貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(164)

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 エリーザベト殿下が「きゃあああ、マリー様!」と悲鳴を上げた。

 「まさか、毒……!?」

 うん、毒と言ったら毒なんだろうな――言葉の。紅茶を飲んでいて噴いたのはマリーだけだったのが不幸中の幸いだと思う。

 「いえっ、そんな訳ありません大丈夫ですから!」

 カレル様の言葉に、マリーも咳き込みながら違うというように左手を振っている。

 「しかしっ! 子供の頃にアーダム兄上様が毒を盛られた時と状況が酷似しておりますわ、カレル様!」

 「落ち着いて下さい、余程の事が無い限りは我が家の警備――特に屋敷の中は万全を期しています! それに、皆同じティーポットから飲んでいるではありませんか!」

 「あ……それもそうですわね。マリー様、本当に大事ありませんか?」

 エリーザベト殿下とカレル様がそんなやり取りをしている間にも、サリーナ達は即座に動いていた。
 咳き込むマリーの右手にハンカチを握らせ、汚れた場所を布巾で清掃している。僕もハンカチを取り出してマリーのドレスの水分を拭き取るのを手伝った。僕のハンカチを見て、マリーの咳き込みが少し強くなったような気が。あっ、これ禿げたサイモン様の奴だった。

 「ごめんわざとじゃないんだ。大丈夫?」

 「ごほっ、グレイありがと……。リシィ様にもご心配をお掛けしました、私は大丈夫ですわ」

 「それなら、良かったですわ」

 ホッとした様子のエリーザベト殿下。
 傍に居た僕の耳は、「恐るべし天然」という呟きを拾った。うん、全くだ。

 「妹が大変な粗相を……申し訳ありません」

 「大変失礼を致しました。お見苦しい所をお見せしてしまいましたわ」

 トーマス様がアルバート殿下に謝罪し、マリーもそれに続いた。殿下は「仕方ありませんよ、私が彼女の立場でもこうなったでしょうから」と苦笑いを浮かべる。

 「まあ、そう言って頂けて……殿下のお心遣いに感謝致しますわ」

 「いえいえ。面白、いえお会いする度に愉快な貴女に心癒されていますので。ところで、もし誤解が無かったら――貴女は王太子妃の話を受けていましたか?」

 ついでのように問われたアルバート殿下の際どい質問。その場に緊張が走る。
 メテオーラ姫も表情を硬くして殿下を見つめた。

 ――どういうつもりだ? 殿下の狙いは自分の御子と僕達の子供との政略結婚になった筈。メテオーラ姫との婚約が決まり、マリーもとっくに僕の妻だというのにまだ未練があるというのだろうか。

 そう思いながらも、彼女がどう答えるんだろうと少し不安になっていると。

 「いいえ、勿論誤解が無くても初夜の時に聞き耳くらいは立てられてると思いますし。以前お伝えした通り、責任と義務が煩わしいというのもありますから絶っっっ対に受けていませんでしたわね」

 「最低限の義務と責任のみで、貴女の望む生活が保障されたとしても?」

 「王子妃や王妃という立場それ自体と周囲、生活環境がそれを許しませんわよね。そもそもが前提条件から崩れていますわ。何故今更意味のないたらればの話を?」

 「確かに今更ですが。『静かに穏やかにひっそりと安全に生きていきたい』――以前貴女自身が仰っていた理由を思い出したら、どうにも嘘臭く感じ始めてですね。獅子を怯えるウサギが貴女だとは、どうしても思えませんし」

 マリーは「そうですわね……もうグレイは逃げられませんし、今こそ真実を明かすべきなのかも知れませんわ」と居住まいを正した。

 『もうグレイは逃げられませんし』。

 ――えっ、ちょっと待って。どういう事!?

 自分に対する不穏な言葉に僕は狼狽する。銀行や株式の他に、まだ何かあるとでもいうのだろうか?

 「殿下……あの時の言葉を変えて申し上げましょう。私は正直に言って、一生働かず、義務や責務をなるべく負わず、安全な世界で面白楽しく毎日を暮らしたいんですの。
 その日々を送る環境を整える為に、多少働くこともあるかも知れません。けれども、基本働きたくないのです。宜しいですか? 繰り返します、働きたくないのです。働いたら負けだと思っておりますの」

 凛とした態度と表情で言い放つマリー。トーマス様とカレル様が頭を抱えるのを横目に、僕は頭が真っ白になった。

 「マリー、貴女……」

 メテオーラ姫が呆れながらも僕を気遣わし気に見る。
 どんなに格好をつけたところで、言葉の内容で全てがもう台無しだった。

 『ずっと家で穏やかに刺繍などして過ごしながら、子供達と旦那様の帰りを待つ……そんな生活を思い描いているのです』

 かつてマリーが語った言葉が脳裏に木霊する。ああでも、実態は似たようなものなのか。言葉が違うだけでこうも印象が変わるなんて!
 そんな僕の肩に、アルバート殿下の手が労わるようにポンと置かれた。

 「……頑張ってください」

 若干嘲笑気味な言葉に「余計なお世話だよ!」と内心怒鳴る。
 しかしその直後、アルバート殿下も天罰が下る事となる。

 「ところでリシィ様、先程の槍の本数のお話ですが。準備するのは殿方なので、殿方に決めて頂くと宜しいと思いますわ。ちなみに殿下は何本折るおつもりですの?」

「勘弁してください……」
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