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7.巨躯の番人
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アルマは水路の淵に建てられた鐘を見上げた。少しためらってから、鐘から下げられた縄の端を握り、打ち鳴らす。
ゴーン、ゴーン、と鐘の音が、山いっぱいに響き渡る。近くにいると、思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音量だった。それでも、砦の中まできちんと聞こえたのか、確証はない。
跳ね橋が邪魔をして、砦の入口はまったく見えない。石壁ばかりが目につき、足元には落ちたらひとたまりもないような、底なし沼を思わせる水路が横たわっている。
そろそろ完全に日没を迎えるため、狼が動き出す時間になる。辺りを警戒するが、今のところはなんの動きもない。
墓守小屋も山の中にあったため、村の人間ほど夜の山や狼を怖がることはないが、道具ひとつなく火も起こせない状態で山に置かれるのは、やはり怖かった。
早く気づいてもらえますように、と願いながら、もう一度、鐘を鳴らした方が良いのか検討する。
もし気づいてもらえなかったとしても、アルマにできることと言えば、鐘を鳴らすか、大声で叫ぶか、水路の周りを絶えず歩き回ることくらいだ。
半日も待ったのではないかと錯覚する長い沈黙のあと、唐突に跳ね橋が動き出した。
驚いたアルマに息つく暇も与えず、跳ね橋はどんどん下りてくる。眼前まで迫ったとき、アルマは自分が橋のたもとに立っていることに気づき、慌てて飛びのいた。
先ほどまで自分が立っていた位置に跳ね橋の端が接地し、揺らぎのない頑丈な橋が完成する。
跳ね橋によって閉じられていた砦の入口が開き、石造りの門の内側には、馬にも劣らぬ巨躯の男が立っていた。
アルマの姿を確認したはずだが、巨体に埋もれた小さな目は、なにも映していないように見える。その目は、アルマがこれまで弔ってきた死者の目に、よく似ていた。
大男は目のみならず、全身から生気が失われているようで、全く動きがなく、ただ立ち尽くしている。手は跳ね橋の鎖を巻き取るクランクにかけられているが、アルマに早く渡るよう催促する様子はない。
アルマは大男に得体の知れない不気味さを感じながらも、架けられたばかりの跳ね橋へ足を踏み出した。
木で造られた跳ね橋は、アルマが一歩進むごとに軋み、支える鎖ごと水路へ落ちてもおかしくないと思えてしまう。
下を向いて歩くのは怖いが、かといって正面を向けば、虚ろな目をした髭面の大男がいる。近くでも見てみると、頬に大きな切り傷があり、傷の部分だけ引きつって髭も生えていなかった。
人間らしい様子を一切感じない大男から目を逸らし、黙々と橋を渡り続ける。途中、ふと目をやった水路があまりにも深く、暗く濁っていて、アルマは恐怖で腰を抜かしそうになった。
跳ね橋を完全に渡りきると、石造りの大きな門が、アルマを出迎える。ちらちらと大男の方を確認しながら、門をくぐった。
アルマが完全に内へ入ったのを見届けてから、大男はゆっくりと跳ね橋のクランクを回しはじめる。鎖が擦れあう音が反響し、重たい橋が、みるみるうちに上がっていく。
アルマの二倍はありそうな巨体は難なく鎖を巻き取り、やがて内へ蓋をするように、跳ね橋がぴたりと入口を閉じた。
一連の動作を終えた大男は、アルマには目もくれず、砦の内部へと続く階段を上っていく。
狭い通路をくるりと回る形で配置された階段のせいで、男の姿はすぐに見えなくなる。
「ま、待ってください!」
慌てて階段を上りはじめて、あとを追うが、アルマの声が聞こえていないのか、男は立ち止まらない。
階段は思ったよりも狭く、体が大きな人間は通るのにも苦労しそうだが、男は慣れているのか微妙に体の角度を変えながら器用に大きな体で上っていく。
ちょうど階段が一周したと思われたころ、突如として視界が晴れた。
両側を覆っていた石壁がなくなり、広い空間が姿を見せる。四方を壁で囲われてはいるが、井戸や畑らしきものも見え、小さな城塞都市を思わせる造りだ。
井戸の傍で草を食んでいた羊が、気だるそうにちらりとアルマの方を見たが、すぐに興味をなくして食事に戻る。羊は厚い毛皮で覆われ、誰かに世話をされている様子もない。家畜と言うより、野生同然の出で立ちだった。
畑らしきものは麦を刈り取った形跡もなく、およそ食用とは言えない雑草が生い茂っている、こちらも世話をする人間のいない、なれの果てである。
強固な石壁があり、水路や跳ね橋も、見張り用の塔もある。砦としては申し分ないほど完璧だが、欠点があるとすれば、人の生活している気配がほとんどないことだった。
レスターの話通り、番人はいる。跳ね橋を架けてくれた大男が番人だろう。名前はあとで聞こうと思っているが、話かけるには勇気がいる。
そして竜人の騎士だと言う、レスターの曾祖母の息子と、アルマの前にもここに生贄がきて食べられるまでの間、少しは砦で生活していたはずである。
しかし、まったくと言って良いほど、とても大人三人が生活できる、生活していた形跡がない。
荒れ果てた畑に、野生化した家畜。井戸はかろうじて使えるようだが、その先にある大きな館の外壁には蔦がびっしりと覆い、その横には半壊した建物が、そのままの状態で晒されている。
普段から人が住んでいると言うより、有事の際の仮住まいを彷彿とさせた。
アルマは井戸が枯れていないことを確認し、深い水面をじっと見つめる。アルマの顔には不安と、疲労が色濃く残っていた。
「レスターが言っていたのは、お前か?」
ゴーン、ゴーン、と鐘の音が、山いっぱいに響き渡る。近くにいると、思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音量だった。それでも、砦の中まできちんと聞こえたのか、確証はない。
跳ね橋が邪魔をして、砦の入口はまったく見えない。石壁ばかりが目につき、足元には落ちたらひとたまりもないような、底なし沼を思わせる水路が横たわっている。
そろそろ完全に日没を迎えるため、狼が動き出す時間になる。辺りを警戒するが、今のところはなんの動きもない。
墓守小屋も山の中にあったため、村の人間ほど夜の山や狼を怖がることはないが、道具ひとつなく火も起こせない状態で山に置かれるのは、やはり怖かった。
早く気づいてもらえますように、と願いながら、もう一度、鐘を鳴らした方が良いのか検討する。
もし気づいてもらえなかったとしても、アルマにできることと言えば、鐘を鳴らすか、大声で叫ぶか、水路の周りを絶えず歩き回ることくらいだ。
半日も待ったのではないかと錯覚する長い沈黙のあと、唐突に跳ね橋が動き出した。
驚いたアルマに息つく暇も与えず、跳ね橋はどんどん下りてくる。眼前まで迫ったとき、アルマは自分が橋のたもとに立っていることに気づき、慌てて飛びのいた。
先ほどまで自分が立っていた位置に跳ね橋の端が接地し、揺らぎのない頑丈な橋が完成する。
跳ね橋によって閉じられていた砦の入口が開き、石造りの門の内側には、馬にも劣らぬ巨躯の男が立っていた。
アルマの姿を確認したはずだが、巨体に埋もれた小さな目は、なにも映していないように見える。その目は、アルマがこれまで弔ってきた死者の目に、よく似ていた。
大男は目のみならず、全身から生気が失われているようで、全く動きがなく、ただ立ち尽くしている。手は跳ね橋の鎖を巻き取るクランクにかけられているが、アルマに早く渡るよう催促する様子はない。
アルマは大男に得体の知れない不気味さを感じながらも、架けられたばかりの跳ね橋へ足を踏み出した。
木で造られた跳ね橋は、アルマが一歩進むごとに軋み、支える鎖ごと水路へ落ちてもおかしくないと思えてしまう。
下を向いて歩くのは怖いが、かといって正面を向けば、虚ろな目をした髭面の大男がいる。近くでも見てみると、頬に大きな切り傷があり、傷の部分だけ引きつって髭も生えていなかった。
人間らしい様子を一切感じない大男から目を逸らし、黙々と橋を渡り続ける。途中、ふと目をやった水路があまりにも深く、暗く濁っていて、アルマは恐怖で腰を抜かしそうになった。
跳ね橋を完全に渡りきると、石造りの大きな門が、アルマを出迎える。ちらちらと大男の方を確認しながら、門をくぐった。
アルマが完全に内へ入ったのを見届けてから、大男はゆっくりと跳ね橋のクランクを回しはじめる。鎖が擦れあう音が反響し、重たい橋が、みるみるうちに上がっていく。
アルマの二倍はありそうな巨体は難なく鎖を巻き取り、やがて内へ蓋をするように、跳ね橋がぴたりと入口を閉じた。
一連の動作を終えた大男は、アルマには目もくれず、砦の内部へと続く階段を上っていく。
狭い通路をくるりと回る形で配置された階段のせいで、男の姿はすぐに見えなくなる。
「ま、待ってください!」
慌てて階段を上りはじめて、あとを追うが、アルマの声が聞こえていないのか、男は立ち止まらない。
階段は思ったよりも狭く、体が大きな人間は通るのにも苦労しそうだが、男は慣れているのか微妙に体の角度を変えながら器用に大きな体で上っていく。
ちょうど階段が一周したと思われたころ、突如として視界が晴れた。
両側を覆っていた石壁がなくなり、広い空間が姿を見せる。四方を壁で囲われてはいるが、井戸や畑らしきものも見え、小さな城塞都市を思わせる造りだ。
井戸の傍で草を食んでいた羊が、気だるそうにちらりとアルマの方を見たが、すぐに興味をなくして食事に戻る。羊は厚い毛皮で覆われ、誰かに世話をされている様子もない。家畜と言うより、野生同然の出で立ちだった。
畑らしきものは麦を刈り取った形跡もなく、およそ食用とは言えない雑草が生い茂っている、こちらも世話をする人間のいない、なれの果てである。
強固な石壁があり、水路や跳ね橋も、見張り用の塔もある。砦としては申し分ないほど完璧だが、欠点があるとすれば、人の生活している気配がほとんどないことだった。
レスターの話通り、番人はいる。跳ね橋を架けてくれた大男が番人だろう。名前はあとで聞こうと思っているが、話かけるには勇気がいる。
そして竜人の騎士だと言う、レスターの曾祖母の息子と、アルマの前にもここに生贄がきて食べられるまでの間、少しは砦で生活していたはずである。
しかし、まったくと言って良いほど、とても大人三人が生活できる、生活していた形跡がない。
荒れ果てた畑に、野生化した家畜。井戸はかろうじて使えるようだが、その先にある大きな館の外壁には蔦がびっしりと覆い、その横には半壊した建物が、そのままの状態で晒されている。
普段から人が住んでいると言うより、有事の際の仮住まいを彷彿とさせた。
アルマは井戸が枯れていないことを確認し、深い水面をじっと見つめる。アルマの顔には不安と、疲労が色濃く残っていた。
「レスターが言っていたのは、お前か?」
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