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22.アルフォンラインの屋敷
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「レスター様から言伝を預かっております」
定期的に食料を届けに来るリオが、開口一番そう言った。干した果物や小麦の詰まった袋を受け取りながら、先を促す。
「お母さまを発見し、屋敷で保護しているので至急来てほしい、と。今日の昼過ぎに、迎えの馬車を寄越すとのことです」
「母が、見つかった? 本当にレスターさんがそう言っていたのですか?」
驚きを隠せないまま、思わずリオに詰め寄る。らんらんと輝くアルマの緑の瞳を見たリオは、一瞬息を詰めたものの、勢いに押されてガクガクと頷いた。
「そ、そう聞いています。目立った傷もなく、少し疲れているけれど、元気だと」
「どこで見つかったんですか? わたしのことなにか言っていましたか? それより母が砦にいたことは――」
「詳しいことはレスター様に聞いてください……!」
詰め寄られたリオが、悲鳴を上げる。アルマはふと我に返って、リオの服を掴んでいた手を離した。
「ご、ごめんなさい。急な知らせで、びっくりして」
リオがぎこちなく微笑み、よれた服を直す。
「良かったですね、お母さまが見つかって。でも、気をつけてくださいね」
「気をつけるって、なにをですか?」
リオが辺りを見回し、人がいないことを確認してからアルマの耳元に口を寄せる。
「アルフォンラインの屋敷には、なにかが隠されています。その隠されたものを見つけてしまった者は、もう二度と屋敷から出られない、とか……」
詳細を聞こうとしたが、リオは素早い動作でアルマから離れる。
「ま、ちょっとした子ども騙しの話でしょう。くれぐれも、他所でサラン商会の女から聞いたとか言わないでくださいね」
リオはアルマの返事も聞かず、そそくさと来た道を引き返していった。
大量の食材に囲まれながら、情報を整理する。リオの屋敷に関する噂話が、妙に心に引っかかり、むくむくと疑惑が膨れ上がってくる。
本当に母が見つかった?
母親を生贄にしたのはレスターだ。アルマのことを昔から知っていてもおかしくはない。
なぜ今になって、母親を探すようなことをしたのだろう? アルマが砦に来たから? それも元を辿れば、レスターに砦へ来るよう言われたからだ。
この目で母親が生きていることを確認するまでは、安心できない。レスターはいい人だと思うが、不可解なことが多すぎる。疑いたくはないが、ドルシーの妻の件も聞いてみなればならないだろう。
なんにしても、まずは腹ごしらえだ。そしてカルナにも報告しなければならない。今は砦にいないが、昼になれば帰ってくるだろう。
アルマは受け取った食料を食料庫へ運びながら、今後の計画を立てはじめた。
◇ ◇ ◇
リオの言伝通り、昼過ぎに黒塗りに金装飾を施した馬車が砦の前にやってきた。アルマはそれをドルシーと一緒に、見張り塔の上から見下ろしている。
ドルシーが跳ね橋を架けるために、見張り塔を下りていく。
馬車から降りたのは、どうやらレスターのようだ。塔の上からでも、後ろに撫でつけた金髪がよく目立つ。
結局、カルナは昼までに帰ってこなかった。ドルシーと朝食を取った後、居住館で待っていたのだが、会えずにまた見張り塔へ上ることになった。
なにか書き置きを残していこうかとも思ったのだが、カルナの書いてくれた文字の一覧とにらめっこしているうちに昼になってしまった。かろうじて『お屋敷に』の文言と自分の名前だけを書いたものがテーブルの上に置かれている。自分がこんなにも物覚えが悪く、文字も満足に書けない人間だとは思わなかった。母親に習っておくべきだったと、後悔が滲む。
レスターが跳ね橋を渡ってくるのを見て、アルマも見張り塔を下りる。厩舎の前で、だらりと体を伸ばして昼寝をしていたミーシャが、足にまとわりついてくる。
アルマのワンピースに爪を立てながら、ミーシャはすいすいアルマの体を上り、肩に乗ってきた。まるで自分も連れていけと言っているようだ。どこにでもついてきたステラを思い出し、胸が痛む。
レスターはアルマを見つけると、さっと手を挙げた。黒い毛皮がふんだんに使われた暖かそうな外套に身を包み、指には装飾品が光っている。見たこともない淡い緑色の宝石がはめ込まれていた。
「遅くなりました。さあ、お母さまに会いに行きましょう」
「あの、できればカルナさんと一緒に行きたいのですが、まだ帰ってなくて」
「おや、聞いていないのですか?」
レスターがアルマの肩に乗るミーシャを撫でながら、意外そうに言う。
「彼なら先に屋敷に来ていますよ。君のお母さまの安全を守るために、護衛についてもらっています」
「母はだれかに狙われているんですか?」
「そういうわけではありませんが……詳しい話は屋敷へ着いてからにしましょう」
さあ、とレスターがアルマの腰に手を当てて、先を促す。迷ったが、素直に足を踏み出した。
肩のミーシャを下ろそうと思ったものの、ミーシャは布地に爪を立てて抵抗する。仕方なくレスターに「一緒に連れていっていいですか?」と尋ねると、快く許可してくれた。
ミーシャを横抱きにして、後ろを振り返る。跳ね橋のクランクの横で、ドルシーが亡霊のようにじっと突っ立っていた。
定期的に食料を届けに来るリオが、開口一番そう言った。干した果物や小麦の詰まった袋を受け取りながら、先を促す。
「お母さまを発見し、屋敷で保護しているので至急来てほしい、と。今日の昼過ぎに、迎えの馬車を寄越すとのことです」
「母が、見つかった? 本当にレスターさんがそう言っていたのですか?」
驚きを隠せないまま、思わずリオに詰め寄る。らんらんと輝くアルマの緑の瞳を見たリオは、一瞬息を詰めたものの、勢いに押されてガクガクと頷いた。
「そ、そう聞いています。目立った傷もなく、少し疲れているけれど、元気だと」
「どこで見つかったんですか? わたしのことなにか言っていましたか? それより母が砦にいたことは――」
「詳しいことはレスター様に聞いてください……!」
詰め寄られたリオが、悲鳴を上げる。アルマはふと我に返って、リオの服を掴んでいた手を離した。
「ご、ごめんなさい。急な知らせで、びっくりして」
リオがぎこちなく微笑み、よれた服を直す。
「良かったですね、お母さまが見つかって。でも、気をつけてくださいね」
「気をつけるって、なにをですか?」
リオが辺りを見回し、人がいないことを確認してからアルマの耳元に口を寄せる。
「アルフォンラインの屋敷には、なにかが隠されています。その隠されたものを見つけてしまった者は、もう二度と屋敷から出られない、とか……」
詳細を聞こうとしたが、リオは素早い動作でアルマから離れる。
「ま、ちょっとした子ども騙しの話でしょう。くれぐれも、他所でサラン商会の女から聞いたとか言わないでくださいね」
リオはアルマの返事も聞かず、そそくさと来た道を引き返していった。
大量の食材に囲まれながら、情報を整理する。リオの屋敷に関する噂話が、妙に心に引っかかり、むくむくと疑惑が膨れ上がってくる。
本当に母が見つかった?
母親を生贄にしたのはレスターだ。アルマのことを昔から知っていてもおかしくはない。
なぜ今になって、母親を探すようなことをしたのだろう? アルマが砦に来たから? それも元を辿れば、レスターに砦へ来るよう言われたからだ。
この目で母親が生きていることを確認するまでは、安心できない。レスターはいい人だと思うが、不可解なことが多すぎる。疑いたくはないが、ドルシーの妻の件も聞いてみなればならないだろう。
なんにしても、まずは腹ごしらえだ。そしてカルナにも報告しなければならない。今は砦にいないが、昼になれば帰ってくるだろう。
アルマは受け取った食料を食料庫へ運びながら、今後の計画を立てはじめた。
◇ ◇ ◇
リオの言伝通り、昼過ぎに黒塗りに金装飾を施した馬車が砦の前にやってきた。アルマはそれをドルシーと一緒に、見張り塔の上から見下ろしている。
ドルシーが跳ね橋を架けるために、見張り塔を下りていく。
馬車から降りたのは、どうやらレスターのようだ。塔の上からでも、後ろに撫でつけた金髪がよく目立つ。
結局、カルナは昼までに帰ってこなかった。ドルシーと朝食を取った後、居住館で待っていたのだが、会えずにまた見張り塔へ上ることになった。
なにか書き置きを残していこうかとも思ったのだが、カルナの書いてくれた文字の一覧とにらめっこしているうちに昼になってしまった。かろうじて『お屋敷に』の文言と自分の名前だけを書いたものがテーブルの上に置かれている。自分がこんなにも物覚えが悪く、文字も満足に書けない人間だとは思わなかった。母親に習っておくべきだったと、後悔が滲む。
レスターが跳ね橋を渡ってくるのを見て、アルマも見張り塔を下りる。厩舎の前で、だらりと体を伸ばして昼寝をしていたミーシャが、足にまとわりついてくる。
アルマのワンピースに爪を立てながら、ミーシャはすいすいアルマの体を上り、肩に乗ってきた。まるで自分も連れていけと言っているようだ。どこにでもついてきたステラを思い出し、胸が痛む。
レスターはアルマを見つけると、さっと手を挙げた。黒い毛皮がふんだんに使われた暖かそうな外套に身を包み、指には装飾品が光っている。見たこともない淡い緑色の宝石がはめ込まれていた。
「遅くなりました。さあ、お母さまに会いに行きましょう」
「あの、できればカルナさんと一緒に行きたいのですが、まだ帰ってなくて」
「おや、聞いていないのですか?」
レスターがアルマの肩に乗るミーシャを撫でながら、意外そうに言う。
「彼なら先に屋敷に来ていますよ。君のお母さまの安全を守るために、護衛についてもらっています」
「母はだれかに狙われているんですか?」
「そういうわけではありませんが……詳しい話は屋敷へ着いてからにしましょう」
さあ、とレスターがアルマの腰に手を当てて、先を促す。迷ったが、素直に足を踏み出した。
肩のミーシャを下ろそうと思ったものの、ミーシャは布地に爪を立てて抵抗する。仕方なくレスターに「一緒に連れていっていいですか?」と尋ねると、快く許可してくれた。
ミーシャを横抱きにして、後ろを振り返る。跳ね橋のクランクの横で、ドルシーが亡霊のようにじっと突っ立っていた。
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