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一章
弟子にしてください!
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「おれを……っ、俺を、あなたの!弟子にしてください!」
「……は?」
◇◆◇
あるところに人類最強の大魔法使いがいた。
ただし、黒の魔法使い、闇の魔法使い。
男の名前はノイラと言った。
ノイラは幼い頃のことをよく覚えている。属性の適性検査の日だ。水晶に闇の文字が浮かび上がった時は幼いながらに絶望したものだ。
優しかった母がよく寝る前に読み聞かせてくれた童話や絵本には悪役のテンプレとして闇魔法使いが出てきている。闇魔法使いが正義の味方だなんてことは天と地がひっくり返ってもありえない。
ノイラには弟子がいる。
ノイラをとてもよく慕ってくれている弟子だ。
◇◆◇
「ノイラさぁ~ん、起きてくださ~い、いくら休日とはいえもう昼ですよ!」
都心から大きく離れた森の最奥にこじんまりとした小さな家があった。
誰かの声と共に開け放たれたカーテンから漏れ出る朝日に部屋を照らされる。
眠い。まだ寝られる。昨日は徹夜したんだ。寝させろ。
「ノイラさん?起きてくださいってば。……起きないんならイタズラしちゃいますけど、いいんですか?」
「んぅ~っ!ぁう、きもい……!うぅ!」
寝起きの唸り声を上げながら気色の悪いことを朝から言う弟子、フィルクを寝ぼけ眼で睨む。だがノイラの睨みになぜか嬉しそうに頬を緩ませ、ふわりと優しくノイラの頬を撫でた。
「もう、早く起きないと朝ごはん冷めちゃいますよ?」
「ちっ、手ぇ引っ張れ」
「しょうがないなぁ」
子供のような態度を向けられているが、フィルクは優しく背中に右手を添え、左手でノイラの伸ばされた手を優しく掴む。
どれだけノイラが強くあたっても依然として優しげな態度を貫き通すフィルクに逆にノイラの居心地が悪くなる。
フィルクがいつの間にか買っていたふかふかのベットからのそりと起き上がって、重たい身体を引き摺りながらダイニングへのそのそと移動する。相変わらずフィルクは主を立てるように右斜め後ろに位置する。そんなことしなくていいと何度言ったか。だがフィルクはこういう時には頑固で強情。もう好きにしろとどうでもよくなってしまった。
「今日の朝飯は?」
「もう、昨日徹夜したでしょ?しょうがないから雑炊にしましたよ」
「んー」
気が利く。公爵子息なだけある。いや、公爵子息のくせに気が利いている。公爵ともなればただふんぞり返ってればいいだろうに。
「お前は食べ終わったのか?」
「はい、お先に」
雑談をしながら脱衣所に着き、洗顔を済ませ、意識を少し覚醒させる。三十路を突入すると心の意識が変わってしまってそれに引っ張られるのか身体まで重い気がする。そんな寝起きもプラスしてさらに重い身体を椅子に座らせる。
「どうぞ」
「ん」
スプーンを渡され、机に置いてある今日の記事を左手に、白湯を右手に取る。胃に優しい。
「ん、数百年ぶりの聖女発見ってさ」
「聖女?へぇ……」
「お前、なに気になんの?もしかして好きとか?」
「は、えっ!?な、なにを!?なぜ会ったこともないのに好き、とか……」
興味深そうに聖女と呟くフィルクを揶揄うが、顔を真っ赤にして本当に好きそうな雰囲気になぜか胸がキュッと締め付けられた。
このささやかな違和感に首を傾げながら次の欄に目を移す。
「……ん、大型の魔物が民家の集落襲ったってでてらぁ」
「あー、つい昨日でしたよね」
「ああ。死傷者34……多いな」
「ですね」
淡々とそう言ってのほほんとノイラの顔を優しく見つめる。
こりゃ俺の仕事になんな。
こういう時は都合よく大魔法使いと上辺で敬って、面倒事をノイラに押し付けるのが宮廷の人達の筋と言うものなのだ。
「……断ってくださいよ?」
おもむろにフィルクが念押しするように声を抑えてそんなことを言う。
「……あ?珍しいな、お前がそんなこと言うの。なんでだよ」
一瞬動きが止まったがまた食べる手を進める。
「だって一昨日デカい仕事を片付けたばかりじゃないですか。ノイラさんだって人間ですし疲れるでしょ?」
「いや……こんくらいなら別に」
「ダメです」
「……いやなんでお前がそんなこと」
「いいから」
いつになく強くノイラが仕事に行くのを拒むフィルク。確かにこんな連続で仕事をするのは最近なかったが……。
「……言ってなかったか?お前が来る前はこんな頻度通常だぞ」
「……は?」
「お前が来たから簡単な仕事は断ってんだ、ありがたく思えよ」
「え?い、いつも短いスパンで仕事を?お身体は!?大丈夫だったんですか!?」
焦っているようなものすごい剣幕で詰め寄ってきて、驚き思わず雑炊を食べる手が止まる。
「えなんでお前がそんなこと……」
「大丈夫だったんですか!?」
「は、や、身体が頑丈なのだけが俺の取り柄だぞ……」
「つまり、なんともなかったということですか?」
「……に決まってんだろ。俺をなんだと思ってんだよ。体調の自己管理ぐらいできるぞ」
心外だと溜息をつきながら雑炊を食べ進める。
「……なんともないなら、良かったです」
そう言って微笑むフィルク。どうしたんだ?いつもはもっとしつこいのに。調子悪いのか?
だが別に俺が心配してやる義理もない。甘やかしてくれるであろうママとパパに泣きつけ。
「食べ終わったから訓練行くぞー」
「わかりました」
食器を片付けないノイラの代わりにフィルクは急いで片付ける。習慣になっていて傍から見れば母と子のようだが二人共なんとも思わない。
フィルクをチラリとも見ず玄関横に掛けてある黒のローブを手に取り羽織る。そして庭を突っ切り、その奥にあるのはいかにも手入れのされていないように咲き乱れている様々な花。
そのさらに奥。
小さな白い扉が潜むようにそこにある。
扉を守るように張られている魔法の防御壁をすり抜ける。
金のドアノブを手にかけ、魔力を込めるとドアノブに施された紋様が光り、登録してある魔力を流しそれを動力に扉はひとりでに開かれる。
扉を開いた先には、広くのどかな野原が広がっていた。花は何一つ生えてなく、緑一色。白い雲が点々と青空に広がり、海があるわけでもないのにどこまでも平らな野原の果ては青空と交わり、消え、まるで海の水平線。
そんな果ての見えない野原はノイラが魔法の訓練用に造り上げたものだ。異空間に造られている為現実にはなんら影響は受けない。
ゆっくりとした歩みで進み、後ろ手で扉を閉め、内側の扉も守っている厚みのある、なんとも禍々しい気配がする防御壁をすり抜ける。なぜ内側にもあり、こんなにも見るからに恐ろしい魔力を迸らせている防御なのかはすぐに理解するだろう。
しばらく進み、おもむろに手を上げ、ノイラの肩ほどまでの長さの杖を出現させる。
その杖を一振。
一閃、爆音と共にのどかであった野原が一瞬で地獄の情景に風変わりした。
大地を切り裂くように迸った亀裂は深く、亀裂を縁取るように火が滾り、なのに、依然として静かなまま。創造主以外の生物がいない異空間は風すら流れない。
扉の厳重な防御は破壊されない為だ。扉がなくたってノイラは出られるが相当魔力を食う。一般の何千倍も魔力のあるノイラでさえその10分の1を使ってしまう。大魔法を暇なく使いたいノイラにとっては必要のない出費になってしまうので扉を壊さぬように強い防御壁を張った。防御を張った時のノイラの全力の魔力を込めた為、闇の魔力が主力となって禍々しくなってしまったのだが。
「……っし」
今日のウォーミングアップも調子いいな。年につられるなよ~?まだ30だ、まだいけるんだからな。
明らかに全盛期であろう若い頃と比べて体力が落ちて焦るも魔力はまだまだ増え続ける。魔法使いとしては使える身体だ。
もう一度魔力を発散させようと杖を構え、極大魔法を放とうとするが、フィルクが扉のノブに触れたのが創造主である俺に感じ取れた。
扉が開き、訓練着に着替えたフィルクが駆け寄ってくるのが見える。
「すみません、待たせましたか?」
「もっと遅くても問題なかったがな」
渋々杖を下ろし、魔力を発散させられなかったノイラはチクチクとフィルクに言葉の棘を刺して虚しさと苛立たしさを発散させる。
「あはは……すみません。ところで、また随分派手に……」
「いいだろ、俺が直すんだから」
先程入れた亀裂を感心したようにじっと見据えるフィルク。
「……あの、修復を俺にやらせてもらえませんか?いつもノイラさんが修復魔法を使っているのを見て、すごいなと思って……」
恐る恐るそんなことを言う。
「あ?お前できねぇだろ」
「……挑戦って形で……ダメですか?」
フィルクの方が背が高いのに、なぜか上目遣いのように見えるいじらしさにぐっと息が詰まる。
「……どうなっても知んねぇからな。とりあえず死ぬのはナシな。なおせても俺が公爵サマに消される」
魔力を使いすぎると“魔力枯渇”という身体が異常状態になるため仮死状態になる。なんだ、仮死状態なら大丈夫じゃんと思った方、大間違いだ。この世界における“仮死”という概念は、仮死状態から通常状態になおす術はほとんどなく、生ける屍になってしまう。
ゾンビと言っても肌が緑色だとかと外見の変化はなく、頭、脳だけが覚醒していて身体は死んでいくのだ。
勿論脳を除くとはいえ、身体は亡骸になったので身体は腐る。ゾンビ専用の処刑人に首を斬らせ、仮死から死に。
だが、なおす術は“ほとんど”ない、だ。
ノイラは人を仮死状態から蘇らせる為の魔法を習得していた。それもノイラの膨大な魔力あってこそだ。
フィルクが魔力枯渇になってもなおせるが、一旦は死なせてしまったとすると、あの親バカなフィルク両親は黙っていない。確実に消される。
フィルクを可愛いと思ったのは気の迷いだ。そう結論づけてぶっきらぼうに言い放った。フィルクはふわりと大輪の花が咲いたように笑顔を綻ばせ、嬉しそうに礼を言った。
「ありがとうございます!」
では早速……と言いながら小走りで大きな亀裂に向かったフィルクの表情はここ最近で一番明るかった。
「相変わらず魔法大好きだな」
ノイラはそう呆れるように言って目を細めた。どうにも闇属性なだけあって光属性のフィルクが眩しく見えるのだ。
なぜ闇属性のノイラに教えを乞うのだろう。
この考えは今までもずっと頭の中をぐるぐると回っているが、ノイラはこの時間、関係を、身の程知らずにも心地よく思っていた。フィルクが現実に戻って自分の元からいなくなればまた一人の生活に後戻り。
そこまで考え、ハッとして頭をぶんぶんと振った。
なに思ってんだ、俺!?心地いいとか!一人の生活に後戻りとか!逆に息苦しいし一人の方がいいに決まってんだろ!?あーもう歳か!?孤独感なんて感じなかっただろ!今でも!
「ったく、こんな頭おかしい考えになんのも全部フィルクのせいだ……一発殴んねぇと気が済まねぇな。あいつが修復に失敗したら調子乗ったっつって殴ってやろ」
どこかDV男の素質が感じられるノイラは勝手に行き場のない怒りをフィルクにぶつけようとし、ぐっと握った拳をブルブルと震わせる。
「じゃあ!いきますよー!」
「へっ、早くしろよ……」
遠くにいるノイラを嬉しそうに見て叫ぶ。そんなフィルクに聞こえないように小さく悪態をつきながら睨む。元々目つきの悪い顔立ちをしている為凶悪な表情になっているが、フィルクに向ける顔としてはデフォルトなのでフィルクは笑顔のまま。
くるっと亀裂に身体を向け、杖を出現させる。
すっと杖を持つ手を亀裂に向け、背筋を伸ばし、集中力を高める。
そして、限界まで集中力を高め。
「修復魔法」
フィルクの美しい形の唇から静かに紡がれた魔力の篭っている呪文。
すると、地面に置かれた手のひらから眩くも癒しの光が溢れ出、みるみる地面が盛り上がり、亀裂の修復、瑞々しい草葉の再生を補助する。火は光に照らされ、勢いを失いやがて消失した。
そう、あくまで補助であり、無から有を生み出すことはできないのだ。
「あ……」
フィルクは呆然とし口から漏れ出た意味の無い音にすら気づかない。目は先程まで亀裂があったはずの美しい草原に向けられている。
ノイラまでも一瞬はぽかんとなった。だが、頭がそれを理解する。
――成功だ。
フィルクが超高難易度の修復魔法を習得したのだ。
フィルクは段々成功の実感が湧き、身体が震え始める。
「あ、あ……、やった、やりましたよ……!」
ばっと立ち上がりノイラに振り向いた。
「やりましたよ!修復魔法、成功しました!」
「あ、ああ……」
行き場のなかった怒りは衝撃に霧散され、力の抜けた拳がぶらりと垂れた。気の抜けた返事を出し、次第に喜びの意が湧き上がってくる。
「よ、良かったな!」
「はい!!ありがとうございます!ノイラさんのおかげですよ!」
「俺はなんもしてない、お前自身が頑張ったからだろ?」
「……えへへ、ノイラさんからそう言ってもらえると励みになりますよ……!」
照れるように頬をほんのり赤らめてはにかむ。
その圧倒的顔面偏差値の違いにノイラは複雑な気分になる。
「……なんか、嫌味か?」
「嫌味?なにがですか?それより、やっぱりノイラさんはすごいですね!こんなにも魔力や精神の削られる魔法でも楽そうにやってのけるなんて!」
元々の顔が輝かんばかりの美貌なのにさらにぱぁああっと凄まじい後光が射して見える。反射的にうっと顔を手で覆い。
「そのまぶい光を鎮めてくれ……」
「光?」
一人の圧倒的“善”の光に、悪が成仏されそうになった。
※補足です。ゾンビ専用の処刑人、と出てきましたが、そんな立派なもんでなく、過去に“人を殺す”という罪を犯した罪人に殺させます。
ゾンビだって人だ、惨い殺し方したら浮かばれないだろうという考えの基、監視役をつけ、罪人に仮死状態の人間の身体を好きにいじることなどないようにしています。
全部妄想です。
「……は?」
◇◆◇
あるところに人類最強の大魔法使いがいた。
ただし、黒の魔法使い、闇の魔法使い。
男の名前はノイラと言った。
ノイラは幼い頃のことをよく覚えている。属性の適性検査の日だ。水晶に闇の文字が浮かび上がった時は幼いながらに絶望したものだ。
優しかった母がよく寝る前に読み聞かせてくれた童話や絵本には悪役のテンプレとして闇魔法使いが出てきている。闇魔法使いが正義の味方だなんてことは天と地がひっくり返ってもありえない。
ノイラには弟子がいる。
ノイラをとてもよく慕ってくれている弟子だ。
◇◆◇
「ノイラさぁ~ん、起きてくださ~い、いくら休日とはいえもう昼ですよ!」
都心から大きく離れた森の最奥にこじんまりとした小さな家があった。
誰かの声と共に開け放たれたカーテンから漏れ出る朝日に部屋を照らされる。
眠い。まだ寝られる。昨日は徹夜したんだ。寝させろ。
「ノイラさん?起きてくださいってば。……起きないんならイタズラしちゃいますけど、いいんですか?」
「んぅ~っ!ぁう、きもい……!うぅ!」
寝起きの唸り声を上げながら気色の悪いことを朝から言う弟子、フィルクを寝ぼけ眼で睨む。だがノイラの睨みになぜか嬉しそうに頬を緩ませ、ふわりと優しくノイラの頬を撫でた。
「もう、早く起きないと朝ごはん冷めちゃいますよ?」
「ちっ、手ぇ引っ張れ」
「しょうがないなぁ」
子供のような態度を向けられているが、フィルクは優しく背中に右手を添え、左手でノイラの伸ばされた手を優しく掴む。
どれだけノイラが強くあたっても依然として優しげな態度を貫き通すフィルクに逆にノイラの居心地が悪くなる。
フィルクがいつの間にか買っていたふかふかのベットからのそりと起き上がって、重たい身体を引き摺りながらダイニングへのそのそと移動する。相変わらずフィルクは主を立てるように右斜め後ろに位置する。そんなことしなくていいと何度言ったか。だがフィルクはこういう時には頑固で強情。もう好きにしろとどうでもよくなってしまった。
「今日の朝飯は?」
「もう、昨日徹夜したでしょ?しょうがないから雑炊にしましたよ」
「んー」
気が利く。公爵子息なだけある。いや、公爵子息のくせに気が利いている。公爵ともなればただふんぞり返ってればいいだろうに。
「お前は食べ終わったのか?」
「はい、お先に」
雑談をしながら脱衣所に着き、洗顔を済ませ、意識を少し覚醒させる。三十路を突入すると心の意識が変わってしまってそれに引っ張られるのか身体まで重い気がする。そんな寝起きもプラスしてさらに重い身体を椅子に座らせる。
「どうぞ」
「ん」
スプーンを渡され、机に置いてある今日の記事を左手に、白湯を右手に取る。胃に優しい。
「ん、数百年ぶりの聖女発見ってさ」
「聖女?へぇ……」
「お前、なに気になんの?もしかして好きとか?」
「は、えっ!?な、なにを!?なぜ会ったこともないのに好き、とか……」
興味深そうに聖女と呟くフィルクを揶揄うが、顔を真っ赤にして本当に好きそうな雰囲気になぜか胸がキュッと締め付けられた。
このささやかな違和感に首を傾げながら次の欄に目を移す。
「……ん、大型の魔物が民家の集落襲ったってでてらぁ」
「あー、つい昨日でしたよね」
「ああ。死傷者34……多いな」
「ですね」
淡々とそう言ってのほほんとノイラの顔を優しく見つめる。
こりゃ俺の仕事になんな。
こういう時は都合よく大魔法使いと上辺で敬って、面倒事をノイラに押し付けるのが宮廷の人達の筋と言うものなのだ。
「……断ってくださいよ?」
おもむろにフィルクが念押しするように声を抑えてそんなことを言う。
「……あ?珍しいな、お前がそんなこと言うの。なんでだよ」
一瞬動きが止まったがまた食べる手を進める。
「だって一昨日デカい仕事を片付けたばかりじゃないですか。ノイラさんだって人間ですし疲れるでしょ?」
「いや……こんくらいなら別に」
「ダメです」
「……いやなんでお前がそんなこと」
「いいから」
いつになく強くノイラが仕事に行くのを拒むフィルク。確かにこんな連続で仕事をするのは最近なかったが……。
「……言ってなかったか?お前が来る前はこんな頻度通常だぞ」
「……は?」
「お前が来たから簡単な仕事は断ってんだ、ありがたく思えよ」
「え?い、いつも短いスパンで仕事を?お身体は!?大丈夫だったんですか!?」
焦っているようなものすごい剣幕で詰め寄ってきて、驚き思わず雑炊を食べる手が止まる。
「えなんでお前がそんなこと……」
「大丈夫だったんですか!?」
「は、や、身体が頑丈なのだけが俺の取り柄だぞ……」
「つまり、なんともなかったということですか?」
「……に決まってんだろ。俺をなんだと思ってんだよ。体調の自己管理ぐらいできるぞ」
心外だと溜息をつきながら雑炊を食べ進める。
「……なんともないなら、良かったです」
そう言って微笑むフィルク。どうしたんだ?いつもはもっとしつこいのに。調子悪いのか?
だが別に俺が心配してやる義理もない。甘やかしてくれるであろうママとパパに泣きつけ。
「食べ終わったから訓練行くぞー」
「わかりました」
食器を片付けないノイラの代わりにフィルクは急いで片付ける。習慣になっていて傍から見れば母と子のようだが二人共なんとも思わない。
フィルクをチラリとも見ず玄関横に掛けてある黒のローブを手に取り羽織る。そして庭を突っ切り、その奥にあるのはいかにも手入れのされていないように咲き乱れている様々な花。
そのさらに奥。
小さな白い扉が潜むようにそこにある。
扉を守るように張られている魔法の防御壁をすり抜ける。
金のドアノブを手にかけ、魔力を込めるとドアノブに施された紋様が光り、登録してある魔力を流しそれを動力に扉はひとりでに開かれる。
扉を開いた先には、広くのどかな野原が広がっていた。花は何一つ生えてなく、緑一色。白い雲が点々と青空に広がり、海があるわけでもないのにどこまでも平らな野原の果ては青空と交わり、消え、まるで海の水平線。
そんな果ての見えない野原はノイラが魔法の訓練用に造り上げたものだ。異空間に造られている為現実にはなんら影響は受けない。
ゆっくりとした歩みで進み、後ろ手で扉を閉め、内側の扉も守っている厚みのある、なんとも禍々しい気配がする防御壁をすり抜ける。なぜ内側にもあり、こんなにも見るからに恐ろしい魔力を迸らせている防御なのかはすぐに理解するだろう。
しばらく進み、おもむろに手を上げ、ノイラの肩ほどまでの長さの杖を出現させる。
その杖を一振。
一閃、爆音と共にのどかであった野原が一瞬で地獄の情景に風変わりした。
大地を切り裂くように迸った亀裂は深く、亀裂を縁取るように火が滾り、なのに、依然として静かなまま。創造主以外の生物がいない異空間は風すら流れない。
扉の厳重な防御は破壊されない為だ。扉がなくたってノイラは出られるが相当魔力を食う。一般の何千倍も魔力のあるノイラでさえその10分の1を使ってしまう。大魔法を暇なく使いたいノイラにとっては必要のない出費になってしまうので扉を壊さぬように強い防御壁を張った。防御を張った時のノイラの全力の魔力を込めた為、闇の魔力が主力となって禍々しくなってしまったのだが。
「……っし」
今日のウォーミングアップも調子いいな。年につられるなよ~?まだ30だ、まだいけるんだからな。
明らかに全盛期であろう若い頃と比べて体力が落ちて焦るも魔力はまだまだ増え続ける。魔法使いとしては使える身体だ。
もう一度魔力を発散させようと杖を構え、極大魔法を放とうとするが、フィルクが扉のノブに触れたのが創造主である俺に感じ取れた。
扉が開き、訓練着に着替えたフィルクが駆け寄ってくるのが見える。
「すみません、待たせましたか?」
「もっと遅くても問題なかったがな」
渋々杖を下ろし、魔力を発散させられなかったノイラはチクチクとフィルクに言葉の棘を刺して虚しさと苛立たしさを発散させる。
「あはは……すみません。ところで、また随分派手に……」
「いいだろ、俺が直すんだから」
先程入れた亀裂を感心したようにじっと見据えるフィルク。
「……あの、修復を俺にやらせてもらえませんか?いつもノイラさんが修復魔法を使っているのを見て、すごいなと思って……」
恐る恐るそんなことを言う。
「あ?お前できねぇだろ」
「……挑戦って形で……ダメですか?」
フィルクの方が背が高いのに、なぜか上目遣いのように見えるいじらしさにぐっと息が詰まる。
「……どうなっても知んねぇからな。とりあえず死ぬのはナシな。なおせても俺が公爵サマに消される」
魔力を使いすぎると“魔力枯渇”という身体が異常状態になるため仮死状態になる。なんだ、仮死状態なら大丈夫じゃんと思った方、大間違いだ。この世界における“仮死”という概念は、仮死状態から通常状態になおす術はほとんどなく、生ける屍になってしまう。
ゾンビと言っても肌が緑色だとかと外見の変化はなく、頭、脳だけが覚醒していて身体は死んでいくのだ。
勿論脳を除くとはいえ、身体は亡骸になったので身体は腐る。ゾンビ専用の処刑人に首を斬らせ、仮死から死に。
だが、なおす術は“ほとんど”ない、だ。
ノイラは人を仮死状態から蘇らせる為の魔法を習得していた。それもノイラの膨大な魔力あってこそだ。
フィルクが魔力枯渇になってもなおせるが、一旦は死なせてしまったとすると、あの親バカなフィルク両親は黙っていない。確実に消される。
フィルクを可愛いと思ったのは気の迷いだ。そう結論づけてぶっきらぼうに言い放った。フィルクはふわりと大輪の花が咲いたように笑顔を綻ばせ、嬉しそうに礼を言った。
「ありがとうございます!」
では早速……と言いながら小走りで大きな亀裂に向かったフィルクの表情はここ最近で一番明るかった。
「相変わらず魔法大好きだな」
ノイラはそう呆れるように言って目を細めた。どうにも闇属性なだけあって光属性のフィルクが眩しく見えるのだ。
なぜ闇属性のノイラに教えを乞うのだろう。
この考えは今までもずっと頭の中をぐるぐると回っているが、ノイラはこの時間、関係を、身の程知らずにも心地よく思っていた。フィルクが現実に戻って自分の元からいなくなればまた一人の生活に後戻り。
そこまで考え、ハッとして頭をぶんぶんと振った。
なに思ってんだ、俺!?心地いいとか!一人の生活に後戻りとか!逆に息苦しいし一人の方がいいに決まってんだろ!?あーもう歳か!?孤独感なんて感じなかっただろ!今でも!
「ったく、こんな頭おかしい考えになんのも全部フィルクのせいだ……一発殴んねぇと気が済まねぇな。あいつが修復に失敗したら調子乗ったっつって殴ってやろ」
どこかDV男の素質が感じられるノイラは勝手に行き場のない怒りをフィルクにぶつけようとし、ぐっと握った拳をブルブルと震わせる。
「じゃあ!いきますよー!」
「へっ、早くしろよ……」
遠くにいるノイラを嬉しそうに見て叫ぶ。そんなフィルクに聞こえないように小さく悪態をつきながら睨む。元々目つきの悪い顔立ちをしている為凶悪な表情になっているが、フィルクに向ける顔としてはデフォルトなのでフィルクは笑顔のまま。
くるっと亀裂に身体を向け、杖を出現させる。
すっと杖を持つ手を亀裂に向け、背筋を伸ばし、集中力を高める。
そして、限界まで集中力を高め。
「修復魔法」
フィルクの美しい形の唇から静かに紡がれた魔力の篭っている呪文。
すると、地面に置かれた手のひらから眩くも癒しの光が溢れ出、みるみる地面が盛り上がり、亀裂の修復、瑞々しい草葉の再生を補助する。火は光に照らされ、勢いを失いやがて消失した。
そう、あくまで補助であり、無から有を生み出すことはできないのだ。
「あ……」
フィルクは呆然とし口から漏れ出た意味の無い音にすら気づかない。目は先程まで亀裂があったはずの美しい草原に向けられている。
ノイラまでも一瞬はぽかんとなった。だが、頭がそれを理解する。
――成功だ。
フィルクが超高難易度の修復魔法を習得したのだ。
フィルクは段々成功の実感が湧き、身体が震え始める。
「あ、あ……、やった、やりましたよ……!」
ばっと立ち上がりノイラに振り向いた。
「やりましたよ!修復魔法、成功しました!」
「あ、ああ……」
行き場のなかった怒りは衝撃に霧散され、力の抜けた拳がぶらりと垂れた。気の抜けた返事を出し、次第に喜びの意が湧き上がってくる。
「よ、良かったな!」
「はい!!ありがとうございます!ノイラさんのおかげですよ!」
「俺はなんもしてない、お前自身が頑張ったからだろ?」
「……えへへ、ノイラさんからそう言ってもらえると励みになりますよ……!」
照れるように頬をほんのり赤らめてはにかむ。
その圧倒的顔面偏差値の違いにノイラは複雑な気分になる。
「……なんか、嫌味か?」
「嫌味?なにがですか?それより、やっぱりノイラさんはすごいですね!こんなにも魔力や精神の削られる魔法でも楽そうにやってのけるなんて!」
元々の顔が輝かんばかりの美貌なのにさらにぱぁああっと凄まじい後光が射して見える。反射的にうっと顔を手で覆い。
「そのまぶい光を鎮めてくれ……」
「光?」
一人の圧倒的“善”の光に、悪が成仏されそうになった。
※補足です。ゾンビ専用の処刑人、と出てきましたが、そんな立派なもんでなく、過去に“人を殺す”という罪を犯した罪人に殺させます。
ゾンビだって人だ、惨い殺し方したら浮かばれないだろうという考えの基、監視役をつけ、罪人に仮死状態の人間の身体を好きにいじることなどないようにしています。
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