貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
622 / 690
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(165)

しおりを挟む
 「話を元に戻すけど、ガリア王太子の件よ!」

 本題を思い出したのだろう、マリーがテーブルに掌を打ち付けた。
 きっと、マリーがメテオーラ姫と友人関係である事にかこつけて、神聖アレマニア帝国のアーダム皇子やイスパーニャ王国の王太子レアンドロがそうだったように。ルイージ王太子もまた、成り上がり伯爵の夫の事など眼中になくマリーに近付こうとしてくるだろう。金鉱山がかかっているなら尚更。
 あわよくばマリーに取り入り、僕に取って代わろうとするかも知れない――いや、待てよ?

 マリーの会いたくない、新年の儀が終わったら屋敷に引き籠ろうかとのぼやきを他所に、僕の脳裏に妙案ともいうべき、ある考えが天啓の如く閃いた。

 「マリー、そう言う訳にはいかないよ。ガリア王国の王族で客人――メテオーラ様のお身内である使者。マリーが無視すれば、『聖女と第一王子妃の仲が悪いのでは』と社交界で噂になるんじゃないかな」

 「あっ……確かにそうよね。新年の儀は明日だっていうのに、一体どうすれば……」

 懊悩し始めるマリー。迷惑をかけて申し訳ないとメテオーラ姫が謝罪している。
 その間にも僕の頭の中では考えが形を成していった。上手く行けば一定の効果が得られそうだけれど、それには――確証を得る為に僕はメテオーラ姫を見る。

 「つかぬ事をお訊ねしますが、ガリアの王太子殿下に婚約者はおられるのでしょうか?」

 「私が去ってから婚約者候補が乱立し、貴族達が争っていると」

 未だ正式な婚約者は決まっていない筈だと言う。

 ――よし、それなら。

 「それが何か?」と首を傾げるメテオーラ姫。僕は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。


***


 昼食が終わり、アルバート殿下達が帰った後――僕は自室で一人、机に向かって手紙をしたためていた。
 マリーが釣って来たパイクカワカマスを使ったクネルつみれ料理は美味しかったなあ。客人殿下達にも好評だったし。

 「ふう、出来た。本当はマリーが書いた方が良かったんだけどな……」

 三通の手紙を書き終えペンを置いた僕の耳に、遠く叫ぶ声が聞こえて来る。

 『見つけたぞ、馬鹿娘ええええ――、今日という今日は許さんぞおおおお――!!』

 『ひいいいい! ダディッ、マリーちゃん明日早起きだから! 新年の儀だからあああああ――!!?』

 「……。仕方ないか……っふ」

 何だかおかしみを覚えて堪え切れず笑ってしまった。
 ……あの通り、僕の奥さんは今日の報告を受けたサイモン様と、随分長い事盛大な追いかけっこをしていてそれどころじゃない。

 インクが乾くと封筒に入れて蝋を垂らし、ダージリン伯爵家の印を捺す。出来上がった三通の手紙を傍に控えていたシャルマンに渡した。

 「はいこれ、緊急の手紙。ピュシス・カヴァルリ子爵夫人、エピテュミア・ディブロマ伯爵夫人、ホルメー・サヴァン伯爵夫人に届けて欲しい。手紙の内容は同じだけど、宛名を間違えないようにくれぐれもお願いするよ」

 「さ、三魔女……!? 分かりました!」

 急いで部屋を出て行くシャルマンの背中を閉じられる扉の先に見送った後、ふと気配を感じて振り向くとカールが立っていた。

 「うわっ……カール! いきなり吃驚するじゃないか!」

 「すみませんー。ただ、御三方の他にムーランス伯爵家やネマランシ伯爵家にも情報を回した方が良いかなと思いましてー」

 僕は首を傾げた。
 ムーランス伯爵家はキャンディ伯爵家とは敵対関係にある貴族。ネマランシ伯爵家も僕にとって因縁のある相手だ。領地で起きた騒動も記憶に新しい。

 「しかし何故?」

 「、ですよー」

 カールに言われ、僕は思考を巡らせる。ああ、成程――欲をかいて失態を犯せば儲けものだ、という事か。

 「利用すると同時に弱みを握れそうかなって思いましてー」

 確かに二家には年頃の令嬢が居るし、使えそうではある。ただ、念の為サイモン様に了解を得ていた方が良いだろう。
 僕の向ける眼差しに、「了解ですー」と目を細めるカール。

 「それじゃ、マリー様も先輩方もいっぱいいっぱいみたいですし、行ってきますねー」

 そう言って手を振りながら普通に部屋の扉から出て行った。

 ……出来れば現れる時もそうして欲しいんだけどな。

 ちなみに、あの後――停戦の使者となったカールと前脚ヨハン後ろ脚シュテファンの必死の嘆願により、サイモン様によるマリーの可愛いお尻への刑執行は猶予された。

 ――大晦日、一年の終わりの日でゆっくり過ごしたかったけれど。最後の最後で色々あったなあ……。

 今年最後の挨拶と口付けを交わし合った後、糸が切れるように眠ったマリー。腕の中にある、彼女の温もり。

 ――渡さない、誰にも。

 僕はそっと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 926

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

初対面の婚約者に『ブス』と言われた令嬢です。

甘寧
恋愛
「お前は抱けるブスだな」 「はぁぁぁぁ!!??」 親の決めた婚約者と初めての顔合わせで第一声で言われた言葉。 そうですかそうですか、私は抱けるブスなんですね…… って!!こんな奴が婚約者なんて冗談じゃない!! お父様!!こいつと結婚しろと言うならば私は家を出ます!! え?結納金貰っちゃった? それじゃあ、仕方ありません。あちらから婚約を破棄したいと言わせましょう。 ※4時間ほどで書き上げたものなので、頭空っぽにして読んでください。

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。