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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(165)
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「話を元に戻すけど、ガリア王太子の件よ!」
本題を思い出したのだろう、マリーがテーブルに掌を打ち付けた。
きっと、マリーがメテオーラ姫と友人関係である事にかこつけて、神聖アレマニア帝国のアーダム皇子やイスパーニャ王国の王太子レアンドロがそうだったように。ルイージ王太子もまた、成り上がり伯爵の夫の事など眼中になくマリーに近付こうとしてくるだろう。金鉱山がかかっているなら尚更。
あわよくばマリーに取り入り、僕に取って代わろうとするかも知れない――いや、待てよ?
マリーの会いたくない、新年の儀が終わったら屋敷に引き籠ろうかとのぼやきを他所に、僕の脳裏に妙案ともいうべき、ある考えが天啓の如く閃いた。
「マリー、そう言う訳にはいかないよ。ガリア王国の王族で客人――メテオーラ様のお身内である使者。マリーが無視すれば、『聖女と第一王子妃の仲が悪いのでは』と社交界で噂になるんじゃないかな」
「あっ……確かにそうよね。新年の儀は明日だっていうのに、一体どうすれば……」
懊悩し始めるマリー。迷惑をかけて申し訳ないとメテオーラ姫が謝罪している。
その間にも僕の頭の中では考えが形を成していった。上手く行けば一定の効果が得られそうだけれど、それには――確証を得る為に僕はメテオーラ姫を見る。
「つかぬ事をお訊ねしますが、ガリアの王太子殿下に婚約者はおられるのでしょうか?」
「私が去ってから婚約者候補が乱立し、貴族達が争っていると」
未だ正式な婚約者は決まっていない筈だと言う。
――よし、それなら。
「それが何か?」と首を傾げるメテオーラ姫。僕は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。
***
昼食が終わり、アルバート殿下達が帰った後――僕は自室で一人、机に向かって手紙を認めていた。
マリーが釣って来たパイクを使ったクネルは美味しかったなあ。客人達にも好評だったし。
「ふう、出来た。本当はマリーが書いた方が良かったんだけどな……」
三通の手紙を書き終えペンを置いた僕の耳に、遠く叫ぶ声が聞こえて来る。
『見つけたぞ、馬鹿娘ええええ――、今日という今日は許さんぞおおおお――!!』
『ひいいいい! 父ッ、マリーちゃん明日早起きだから! 新年の儀だからあああああ――!!?』
「……。仕方ないか……っふ」
何だかおかしみを覚えて堪え切れず笑ってしまった。
……あの通り、僕の奥さんは今日の報告を受けたサイモン様と、随分長い事盛大な追いかけっこをしていてそれどころじゃない。
インクが乾くと封筒に入れて蝋を垂らし、ダージリン伯爵家の印を捺す。出来上がった三通の手紙を傍に控えていたシャルマンに渡した。
「はいこれ、緊急の手紙。ピュシス・カヴァルリ子爵夫人、エピテュミア・ディブロマ伯爵夫人、ホルメー・サヴァン伯爵夫人に届けて欲しい。手紙の内容は同じだけど、宛名を間違えないようにくれぐれもお願いするよ」
「さ、三魔女……!? 分かりました!」
急いで部屋を出て行くシャルマンの背中を閉じられる扉の先に見送った後、ふと気配を感じて振り向くとカールが立っていた。
「うわっ……カール! いきなり吃驚するじゃないか!」
「すみませんー。ただ、御三方の他にムーランス伯爵家やネマランシ伯爵家にも情報を回した方が良いかなと思いましてー」
僕は首を傾げた。
ムーランス伯爵家はキャンディ伯爵家とは敵対関係にある貴族。ネマランシ伯爵家も僕にとって因縁のある相手だ。領地で起きた騒動も記憶に新しい。
「しかし何故?」
「だからこそ、ですよー」
カールに言われ、僕は思考を巡らせる。ああ、成程――欲をかいて失態を犯せば儲けものだ、という事か。
「利用すると同時に弱みを握れそうかなって思いましてー」
確かに二家には年頃の令嬢が居るし、使えそうではある。ただ、念の為サイモン様に了解を得ていた方が良いだろう。
僕の向ける眼差しに、「了解ですー」と目を細めるカール。
「それじゃ、マリー様も先輩方もいっぱいいっぱいみたいですし、行ってきますねー」
そう言って手を振りながら普通に部屋の扉から出て行った。
……出来れば現れる時もそうして欲しいんだけどな。
ちなみに、あの後――停戦の使者となったカールと前脚・後ろ脚の必死の嘆願により、サイモン様によるマリーの可愛いお尻への刑執行は猶予された。
――大晦日、一年の終わりの日でゆっくり過ごしたかったけれど。最後の最後で色々あったなあ……。
今年最後の挨拶と口付けを交わし合った後、糸が切れるように眠ったマリー。腕の中にある、彼女の温もり。
――渡さない、誰にも。
僕はそっと目を閉じた。
本題を思い出したのだろう、マリーがテーブルに掌を打ち付けた。
きっと、マリーがメテオーラ姫と友人関係である事にかこつけて、神聖アレマニア帝国のアーダム皇子やイスパーニャ王国の王太子レアンドロがそうだったように。ルイージ王太子もまた、成り上がり伯爵の夫の事など眼中になくマリーに近付こうとしてくるだろう。金鉱山がかかっているなら尚更。
あわよくばマリーに取り入り、僕に取って代わろうとするかも知れない――いや、待てよ?
マリーの会いたくない、新年の儀が終わったら屋敷に引き籠ろうかとのぼやきを他所に、僕の脳裏に妙案ともいうべき、ある考えが天啓の如く閃いた。
「マリー、そう言う訳にはいかないよ。ガリア王国の王族で客人――メテオーラ様のお身内である使者。マリーが無視すれば、『聖女と第一王子妃の仲が悪いのでは』と社交界で噂になるんじゃないかな」
「あっ……確かにそうよね。新年の儀は明日だっていうのに、一体どうすれば……」
懊悩し始めるマリー。迷惑をかけて申し訳ないとメテオーラ姫が謝罪している。
その間にも僕の頭の中では考えが形を成していった。上手く行けば一定の効果が得られそうだけれど、それには――確証を得る為に僕はメテオーラ姫を見る。
「つかぬ事をお訊ねしますが、ガリアの王太子殿下に婚約者はおられるのでしょうか?」
「私が去ってから婚約者候補が乱立し、貴族達が争っていると」
未だ正式な婚約者は決まっていない筈だと言う。
――よし、それなら。
「それが何か?」と首を傾げるメテオーラ姫。僕は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。
***
昼食が終わり、アルバート殿下達が帰った後――僕は自室で一人、机に向かって手紙を認めていた。
マリーが釣って来たパイクを使ったクネルは美味しかったなあ。客人達にも好評だったし。
「ふう、出来た。本当はマリーが書いた方が良かったんだけどな……」
三通の手紙を書き終えペンを置いた僕の耳に、遠く叫ぶ声が聞こえて来る。
『見つけたぞ、馬鹿娘ええええ――、今日という今日は許さんぞおおおお――!!』
『ひいいいい! 父ッ、マリーちゃん明日早起きだから! 新年の儀だからあああああ――!!?』
「……。仕方ないか……っふ」
何だかおかしみを覚えて堪え切れず笑ってしまった。
……あの通り、僕の奥さんは今日の報告を受けたサイモン様と、随分長い事盛大な追いかけっこをしていてそれどころじゃない。
インクが乾くと封筒に入れて蝋を垂らし、ダージリン伯爵家の印を捺す。出来上がった三通の手紙を傍に控えていたシャルマンに渡した。
「はいこれ、緊急の手紙。ピュシス・カヴァルリ子爵夫人、エピテュミア・ディブロマ伯爵夫人、ホルメー・サヴァン伯爵夫人に届けて欲しい。手紙の内容は同じだけど、宛名を間違えないようにくれぐれもお願いするよ」
「さ、三魔女……!? 分かりました!」
急いで部屋を出て行くシャルマンの背中を閉じられる扉の先に見送った後、ふと気配を感じて振り向くとカールが立っていた。
「うわっ……カール! いきなり吃驚するじゃないか!」
「すみませんー。ただ、御三方の他にムーランス伯爵家やネマランシ伯爵家にも情報を回した方が良いかなと思いましてー」
僕は首を傾げた。
ムーランス伯爵家はキャンディ伯爵家とは敵対関係にある貴族。ネマランシ伯爵家も僕にとって因縁のある相手だ。領地で起きた騒動も記憶に新しい。
「しかし何故?」
「だからこそ、ですよー」
カールに言われ、僕は思考を巡らせる。ああ、成程――欲をかいて失態を犯せば儲けものだ、という事か。
「利用すると同時に弱みを握れそうかなって思いましてー」
確かに二家には年頃の令嬢が居るし、使えそうではある。ただ、念の為サイモン様に了解を得ていた方が良いだろう。
僕の向ける眼差しに、「了解ですー」と目を細めるカール。
「それじゃ、マリー様も先輩方もいっぱいいっぱいみたいですし、行ってきますねー」
そう言って手を振りながら普通に部屋の扉から出て行った。
……出来れば現れる時もそうして欲しいんだけどな。
ちなみに、あの後――停戦の使者となったカールと前脚・後ろ脚の必死の嘆願により、サイモン様によるマリーの可愛いお尻への刑執行は猶予された。
――大晦日、一年の終わりの日でゆっくり過ごしたかったけれど。最後の最後で色々あったなあ……。
今年最後の挨拶と口付けを交わし合った後、糸が切れるように眠ったマリー。腕の中にある、彼女の温もり。
――渡さない、誰にも。
僕はそっと目を閉じた。
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