまみ食いしちゃだめだよ」
「しないよ!」
「クリスマスなのに、うみちゃんこんなところ来てよかったの?」
「それこそこっちのセリフだよ。私は家に帰っても涼子しかいないし、出かけても人は多いしさ」
「でも先生の手伝いしてうみちゃんがいるなら、わたしは結果オーライだけどね」
眩しい笑顔。
「いるって知っていたならプレゼント買ってきたんだけどなぁ」
涼子から聞いた話を思い出す。
――でも、それって恋人同士が分け合うものじゃ?
「うみちゃんはさ、何歳までサンタさん信じてた?」
千年以上生きる魔女に対して聞くものではない。海の記憶自体すでに曖昧になってはいるものの、当時ローマ近辺にいた人間好きの変わった魔女が、夜な夜な菓子を配り回ったことが起源だったはずだ。
「さぁ、どうだったかな。そうゆう習慣なかったから」
誰かからプレゼントをもらう機会すらないのだから。欲しいものは全て自分の手で手に入れられる。自分の力が及ばないということは、他の誰にも手に入れられないということ。
「侑希ちゃんはどうだったの? 今でも信じてるって言われても違和感ないよ?」
「さすがにそこまで子供じゃないよ。小学生に上がった時くらいかな。隠してあるプレゼントみつけちゃって」
その時の侑希の反応を考えていると、「そろそろ作業戻るね。終わったらケーキ食べよう」と侑希が作業に戻って行ってしまったので、答えを確認することができなかった。
「サンタクロースねぇ……」
街中を歩き回れば五回くらい遭遇できる。赤い服に赤い帽子、みんな白髭だった。
――プレゼントか。
彼女の顔を思い出す。海が唯一他人に与えたプレゼントは生涯一つかもしれない。彼女のために、自分の身を亡ぼす覚悟もあって渡した。モノを残すということは、弱さも残すことになる。
――それでも来年、私はあげるのかな。
「え、何で?」
「……現代の日本において、クリスマスがどういう日かはご存知で?」
「クリスマスってキリスト教の人が家族で集まって鳥をつつく日じゃないの?」
「そのどこかにケンカを売るような表現やめてもらいますか。確かにクリスマスはクリスチャンにとって大事な日であり、海外では家族で食事を共にするのが一般的ではありますが、日本のクリスマスは少し違います」
「そりゃ日本人は無宗教だもんな。世間一般で神と崇められる存在の一端を私が担っていることを、まるで知ってるかのようで笑っちゃうね」
街中には赤と緑の配色が増え、あちらこちらで電球がキラキラと輝いている。
「日本において、特に若い人間たちにとっては、クリスマスは好きな人と過ごす日ですの」
「はぁ」
「間抜けな返事ですわね。侑希が誰と過ごすか気にならないんですの」
「…………」
海の表情が少しだけ曇る。魔女はわがままな性格が多く、また嫉妬深い性格も多い。海はどちらにも当てはまる面倒なタイプだ。正確に言うと、どんな感情にもハマりやすい。
「誰と過ごすの?」
「私に聞かないで本人に聞いてくださいな」
実のところ、涼子はすでに侑希のスケジュールは予想済みである。
「あ、侑希ちゃんから連絡きた……」
これは侑希が自らの意思で送ったものなのか、藍子の策略であるのかは涼子にも分からない。
「藍子のところでコミケの原稿するから一緒にって……コミケってアニメ系のイベントだよね?」
雲行きが怪しくなる。
「あの教師……生徒に原稿手伝わせるって……」
「今の時期ってことは相当締め切りギリギリなんでしょうね。下手にケンカ売らないでくださいね」
「こんなことで殺したりしないわ……。でも、藍子のことはどうしても信用できないんだよな。あの笑顔が鼻をつくというか」
「……前回一緒にいた時は特に何も問題はありませんでしたよ。性格が悪いのは否定しませんが、魔女に対して害を加えることはないはずです」
「侑希ちゃんは魔女じゃないだろ」
「……すっかり感化されているみたいですね。それも大丈夫でしょう。侑希に手を出したらどうなるか、藍子も含め近隣の魔女は理解しているでしょうから」
十一月の襲撃は魔女の中ではそこそこ噂になっているらしい。元から目立つ立場にいるので慣れてはいるものの、恐れられるというのはあまり気持ちいいものではない。
「いいじゃないですの。邪魔者がいようがいまいが、侑希と過ごせることは変わりないでしょう。利用してやればいいじゃないですか」
「そうだな」
人間と過ごす時間はあっという間に過ぎる。そして人間はすぐにいなくなる。
「うわぁ、すーごい部屋」
侑希が合流するより前に話をしておこうと思い、待ち合わせ時間より一時間早く藍子の家を訪ねた。涼子が用意したような高級マンション。いや、おそらくそれよりも少し家賃は高そうだ。綺麗なエントランス。隅に埃一つ溜まっていないエレベーター。部屋の前の廊下も絨毯が敷かれている。しかし、一枚扉を隔てた部屋は一言で表して汚かった。
「なに、これ。ゴミじゃん」
食生活の残念さを物語るカップラーメンの残骸、コンビニの袋。
「原稿に専念していたら掃除忘れてて。大丈夫、すぐ片づけるから」
藍子は魔法を使う時に指先を振る癖があるようで、人差し指で筆記体のエルを空中に描いた。すると床いっぱいに散らかっていたゴミや服がいなくなった。
「はーい、これで大丈夫」
「こんなだらしないくせに何で先生なんかやってんの?」
「前も言ったでしょう。ネタ集めよ。私からすれば、あなたみたいな魔女が、こんな辺境の地で女子高校生を演じていることの方が不思議ですね」
「シルヴィアに誘われたからだよ」
「そう。まぁ、私はあなたがちゃんと生きて魔女としての責務を果たしているなら、何をしていようとどうでもいいんですけど」
涼子から聞いた話だが、藍子は随分と人間嫌いらしい。それでも人間界に溶け込むのは、この日本独特のオタク文化のためだとか。
「宮本さんを誘えばあなたも来るだろうと思いましたけど、本当予想通り過ぎて、一周回って面白いお方」
彼女の目を細める笑い方が苦手だ。おおよそのことを見透かしているくせに何も言わない。
「シルヴィアの方から先月の件は聞いてます。私はその件と無関係な上、宮本さんをどうこうするつもりはまったくありません」
「…………」
「私は人間嫌いだけど、漫画は好きなの」
校内と変わらずジャージ姿なのに、今の藍子は輝いて見える。
漫画と言われて初めて、彼女の部屋は本棚で囲まれていた。収められている全てが漫画もしくはそれに準じるものだろう。背表紙がカラフルなものが多い。
「気になるなら好きに読んでいいですよ」
「そういや漫画読んだことないな……」
侑希が来るまですることもない。
「なんかおすすめとかあるの?」
「大魔女様が随分柔らかくなったことで」
「私のことなんだと思ってんだ」
「あのシルヴィアをぶちのめしたと聞いたら、ねぇ……」
涼子――魔女としてのシルヴィアは派手好きで有名なため、それを沈めたカイは魔女界で尾ひれがついた状態で噂になった。
「カイはどういった毛色のものがお好きで?」
「特に好みはないな。本はなんでも読んできたし」
「それならマイナーなところを薦めたいんですが……シルヴィアが怒ると嫌だから……このあたりで」
薦められた学園ものの漫画を二冊ほど読み終えたところで、侑希がやってきた。冬の私服姿を見るのは今日が初めてだ。制服の時はコートも羽織らない侑希が、今日は厚めのジャケットを纏っている。
「うみちゃん来てたんだ~。メリークリスマス。あ、二十四日だからクリスマスイブか。メリークリスマスイブ!」
藍子に誘われた身であるのにも関わらず侑希は、「つまらないものですが」と言って白い箱を渡す。
「これケーキ? 気を使わせてごめんなさいね。いくらだった? さすがに生徒に出させるわけにはいかないから、レシートちょうだい」
――侑希ちゃんと話している時はまともな大人なんだよな。
「それでわたしは何をお手伝いすればいいですか?」
「クリ●タ使ったことある?」
「デジタルで絵を描いたことないですね」
「じゃあ今日覚えて! 今覚えて!」
最初から分かっていたことだが、海の出番はなさそうだ。大人しく漫画を読みつつ、藍子のことを監視することにした。
「そうそう。宮本さんってば、覚えいいわね。……もしかして部に液タブ導入すれば……」
「おい、部活を私物化すんな」
藍子と知り合って、まだ半年と少ししか経っていないが、海から見ても藍子は典型的な魔女を例に挙げたタイプで自己主張が強い。海に大して最低限の礼節は分かっているようでも、傲慢なところは隠れていない。
「そんなにも口を出してくるなら、いっそ若宮さんも美術部に入ればいいのに」
――心にも思っていないことを。
「わたしはうみちゃんが美術部入ってくれたら嬉しいな。あぁ、でも」
基本的に侑希は海のことを受け入れてくれていたので、いきなり「でも」なんて言われると背中に嫌な汗をかいてしまう。
「え……私ってなんか嫌がるようなことした? ご、ごめん……」
覚えのある所は記憶が削除されているはず。
「全然そうゆうことじゃないよ。ただ……真面目に描いた絵を見られるのは……ちょーっと恥ずかしいかなぁって思っただけ」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって! 自分の作品を友達に見られるのって恥ずかしいよ。ほら、卒業文集とか読まれたら恥ずかしくない??」
「うーん。分からないな」
如何せん、海は記録として残すために文章を書いたことがない。絵もそうだ。暇な時に、自由に描いただけであるので、それを見られたところで痛くも痒くもない。
「どんかん」
「若宮さんには共感能力が足りないのよねぇ」
侑希の前だからとばかりに藍子が嫌味を言う。むしろ人間と共感ができる魔女が多くいるならば、両者間での争いなんて起きない――魔女の機嫌を損なうことなんてないだろう。魔女間ですら共感なんて無理な話。
「そんなわけだからうみちゃんは覗かないで!」
――私は何をしにきたんだろう。
「他に漫画出しましょうか?」
「私に出来ることないの? 消しゴムがけとか」
どこかで植えついた知識の中で、ひたすら自分でもできるだろうことを探す。
「いつの話ですか。私は完全デジタルに移行済みですからね。機械音痴な上に、漫画を今日初めて読んだ方にできることはありません」
「ひどい言い様……。役立たずが聞くのもおかしな話だけど、何で私が来るのを了承したんだ?」
「そりゃ断ったところで無理矢理来るのは分かっていましたし。下手に疑われるくらいなら潔白を見せて証明した方がいいでしょう」
侑希に呼ばれ、藍子が席を外す。漫画を読む以外することがない海は、徐に冷蔵庫を開いた。侑希が持ってきたケーキの箱以外には酒しかない。
「そうそう。何も買ってないのよ。普段そんな面倒くさいことしないから」
「うわっ」
いきなり背後に現れるから、驚いて冷蔵庫に頭をぶつけた。
「大魔女様は好き嫌いあります? ないなら下のコンビニで適当に買ってきますよ」
「サービスいいな」
「宮本さんがいるのに魔法使えないでしょう。それにあなたをパシりにするほど身の程知らずじゃありません。留守番お願いしますね」
敬われることには慣れているが、校内での関係性があるので違和感が強い。
藍子はスマートフォンと家の鍵だけを手に持ち、出かけて行ってしまった。
「先生出かけたの?」
タッチペンを弄びながら侑希まで台所にやってきた。
「うみちゃんは冷蔵庫の前で丸まってどうしたの? ケーキはつまみ食いしちゃだめだよ」
「しないよ!」
「クリスマスなのに、うみちゃんこんなところ来てよかったの?」
「それこそこっちのセリフだよ。私は家に帰っても涼子しかいないし、出かけても人は多いしさ」
「でも先生の手伝いしてうみちゃんがいるなら、わたしは結果オーライだけどね」
眩しい笑顔。
「いるって知っていたならプレゼント買ってきたんだけどなぁ」
涼子から聞いた話を思い出す。
――でも、それって恋人同士が分け合うものじゃ?
「うみちゃんはさ、何歳までサンタさん信じてた?」
千年以上生きる魔女に対して聞くものではない。海の記憶自体すでに曖昧になってはいるものの、当時ローマ近辺にいた人間好きの変わった魔女が、夜な夜な菓子を配り回ったことが起源だったはずだ。
「さぁ、どうだったかな。そうゆう習慣なかったから」
誰かからプレゼントをもらう機会すらないのだから。欲しいものは全て自分の手で手に入れられる。自分の力が及ばないということは、他の誰にも手に入れられないということ。
「侑希ちゃんはどうだったの? 今でも信じてるって言われても違和感ないよ?」
「さすがにそこまで子供じゃないよ。小学生に上がった時くらいかな。隠してあるプレゼントみつけちゃって」
その時の侑希の反応を考えていると、「そろそろ作業戻るね。終わったらケーキ食べよう」と侑希が作業に戻って行ってしまったので、答えを確認することができなかった。
「サンタクロースねぇ……」
街中を歩き回れば五回くらい遭遇できる。赤い服に赤い帽子、みんな白髭だった。
――プレゼントか。
彼女の顔を思い出す。海が唯一他人に与えたプレゼントは生涯一つかもしれない。彼女のために、自分の身を亡ぼす覚悟もあって渡した。モノを残すということは、弱さも残すことになる。
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