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第七話 違和感の多い一日

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「ふぅ、こんなものかな、これが本来の姿だったはずなのに、違和感しかないなんて、なんでだろ?」

 数年ぶりに女性の外出着を着て鏡に映った自分を前にして途方に暮れる。
 そして胸がスースーして、ウエストが苦しい。

―――うん、やっぱり何かが違う、髪?いや、年齢??

 質は悪くないはずなのだ。
 薄い水色のドレスは騎士団入団前にキクルス様が見繕って下さったもので、流行を問わないデザインでもあるはずなのだから。
 やはり、年齢だろうか、今年二十一歳になる自分は、これを着ていた頃と比べると若くはなくなっている。

 そして更にもう一つの可能性にハッとする。

―――まさか、戦争帰りのオーラが滲み出てるとか?

 どんよりと瞳を曇らせていると、後ろから明るい声がした。
 
「まぁ!化けたわね!!」

「化けたのではなく、化けていた結果がこれなんです…」

 行き付けのカフェの女主人であるマリーさんにそう声をかけられて、私は苦笑しながら訂正した。

「そりゃ失礼!あっはっはっ!!」
「もう、マリーさん!!」

 そう唇をわざと尖らせてみせる私にマリーさんはペロッと舌を出して取り繕った。

  ここは女騎士団御用達のカフェの奥にある女性騎士達のサロンのような場所でもある溜まり場だ。

 ここで彼女達は人目を気にせずに談笑したり、と言えば聞こえはよいが、職場の噂や愚痴に花を咲かせる息抜きの場所となっている。
 私は着替えるのは今日が初めてだけど、ここにドレスを預けて騎士服から着替えて街に遊びに行く女性騎士も多い。

 マリーさんの料理も絶品だけど、彼女達の人生相談にも乗る頼れる元女性騎士隊員でもあるのだ。
 十年前にパン職人の旦那様にプロポーズされて結婚して、今では三人の子の母でもある彼女は逞しい。
 数日前には、三軒先の強盗を捕まえて突き出したとか…


「そっか、ごめんね、でも、あんな良い男がこんな良い女になって、美形って得ね?」
「全然、そうでもないです……」
「あらあらっ、随分拗らせてしまっているのね、今日はこれからどうするの?何かお食事作りましょうか?」
「いえ、人と待ち合わせてるんで、また後から、店の方でお願いします」
「そう?じゃあそれまでここでゆっくりしてらっしゃいな、はい、紅茶をどうぞ、これはサービスよ♡」
「ありがとうございます」

 ここで私は今日、時間差で、アメイルとレオンと会う約束をしているのだ。

 最初に今日は女性の恰好で会いましょう、と服装を指定してきたのはアメイルだ。
「よろしくて?私達二人がを着て、このご時世に外で落ち合うのは周囲の目がうるさくてとても迷惑なファンを増やしてしまうのよ、だから!!」と言っていたけれど、私には今一意味が分からなかった。
 マリーさんはすぐに、女性騎士団不動の《男装の令嬢》と騎士団の美貌騎士のロマンスが都中を駆け巡った後に、もし身元を明かして仕事をするようになったら百合の匂いを嗅ぎつけたファンが殺到するかもしれないと言うところまで予想して妙に納得した様子ではあったけれど。

―――そもそも百合ってなんだろう?

「それにしてもあなたの髪も瞳も本当に素敵ね」
「ははっ、ありがとうございます、マリーさんが気を利かせて提案してくれたんですよね、これで付け毛を作っておくこと」
「ふふっ、捨てちゃうのはもったいないくらい綺麗だったのだもの、でも短くしていた髪も、あれから随分と伸びたのね」
「はぁ、伸ばすつもりはなくても、出征してからは切る暇なくて、男性騎士も同じようなものだったのでひとつに結わえて伸びていったんですよね」
「なるほどねぇ」

 私のミルキーブロンドの髪と、若葉色の瞳を見つめたマリーさんはうっとりしたように微笑んだ。
 そして、折角だから今日はそれを使って髪も結ってみましょう、と私の髪をハーフアップに結い上げてくれたのだ。

「ふふっ、本当に素敵な色」

 ついでに、とふんわりと化粧を施すマリーさんはなかなかにテクニシャンだった。

「あらっ、素敵!!!お貴族様にもこんな美人なかなかいやしないわよ?」
「はははっ、買い被り過ぎですよ……」

 力なく笑った私は鏡を見た。

「あー、なるほど、これは本当にお上手ですね、マリーさんって器用なんですね?」
「そう?まぁ、腕もいいけど、今回はモデルがいいのは認めるしかないね」


 化粧と髪型ひとつでイメージが変わるものだとしみじみと鏡を見つめていると、マリーさんが、困ったように溜息を吐いた。

「あんた、人生は長いんだから、どんな形だって、幸せになんなよ、諦めちゃいけない、特にあんたは私達の誇りなんだからさ、感謝してるんだよ皆ね…」

 そう言われて、私は泣きたくなった。


「ありがとうございます、実はようやく決めかけてる話があって」
「おや、そりゃめでたいじゃないか、がんばんなよ!!」

 そう言って私の背中をポンポンと叩くマリーさんに私は苦笑する。

 強くならないといけない…

◇◇

 そうして、元上官アメイル様が現れ、私は彼女の知的な装いに溜息を吐いた。

―――凄い、騎士なのにインテリ系美女なんて

 元々、アメイル様は貴族の出身であるからなのだろう、立ち居振る舞いも優雅であるけれど、媚びた雰囲気は一点もなく、清涼な雰囲気を醸し出している。

 華美ではないが上質に違いない光沢のあるグレーのドレスをここまで上品に引き立たせることが出来る令嬢は少ないに違いない。

 先ほどから、彼女を遠巻きに見つめて囁きあう男女の声と、纏わりつくような視線が絶えなくて、これはこれでとても落ち着かないのだけれども、私は、再会を喜び、言うべきことを伝えた。
 近衛の話しはやはり断っておこうと思ったのだ。

「そう、一緒に働けるかもしれないと楽しみにしていたのだけれど、残念だわ」
「申し訳ありません」
「それで?今後のことはもう決めているの?」

 そう問いかけるアメイル様に私は困ったように微笑んだ。

「まだ、確定ではないんですけど、同僚のレオンの実家が南の辺境にあるらしくて、その街に行こうかと思ってます」
「レオンと言えば、確か第一騎士隊から一緒に戻ったという騎士のことかしら?パレードで並走していた彼よね?」
「そうです、彼の故郷で、警備隊に加えてもらって、週末は子供達に読み書きなんかを教えられたらなって……」
「そう……、あなたの人生だから否定はしないけど、なんだかもったいないわ、本当にそれでいいの?」
「はい、もう王都には未練はありませんから……」
「そう、貴女が決めたのなら応援するわ、これからもいつでも頼ってちょうだいね」
「ありがとうございます」

―――皆、泣きそうになるくらいに優しい

 本当はライシス様への未練を断ち切る為であるのだけれど、それは口に出来る事ではない。
 あくまで戦いきった自分は穏やかな生活を望み辺境の地への出向を望む、それが一番無難な理由となるだろうし、嘘とばかりは言えない私の導きだそうとしている道だ。

―――いつか気持ちが後からでもついてくればいいな

 今はそう願いながら動き出すことしか出来ない。

 私は、アメイル様から、女性騎士団の近況を聞いたりしながら、数時間のティータイムを楽しんだ。

 途中で何人かの男性達から声をかけられたが、アメイル様の凍てつく視線にダメージを受けた男性達は一様に何かを察したように尻尾を巻いて退散していった。

―――凄い目力だわ

「それでは貴女の希望はきちんと伝えておくわね」

 立ち上がりながらそう言うアメイルさんに私は頭を下げた。

「はい、お願いします」

 涼やかな美貌を笑顔に変えた彼女は、そっと私の肩に触れた。

「出発の日が決まったら連絡しなさい、皆で見送りにいくから、皆会いたがっていたわよ」
「はい、そうします、皆にもよろしくお伝えください」

 そうお辞儀する私に、アメイルさんは頷いた。

「後悔のないようにね……」
「はい、ありがとうございます……」


―――いつ見ても大人だなぁ

 堂々とした背中が眩しく感じられた。

 そして、一旦、カフェの奥の休憩スペースに戻って時間を潰させてもらった私は、今度はレオンとの約束の時間になって再び店舗の方に赴いた。
 そこには既に待ち人レオンの姿があった。

「レオン……」

 そう呼びかけた瞬間、レオンは笑顔で振り返ったが、そのまま固まってコトリと首を傾げた。私はその反応がおかしくて、くくっといつものように笑い、いつもの調子で話しかけた。

「分からないか、私だ、ミシェルだ、取り敢えず座らせてもらう、すぐに説明するから、どうか叫ばないでくれ……」
「ミ、ミシェルだと?なんだってお前、そんな女装なんか!?しかもレベル高すぎだろう!?」

 そう言われた私はまたもや苦笑した。

「褒めてもらったところを悪いが訂正させてもらう、女装しているのではなく、男装していたんだ……」
「へ!?」
「男装していたんだ……」
「………ん?」
「だから、男装していたんだ、私の性別は女だ、仕方がない少しだけ覗いてみろ、ほんの少しだけだぞ……」

 そう言った私は、仕方なく胸の谷間を少しだけ下にずらしてみた。

「………ぶっ!」

 顔がこわばるほどの驚きを顕わにしたレオンは咽てせき込みながら涙目で私を見た。
 耳と首まで真っ赤になっている。

―――あっ、これは強がってたけど、童貞だな

 私は思わぬ状況で彼の見栄を見破ってしまった事を友人として申し訳なく思った。

 気を取り直すようにゴホンと咳をした私は、少し迷ったけど、今まで通りの口調で通すことにした。

「隠していて悪かった、私は元々女だ、上層部からの指示で性別を伏せて第一騎士団で従事していた、結果的に皆を欺く事になっていたことについては申し訳なく思っている」
「……………お、女?」
「そうだ」
「お、お前が、女?」
「…………そうは見えないか?」

 若干不安になった私にレオンが取り繕うように首を振った。

「いや、見える、確かに見えはするが………だって」
「だって何だ………?」

 困惑する男は、やがてパニックを起こしたように、情けない声をあげた。

「そんなのおかしいだろう!?俺はお前に何度負けた?何度助けられた?戦線からの離脱後、丸二日お前の肩を借りて本隊に辿り着いたとき寄り掛かってたあの肩は女だったっていうのか?」

 今にも死にそうな目をしながら激しく動揺する戦友を見つめた私は少しだけ胸が痛んだ。

「レオン………」
「嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ、だって………」

―――あぁ、そうか、そう思うのだろう、普通は

「………もし、私が女だという理由でお前のプライドを傷つけたのだとしたら大変申し訳なく思う、だけど聞いて欲しい」
「待ってくれ、待ってくれ、なんだって俺はあの時に………」

 大体ではあるが、考えていることは想像がつく。
 この男は基本裏表がない善人だ。

「レオン、師の名誉の為にも言っておく、私は確かに女だが決して弱くはない。これは私の実力だけではなく師であるシュゲイツ元騎士団長の教えの賜物だから、決して自分を卑下しないで欲しい、レオンは決して弱いことはない、むしろ、強い騎士だと私が保証する」
 「は!?シュゲイツ元騎士団長だと??なんだって、お前、一体何者なんだよ?」
「……私は、自分の生まれを知らない、ただの捨て子のようなものだ」
「捨て子?」
「あぁ、他言しないで貰いたいが偶々、そんな私を拾ってくれたのがライシス隊長の父君だった」
「は?ってえ事は、あの名門クラディッシュ家で育ったのか?」
「そうだ、自分でも身に余ることだったと思う」
「………」

 絶句するレオンをジッと見つめて私は続けた。

「そして、忘れてもらいたくないが、私は私で幾度も戦闘中レオンに助けられた、お前のことは戦友の一人だと思って尊敬もしているし、同時に命の恩人だと感謝もしている」
「……………」
「分かってくれたか?」
「あー、まぁ、なんとなく?」

 未だに何か腑に落ちない様子ではあるが、ようやくカミングアウトしたのだ。
 反応としてはこんなものだろうと私は本題に移ることにした。

「それで十分だ、それでレオン、そんなお前に折り入って頼みがある」

「な、なんだよ?」

 まだ信じられない様子のレオンは眉を寄せた。

「私をお前と一緒に、お前の故郷に連れて帰って欲しい……」
「へ!?」

 パチパチと瞬きをするレオンに詳細を希望する。

「出来れば
「ふえ!?」

 面食らった表情から零れ落ちた些かまぬけな返事では真意は汲み取れない。
 是が非か、それが私の今後を左右する。

「ダメだろうか?」

 緊張した私が、今ばかりは捨てられた子犬のような心境でレオンの瞳を見つめると、レオンはハッとしたように首を振った。

「い、いやっ、ダメじゃねえよ?全然、ダメじゃ、ねえけど、また突然だな……」

 何故か真っ赤になったレオンはそう言って私から目を逸らして、頬をポリポリ掻いている。

「そうでもない、割と以前から考えていたことだ」
「そ、そうなのか?」

 目を皿のようにして驚くレオンに私は頷いた。

「お前に言われて気付いた。子どもは好きだし、やはり男装のままだと何かと面倒なことも多い。だが、安心してくれ、騎士としてもキチンと与えられた仕事は続けるから、そこは心配して貰わなくても大丈夫だ……」

 そう決意を口にするとレオンはいやいやいや待て、と真っすぐに二本差し出した腕から見える手の平をひらひらと振りながら首を振った。

「いや、何もそこまで全部してもらわなくても、なんだったらまずは家事に専念してくれても」
「……ん?」
「ん?」

 思わぬ事を言われた私は固まった。

「そうか、か、確かにそれも考えなければならないな、そこに関しては私も今まで甘えてきた分経験値が低い、盲点だったな…」

 伯爵家でもできる手伝いを少しやらせてもらう程度だったし、寮はまかない掃除付きだった私は新たなハードルを意識して唸った。

「そ、そう心配することもないだろう?お前は器用な奴だってことは知ってるし、俺だっていくらか教えてやれるぜ?」

 その救いの言葉に私は顔を上げた。
 さすがレオン、

「そうか?それは助かる、感謝する!」
「どういたしまして?」
「…………」
「…………」

―――では、そういうことでいいのだろうか?

 思ったよりあっさり話がついた私は立ち上がった。
 持つべきものは物分かりがよい友なのかもしれない。

「では、レオン、そういうことだ、今後のことはよろしく頼む」
「あ、あぁ、任せとけよ………?」
「それでは私は準備もあるから今日のところは先にでる、レオンはゆっくり食事でも楽しんでいってくれ、私のツケにするようにここの主人には話をしてあるから」
「あぁ、サンキュ……」

 そう言って立ち上がった私はもう一度レオンの顔を見た。
 今日、同僚たちと「今夜こそ俺は娼館に行くぞぉ!」と息巻いていた事を思い出したのだ。

「王都の生活があとちょっとだからと言ってあまり娼館で羽目を外しすぎるなよ?」
「お、おお……、ん?」
「ん?」
「……んんん??」

 私はそういって何やら変な顔をしているレオンに手を上げて暗くなった夜道を騎士団目がけて駆けだした。
 異動願いに退寮申請、荷物の整理に、旅の支度、やることは山ほどあるはずだ。



 その後、私を追うように深いフードを被った大男が凄まじい殺気を隠すのを辞めて席から立ち上がった。

 そして盗み聞いた内容に怒り狂った男はレオンの座るテーブルを通り過ぎざま厳つい短剣をドンと突き立てた。
 無惨にもあっという間に真っ二つに割れたテーブルと共に無数の料理が全て台なしになったのだ。

「明日、このテーブルの様になりたくなかったら、今日中に王都を出て一人で帰れ!!!」

 その男の正体に気付いた憐れなレオンは悲鳴を上げた。

「た、隊長!?なんで!?ひっ、ひぃぃぃぃぃ!!!」

 そこには嫉妬渦巻く赤い瞳をした悪魔が降臨していたという……
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