上 下
2 / 13
一章

掃除係

しおりを挟む
 翌日。

 フィルクが起床する前から家を出て、しばらく森でぶらぶらしたあとノイラは都心にある宮廷の魔法訓練所に向かった。宮廷魔術士直々に登城の要請が出たからだ。まあ直々と言ってもいつもの事だが。

 「よく来てくれましたな」
  そう言った宮廷魔術士であるアキノム・サミルは目尻のシワを深くさせて笑んだ。

 50を過ぎてもイケメンどころか色気も漏れてダンディなイケオジとなっているアキノムは、同年代の女性は勿論、意外に若い層にもとても人気だった。美貌に加えて宮廷魔術士の権力と財力、そして文武両道ときた。完全無欠という言葉が良く似合う男だった。

 ただ一つ、性格に難アリ。いや、これが普通の感覚か。

 「よく言いますね。来なきゃヒマな兵をわざわざ出動させてウチの家を荒らそうとするでしょ」
 「暇とは心外な。いつでも忙しいのですよ、騒ぎがなくたって備品の整備だって大切なことです」

 肝心な“ノイラの家を荒らす”ということに関しては否定や触れることすらなかったアキノムに軽蔑の視線を投げるが、変わらず笑顔のまま。元々短気な性格のノイラは今度は目に見えて苛つきだし、感情に従って漏れ出た濁りの魔力を、アキノムは穢らわしいものを目の当たりにしたように手で顔を覆う。

 「……頼みますからその魔力を仕舞ってくだされ。あてられる者もおりますゆえ」
 「……ちっ……」

 嘲りの含まれる声色に屈辱を感じながらふぅと息をつく。

 こんな子供のようなことで憤るな。相手の思うつぼだ。

 荒立つ心の波を落ち着かせる。

 どうにも闇属性なだけでこの男は目の敵にしてくるのだ。そのくせ、必要時には都合よくこき使う。ノイラの最も嫌いな人物と言っても過言ではない。

 「……で、なんですか。要件は?」
 「ああ、もう新聞で見たでしょう?」
 「……大型の魔物?」
 「ええ、中々厄介なものでね。是非とも大魔法使いである貴方のお力をお借りしたくて」
 「なんの魔物だ?」
 「ドラゴンです」
 「――ドラゴン?」

 想像していた魔物と違って大分規模のデカい話になってきた。

 「北部に位置するシュクテス国シュクテス街で今も暴れているという……」
 「なぜ今になって暴れ出すんだ!ドラゴンは俺が六年前に巣に戻しただろう!?数百年は巣から出てこないはずだ!」

 昔の苦労を思い出してまたかよ!と怒鳴る。

 だが、なにより暴れるドラゴンにより人間の命はいとも簡単に散ってしまうことを知っていた。だから普段は避ける苦労をかけてまでドラゴンを宥めたのだが。

 「それがですなぁ……」

 無精髭を何度も繰り返し撫でながら悪びれずにこう言い放った。

 「立ち入り禁止の看板を立てておいたのですが何者かが悪戯にドラゴンを刺激してしまいまして……」
 「はぁ!?なぜ看板なんぞで人を足止めできると思って……っ、ああっ、違う、ドラゴンの住処に侵入しただけでドラゴンがここまで暴れるとでも!?もっと他の理由ワケがあるはずだ!」

 敬語を大馬鹿者に使わなくともいいと、取り繕うこともやめたノイラは信じられないという表情を浮かべながら、怒りの感情を大馬鹿者にぶつける。

 「ですからそれを調べてもらいたいのです」

 悪気のないような表情でそうほざくアキノムにノイラはほぼ無意識に手を出してしまっていた。

 バキッ!と人からなる音では決してない音を、人がおらず静まり返っていた魔法訓練所に響かせる。

 「ぅぐ……っ!な、なにを……っ」
 「……殺された人らの痛みはこんなものではないはずだ」

 殴られた箇所を手で押さえて未だ現実を理解しきれていない、呆然としたアキノムを一瞥もせずに淡々とそう言い捨て、転移魔法を発動させた。

 「転移魔法ムーブメント

 辺りが明るくなり――次の瞬間にはノイラはその場から消えていた。



 ◇◆◇



 ここはドラゴンの被害を受けた街、シュクテス街。

 見渡す限り、まだ埋葬の済んでいない死体、壁や地面にこびりついた血痕、家屋の崩壊による瓦礫、ドラゴンの暴れ通った痕跡が至る所にあった。

 この凄惨な情景を見てノイラは無表情だった。

 惨憺たる光景を見慣れていたって心は痛むもの。だがもう人の命は死を迎えれば戻ってくることはなく、この仕事をしているからには一々心を痛めて一人一人の死を悔やんでいるようでは務まらない。

 目を閉じ両手を併せ、亡くなった方々に祈りを捧げること数秒。

 そっと目を開き、索敵魔法を展開する。

 「索敵魔法サーチ

 辺り一帯の人間の生命反応はなく、想定よりも多く人が亡くなっているのだろうと想像がついた。だが索敵魔法で一番に目についたのは大きな魔力の塊が、恐らく空を飛んでいるのであろう、猛スピードでこちらへ向かってきた。

 「ああ……ったく、なんでまた……」

 七年前の面倒くさい仕事をまた繰り返すのかと考えると気分は重くなるがなぜかフィルクの顔が頭に浮かび、気分は軽くなる。

 え……な、なんだ……なんか、胸がぽかぽかって……?……フィルクの世話がないからか……?いやいつも通りだろ、なに考えてんだ……集中したい時に出てくんなよ!フィルク!

 いないフィルクに向けて理不尽に怒るノイラ。そしていつの間にか轟音と共に黒い影がこちらに向かってきていた。

「グォオオオオッ!」

 黒い影――ドラゴンは怒りの炎を瞳に滾らせ、劈くような咆哮をあげながら猛スピードで空を飛んでいる。

 「はぁ……うるせぇなぁ……」

 ぶつぶつと文句を垂れながら杖を出現、構えると、ノイラは浮遊魔法を唱える。ふわりと足が浮き、空中に身体を浮かせる。そのまま上へ、上へと飛び、いずれドラゴンが突っ込む場所へと飛ぶ。

 「すぅ……っ、セファン!一旦!止まれぇっ!」

 大きく息を吸い、そう言い放った。

 すると、なんとドラゴンは止まったのだった。

 翼を大きくはためかせ、止まるために翼を立てる。ゴォオッと音が鳴る爆風を受けたノイラは前髪がぶわっと後ろに。元々の苛立ちに加えて更に青筋立てるノイラは乱暴に髪を直し、無言で杖を出現させる。

 「む、ノイラか?」

 地を這うような低い声だが、これがデフォルト。ドラゴン、セファンから発せられたものであった。

 「おいセファン、暴れんなっつったよな?」
 「暴れ……いや、待て、違うぞ!その杖を下ろせ!あ、あれだろう!?民の者の集落がぐちゃぐちゃにされたやつであろう!?今回は俺様のせいではないぞ!」
 「は?んなわけ……じゃあなんでここにいるんだよ」

 セファンを睨み、杖を再度構え直すノイラにセファンは冷や汗をかく(表現です。それほど焦っているということです。ドラゴンって汗かくイメージなくないですか?)。

 七年前、民家を三つ荒らしただけで、たまたま機嫌の悪かったノイラに必要以上の制裁を受けた経験のあるセファンにとって、ノイラは逆らってはいけない主のようなものだった。

 だが今回もピンチなのかもしれない。

 「あ、いや……」

 気まずそうに目を逸らし、前足を今日に擦り合わせる。

「その、俺様……実は退屈で退屈で仕方なくてな……」
「で、今、こうやって空を飛んでいると。で、人を脅かしていると」
「いやいやいや違うぞ!待ってくれ、杖を下ろすんだ!今回はそれは一割でしかない!俺様の仲間であるドラゴン族の子をある人間が連れ去ったらしくてな、すぐに気づいたがもう魔物化された後でな、そのドラゴンの子が暴れ回っているのだ!な、俺様のせいでないだろう!?」
「魔物化ぁ?」

 今の時代でその言葉を聞くとは思わなかった。

 ノイラは若い頃に読み漁った書物の一部、魔物化について記憶を思い起こす。

 魔物以外の動物にのみかかる禁忌魔法があった。魔物化の魔法だ。魔物化した動物はもう動物と言えるものではなく、魔物でもない、“魔動物”という括りにされていた気がする。今回はその子ドラゴンが魔動物になってしまったようだ。

 魔動物になるともう戻せない。人間相手と違って先人らが動物には必要ないと判断してしまった為、開発されていないのだ。

「それはまた……。……セファンたちはその子ドラゴンを俺が殺したら俺に報復するか?」
「いや、魔動物になってしまっては俺様たちも取り返しがつかないと理解している。元からドラゴン族は情が薄い一族でな、余計になぁ」
「そうか」

 もういいだろ……とノイラの苛立ちを自分に向かわないよう頭を低くして、愛想笑いを浮かべてそろりそろりと後退するセファン。
 ノイラは短くこたえると浮遊魔法を唱え、飛び上がり、これ以上の被害を増やさぬよう素早く辺りを索敵魔法で探す。

 しばらく探していると、莫大な魔力塊が索敵魔法に引っかかった。

 これだ。

 成体のドラゴンと遜色ないほどの大きな魔力に対して体の面積は子ドラゴンのまま。人の存在を無意識的に感じ取っているのか、向かっている方向は隣街。

 移動速度を早め、子ドラゴンのなりをした魔動物に一直線。移動しながら闇属性の破壊魔法を唱える。同時に、周囲の環境への配慮を入れて攻撃対象を子ドラゴンのみに絞る。

破壊魔法デストロイビーム

 先手必勝。卑怯もなにもない。

 直撃した魔動物は苦悶の唸り声をあげ、大粒の血をボタボタ地面に滴らせながら攻撃の対象、ノイラを視界に入れた。

 魔動物は痛みに唸り続けるが地面には魔動物の血と少々の破壊痕以外の被害はなかった。

「ギィイイイッ!ギィッ!」

 不快な金切り声を上げながら翼を乱暴にはためかせて飛び上がり、炎のブレスを吐く。

 ただのブレスではなく、魔動物特有の濁りの含まれるブレス。そう聞くと闇属性と同じようにも思えるが、魔動物の濁りは触れた者の肌を黒く変色させ、すぐさま治癒しないと一日も経たず壊死してしまうという恐ろしいものだった。

 ノイラは防御魔法と浮遊魔法の同時発動をしながらさらに攻撃魔法も加える。

酸性雨魔法アシッドレイン
「ギィイイ!ギィアッ!ギャッ!」

 羽が熔け、身体まで斑点模様に熔ける。それでも正気を失っている魔動物は対象の息の根を止めるまで活動し続ける。恐らくまだ半分弱はHPが残っているであろう魔動物はため攻撃をノイラに放とうとするが、放たれる前にノイラは既に攻撃魔法を唱えていた。

溶岩雨魔法メルティレイン消失魔法ブラックホール!」

二つの極大魔法を身に浴びた魔動物は血しぶきを舞い上がらせて、ズドンと大きな音を立てて力尽きた。

 魔物化したドラゴン相手だからと立て続けに極大魔法を使用して疲れたからか、トドメの魔法に力が入る。

 楽しいという感情が今のノイラの胸を占めていた。

「ふ、ふ……っ、ふはは……っ!く、くくっ、ふふふ、ははっ!」

 笑い顔まま晴れやかに晴天の空を仰ぎ見て心が満たされる。空を見て心が満たされるなんて何も考えず生きていた少年時代のようだ。

 初めてドラゴンを殺した。

 久しぶりにこんなに魔力を発散した。

 ノイラはよく多少のクセがある人達を変態呼ばわりするのだが何気に、殺しに抵抗のない魔法オタクのノイラが一番の変態なのだ。

「ふはっ、はぁ、はぁー……っ」

 笑いすぎで上がった息を落ち着かせる。

 こんなに笑ったのは久しぶりだ。楽しい。

 ここ数年で一番の笑みを湛えたまま転移魔法を使って城へ戻る。
 この惨事の元凶、魔動物討伐の報告と、いつも通りの風景に戻す為の“掃除係”の派遣を指示する為だ。

 戦いに熱中して気が付かなかったがいつの間にか五時間程も経っていたようだ。



 ◇◆◇



「どぅわぁあああっ!」
「うるっ、……っさ」

 前触れもなくいきなり執務室に現れたノイラにアキノムは大声(と言うか悲鳴)を上げて仰け反って驚く。

「な、なっ、ノイラ、言ったでしょう!?転移魔法を使用していきなり私の前に現れないでくださいと!使用したいのならせめて城の前にしてくれません!?」

 これが最大限の譲歩ですよ!とざわざわ忙しない心臓を撫で落ち着かせる。

「……しーらね。……そんなことより、魔動物を討伐したぞ。“掃除係”を派遣しておけ」
「そんなことぉ!?そんなこ……いや、はい、はい……承知しました、書類を渡すので指示してきてください!」

 微塵も反省の色を見せないノイラに、自分に従う気のないノイラに、ブルブルと震えながら怒りを押し込める。
 そんなアキノムをこっそり嘲笑いながらローブを翻し退室する。



 ◇◆◇



「あぁあああっ人を殴ってただでは済まさんって伝えるの忘れてたぁああっ!」

 ノイラは既に転移魔法を行使して近くにはいなかった。

 怒りを含んだ叫びは一人しかいない部屋に寂しく木霊したのだった。



 ◇◆◇



「おい!」

 断りもせず扉を乱暴に開ける。

 城の地下室、隠された部屋だ。

 石畳や石壁によって閉ざされた地下は所々蜘蛛の巣や埃が散乱していていかにも人の手がつけられていないような様だった。

 だが部屋にいる人はそんな不躾なノイラを見て迷惑がるどころか嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ノイラ様!俺らの出番っすか?」
「うぉおおっ、腕が鳴るぜぇ!」
「そろそろ来ると思ってた」

 多様な反応を見せてくれる彼らは“掃除係”だ。齢14の彼らはまだ子供と言える。

 一番目に声を上げたのは人懐っこく、明るいブラウンの髪とソバカスがチャームポイントのヒルカだ。くるくるとくせっ毛だという髪は撫でればふわふわで、本人は撫でられる度嬉しそうに黄金の瞳を細めてはにかむ。

 二番目に声を上げたのは熱血系と言われるテンプレ赤髪のストークだ。彼は見た目のまま何事にも熱く挑む。だが人の感情に機敏で、ノイラやヒルカが少しでも気分が良かったり悪かったりするとその場に応じて対応を変えてくれて実はかなり助かったりしている。

 三番目に声を上げたのは女性ウケする甘いマスクで白金プラチナに近い銀糸のツフリだ。今もそうだが、常に微笑を湛え、それがまた女性からの人気を上げる要素になっている。闇属性だからなのかひねくれている性格のノイラはもちろんモテることなどなく、逆に嫌われている。かなり大人気なくツフリを密かに妬んでいるがツフリの王子的性格によって懐柔されつつある。

 三人ともノイラを好意的に思っている数少ない人達。ノイラにとっては友人であり、息子や弟としても思っている。そして子供のくせに共通で美形。ベクトルの違う美形でも美形は美形だ。だが、職業柄その美貌は自身の寿命を縮めることになる。

 ノイラはその友人に目を向けると、眉をひそめた。

「……あ?お前らまたそんなナリして……お前らは顔しか取り柄ねぇんだから服装くらい気ぃ遣えよ」

 薄汚れていても逆に雰囲気が出る三人も、服の至る所がほつれ、汚れ、普通なら着るものではないものを身に纏っていれば流石に異様な雰囲気だった。

「顔しか取り柄がないって……ひどいな。でもノイラさんからそう思われてるならこの顔もまだまだ使えるね」

 ツフリはふわりと笑って自身の指先で顔の輪郭をなぞる。

「はっ、その顔は死んでも使えるだろうよ。……ってか、お前らまた痩せたか……?」
「そうっすか?鏡もないし、今の自分把握できなくて。へへっ」

 数年前来た時よりも劣悪な環境になっている現状にノイラは以前から密かに心にあったことを覚悟する。

「……掃除はやるが、その後うちに来い」
「……え?」

 唐突にそんなことを言い出すノイラの言葉を聞き返すがノイラは聞き流し、三人の肩を押して一箇所にまとめる。

「え?えっ、ちょ、どういう意味で……」
「転移魔法使うぞ」
「はぁ!?待――」

 ノイラは三人の意見などどうでもいいと有無を言わさず肩をガシッと掴み、三人纏めると転移した。



 “後書き”

 こんにちは。一話めに後書きを書き忘れた夏海よみと申します。

 ビビりました。ありがとうございます、沢山お気に入りをもらえて感激の極み×3でございます。こんな初書きの駄作でも読んでもらえるもんですね。やっぱり題名は大事です。

 一章までのストックが切れるまでは毎日投稿でいきますので、何卒応援よろしくお願いいたします。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

姉を追い出して当主になった悪女ですが、何か?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,137pt お気に入り:37

神子のオマケは竜王様に溺愛される《完結》

BL / 完結 24h.ポイント:2,286pt お気に入り:2,173

転生令息やり直し革命記

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:19

淫獄の玩具箱

BL / 連載中 24h.ポイント:1,640pt お気に入り:48

王子の婚約者を辞めると人生楽になりました!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,043pt お気に入り:4,437

処理中です...