【完結】竜人騎士と墓守少女

古都まとい

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21.竜と人の子

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 あいかわらずカルナの手のひらは燃えるように熱く、体内の熱がアルマに流れ込んでいるような錯覚まである。
 手を引きたいが、カルナは離してくれない。

「母のことを知りたいんです! ……レスター様も、母を捜してくれています。お屋敷に行って、この日記のことをレスター様に伝えれば、なにか分かるかもしれません」

 熱弁を振るうアルマとは対照的に、カルナの表情はどんどん冷え切っていく。その美しい顔は、人間を見下す神の表情に近かった。
 紅い瞳が、ゆるやかに発光する。風もないのに、白銀の長髪が意思を持ったように浮き上がる。
 アルマの腕をきつく握り続ける手には、青みがかったグレーの鱗が浮かんでは消え、その存在を主張していた。

「カ、カルナさん……!」

 悲鳴がこぼれそうになり、慌てて口を噤む。目の前にいる男はどう見ても人間ではない。本能的な恐怖が湧き上がる。
 カルナはアルマの腕を折れそうなほど強く握りしめて、なんとか人の形を保っていた。頬から滑り落ちる鱗が、はらはらと舞って地面へ積もっていく。
 アルマは目の前で変化し続けるカルナのことをどう受け止めるべきなのか分からず、ただ困惑するしかない。

 声をかけることすらはばかられ、カルナの低いうなり声だけが、地を這うように響く。
 カルナは湧き上がる激情を必死に抑えつけているようだった。
 はらはらと落ちる鱗が、まるで涙に見えて、アルマは手を伸ばし、カルナの頬にそっと触れる。

「っ……!」

 瞬間、すべての時間は止まり、カルナの変化も止まる。
 ゆるやかに人の形が戻ってくる。
 握られ続けた腕は血が止まり、指先は白く凍えていた。手首にはカルナの指の跡が、くっきりと赤く残っている。爪が刺さったのか、半月状に血が滲んでいた。

 いつの間にか二階へ上がってきていたミーシャが、なんのためらいもなく床に積もったカルナの鱗を口に含んでいる。やめさせようと手を伸ばしたが一歩遅く、ミーシャはアルマの手をするりと抜けて、離れていってしまった。
 カルナも抜け殻のように、その場にへたりこんでいる。動き出しそうな様子はなかった。
 迷った末、アルマはもう一度カルナの隣に腰を下ろした。床から冷気が這い上がり、身震いする。慈しむように、カルナの骨張った手を撫でる。

「お前は……母親に、フィオラに似ている」
「母の名前、憶えていたんですね」
「忘れねぇよ、あんな女」

 カルナは自嘲気味に笑った。

「俺のこと追いかけ回して、なにがなんでも飯食わせようとしてきたり、なんも言わねぇドルシーに必死に字を教えたりしてたな。呪いのことなんてよく知らなかったんだろうが、あまりに真剣にやるから、ドルシーが気の毒だった」

 懐かしむように遠くを見つめるカルナには、アルマの知らない母親の姿が見えているようだ。
 アルマの記憶の中で、母親はいつも物静かで、どれだけ人に虐げられても弱音ひとつ吐かない、強くて優しい姿をしている。アルマがまだ幼かったこともあり、今でも覚えている母親との記憶は、数えるほどしかない。
 もしかすると、カルナの方が、母親との思い出がたくさんあるかもしれない。
 それに日記にはカルナに読んでもらっていないページがまだまだある。

「この日記、わたしが持っていてもいいですか?」
「構わないが……ドルシーの目につくところで広げるのはやめろよ」
「ドルシーさんはなぜ、暴れたりするんでしょう」
「それなんだが」とカルナは一度、言葉を区切った。外ではしんしんと雪が降っている。

 カルナは言うべきことを整理しているようで、なかなか話し出さない。廊下が静寂で満たされる。降り続く雪が、すべての音を吸収しているようだ。

「それなんだが」とカルナがまた切り出す。
「ここ何日か調べたが、ドルシーの嫁が過去に砦の生贄に選ばれている」
「奥様が生贄に……」
「お前の母親より前だと思うが、正確な時期は覚えていない。ただ、嫁が生贄になったことと、ドルシーが魔女の呪いにかけられて砦へ来たことには、なにか関連があるはずだ」
「奥様は砦を出て、ドルシーさんの元へ帰れなかったのでしょうか?」
「おそらく、お前の母親と状況は同じだ。砦から消えて、そのまま家族の元に帰ることなく行方知らず。この砦の中で女が死んだことはないから、どう考えても砦から出た後に、なにかが起きている」

 まったく不可解な状況である。カルナの言葉を信じるならば皆、生贄にはなったものの、カルナに食べられることなく砦を出ている。
 しかし、砦を出た後に消息が分からなくなった人が二人もいる。調べれば、もっと出てくるだろうか?
 カルナに問いかけようとすると「すでに調べはじめている」と返された。

 マーロイズ王国は貧民窟さえ避ければ、治安はさほど悪くない。帰り道で野盗に遭った可能性もあるが、運悪く殺されたとしても死体ひとつ見つからないことは、そうそうない。野盗はだいたい、身ぐるみを剥ぎ取った死体を、そのまま道に置き去りにしていくからだ。アルマの母親も、ドルシーの妻も、忽然と消えてしまった。

「魔女の仕業、だったりしますか?」
「どうしてそう思う?」
「ドルシーさんは、魔女の呪いで声や文字を奪われたんですよね? 奥様が生贄に選ばれたことに抗議したり、砦から帰ってこないことについて、なにか口外されると困るものを見てしまって、口封じされた、とか……」

 アルマは自分でそう言ったものの、言い終わるにつれて自信がなくなってきた。単純に口封じならドルシーを殺してしまえばいい。たとえ犯人が魔女だったとしても、あえて魔女だと特定されるような『呪いをかける』といった行動を取る理由がない。

 いくら世界が広くとも、魔女の数はそこまで多くないはずだ。目の色で疑われて魔女狩りに遭う人間が一定数いるが、その中で本物の魔女など、見つかるわけもないだろう。小麦畑で、たった一粒の黄金を探すようなものだ。
 アルマの言葉を聞いて、カルナは深く考え込んでしまった。
「考えられなくはない」と言ったが、確証を持っている様子はない。

「ドルシーさんが話せるようになればいいのですが……」

 アルマが考えをまとめる前に、来客を告げる鐘が響き渡る。ドルシーがいないため、跳ね橋を架ける人間がおらず、人を呼んだのだろう。

「噂の本人が帰って来たな」

 カルナは手早く立ち上がり、階下へ降りていった。アルマも部屋の鍵を閉め。日記と一緒にポケットへ滑り込ませる。
 床に落ちていたカルナの鱗は跡形もなく消え去り、ミーシャが満足そうに腹を見せて寝転がっていた。
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