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19.誰かの日記
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「なぜ、鍵をかけていたのですか?」
部屋を見る限り、鍵をかけてまで厳しく立ち入りを制限しなければならない要素は見当たらない。
「ドルシーが入って荒らすから、閉めておくしかなかった」
「ドルシーさんが?」
「あいつの目的は分からない。呪いで自我があるかも怪しいし。けど、この部屋の扉が開いていると、決まって入っては物をひっくり返して暴れる」
いわれてみれば、壁になにかを打ちつけたような穴があったり、椅子の脚が欠けていたり、荒らされた形跡がある。
アルマが経年劣化だと思って見ていた傷は、もしかしたらドルシーが入った際にできたものかもしれなかった。
「ドルシーは術士のところへ行かせているが、帰ってくる前に掃除を終わらせて、この部屋から出てくれ。鍵はお前に預ける」
カルナは銅製の鍵を机の上に置いた。埃のついた尻を払って、部屋を出ていく。
けれど、入口のすぐ近くに腰を下ろし、廊下の壁に背を預けて、うつらうつらと昼寝の体勢に入っていった。
「カルナさん、寝るなら寝室の方が……」
「ここでいい。ドルシーが急に帰ってくるとも限らないしな」
要するに見張り番を買って出てくれたらしい。寝ていて見張りができるのかは怪しいが、なにかあった時は、アルマが大声を出せば起きてくれるだろう。
アルマは一度、自分の部屋へ戻ってベッドから毛布を剥がし、廊下で入眠体勢を取るカルナの肩へかけた。カルナはかけられた毛布を口元まで引き上げ、本格的に眠るようだ。
床で滞留する埃を一か所にまとめると、猫の毛玉のような塊ができた。あとで他のごみと一緒にまとめて捨てることにして、カビ臭さを少しでも軽減しようと窓を開け放つ。
固く絞ったボロ布で、丁寧に机や椅子、穴の開いた壁、床までしっかりと拭いていく。
少なくとも五年以上は放置されているはずなので、こびりつく汚れは頑固だ。それでも何度も桶の水を換え、拭くたびにボロ布を洗直し、念入りに拭き上げる。
窓から吹き込む冷たい風のおかげもあって、部屋のカビ臭さや埃っぽさは、だいぶ薄れた。
穴が開いてボロボロの状態になっていた敷物を埃と一緒に部屋の隅に寄せ、ひとまずアルマが座る場所として、小麦の入っていた大きな袋を敷いた。
冬場の水仕事で、あかぎれた手をすり合わせる。血が出ていないか確認して、アルマはそっと机の引き出しに手をかけた。
一段目には聖書のようなものと、なにかの種が入っている。砦に来てから畑作業に親しみはじめたが、種で種類を見分けられるほど詳しくはない。春になったら蒔いてみようと、アルマは小袋ごと、種をエプロンのポケットに滑り込ませた。
続いて二段目を開けるが、いくつかの髪飾りやリボン、飾りボタンが入っているだけで、特に目を引くものはない。
底が少し深くなっている三段目を引くと、その拍子に中でなにかが倒れた音がした。どこにも引っかかっていないことを手ごたえで確認しながら、そっと引き出す。
出てきたのは拍子が所々、虫に食われた厚めの本だった。湿気や虫食いで劣化がひどく、綴じ方も綺麗ではなかったため、崩れないよう、慎重に持ち上げる。
目の前に持ってくると、カビの臭いが鼻をつき、紙は湿気で何度も濡れたのか、じっとりと手にまとわりついてきた。
綴じている糸が解けないように注意しながら、表紙をめくる。
本だと思われたそれは、開けてみると日記のようだ。おそらく、ここの部屋に住んでいた女性のものだと思われる。日付を見ると、十二年前の春からはじまっていた。
パラパラとめくてみるが、字の練習中のアルマでも分かる単語と、分からない単語がちょうど半々で出てくる。少しずつ確認しながらなら、時間をかけて読めそうだが、とにかく分量が多い。ざっと見ただけで、およそ二、三年分はある。砦に来てから、出ていくまでの記録のようだ。
最後のページは十年前の秋で終わっていた。読める単語だけを拾っていくと、すぐに見慣れた文字列を見つけて、目線が釘づけになる。
そこには、はっきりと『アルマ』そして『墓地』という単語が見えた。
先を読み進めようにも、一度声に出して読んで、単語のつながりを把握してからでないと、文章の意味を上手く捉えられない。
アルマはもどかしさから日記を閉じて、廊下で寝息を立てるカルナを揺り起こした。
「カルナさん、起きてください」
ゆさゆさと無遠慮に肩を揺する。
「ん……どうした?」
眠たげに目をこするカルナの眼前に、今にも解けてバラバラになりそうな日記を突きつける。
「わたしの名前があるんです」
嫌というほど練習して、脳に染みついた文字列を指す。
カルナはようやく覚醒してきたのか、日記の最後のページに目を走らせて、さっと顔を強張らせた。
「わたしが読むと何日かかるか分かりません。カルナさん、代わりに読んでくれませんか? お願いします」
自力で読めないこともないが、早くなにが書かれているのかを知りたい。半ば強引に、カルナの手に日記を押しつける。
カルナはこの日記の存在を知らなかったのだろうか?
聞いてみようと顔を上げたが、カルナが最初のページから読みはじめようとしていることに気づき、口を噤んだ。
部屋を見る限り、鍵をかけてまで厳しく立ち入りを制限しなければならない要素は見当たらない。
「ドルシーが入って荒らすから、閉めておくしかなかった」
「ドルシーさんが?」
「あいつの目的は分からない。呪いで自我があるかも怪しいし。けど、この部屋の扉が開いていると、決まって入っては物をひっくり返して暴れる」
いわれてみれば、壁になにかを打ちつけたような穴があったり、椅子の脚が欠けていたり、荒らされた形跡がある。
アルマが経年劣化だと思って見ていた傷は、もしかしたらドルシーが入った際にできたものかもしれなかった。
「ドルシーは術士のところへ行かせているが、帰ってくる前に掃除を終わらせて、この部屋から出てくれ。鍵はお前に預ける」
カルナは銅製の鍵を机の上に置いた。埃のついた尻を払って、部屋を出ていく。
けれど、入口のすぐ近くに腰を下ろし、廊下の壁に背を預けて、うつらうつらと昼寝の体勢に入っていった。
「カルナさん、寝るなら寝室の方が……」
「ここでいい。ドルシーが急に帰ってくるとも限らないしな」
要するに見張り番を買って出てくれたらしい。寝ていて見張りができるのかは怪しいが、なにかあった時は、アルマが大声を出せば起きてくれるだろう。
アルマは一度、自分の部屋へ戻ってベッドから毛布を剥がし、廊下で入眠体勢を取るカルナの肩へかけた。カルナはかけられた毛布を口元まで引き上げ、本格的に眠るようだ。
床で滞留する埃を一か所にまとめると、猫の毛玉のような塊ができた。あとで他のごみと一緒にまとめて捨てることにして、カビ臭さを少しでも軽減しようと窓を開け放つ。
固く絞ったボロ布で、丁寧に机や椅子、穴の開いた壁、床までしっかりと拭いていく。
少なくとも五年以上は放置されているはずなので、こびりつく汚れは頑固だ。それでも何度も桶の水を換え、拭くたびにボロ布を洗直し、念入りに拭き上げる。
窓から吹き込む冷たい風のおかげもあって、部屋のカビ臭さや埃っぽさは、だいぶ薄れた。
穴が開いてボロボロの状態になっていた敷物を埃と一緒に部屋の隅に寄せ、ひとまずアルマが座る場所として、小麦の入っていた大きな袋を敷いた。
冬場の水仕事で、あかぎれた手をすり合わせる。血が出ていないか確認して、アルマはそっと机の引き出しに手をかけた。
一段目には聖書のようなものと、なにかの種が入っている。砦に来てから畑作業に親しみはじめたが、種で種類を見分けられるほど詳しくはない。春になったら蒔いてみようと、アルマは小袋ごと、種をエプロンのポケットに滑り込ませた。
続いて二段目を開けるが、いくつかの髪飾りやリボン、飾りボタンが入っているだけで、特に目を引くものはない。
底が少し深くなっている三段目を引くと、その拍子に中でなにかが倒れた音がした。どこにも引っかかっていないことを手ごたえで確認しながら、そっと引き出す。
出てきたのは拍子が所々、虫に食われた厚めの本だった。湿気や虫食いで劣化がひどく、綴じ方も綺麗ではなかったため、崩れないよう、慎重に持ち上げる。
目の前に持ってくると、カビの臭いが鼻をつき、紙は湿気で何度も濡れたのか、じっとりと手にまとわりついてきた。
綴じている糸が解けないように注意しながら、表紙をめくる。
本だと思われたそれは、開けてみると日記のようだ。おそらく、ここの部屋に住んでいた女性のものだと思われる。日付を見ると、十二年前の春からはじまっていた。
パラパラとめくてみるが、字の練習中のアルマでも分かる単語と、分からない単語がちょうど半々で出てくる。少しずつ確認しながらなら、時間をかけて読めそうだが、とにかく分量が多い。ざっと見ただけで、およそ二、三年分はある。砦に来てから、出ていくまでの記録のようだ。
最後のページは十年前の秋で終わっていた。読める単語だけを拾っていくと、すぐに見慣れた文字列を見つけて、目線が釘づけになる。
そこには、はっきりと『アルマ』そして『墓地』という単語が見えた。
先を読み進めようにも、一度声に出して読んで、単語のつながりを把握してからでないと、文章の意味を上手く捉えられない。
アルマはもどかしさから日記を閉じて、廊下で寝息を立てるカルナを揺り起こした。
「カルナさん、起きてください」
ゆさゆさと無遠慮に肩を揺する。
「ん……どうした?」
眠たげに目をこするカルナの眼前に、今にも解けてバラバラになりそうな日記を突きつける。
「わたしの名前があるんです」
嫌というほど練習して、脳に染みついた文字列を指す。
カルナはようやく覚醒してきたのか、日記の最後のページに目を走らせて、さっと顔を強張らせた。
「わたしが読むと何日かかるか分かりません。カルナさん、代わりに読んでくれませんか? お願いします」
自力で読めないこともないが、早くなにが書かれているのかを知りたい。半ば強引に、カルナの手に日記を押しつける。
カルナはこの日記の存在を知らなかったのだろうか?
聞いてみようと顔を上げたが、カルナが最初のページから読みはじめようとしていることに気づき、口を噤んだ。
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