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第六話 決別の覚悟
しおりを挟むそうして二人の旅は遂に終わった。
ライシス様を待っていた王都は戦勝ムードのなかで凄まじい熱気に包まれていた。
帰国の二日後にはどこから集まったのかというくらいの人に溢れた凱旋パレードが大々的に繰り広げられ、もはやお祭り騒ぎだった。
「ライシスさまぁぁ!!」
「こっち向いてぇ♡♡」
「あっ、目が合ったわ♡♡」
「おめでたい人だねぇ、そんなの大抵気のせいだよ!」
「ライシス隊長~!!!!」
興奮した人々の歓声が飛び交う。
英雄であるライシス様の人気は凄まじかった。
街中が「ライシス」コールで溢れている様子は圧巻だったが、ライシス様率いる第一部隊のメンバー達の人気は予想していなかった驚きで、民衆の中には、馬で通り過ぎる瞬間、私の名を叫ぶ人々も大勢いたのだ。
「キャー、ミシェルさまぁ♡♡」
「見て、あれがミシェル様だって!」
「美形ねぇ!!素敵だわ」
「キャー!!!!ミシェルさまぁ!!!!」
(………え、私?私だよね??これ、もしかして男としてモテてるの???)
「ミシェル、さっきから凄い人気だぞ!手くらい振ってやれよ!!」
「は、、ははっ」
同僚のレオンにそう声をかけられて、レオンと二人で手を振ると歓声が上がる。
「キャー!!レオン様とミシェル様が一緒に手を振ってくださったわ♡」
「眼福ねぇ♡♡」
そんな様子を離れたヒーロー席から、ライシス様が苦々しく見つめているとは知らずに、凱旋パレードは無事に終わり、国王陛下の待つ王宮で褒章の儀式が執り行われた。
そして、第一部隊の功労者達にも国王陛下からの労いの言葉と、恩賞が与えられた。
その場で、昇級を口にされる者もいたが、当然、私には関係ない話だと思っていた。
だけど、一人一人に褒賞をくださるとき、国王陛下は私の耳元で囁いたのだ。
「ミシェル・フランシスよ、話は内々に聞いておる、奇才との話だが、それでも女の身で部隊をよく支えてくれた。また、ライシスと敵将の争いを即座に見極め、身を挺しての弓射撃により形勢を逆転させたこと、皆、口々に褒めたたえていたぞ。私もそなたのような騎士をこの国に得た事、誇りに思う。今日敢えて褒章を口にしなかったのは、今後の事はそなたの気持ちに出来る限り寄り添った形で報いたいと思っているからだ。詳細は王妃付きの近衛騎士、アメイルを通じて相談するがよい、そなたの心のままにな……」
「はっ、有難きお言葉、感謝申し上げます、陛下」
信じられない言葉の数々に心が震えていた。
どこの誰とも知れないこの私が国王陛下自ら、ここまで心のこもった言葉をかけて貰える日が来るなど夢にも思わなかったからだ。
◇◇
そうして凱旋パレードと褒章の儀式を終えた王都は、徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
旧第一騎士部隊及び援護隊はライシス様をはじめとした功労者の退任や、殉死、怪我等で組織としてのバランスが保てなくなった事を理由に一旦解散となった。
ある者は出世して、一代限りの騎士爵を得たり、他部隊の副団長となったり、近衛騎士に取り立てられたり、中には出世を望まない人もいて、再び国境警備を願い出る者もいた。
人の価値観とは様々である。
そんななかで、私は人の少なくなった旧第一騎士団の食堂にいた。
凱旋パレードから一月ほどが経過していて、私もそろそろ今後の身の振り方を考えなければならないのだが、未だにこれといった希望が見つからない。
ここに至って自分は、ライシス様のお役に立ちたいという願望を取り除いたら随分空っぽの騎士だったのかと思い至り、自らを恥じてもいた。
「でさぁ、なんだかんだって、やっぱり田舎の飯は美味かったって思うわけよ……」
故郷の話に花を咲かせながら、今、私の前に座り美味しそうに食事をしている同期のレオンも、出世は望まず南方の辺境にある故郷の砦警備に願い出ているという。
「俺は、そこで小さい頃ばあちゃん先生に計算を教えられたわけ、もうその頃にはところどころボケてっから、そのまま間違えて覚えちまうんだな、これが」
「ふふっ、そうなのか……」
「そっ、だから、今更どこが合ってるのか、そうじゃないのかなんて勉強し直すのも面倒で騎士団に志願したってわけよ」
「ふっ、そんな理由で?」
「笑うなよ、だけどな、俺はそのばあちゃんには、感謝してるんだ、俺の絵を初めて褒めてくれた人でもあるからな、下手でも他で稼げれば立派な趣味、自分に自信持って思う存分やりゃいいってな!」
「あはは、それは確かに正論だね、でも褒められてるのは意気込みであって絵じゃないね」
「うるせえよ!」
そこは辺境とはいっても、戦地だった辺境とは方角の反対側に位置する、穏やかな田舎であり、長年争いと言っても小競り合い程度で、景色もよく、この十数年は天候にも恵まれて、織物などの産業も発達し始めているという。
レオンはその生まれ育った故郷で国境警備隊に志願して、休みの日には貰った報奨金を取り崩しながら画材を買って、いわゆる休日画家にでもなってのんびり暮らしたいと夢を語っている。
「いや、俺も、昔は出世してやるって意気込みでここに来たわけよ、でもよぉ、あれだけの戦いを生き残ったんだ、残りは自分の為に生きたって罰は当たらねえだろう?」
そういえば、死にかけてた時にも「生き残ったら、趣味の絵をたくさん描いて死んでやるんだ、下手くそだって別にいいだろう?」なんて言っていたなと思い出す。
レオンとは女性騎士団を出た後、入隊した騎士団の同期であり、同じ時期に前線に派遣された戦友でもある。
部隊では同じ隊になったり離れたりを繰り返し、後半ではお互い怪我をしたりしてずっと一緒だった訳ではないが、帰還兵の中ではそれなりに信頼関係も築けている間柄だと思う。
「確かに、そういうのもいいかもしれないな……」
そう呟いた私にレオンは目を輝かせた。
「そうだろう!本当にいいところだぜ!?なんならお前も一緒に行かねえか?戦功が認められて以来、引手数多の癖に、次を決めてないって話じゃないか」
「あぁ、まぁ、それはそうなんだが……」
「特に出世を望んでる訳でもなさそうだし、先立つ金は当然俺より貰えんだろ?田舎はいいぞ、警備も楽だし、なんたって飯は上手いし、時間もゆっくり流れているし、お前みたいに読み書き計算しっかり出来るなら、子供教えたりしたらずっと小銭くらいなら稼げるし、なにより皆大喜び、Win-Winの関係ってやつよ!!あっ、野菜は買わずに貰えるぞ?」
―――読み書き、子ども、Win-Win??
未来を支える子供達に私ができること………
その言葉の魅力に私は揺れた。
自分が伯爵家で受けた無償の愛、それは同時に教育でもあることを私は重く受け止めていた。
レオンが言うように、今なら、きっとどこへ行っても自分一人くらいなら暮していけるだろう。
だけど、それはあの時期に伯爵家の恩情で身に付けさせてもらった力があるお蔭なのだ。
そして、その教育は未だに平等に与えられる権利とは言い難いのがこの国の現実だ。
「そうか、私なんかで本当に喜んでもらえるだろうか……」
「何言ってるんだ!よそ者は珍しいからな、老若男女問わずいつでも大歓迎よ!!」
(老若男女、男でも女でも、歳を重ねても………)
女性のままでも生きられる?
何も偽らなくても、ありのままの自分で生きられる場所でこの国の未来に少しでも役に立てるのなら。
「レオン、その話をもう少し詳しく聞かせて欲しい、あと黙っていたけど、実は改めて聞いて欲しい話があるんだ…」
「お、……おう?」
「夜、ちゃんと話すから、この店に来て欲しい」
「あ、あぁ、分かった……」
私はレオンの話を聞いて、心を決めかけていた。
―――穏やかな辺境の地で騎士をしながら静かに暮らし
―――休日は、子どもに読み書き計算、剣術を教える
第二の人生を生きる自分にはもう見返りなど必要ない。
あるがままの自分を偽る事なく、ただ自らに授けられた恩恵を、求められるままに次世代に引き継ぎ、希望を未来に繋げられたなら………
実は、元上司のアメイル経由で、王妃様付の近衛騎士にならないか、との打診も受けている。王家の近衛など、平民から抜擢されることなど通常ではあり得ない大変光栄な話ではあるけれど、私はその話に乗り切れないでいた。
凱旋パレードで予想通り、騎士の永代の爵位を得たライシス様は、先には辺境伯となられるらしいが数年間は軍の再編成に尽力されると聞いている。
時の人となった彼の噂を耳にしない日など一日もない。
そんなライシス様の噂は予想通り、王都にいる限り私の耳にも入って来る。
「ライシス騎士団長に縁談の申し込みが殺到しているそうよ」
「それはそうでしょう、それで団長は受けたのかしら?」
「さぁ、その辺りの情報はないのだけれど、内々に決まっているんじゃないかって噂はあるみたいよ」
「え、そうなの?どうして??」
「なんでも、騎士団の近くに既に別邸を探していらっしゃるとか」
「まぁ、四、五年先には辺境の領地に向かわれるのに、今、敢えて再編成で忙しい騎士団を出られるということは……」
「やっぱり、そういうことよねぇ♡♡」
「お相手はどちらのご令嬢かしら?羨ましいわ」
「たしか、出征される前には数人のご令嬢と噂がありましたわよね?その方々のどなたかじゃないかしらって??」
「さぁ、どうなのでしょうね、でもその方、とても大切にされていらっしゃることは確かみたいよ?」
「何故そう思われますの?」
「だって、その方の為に、洋服や香油や宝石などを買いまわっていらっしゃるというじゃありませんか、いつぞやはそれらしきお綺麗な女性もご一緒されていたとか……」
「まぁ!!もう、そんなにお話が進んでおりますのね」
「長い遠征でしたし、英雄色を好むと申しますものね、ほほほっ!!」
昼間、カフェで聞こえてきた噂話が身を抉る。
分かっていたはずなのに、陰鬱な気持ちになるのはどうにもし難い。
―――やはり、ここでは生きられない
聞いてしまっただけでも胸が痛い、きっと、実際に見てしまったら息もできなくなるだろう。
でも、もう今の私には死ぬことすら許されない。
ライシス様の醜聞の原因にはなるわけにはいかないから。
《お相手はどちらのご令嬢かしら?》
《たしか、出征される前には数人のご令嬢と噂がありましたわよね?その方々のどなたかかしら??》
そう聞いた瞬間、察したのだ。
―――すまない、許せ
情事の間、よく苦しそうにそう呟いていたライシス様を思い出す。
あれは、私に言っていたのだろうか、それともそのご令嬢に向けたものだったのか。
今となっては知りようがないけれど、一つだけ私に出来ることはライシス様の幸せの邪魔にだけはならないことだ。
帰還してからライシス様からは度々食事に誘われることはある。
でも私はその全てに理由を付けてはぐらかして応じてはいなかった。
会って別れを告げられるのは確かに怖い、だけど今は人目の方が問題なのだ。
―――皆がライシス様の同行に注目している
このまま会わずにすむのなら、おそらくそれに越したことはないだろう。
ライシス様が、恋人がいながら戦時の癒しに私の身体を求めたとして、そんなライシス様を一体誰が責められるだろうか、戦場と日常とは明らかに違う。
それもあれほどの重圧や責任を背負う立場なのだから。
でも、ライシス様の奥様になる人はそれを知らない、頭では理解して寛大になったつもりでいても、きっと本当の意味では分からない。
綺麗な心でただただライシス様を信じ、無事を祈りながら清らかな身を守り待ち続けていたとしたら、出征中の裏切りはどれだけそのご令嬢の今後の心に暗い影を落とすだろうか。
そう案じる一方で自分の中にも、残酷な自分がいることも否定しない。
生死の狭間をライシス様と共に生きた自分をお相手であるご令嬢に知らしめたいと思う感情が全くないかというとそれは嘘になる。
私がライシス様に持つ感情は綺麗なだけではないのだからこれはもうどうしようもない。
だけど、私がそれを実行に移すことはあり得ない。
私は、ライシス様を誰よりも尊敬し、敬愛し、感謝し、愛している。
そんなライシス様の未来に影を落とすようなことは絶対にできない。
―――不安の種は、私が全て消して、この地を去る
それが、私に出来る唯一の愛し方だった。
私は自室の机の一番奥から一つの包みを取り出して、騎士団を後にした。
そして、出かけにもう一度、レオンに忘れられないように釘を刺した。
「じゃあ、レオン、店で待ってるから、必ず来てくれ」
「おお!分かってるって、じゃあ、またあとでなぁ!!」
それを一人の男が陰で聞いているとは誰も知らない。
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