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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

立ち聞き。

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 私はヴェスカルの背中に掌をそっと当てる。はっとしてこちらを振り仰いだ彼に微笑み返すと一つ深呼吸。

 「お二人共、そこまでですわ! ルードヴィッヒ卿、貴方は何をしにいらしたのです。まさかわざわざリシィ様と言い争う為ではないのでしょう?」

 言い合いをする二人を制止にかかった。エリーザベトは直ぐに小さく謝罪した後口を閉じたが、ヴェスカルの祖父は違った。

 「聖女様、これは如何なることでしょうか。エリーザベト皇女殿下はアーダム皇子殿下と同腹の姫君。それが何故我が孫の住まう聖女様のお屋敷に滞在なさっているのか。孫を保護して下さっている聖女様は我が国の事情にもお詳しい筈――納得出来る理由をお聞かせ頂きたい!」

 感情が制御出来ていないように思えるのは、年齢の所為だろうか。
 流石にサリーナが眉間に皺を寄せて口を開こうとしたので、目線でストップ。私は溜息を吐いて、先代ルハウゼン子爵――ルードヴィッヒ卿を見返した。

 「一先ず深呼吸でもして落ち着いて頂けないかしら。説明は勿論致しますわ」

 言って、「どうぞお掛け下さいまし」と喫茶室のソファに促す。ルードヴィッヒ卿は渋々といった態で着席した。


***


 コポコポコポ……。

 ティーカップに注がれていく紅茶。
 湯気と共に、上質の紅茶葉独特の若干甘みを帯びた香しい香気がふわりと部屋に漂った。

 お茶を見るのは初めてなのか、物珍しそうに見つめるルードヴィッヒ卿。一口飲んでみせて、どうぞと薦めると、慎重そうに一口啜って「これが話に聞く、茶葉というものですか……」と呟いた。

 「落ち着かれましたかしら」

 ルードヴィッヒ卿が口を開こうとするも間髪入れず、私は畳み込む。

 「事情をご説明する前に! 先ずは、ヴェスカルを――お孫さんを抱きしめて差し上げて下さいまし! ずっと貴方が来るのを楽しみに待っておりましたのよ?」

 言って、そっとヴェスカルの背を押す。
 ヴェスカルはおずおずとルードヴィッヒ卿に近付いた。

 「『ルードお爺様……僕、お爺様にお会い出来るのを楽しみにしてて……』」

 もじもじするヴェスカル。ルードヴィッヒ卿は顔をくしゃりと歪めて孫を掻き抱く。

 「『ヴェスカル……儂が無力なばかりに。助けてやれず済まなんだ』」

 感情を押し殺すような、微かな震え声。ヴェスカルも涙声で「『いいえ、そんな事……』」と首を横に振りながら抱きしめ返していた。

 ちょっとの間では終わら無さそうだと判断した私はエリーザベトを小声で促すと、離れたソファへと移動する。それに気付いたルードヴィッヒ卿が目礼するのが分かった。そこに敵意のようなものは既にない。


 時間にして、十五分からニ十分程度が過ぎて。

 「先程は失礼を致しました。聖女様……そして皇女殿下にも。私はてっきり……大変申し訳ございませんでした……」

 「いえ、分かって頂けたのなら良いのです」

 「孫を思うお気持ちは分かります。少しでも私の事を信じて頂けたのなら嬉しいですわ」

 私とエリーザベトはルードヴィッヒ卿から謝罪を受けていた。
 ルードヴィッヒ卿の誤解が解けたのは、先程ヴェスカルが「『お爺様! 僕ね、新年に聖女様の専属侍祭に任じられる事になっているんだよ!』」とか「『リシィお姉様は、アーダム皇子殿下とは違います。僕の事を弟だって言って下さったんです。皇家の事情はあっても、家族の情まで失いたくない、と』」とか必死に話していたからだろう。
 私は少し冷めた紅茶で唇を潤した。

 「実は……私は一度、アーダム皇子殿下に攫われた事がありますの。その時は事無きを得ましたが――それでもリシィ様と友人になったのは、彼女が先程ヴェスカルが言った通り信用出来る人柄だからですわ」

 「マリー様……!」

 「それで、彼女が我が家に滞在している理由ですが――」

 感動しているのか喜色を浮かべるエリーザベトを他所に――精神感応である程度の人柄を見込んだ上で信頼を得る為、私はルードヴィッヒ卿に包み隠さず話す事にした。
 皇女エリーザベトにルーシ帝国との縁談が持ち上がっている事。
 アレマニア皇帝はルーシ帝国を恐れており、教皇僭称に付随した国内の混乱に乗じて攻め込まれはしないかと危惧している。その為に皇女エリーザベトを餌にして皇帝選挙が終わるまでの時間稼ぎをしようと目論んでいるのだと。


 「けれどそれは疱瘡という要因があまり考慮されておりませんの」

 私は続けた。最悪の場合どうなるかの未来予想についても話す。神聖アレマニア帝国がやられれば、今度はトラス王国が標的になるのだ。ヴェスカルの身の安全にも関わって来る。
 全てを聞いたルードヴィッヒ卿は「そのような事だったのですか……」と難しい顔をした。

 「私としても身の危険は出来るだけ避けたいのですわ。それに、個人的に友人としてリシィ様をお助けしたい、というのもありますし」

 「それで皇女殿下はトラス王国の貴族文化を学ぶ、という名目で聖女様の兄君のカレル様に嫁ぐ為の花嫁修業をしている。そういう名目で――」

 ルードヴィッヒ卿が言った、その時。
 喫茶室の扉の向こうで誰かが慌てる声がしたかと思うと――続いてパタパタと遠ざかって行く複数人の足音。
 サリーナが「失礼します!」と断って素早く喫茶室の扉を開けると、その向こうにおろおろした様子の侍女の姿が見えた。
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