魔女の暇つぶし

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1年生編12月

◆晴天の寒さ

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「カイ、そろそろ起きてください。遅刻しますわ」
「起きてるよ……」
「私は目を覚ませと言っているのではなくて、布団から出ろという意味で起きろと言っているんです」
「うわぁ、やめろ! 寒い!」
 容赦なく掛布団を奪う涼子に抗おうとするも、その動きすら億劫になって、海は小さく縮こまった。
「大魔女様が情けないですわね。北国に比べたらこのくらいの寒さへっちゃらでしょう」
「違うんだよ……。日本のこの芯から冷やしてくる寒さは違うんだ……」
「諦めて魔法を使えばいいじゃないですの」
 電気代を気にせずに暖房は効かせてあるので、部屋自体は暖かい。少なくとも冷え込んではいない。それでも布団の中の温もりと柔らかさには勝てない。
「前髪跳ねてますわ。直さないと侑希に笑われますわよ」
 海がしっかり身体を起こしたところで、涼子はリビングに戻った。
「人間は子供も大人も毎日ちゃんと起きて、学校やら会社やら行って偉いな……」
 たった三年だけの辛抱と思っても、気が重い。
「いい天気なのに、何でこんなに寒いんだよ。夏は暑いし、冬は寒いし、足して二で割ればちょうどいいのにさ」
「季節があるのはいいことじゃありませんの。次の周期では日本各地を回ってみるのもおすすめしますわ。今は交通網も発達していますし、魔法を使わないで移動するのもなかなか面白いですし」
「魔法を使わずになんてお前の口から出るとは」
「楽しみ方の問題ですから。魔法を使わない方が面白いと思えばそうすることだってあります。基本的にはあなたが抱いているイメージ通り、魔法を使った方が便利な世の中だとは思いますけど」
「……でも、いつか人間の技術も魔法に限りなく近いところにまでくるんだろうな。遠くの人同士でも話ができる技術、空を飛ぶ技術。……人間が魔女に追いついた時、世界は半分滅ぶかもね」
「たとえそんな時が来ても、あなたがいる限り魔女は人間なんかに負けませんわよ」
「お高く見られたもんだな。今はただの学生なのにさ」

 夏はエアコンをガンガンに聞かせていた教室だが、冬はエアコンではなく石油ストーブを利用する。海たちが入学する数年前にエアコンが全教室に設置されたという話であるが、冬はどうしても電気代がかかるため使用が禁止されている。寒い日はストーブが設置されている教室前方に人が集まり、窓際や後方の席は特段寒さが増す。
「わたしもついにマフラーデビューしたよ」
 どこにでも売っているようなチェックのマフラーを、侑希が自慢気に見せてきた。
「新しく編もうかなと思ったけど、途中で飽きてやめちゃった」
「侑希ちゃんって編み物できるの?」
「うん。難しいのはできないけど、ただひたすら編むだけなら」
「今時の子にしては珍しい特技だね」
「人をおばあちゃんみたいに言わないでよー。うみちゃんよりはちゃんと流行追えてますー」
 一瞬で移り変わる人間の流行を追う気力が海にはない。
「うみちゃんは冬休みにご実家に帰ったりするの?」
「実家? あー国にってこと?」
「うん。クリスマスもあるからどうなのかなって」
 クリスマスが宗教に関するイベントであることは海も知っている。だからこそ、無縁の行事である。
「特に帰るとかないよ。まったりと家で過ごすつもり。文化祭も終わったし」
 夏休みは、ほとんど文化祭関連で学校に通い詰めだった。それこそ土日も顔を出していたので、普段以上に学校にいたと思う。
「そうなんだ。わたしは今年おばあちゃん家に帰っちゃうんだよねー。うみちゃんがこっちにいるなら、せっかくだから初詣とかしたかったな」
 リセットが春に行われるため、海にとっての時間の区切りは三月と四月の間。二千年が二千一年になろうと、四桁の数字にはあまり関心がない。
「いつだっていいじゃん。予定があった時に一緒に行こうよ」
「うん! うみちゃんからそう言ってくれるなんて、明日は雪でも降るのかな」
 彼女が雪を見たいと言うならば、きっとそれくらい海は叶える。
 真夏にだって雪を降らせることができる魔女。それが大魔女である海のすごさだ。
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