貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(126)

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 次の日の朝食の席。

 「イブラヒーム陛下、刻印を受けられるのに都合の良い時間を教えて頂きたいのですけれど」

 ラベンダー修道院から来て貰えるように手紙を書くから、と同席している皇帝イブラヒームに切り出すマリー。皇帝が修道院に行ってみたいと言ったので、「ではそのように手配しますわ」と返事をしている。

 「マリー、食事が終わったら話があるんだけど」

 マリーにそう切り出すと、彼女はこちらをぱっと振り向く。

 「そうだわ、私もグレイに伝えておかなきゃいけない事があったの。実は夕べヤンからの手紙を受け取っていて――」

 トラス語を教える教師を連れて来るから面接をすることになったという。それならその後で話をしよう、ということに。どうせ商会に連絡をしなければいけないことだし、ヤンに手紙を託すことにしよう。

 そう思いながら喫茶室でヤン達を待っていたのだけれど。

 「遅いわねぇ……」

 「僕、手洗いに行きたいしちょっと様子を見てこようかな」

 「分かったわ」

 手洗いを済ませ、屋敷の玄関が見える窓から覗くとまだ誰も来ていないようだった。僕の話を先に済ませようかな、等と考えながら戻っている時、それは不意に響いて来た。

 ――きゃあああああ!

 「……悲鳴?」

 ――うわっ、何だお前は! 怪しい奴!

 ――取り押さえろ!

 ――うわああ、すみませんすみません! だからそんな格好はどうかと言ったんだ!

 「……今の、ヤンの声のような」

 「僕もそんな風に聞こえましたねー。待望の語学教師が来たんだとは思うんですけどー」

 何か様子がおかしい。

 僕とカール、ナーテは三人で顔を見合わせる。考えていることは同じだろう。

 「私、ちょっと見て参りますわ!」

 侍女ナーテが駆け出して行き、僕達はとりあえず喫茶室へと戻る。
 マリーに客人が来たみたいだよ、と話して四半刻程経過した頃――喫茶室の扉がやっとノックされた。



 「ハム・ジャンボ!」

 疲れたような表情のナーテと青褪めて謝罪の言葉を繰り返すヤン。
 庶民用のドレスを身に纏った黒い肌の女性はナトゥラ大陸人だろう。語学教師なのはその隣に立っている男性? だと思うんだけれど――悪夢に見そうな不気味な仮面をして頭には鳥の羽飾りという極めて蛮ぞ……いや個性的な出で立ち。

 ――どえらいのが来た。

 最初に僕が思ったのがそれだった。まさか、イエイツ以上の変人がこの世に居たなんて。

 ロマン・アンシェルと名乗った語学教師が言うには、あの呪われそうな悪夢の仮面はマリーへのお土産だという。それしか差し出せるようなものがないからと。
 僕は必死に反対だということを身振りで示したのだけれど、マリーは何とそれを受け取ってしまった。

 『グレイ。彼は差別をしない貴重な人材よ。教師を引き受けて貰うのだし、関係は良好にしておきたい――それに何であれ、折角持って来てくれた心の籠った贈り物を断るのは、人としてどうかと思うわ』

 そんな彼女のド正論が脳裏に木霊する。

 それはそうだけどさ!
 その仮面の場合、籠っているのは心なんて生易しいものじゃなさそうなんだけど!

 絶対に部屋に置きたくない! と心の中で叫ぶ僕。普段は封印しておくから大丈夫よと言ったって、サリーナだって嫌がっているじゃないか!
 何に使うのかと訊くと、色々とね……と誤魔化された。
 でも僕には分かる。その表情を見る限り、絶対碌でもない目的に使う気だよね!


***


 衝撃の面接が終わり、ヤンにロラン達を送ったらまたキャンディ伯爵家に戻るように言った後。
 ひとまず僕は紅茶の香りで精神的疲労感を癒す。

 「そう言えば、話があるって言ってたわよね」

 言いながら、ティーカップを置いたマリーがこちらに体を向ける。僕は深呼吸を一つして切り出した。

 「話は二つあるんだ。一つ目は夕べ、義父様とアールと僕で話し合ったんだけれど。イドゥリース達の婚約式の事、義父様はアヤスラニ帝国皇帝を納得させるだけの催しにしたいと仰っていて、それにはマリーの協力も不可欠なんだ」

 「成程、実はある程度考えているの。幾つかは私達の結婚式でやったことをもう一度やれば良いわ。鳥達が踊ったり贈り物を落としたりするのは皇帝達は見たことがないだろうし。そういうのは私に任せておいて。
 そうね……後はアヤスラニ帝国風の音楽かしら? 確か、天才音楽少年はまだ王宮に居るわよね」

 「うん。あちこちの貴族から引っ張りだこになってるって聞いてる。でも、幾ら天才だからと言って彼に即興で作曲を頼むのは……」

 「違うわよ。前世にアヤスラニ帝国と似た国があったから、それをイメージした曲を弾いて貰おうって事。楽譜は起こせるから、彼に演奏して貰えば良いわ」

 他は聖女劇の時の劇団に、アヤスラニ帝国とトラス王国の衣装を着て貰って仲良く踊って貰う、とかかしら。アヤスラニ風のドレスは流行してたしね。

 それでトラス王国・アヤスラニ帝国両国人の友好と婚約を祝福する演出になる、とマリーは言う。
 良い考えだ。衣装も用意できるだろうし。
 後は――

 「料理はどうする?」

 「そうねぇ……アヤスラニ帝国人にも楽しんで貰えるようにしましょうか。さっき言った前世の似た国のレシピを書き出すから、それで。トマト、クミン、タイムにオレガノ……基本手に入る調味料で作れるから安心して」

 それなら安心だ。
 そんな会話を交わしながらマリーの提案を書き出していく内、婚約式の内容がだんだん形になってきたと思う。
 僕が準備するものも決まりそうだ。
 皇帝の度肝を抜く為にサイモン様が考えていることを伝えると、マリーは「本当!? 楽しみだわ!」と嬉しそうにしている。
 粗方纏まったところでヤンが帰って来たので、物資や手配する事を記した書付をジャン・バティストに渡すようにとことづけた。
 後はサイモン様に報告して……。
 相談した内容の紙を畳んで懐に入れていると、マリーが小首を傾げる。

 「そう言えばグレイ、もう一つの話って何かしら?」

 「ああ、その事……」

 僕は念のために人払いをお願いした。そうしてカレドニア王の印章付き指輪をマリーに見せる。

 「どうしたの、その歴史ありそうな指輪」

 「……実はこれ。キーマン商会、つまり父方から伝わった指輪なんだけれど――歴史の中で失われたカレドニア王の証の指輪だと騎士ドナルドに言われたんだ」

 その相談なんだけど、と言うと。

 「は?」

 マリーは口をぽかんと開けて間抜けな顔をする。
 淑女らしからぬ彼女の驚愕の叫び声が上がるのは――たっぷり呆けたその数十秒後。
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