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相生 眞祝 まだつづく
名前の良い病院
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キャッチコピーや商品名や、新しく開くお店の名前は、どう考えても重要だ。
ちょっと浮かれて最低限度の客観性を失って、ハイになった精神状態のまま、天啓の如く唐突に思いついてしまった、うっかり死ぬ程ダサい文章、こだわり過ぎて斬新極まりない商品名、発音の難し過ぎる店名を付けてしまったら、それがどんなに良い映画や商品やお店だったとしても、誰からも見てもらえず、たまに誰かから色眼鏡で見られても、黙って放置されかねない。
しかし羨ましい事に、若草市のE産婦人科病院には、そんな心配は要らない。発音だけなら「良い産婦人科病院」と聞こえてしまうからだ。灯枇の母親は、この病院へ2回入院した。1度目は野々下 森次の出産、2度目は燈止君の出産……では無く、患者本人には更年期障害と虚偽宣告された鬱病のせいだ。
理由がいまいち謎のまま、唐突に母親の入院が始まったのは、野々下 灯枇が行きたくもない若草市立必由館高等学校に在学中の出来事だった。入院で不在の母親に代わって、島からやって来た、やはりこちらも口煩い祖母がしばらくの間家事を代行してくれた。
その頃父親は、2度目の転職活動中で無職だったかも知れない。あるいは既に転職済みだったかも知れないが、島の祖母からは全く頼りにされていなかった事だけは確かだ。何故なら灯枇はある日、島の祖母と二人きりの場で、母親の真の入院理由を聞かされた。
「お前のお母さんは、本当は鬱病で入院しとらすとたい。でもそれを本人に言ったら、働けんくなる。そしたら灯枇姉ちゃん達の学費がのうなって困るど?」
――おいおい、マジか。
「だけん灯枇が、1番姉ちゃんだけんしっかりせなん。お母さんば加勢して、森次達の面倒ば見らなん」
この島の祖母は、若かりし頃、恐らくは看護師の資格も取れるような雇用の口があったのだが、それが精神科病院だったので断ったという噂があった。それにしても、精神科医でもなんでも無い、たかが未成年者の一高校生に対して、なかなかの問題発言である。行きたくもない普通科高校に通わされていた当時の灯枇は、そんな島の祖母から告げられた内容に、ただただ驚くばかりだった。
――鬱病ってリアルだとそんな感じなのか~。でも入院する前も後も、ぶっちゃけそれまでと全然変わらないように見えるんだけど。まあ仕事と家事のプレッシャーから解放されて、その分少しだけ明るくなっただろうか?
母親の鬱病とは無関係に、愛着障碍やアダルトチルドレン関連の知識を欲していたため、軽く心理学関係の本も乱読していた灯枇は、この鬱病問題に関しては意外と冷静であり、凄まじいプレッシャーを感じる事は無かったが、まあ母親には今までより更に優しくしようとは思った。しかしそれが裏目に出てしまった。
入院中に読む本が無いから何か差し入れて欲しい。と、鬱病患者本人から、電話で頼まれた灯枇は、以前読んで面白かった本を1冊、市立図書館から借りて来て病室で渡した。そこまではまだ良い。
しかし忘れてはならない。この鬱病患者は、元来から厚顔無恥で恩知らずの人間だ。若き日の鬱病患者自身が、当時は珍しいほど女子教育にも熱心な父親を持ったお陰で、挫折感を味わいながらも無事公務員になれたというのに。鬱病患者自身は、父の日の贈り物で恩返しをした気になってしまい、父親の善行を、自身の子供達にもしてあげよう、などとは思いもしない。
そのくせ鬱病患者自身には都合の良い、既に高校生となっている灯枇の、小学生時代に終わった過去の発言だけはしっかりと覚えていて、図書館司書になれば良いなどと抜かすのだ。まず初めに書いておくと、図書館司書という仕事に関しては、どうしてもなりたい人間だけがなれば良い。
しかしケーキを食べたいだけで、安直にケーキ屋になるのは間違っているように、ただの読書好きが図書館司書になろうとするのは禁物だ。まず図書館司書という仕事は、正規雇用と非正規雇用が存在する。正規雇用の募集は少ないので当然、物凄く倍率が高いが、そもそも図書館司書という仕事は薄給だ。だから非正規雇用なら更に薄給だ。
正規雇用される為には資格必須だが、その図書館司書の資格は、例えば若草学園大学で必要な講義を受けて、試験やレポートを経て必要な単位を取得すれば、誰でも簡単に取れる。しかも、非正規雇用なら資格なんて別に無くても構わないのだから、メインで稼ぐ夫を持つパート主婦基準の給与であり、問題のある親元からの独立なんて夢のまた夢である。
だが問題のある配偶者と結婚してしまった鬱病患者からすれば、家庭内で都合の良い緩衝役をこなしていた灯枇を図書館司書にする事は、その生活費諸々の出費を差し引いても多大なメリットがあったのだろう。でも灯枇はそんな手には乗らない。灯枇には事あるごとに発達障碍疑惑を掛けた鬱病患者であるが、本当におかしいのは、いつ頃からなのかは不明だが、患者本人だったという訳だ。
ちょっと浮かれて最低限度の客観性を失って、ハイになった精神状態のまま、天啓の如く唐突に思いついてしまった、うっかり死ぬ程ダサい文章、こだわり過ぎて斬新極まりない商品名、発音の難し過ぎる店名を付けてしまったら、それがどんなに良い映画や商品やお店だったとしても、誰からも見てもらえず、たまに誰かから色眼鏡で見られても、黙って放置されかねない。
しかし羨ましい事に、若草市のE産婦人科病院には、そんな心配は要らない。発音だけなら「良い産婦人科病院」と聞こえてしまうからだ。灯枇の母親は、この病院へ2回入院した。1度目は野々下 森次の出産、2度目は燈止君の出産……では無く、患者本人には更年期障害と虚偽宣告された鬱病のせいだ。
理由がいまいち謎のまま、唐突に母親の入院が始まったのは、野々下 灯枇が行きたくもない若草市立必由館高等学校に在学中の出来事だった。入院で不在の母親に代わって、島からやって来た、やはりこちらも口煩い祖母がしばらくの間家事を代行してくれた。
その頃父親は、2度目の転職活動中で無職だったかも知れない。あるいは既に転職済みだったかも知れないが、島の祖母からは全く頼りにされていなかった事だけは確かだ。何故なら灯枇はある日、島の祖母と二人きりの場で、母親の真の入院理由を聞かされた。
「お前のお母さんは、本当は鬱病で入院しとらすとたい。でもそれを本人に言ったら、働けんくなる。そしたら灯枇姉ちゃん達の学費がのうなって困るど?」
――おいおい、マジか。
「だけん灯枇が、1番姉ちゃんだけんしっかりせなん。お母さんば加勢して、森次達の面倒ば見らなん」
この島の祖母は、若かりし頃、恐らくは看護師の資格も取れるような雇用の口があったのだが、それが精神科病院だったので断ったという噂があった。それにしても、精神科医でもなんでも無い、たかが未成年者の一高校生に対して、なかなかの問題発言である。行きたくもない普通科高校に通わされていた当時の灯枇は、そんな島の祖母から告げられた内容に、ただただ驚くばかりだった。
――鬱病ってリアルだとそんな感じなのか~。でも入院する前も後も、ぶっちゃけそれまでと全然変わらないように見えるんだけど。まあ仕事と家事のプレッシャーから解放されて、その分少しだけ明るくなっただろうか?
母親の鬱病とは無関係に、愛着障碍やアダルトチルドレン関連の知識を欲していたため、軽く心理学関係の本も乱読していた灯枇は、この鬱病問題に関しては意外と冷静であり、凄まじいプレッシャーを感じる事は無かったが、まあ母親には今までより更に優しくしようとは思った。しかしそれが裏目に出てしまった。
入院中に読む本が無いから何か差し入れて欲しい。と、鬱病患者本人から、電話で頼まれた灯枇は、以前読んで面白かった本を1冊、市立図書館から借りて来て病室で渡した。そこまではまだ良い。
しかし忘れてはならない。この鬱病患者は、元来から厚顔無恥で恩知らずの人間だ。若き日の鬱病患者自身が、当時は珍しいほど女子教育にも熱心な父親を持ったお陰で、挫折感を味わいながらも無事公務員になれたというのに。鬱病患者自身は、父の日の贈り物で恩返しをした気になってしまい、父親の善行を、自身の子供達にもしてあげよう、などとは思いもしない。
そのくせ鬱病患者自身には都合の良い、既に高校生となっている灯枇の、小学生時代に終わった過去の発言だけはしっかりと覚えていて、図書館司書になれば良いなどと抜かすのだ。まず初めに書いておくと、図書館司書という仕事に関しては、どうしてもなりたい人間だけがなれば良い。
しかしケーキを食べたいだけで、安直にケーキ屋になるのは間違っているように、ただの読書好きが図書館司書になろうとするのは禁物だ。まず図書館司書という仕事は、正規雇用と非正規雇用が存在する。正規雇用の募集は少ないので当然、物凄く倍率が高いが、そもそも図書館司書という仕事は薄給だ。だから非正規雇用なら更に薄給だ。
正規雇用される為には資格必須だが、その図書館司書の資格は、例えば若草学園大学で必要な講義を受けて、試験やレポートを経て必要な単位を取得すれば、誰でも簡単に取れる。しかも、非正規雇用なら資格なんて別に無くても構わないのだから、メインで稼ぐ夫を持つパート主婦基準の給与であり、問題のある親元からの独立なんて夢のまた夢である。
だが問題のある配偶者と結婚してしまった鬱病患者からすれば、家庭内で都合の良い緩衝役をこなしていた灯枇を図書館司書にする事は、その生活費諸々の出費を差し引いても多大なメリットがあったのだろう。でも灯枇はそんな手には乗らない。灯枇には事あるごとに発達障碍疑惑を掛けた鬱病患者であるが、本当におかしいのは、いつ頃からなのかは不明だが、患者本人だったという訳だ。
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