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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
ヴェスカルの祖父。
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「あの……マリー様」
ロマン・アンシェルトラス語教室での一幕の後。
新年の儀までの束の間の余暇を自室でゴロゴロしながら謳歌しようと思っていたのだが、戻る途中で皇女エリーザベトに出くわし声を掛けられた。
「あら、リシィ様ごきげんよう」
「宜しければ一緒にお茶でも如何でしょう?」
ぎこちなく軽いカーテシーで会釈をされた。何か様子が不自然だ。話したい事でもあるのだろうか、と私は首を傾げる。
「あの、その。出来れば、私の弟ヴェスカルと共に来て下さると……」
もじもじした様子で話す皇女エリーザベト。
「あの子は幼くして出家したので、お話する機会がいままで無かったのです。見かける度、何度か話しかけようとしたのですが。何を話して良いのか分からなくて躊躇していて結局……」
成程、姉弟としての交流を持ちたいけど、今まで機会を逸して来た以上我が家に来てもなかなか話しかけられずにいたのだろう。
であれば、姉弟のみのお茶会で私が立ち会う場が一番良さそうだな。他にも何人か余人を交えてしまうとじっくり話が出来ないだろうから。
だが、その前にヴェスカルの気持ちを確かめてからだ。
「……それでも宜しいかしら?」
「ええ、それで構いません。腹違いとはいえ、折角姉弟が一つ屋根の下にいるのですもの。これまであまり交流が無かった分も、色々とお話したいのですわ」
予定変更した私は一旦エリーザベトと別れ、ヴェスカルの部屋を訪ねた。すると彼も話をしてみたかったと快諾。
私は直ぐにヴェスカルを連れて引き返したのだった。
***
「『ごめんなさい、私が情けない所為で、ずっと話しかけられずにいて……』」
「『いえ、僕の方こそ。ずっと、お話してみたかったんです。その、エリーザベト殿下、と……』」
「『そんな、リシィ姉様とは呼んで下さらないの? 貴方は父を同じくした私の弟だというのに……』」
「『お姉様って呼んでもいいのですか?』」
「『ええ、勿論よヴェスカル。私の弟……』」
馥郁とした紅茶と甘い菓子の香り漂う喫茶室。
私の目の前ではアレマニア語で絆を繋げ温め合う姉弟の姿。実に感動的である。
二人共最初はぎこちなくトラス語で話そうとしていたのだが、私がアレマニア語で構わないと言ったのだ。どうせ精神感応で何を言っているのか理解出来るし。
性格的にはこの二人は似ているのだろう。あの糞ゴリラが変異体なだけで。
お互いのこれまでの人生を語り合う二人はだんだんと打ち解けていった。ほとんど顔を合わせた事が無くとも、血は水よりも濃いというか。
「『皇家の事情や様々な思惑に振り回され、時には親兄弟と争う。そんな嵐に翻弄される小舟のような立場なのは私も貴方も同じね。
でも……アーダム兄上様は兎も角、私は家族の情までは失いたくないと思っているわ』」
エリーザベトの言葉に、頬を染めて嬉しそうにヴェスカルが頷いた時だった。
喫茶室の扉をそっとノックする音。
「ご歓談中失礼致します。アレマニア帝国より、マリー様にお会いしたいと先代ルハウゼン子爵がいらしております」
「ルードお爺様が!?」
ヴェスカルが声を上げて扉の方を振り向く。私とエリーザベトは顔を見合わせた。
「ヴェスカルのお爺様……先代のルハウゼン子爵、ルードヴィッヒ卿ですわね。あまりお会いした記憶がありませんが……」
「丁度すぐにお茶を出せますし、ヴェスカルもここに居ますわ。リシィ様、このままここにお呼びしても構わないかしら?」
「ええ」
しかしそうして呼ばれて来た先代ルハウゼン子爵は、エリーザベトの姿を認めると、一瞬だが表情を硬くした。
私を眼光鋭く見つめ、紳士の礼を取って挨拶をしたのである。
「『ルードお爺様……?』」
先代子爵のただならぬ様子に、ヴェスカルが小さく訝しみの声を上げて私に寄り添いドレスを握り締めた。それが面白くなかったのか、顔こそ取り繕ってはいるが緊迫が高まって行く。
そこへエリーザベトがヴェスカルを守るように前へ出た。何時の間に取り出したのか、パラリと扇を開いている。
「『先代ルハウゼン子爵、貴方の今の態度は聖女様に対し無礼ではありませんか? それに、孫を怯えさせて何とするのです』」
「『これはご無礼を。まさか皇女殿下がこのお屋敷にいらっしゃるとは思いも寄らぬ事でございましたので。
孫を大事に思うが故に、気を張ってしまうのですよ。ここは聖女様のご実家ではございますが、いついかなる危険が潜んでいるかも分かりませぬ故』」
「『……私がヴェスカルを害するとでも思ったのですか』」
「『貴女様はアーダム殿下の妹君であらせられる』」
「『同時にヴェスカルの姉でもありますわ』」
「『はて。私めの大事な大事な娘の忘れ形見は出家者として一度皇家より捨てられたも同然の身であったと認識しておりますが?』」
「『……それはっ、私ではなく父皇陛下がお決めになった事ですわ』」
「『だからご自分は関係ないと?』」
ヒートアップしていく諍い。私はヴェスカルが小さく震えているのに気付いた。今にも泣き出しそうだ。
ロマン・アンシェルトラス語教室での一幕の後。
新年の儀までの束の間の余暇を自室でゴロゴロしながら謳歌しようと思っていたのだが、戻る途中で皇女エリーザベトに出くわし声を掛けられた。
「あら、リシィ様ごきげんよう」
「宜しければ一緒にお茶でも如何でしょう?」
ぎこちなく軽いカーテシーで会釈をされた。何か様子が不自然だ。話したい事でもあるのだろうか、と私は首を傾げる。
「あの、その。出来れば、私の弟ヴェスカルと共に来て下さると……」
もじもじした様子で話す皇女エリーザベト。
「あの子は幼くして出家したので、お話する機会がいままで無かったのです。見かける度、何度か話しかけようとしたのですが。何を話して良いのか分からなくて躊躇していて結局……」
成程、姉弟としての交流を持ちたいけど、今まで機会を逸して来た以上我が家に来てもなかなか話しかけられずにいたのだろう。
であれば、姉弟のみのお茶会で私が立ち会う場が一番良さそうだな。他にも何人か余人を交えてしまうとじっくり話が出来ないだろうから。
だが、その前にヴェスカルの気持ちを確かめてからだ。
「……それでも宜しいかしら?」
「ええ、それで構いません。腹違いとはいえ、折角姉弟が一つ屋根の下にいるのですもの。これまであまり交流が無かった分も、色々とお話したいのですわ」
予定変更した私は一旦エリーザベトと別れ、ヴェスカルの部屋を訪ねた。すると彼も話をしてみたかったと快諾。
私は直ぐにヴェスカルを連れて引き返したのだった。
***
「『ごめんなさい、私が情けない所為で、ずっと話しかけられずにいて……』」
「『いえ、僕の方こそ。ずっと、お話してみたかったんです。その、エリーザベト殿下、と……』」
「『そんな、リシィ姉様とは呼んで下さらないの? 貴方は父を同じくした私の弟だというのに……』」
「『お姉様って呼んでもいいのですか?』」
「『ええ、勿論よヴェスカル。私の弟……』」
馥郁とした紅茶と甘い菓子の香り漂う喫茶室。
私の目の前ではアレマニア語で絆を繋げ温め合う姉弟の姿。実に感動的である。
二人共最初はぎこちなくトラス語で話そうとしていたのだが、私がアレマニア語で構わないと言ったのだ。どうせ精神感応で何を言っているのか理解出来るし。
性格的にはこの二人は似ているのだろう。あの糞ゴリラが変異体なだけで。
お互いのこれまでの人生を語り合う二人はだんだんと打ち解けていった。ほとんど顔を合わせた事が無くとも、血は水よりも濃いというか。
「『皇家の事情や様々な思惑に振り回され、時には親兄弟と争う。そんな嵐に翻弄される小舟のような立場なのは私も貴方も同じね。
でも……アーダム兄上様は兎も角、私は家族の情までは失いたくないと思っているわ』」
エリーザベトの言葉に、頬を染めて嬉しそうにヴェスカルが頷いた時だった。
喫茶室の扉をそっとノックする音。
「ご歓談中失礼致します。アレマニア帝国より、マリー様にお会いしたいと先代ルハウゼン子爵がいらしております」
「ルードお爺様が!?」
ヴェスカルが声を上げて扉の方を振り向く。私とエリーザベトは顔を見合わせた。
「ヴェスカルのお爺様……先代のルハウゼン子爵、ルードヴィッヒ卿ですわね。あまりお会いした記憶がありませんが……」
「丁度すぐにお茶を出せますし、ヴェスカルもここに居ますわ。リシィ様、このままここにお呼びしても構わないかしら?」
「ええ」
しかしそうして呼ばれて来た先代ルハウゼン子爵は、エリーザベトの姿を認めると、一瞬だが表情を硬くした。
私を眼光鋭く見つめ、紳士の礼を取って挨拶をしたのである。
「『ルードお爺様……?』」
先代子爵のただならぬ様子に、ヴェスカルが小さく訝しみの声を上げて私に寄り添いドレスを握り締めた。それが面白くなかったのか、顔こそ取り繕ってはいるが緊迫が高まって行く。
そこへエリーザベトがヴェスカルを守るように前へ出た。何時の間に取り出したのか、パラリと扇を開いている。
「『先代ルハウゼン子爵、貴方の今の態度は聖女様に対し無礼ではありませんか? それに、孫を怯えさせて何とするのです』」
「『これはご無礼を。まさか皇女殿下がこのお屋敷にいらっしゃるとは思いも寄らぬ事でございましたので。
孫を大事に思うが故に、気を張ってしまうのですよ。ここは聖女様のご実家ではございますが、いついかなる危険が潜んでいるかも分かりませぬ故』」
「『……私がヴェスカルを害するとでも思ったのですか』」
「『貴女様はアーダム殿下の妹君であらせられる』」
「『同時にヴェスカルの姉でもありますわ』」
「『はて。私めの大事な大事な娘の忘れ形見は出家者として一度皇家より捨てられたも同然の身であったと認識しておりますが?』」
「『……それはっ、私ではなく父皇陛下がお決めになった事ですわ』」
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