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7章(3)

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 ハナを見たマーリンドの顔に、さっと赤みが差した。猛然と後ろを振り返り、控えていた兵士を睨みつける。

「ハナは始末したはずじゃなかったのか!」

 自身の失言にすら気づいていないマーリンドが、早口で兵士を詰る。

「誰だ、嘘の報告をした奴は! まだ生きているじゃないか! あれほど確実に殺しておけと言ったのに、なんたる有様だ!」
「マーリンド様」

 メルフェリーゼのしんとした声が、マーリンドの怒号を遮る。

「マーリンド様はご自分の指示でハナが毒師の元まで遣いに行ったことが発覚するのを恐れて、証拠隠滅のためにハナを殺そうとした……間違いありませんね?」
「き、聞き間違いだろう」
「あんた、ここまで来てしらばっくれるつもりか?」

 ずかずかと歩み出てきたのはミハイである。物怖じせずにマーリンドに向かい合い、懐から封書を取り出した。

「後ろのじいさんたちに見えてっかな。これ、ユルハ王族の 印璽いんじなんだけど」

 後ろに控えていたハナが、あっと声を上げた。どうやら、見覚えがあるらしい。メルフェリーゼも、何度か城内で目にしたことがある。主に公的な書類に封をするために使われる公式の印だったはずだが。

「これはハナが俺らのところまで届けに来たやつだ。中身は大男でも即死する毒が欲しい、効能がたしかなら金額は問わないって依頼のやつだったんだけどさ」

 ミハイが封書をぱらりと広げる。便箋には、お世辞にも綺麗とは言い難い字が並んでいた。重臣の一人が、顔を真っ青にして倒れかかる。
 マーリンドも、肩をぶるぶると震わせはじめた。まるで、これからミハイが言うことをすべて分かっているかのように。

「このへったくそな字、マーリンド王子の直筆でしょ? 普段マーリンド王子の名前で出される直筆の文章は、王子の汚い字を隠すための代筆だったんだろ? そこでぶっ倒れそうな顔してるじいさんが、代筆担当ってとこか?」

 その重臣は普段からマーリンドの直筆で書かれた文章を目にしていた。だからこそ、ミハイの持っている封書に書かれた字が、マーリンドによるものだといち早く気づいたのだろう。

「証拠は揃ってんだよ、王子サマ」

 ミハイは挑発するように封書をひらひらと振った。顔を真っ赤にしたマーリンドが、ミハイに詰め寄る。マーリンドの手が届くより早く、二人の間に壁のような大男が割り込んだ。涼しい顔をして、ミライがマーリンドの手を払いのける。

「お前、毒師のくせに依頼人の情報を売るというのか……!」
「メルのためなら毒師を辞めることになっても構わないからなあ」

 ミライはミハイの身体を軽々と抱えると、兎のような素早さで飛び退き、マーリンドから距離を取った。

 事の成り行きを見守っていた重臣や兵士も、どう反応してよいものか迷っている。証拠は出揃っている。思えば最初から、アウストルがマーリンドを暗殺しようとしたなどと心から信じている者はいなかったのかもしれない。
 しかし誰も、マーリンドを弾劾する勇気はない。彼は第一王子だ。臣下が歯向かうことは、容易ではない。マーリンドの力をもってすれば、事実を虚構に捻じ曲げることだってできる。そうなった時、矛先が向かうのは果敢にも彼を疑った者だ。縛り首になって城壁に吊るされるのは目に見えている。

「欲が出たな、マーリンド」

 重々しい声が、執務室に滑り込んだ。ぐったりとソファーに身体を預けていたアウストルでさえ、身体を起こしてなんとか姿勢を正そうとする。
 メルフェリーゼも声の主を確認し、咄嗟に平伏した。状況の飲み込めていないハナの手を引いて、同じく平伏の姿勢を取らせる。
 ドゥアオロ王は、高齢にも関わらず武人のようなたくましさがあった。そこに立っているだけで威圧感があり、マーリンドも思わず後ずさる。
 国王の後ろに、青白くげっそりとした顔のロワディナが控えていた。

「ロワディナからお前の横暴が目に余ると聞いてな。様子を見に来た」
「か、鍵は――」

 マーリンドがロワディナを見て、呆然と呟く。ロワディナはその目にたっぷりの嫌悪を込めて、マーリンドを見た。

「そこの熊みたいな男が、扉ごと壊しましたわ」

 熊みたいな男、と言われてミライがのっそりと顔を上げる。ひゅうっと小気味いいミハイの口笛が響いて、メルフェリーゼは慌てて二人の頭を床に押しつけた。
 ズシンと腹の底に響くような足音を立てて、ドゥアオロ王が執務室へ入ってくる。

「顔を上げよ」

 国王の一言で、メルフェリーゼはようやく床から頭を離した。ドゥアオロ王の姿を見るのは、二年前の結婚式の時以来だ。ドゥアオロ王は国の父らしく、どっしりと構えた雰囲気が周りを圧倒させた。
 ふらふらと倒れかかったロワディナをハナが支える。ハナはロワディナをアウストルの隣に座らせると、彼女の冷え切った手を包み込んだ。ロワディナが実の母親だと知った今、ハナはなにを思うのだろう。
 目の端に二人を捉えながら、メルフェリーゼはマーリンドとドゥアオロ王の対峙を見つめる。

「父上、これは誤解で――」
「お前は誤解で、弟を嬲り殺そうとしたのか?」

 マーリンドが言葉に詰まる。さすがの彼も、国王である父親には軽口を叩けないらしい。
 ドゥアオロ王が自ら出向いてくるとは思っていなかった。彼はアウストルのことを娼婦の子と見下していたはずだ。自分と王妃の間の子であるマーリンドを優遇するはずだ、とどこかで思っていた。
 メルフェリーゼの見立ては間違っていたのだろうか? ドゥアオロ王は、血の濃さで家族に優劣をつけるような人ではなかったということなのだろうか。
 ドゥアオロ王は執務室の中を見回し、マーリンドに視線を戻した。口ひげをたっぷり蓄えた口元が歪む。

「今すぐ、謁見の間に来い。弟を手にかけようとした罪は重い。お前の処遇は、そこで伝えよう」
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