【完結】竜人騎士と墓守少女

古都まとい

文字の大きさ
上 下
6 / 29

6.戻れない道

しおりを挟む
 時空がゆがむような話に、アルマはめまいを覚えた。
 目の前に座るレスターは、おそらく四十代前半といったところだろう。レスターの話が本当だとすれば竜人の騎士は、四十年前にはすでに西の砦を治め、今もなお若さを保ったまま砦の騎士を続けていることになる。
 アルマは竜を見たことも、竜人に会ったこともない。すべてはおとぎ話の中の話だと思っていた。しかし、おとぎ話だと思っていたそれは、急激に実体を伴って、アルマに近づいてきているのである。

「生贄になる運命を受け入れているのですね」

 そう声をかけられ、アルマは、はっと顔を上げた。

「生贄になりたくない一心で、馬車から飛び降りて死ぬ女もいるくらいなんですよ。でも、君は泣きも喚きもしない。すべてを受け入れて、すべてを諦めているように見えます」

 レスターの言うことは半分くらい、正しいように思う。アルマは生贄になることに恐怖は覚えるものの、命がけで逃げ出そうとは思っていなかった。

「……あの場でレスター様に助けていただけなかったら、わたしは死んでいましたから。寿命が少し延びただけ、そう思うんです」

 いつの間にか、日没が近づいている。
 村の姿はもう跡形もなく、馬車は枯れ木の間を走る獣道に従って進み、山の方へ向かっているようだ。山頂の辺りに、塔の先端らしきものが見える。あれが、砦の一部だろうか。

「君ほどの綺麗な瞳を持つ人間を、そう易々と生贄にしてしまうのは惜しい」

 レスターは窓の外に目を向けたまま、ぽつりと呟いた。しかし、この決定を取り消すつもりはないようだ。
 そもそも、レスターが本気でアルマの瞳を綺麗だと思っているのかも、確かめようがない。本当は村の人間と同じく、アルマを自分の領地に潜む異端者だとみて、生贄として処分しようとしている可能性もある。

 もし、あの墓地でアルマの代わりに生贄を差し出せる人間がいたら?
 レスターはアルマを生かし、別の生贄を連れて、馬車を走らせたのだろうか。
 そんな空想を楽しめるほど、アルマに元気は残っていない。心には深い諦めと、膜が張って濁った薄い希望が、沈殿している。
 山のふもとまできたところで、馬車はゆるやかに速度を落とし、ゆっくりと止まった。

「着きましたよ」

 レスターが自ら馬車の扉を開け、アルマに手を差し出す。
 レスターの手を遠慮がちに取り、慎重に足を降ろす。久しぶりに地面を踏んだ気がするが、墓地を出てから半日も経っていないはずだ。
 長時間乗ったわけではないはずだが、体がまだ馬車の揺れを覚えているようで、足元がふらふらとおぼつかない。
 レスターがアルマに、一本の獣道を指す。

「その道をまっすぐ登っていけば、砦に着きます。道をはずれたら狼の餌食になるので、おすすめはしません」

 安易に逃げるな、と言いたいのだろう。

「少し登ればすぐに見えますから、日没前には着くでしょう。跳ね橋の前の鐘を鳴らせば、番人が出てくるはずです」

 アルマがわずかに頷いたのを見て、レスターは足早に馬車の中へ戻っていく。

「レスター様は砦まで、いかないのですか?」

 一人で日の暮れかけた山を登るのが怖くなり、レスターに声をかけたが、その顔はやんわりと拒絶を表していた。

「彼に会うと、いつも喧嘩になるのでね。私がいつ喰われるやもしれないので、なるべく会いたくないのです」

 そこまで言われると、アルマも無理についてきてほしいとは言えなかった。
 暗くなりはじめている獣道を一瞥し、覚悟を決める。

「君が長く生きられるように、祈っています」

 アルマの返事も聞かず、馬車はきた道を引き返していった。
 後味の悪さを感じながらも、アルマに残された道は、山を登って砦にたどり着くことだけである。
 日の暮れかかった山は、恐ろしいほどに静かだ。枝を踏む微かな物音さえ、普段の何倍もの大きさで聞こえ、狼に気づかれはしないかと不安になる。

 気を張っているせいか、上手いこと歩が進まず、自分で自分の足を踏みつけながら、なんとか前に進む。自分の息遣いと、落ち葉を踏むカサカサとした音だけが耳に残る。
 アルマはふと、ステラのことを思った。ここにステラがいれば、こんなに心細くなることもなかっただろう。
 ステラは落ち葉に体を擦りつけるのが好きだった。泥まみれ、落ち葉まみれになりながら、アルマを楽しそうに見上げる目を思い出して、視界が滲む。

 ステラの亡骸は、きちんと埋葬されたのだろうか。墓地から馬車に至るまでの記憶が曖昧で、ほとんど思い出せない。レスターに聞けば分かるかもしれないが、もう一度会える保証はなかった。
 登り坂は思ったよりも傾斜がゆるく、荷馬車でも通れそうなくらい獣道は広い。
 時折、道の脇でなにかが動く気配がする。アルマは気づかないふりをした。一度気になってしまえば、その存在を意識せざるを得ないが、極力、不安からは目を背けたかった。

 馬車から見た塔の先端が、空に高く昇っていく。
 徐々に見えてきたのは高い石壁と、石壁を取り囲むように張り巡らされた水路だ。
 高い壁に阻まれ、中を覗くことはできないが、かなり規模が大きいように見える。山の一部を切り開いて建てられたであろう砦は、背後にそびえる切り立った崖までが、防衛拠点としての役割を果たしているようだ。

 アルマは道が途切れ、水路になっている場所までやってきた。間近で見る水路は、思ったよりも幅が広く、底が見えないほど深い。馬でも渡るのは難しそうだ。
 対岸には、来訪者を拒むように跳ね橋が上がっている。声を出して人を呼ぶには、砦はあまりにも遠かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...