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20.母を探して
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春の十四
魔女裁判にかけられる直前、領主様に助けていただいた。防衛拠点の砦で使用人として一定期間勤め上げれば、私と娘のために家や仕事を取り計らってくださるらしい。
村に残してきた、あの子が心配でたまらない。
春の二十八
砦のたった一人の騎士カルナ様は、竜の力でもって長く領土を守っているらしい。
裏山で獲れた鹿をよく召し上がっているようだけれど、私の作った料理はあまり食べたがらない。竜であるがゆえに、味覚も人間とは違うのかしら?
夏の二十四
カルナさんは林檎を甘く煮たものや、木苺の砂糖漬けをよく召し上がる。甘いものが好きみたい。
私も一緒になっていただくけれど、本当は娘に食べさせてやりたい。
レスター様は村の様子を一切教えてくださらないけれど、私の瞳をとても綺麗だと言う。そんなことはどうでもいいのに、昔のイバンを思い出して、胸が疼く。アルマの顔を見せてあげられなかったことが、私の心残り。
「カルナさんは甘いものが好きなんですね」
「ああ、パイの中身は鶏肉より林檎の蜂蜜漬けの方が好きだな」
カルナが甘いもの好きをあっさりと認めたことが、少し意外だった。いつも香辛料をたっぷりきかせた肉料理を出すことが多いが、今度からは改めないといけないかもしれない。
「分かっていると思うが」
「はい、イバンは父の名前です。わたしが産まれる少し前に、内戦で亡くなったと母から聞いています」
十二年前という数字に引っかかりを覚え、アルマという文字列を見つけて、少しだけ母の書いたものかもしれないと期待していた。その期待通り、母の書いた日記だが、どうしてか気分は晴れない。
「知ってて黙っていたわけじゃない。お前がここへ来て、まさかと思ったんだ。墓地に住んでいて、緑の目を持った魔女狩りに追われている女なんて、そうそういないからな」
カルナが苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやらアルマに責められていると思ったらしい。
アルマは責めるどころか、まったく消息の分からなかった母親の足取りを掴めたことに感謝していた。カルナが最初にアルマを突き返して砦から追い出していたら、母親のことはおろか、自分が生きているかどうかも分からなかったのだから。
「全部読んでいたら、きりがないから飛ばすぞ」
春の九
砦へ来て、三度目の春が来た。三年前の春以来、アルマには会えていない。
何度か村へ行こうとしたけれど、いつもレスター様や従者の方が現れて、話をしているうちに砦へ戻されてしまう。
監視されている? まさか、ね。
夏の十二
跳ね橋の前に、大きな体の男が倒れていた。所持品はほとんどなく、口も聞けず、字も書けない。唯一、持っていた聖書の裏に書かれていた『ドルシー』をひとまず彼の名前にする。
カルナさんは彼にかけられた魔女の呪いの出所を突き止めるために、彼を見張り番として雇うらしい。
秋の二十
ついにレスター様から、雇用期間が終わり、村へ帰っていいと許可が出た!
明日アルフォンラインの屋敷へ行って、これまでの給金やこれから住む場所の手配をしてもらうことになった。
私の娘……アルマは元気かしら?
あなたを一人、墓地へ置いていくことになったことを、とても後悔している。どうか無事でいて、可愛い私のアルマ……。
日記が閉じられる。カルナが長い息を吐いた。アルマもつられて、天を仰ぎ、そして日記を見やる。
「母は、ちゃんと帰ってくるつもりだったのですね……」
自分は決して捨てられたわけではなかった。ただ少し、母親の予想とは違うことが起きて、アルマの元に戻れなかっただけだ。
「お屋敷を出てから、村に帰るまでの間に、なにかあったんでしょうか」
「屋敷から村まで、そう治安の悪い道ではないが……。屋敷でなにかあったとみるべきかもな」
カルナは疲れたように壁へもたれかかった。
最近、顔を合わせる機会がなくて気づかなかったが、カルナの顔からは疲労が色濃く滲み出ている。連日どこかを飛び回っているのかもしれない。
大量の食事と睡眠だけでは、回復が追いついていないようだ。
「わたし、お屋敷に行ってきます。だからカルナさんは少し休んで――」
「行かせるわけねぇだろ」
立ち上がりかけたアルマの腕を、カルナがきつく掴んだ。
魔女裁判にかけられる直前、領主様に助けていただいた。防衛拠点の砦で使用人として一定期間勤め上げれば、私と娘のために家や仕事を取り計らってくださるらしい。
村に残してきた、あの子が心配でたまらない。
春の二十八
砦のたった一人の騎士カルナ様は、竜の力でもって長く領土を守っているらしい。
裏山で獲れた鹿をよく召し上がっているようだけれど、私の作った料理はあまり食べたがらない。竜であるがゆえに、味覚も人間とは違うのかしら?
夏の二十四
カルナさんは林檎を甘く煮たものや、木苺の砂糖漬けをよく召し上がる。甘いものが好きみたい。
私も一緒になっていただくけれど、本当は娘に食べさせてやりたい。
レスター様は村の様子を一切教えてくださらないけれど、私の瞳をとても綺麗だと言う。そんなことはどうでもいいのに、昔のイバンを思い出して、胸が疼く。アルマの顔を見せてあげられなかったことが、私の心残り。
「カルナさんは甘いものが好きなんですね」
「ああ、パイの中身は鶏肉より林檎の蜂蜜漬けの方が好きだな」
カルナが甘いもの好きをあっさりと認めたことが、少し意外だった。いつも香辛料をたっぷりきかせた肉料理を出すことが多いが、今度からは改めないといけないかもしれない。
「分かっていると思うが」
「はい、イバンは父の名前です。わたしが産まれる少し前に、内戦で亡くなったと母から聞いています」
十二年前という数字に引っかかりを覚え、アルマという文字列を見つけて、少しだけ母の書いたものかもしれないと期待していた。その期待通り、母の書いた日記だが、どうしてか気分は晴れない。
「知ってて黙っていたわけじゃない。お前がここへ来て、まさかと思ったんだ。墓地に住んでいて、緑の目を持った魔女狩りに追われている女なんて、そうそういないからな」
カルナが苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやらアルマに責められていると思ったらしい。
アルマは責めるどころか、まったく消息の分からなかった母親の足取りを掴めたことに感謝していた。カルナが最初にアルマを突き返して砦から追い出していたら、母親のことはおろか、自分が生きているかどうかも分からなかったのだから。
「全部読んでいたら、きりがないから飛ばすぞ」
春の九
砦へ来て、三度目の春が来た。三年前の春以来、アルマには会えていない。
何度か村へ行こうとしたけれど、いつもレスター様や従者の方が現れて、話をしているうちに砦へ戻されてしまう。
監視されている? まさか、ね。
夏の十二
跳ね橋の前に、大きな体の男が倒れていた。所持品はほとんどなく、口も聞けず、字も書けない。唯一、持っていた聖書の裏に書かれていた『ドルシー』をひとまず彼の名前にする。
カルナさんは彼にかけられた魔女の呪いの出所を突き止めるために、彼を見張り番として雇うらしい。
秋の二十
ついにレスター様から、雇用期間が終わり、村へ帰っていいと許可が出た!
明日アルフォンラインの屋敷へ行って、これまでの給金やこれから住む場所の手配をしてもらうことになった。
私の娘……アルマは元気かしら?
あなたを一人、墓地へ置いていくことになったことを、とても後悔している。どうか無事でいて、可愛い私のアルマ……。
日記が閉じられる。カルナが長い息を吐いた。アルマもつられて、天を仰ぎ、そして日記を見やる。
「母は、ちゃんと帰ってくるつもりだったのですね……」
自分は決して捨てられたわけではなかった。ただ少し、母親の予想とは違うことが起きて、アルマの元に戻れなかっただけだ。
「お屋敷を出てから、村に帰るまでの間に、なにかあったんでしょうか」
「屋敷から村まで、そう治安の悪い道ではないが……。屋敷でなにかあったとみるべきかもな」
カルナは疲れたように壁へもたれかかった。
最近、顔を合わせる機会がなくて気づかなかったが、カルナの顔からは疲労が色濃く滲み出ている。連日どこかを飛び回っているのかもしれない。
大量の食事と睡眠だけでは、回復が追いついていないようだ。
「わたし、お屋敷に行ってきます。だからカルナさんは少し休んで――」
「行かせるわけねぇだろ」
立ち上がりかけたアルマの腕を、カルナがきつく掴んだ。
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