【完結】隣国の騎士と駆け落ちするために殺したはずの冷徹夫がなぜか溺愛してきます

古都まとい

文字の大きさ
上 下
38 / 39

7章(4)

しおりを挟む
 アウストルが一命を取り留めたこともあって、マーリンドは死罪を免れた。しかし、いくら死罪を免れたといっても、今までのように野放しになっているわけではない。ドゥアオロ王は、マーリンドを生涯、地下牢へ幽閉することを決めた。ユルハ城で放蕩の限りを尽くしてきたマーリンドにとっては、死罪よりもつらいものかもしれない。

「顔を上げよ」

 メルフェリーゼはドゥアオロ王の威厳ある声で、平伏していた頭を上げた。
 謁見の間にはメルフェリーゼと、玉座に腰かけたドゥアオロ王。そして国王の守りを固める近衛兵が幾人も立っている。

「ここに呼ばれた理由は、分かっておるな」

 ドゥアオロ王の有無を言わせない問いに、メルフェリーゼはかすかに顎を引いてうなずく。

「私は、どんな処罰でも受けるつもりでここへ参りました」
「けっこうな心がけだ」

 メルフェリーゼの言葉に嘘はない。たとえ妻であり、王族であったとしても、夫を殺そうとした罪は重い。本来であれば、その事実が露見した段階で首を刎ねられてもおかしくないほどの罪だ。
 今日までメルフェリーゼがなんの処罰もなく生きてこられたのは、アウストルが事実を公にしなかったからだ。ドゥアオロ王の耳に入ってしまった以上、王族としてもメルフェリーゼの暗殺未遂、カイリエンとの駆け落ちを見過ごすことはできないだろう。
 メルフェリーゼはドゥアオロ王と目を合わせるのもおこがましく、彼のよく磨かれた靴の先ばかり見ていた。

「その前に、アウストルの容態はどうだ」
「ベッドの上で起き上がれるほどには、回復しています」
「指は? やはり元には戻らないか?」
「そうですね……」

 メルフェリーゼは伏せていた視線をさらに伏せ、床を見つめた。
 アウストルの指は手当てが遅れたことで壊死がはじまり、回復の見込みはないということだった。幸い、指を切断するところまでは至っていないものの、これまでのように自由に指先でものを掴んだりすることは難しく、見た目にも影響があるため手袋を着けて生活するほうがよい、というのが医師の見解であった。

 剣どころかペンも握れない、と弱々しく微笑んだアウストルに、メルフェリーゼはどう声をかけてよいものか迷いに迷った。
 アウストルは頑なに隠そうとしているが、脚にもわずかに障害が残っているようである。命は助かっても、彼の人生が元通りにならないことは明白だった。たとえマーリンドが幽閉され、自身が王位を継承することが決まったとしても満足に動かない手足を抱えたままでは、国王に即位することも難しいように思われた。

「分かった。お前に処遇を伝えよう」

 メルフェリーゼの心臓が激しく打ち鳴らされる。縛り首か、斬首か。できればあまり苦しまない方法がいいと思うのは、我儘すぎるだろうか。

「メルフェリーゼ。お前は生涯にわたり、次期国王アウストルを支え、献身をもってその罪を償うのだ」
「え……」

 メルフェリーゼは言われたことを上手く飲み込めず、武人のように厳しいドゥアオロ王の顔を見た。

「聞こえなかったか?」
「いえ……聞こえております」
「ならばよい。早速、戴冠式に向けてアウストルの体調を整えるよう尽力せよ」

 ドゥアオロ王が近衛兵に目配せをする。
 退室を促す近衛兵の腕を振り切って、メルフェリーゼは玉座に向かって訴えた。

「お待ちください! なぜ私は死罪ではないのですか! 私の行いは、ユルハ王族の権威を失墜させるのに十分すぎる――」
「私の決定に異を唱えることは許さぬ」

 国王の眼光の鋭さに、メルフェリーゼは言いかけた言葉を飲み込んで押し黙った。
 誰も、彼の決定を覆すことはできない。不服だったとしても、飲み込むしかない。

「よいか、メルフェリーゼ」

 ドゥアオロ王がいくらかやわらかい視線をメルフェリーゼに投げかける。

「死とはすなわち、罪の苦痛から逃れることである。自分の罪を見つめ、アウストルの隣で生きよ。自分だけが死に逃れられるなどとは、ゆめゆめ思わぬことだ」

 メルフェリーゼの両肩に、ドゥアオロ王の重すぎる言葉がずしりとのしかかった。
 自分のしたことを、忘れてはならない。一生、背負い続ける。その覚悟を、ドゥアオロ王はメルフェリーゼに求めているのだ。アウストルを置いて自分だけ逃げることは許さないと、厳しすぎる視線が物語っている。

 メルフェリーゼは返す言葉を持たないまま、玉座に向かって深々と頭を下げた。
 近衛兵に促されて、謁見の間を退出する。
 廊下の窓から見下ろす中庭は、夕暮れの明るい西日に包まれていた。

 メルフェリーゼは、そこでふと気づく。
 ドゥアオロ王は戴冠式に向けて、と言っていたような……。

「メルフェリーゼ様!」

 廊下の向こうから、ドレスの裾をからげてハナが走ってくる。ハナは正式にロワディナとの血の繋がりが認められ、第一王女として王族へ復帰することになった。
 けれど侍女だった頃の癖が抜けないらしく、こうしてドレスの裾を捲りあげて廊下を走ってくるようなことがたびたびある。
 メルフェリーゼは目の前までやってきて、肩で息をするハナの乱れたドレスを直してやった。

「どうしたの、そんなに急いで」
「だって大変なことですよ!」
「だから、なにが大変なの?」

 ハナは手に握りしめたくしゃくしゃの紙を伸ばし、メルフェリーゼに突き出した。
 字を追ったメルフェリーゼの顔にも、驚愕の表情が浮かぶ。

「王妃になるんですよ! メルフェリーゼ様が!」

 ハナが握りしめてきた紙は、ドゥアオロ王の生前退位と、第二王子アウストルの国王即位に関する触書だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

人質王女の恋

小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。 数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。 それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。 両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。 聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。 傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです

朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。 取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。 フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、 王太子妃候補になれるほど家格は高くない。 本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。 だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。 そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。 王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました

みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。 ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。

処理中です...