上 下
543 / 671
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(125)

しおりを挟む
 アヤスラニ帝国から、マリーへの誕生日の贈り物として膨大な量の金銀財宝や高価な品々がラクダシャムゥと共に届けられた。
 目録が読み上げられた時も思ったけれど、聖女であったとしても少しやり過ぎではないかと思うぐらいの品々だ。
 サイモン様を始め、ご家族全員が感嘆の溜息を吐いてそれらを見つめている。特使達は得意そうな表情をしていた。

 しかしマリーはそうした品々よりも、ラクダ達を嬉しそうに見詰めている。
 特使がそれに気付いて不思議そうにその理由を問うと、彼女はそっと人差し指を口に当てて「あのラクダ達も勿論下さるのよね?」と強請った。戸惑いを見せながらも了承する特使に、僕は彼女が動物好きであることを伝える。
 肝心の贈り物ではなく、それを運んで来たラクダを喜んでいるマリーに、釈然としない様子の特使。
 マリーはにこにこしながら特使を見つめている。特使もそれに気付いてマリーと視線を合わせた――そのまま無言で見つめ合っているので、何やら秘密の会話を聖女の能力でしているようだと気付く。

 不意に特使がラクダ使いを世話すること、シュパット――これはラクダの乳で作られた酒だ――について口にしたので、マリーがきっとラクダについての何かを伝えたののだろうと見当をつける。
 サイモン様やカレル様の視線を受けて僕が代表して彼女を問い質すと、とてもいい話だから落ち着いて話せるように場所を変えようと言った。

 その時丁度キャンディ伯爵家の従僕がアールとアナベラ様が帰宅したことを告げに来て、丁度夕食の支度も出来ただろうと僕達は食堂へと移動する事に。
 兄夫婦に旅から帰った挨拶をして席に着き、そのまま特使を交えての晩餐となった。

 マリーがサイモン様にこれは重要な話だからと人払いを頼んだ。曰く、ラクダの乳には病に打ち勝てるように体を強くする効果があり、それで作ったお酒を薬として売りたいとのことだった。
 成程、それでラクダを嬉しそうに見ていて欲しがったのかと納得する。そんな効能があることは知らなかったけれど。
 カレル様に飲んだ事があるのかと訊かれたので頷く。塩気があって、甘くなくあまり美味しいものじゃなかった。
 バンカムに入れて砂糖を混ぜれば多少は飲めない事も無いけど……僕はやはり慣れ親しんだ牛の乳の方が好きだなぁ。
 同じく飲んだ事があるアールも味を思い出したのか顔を顰めている。

 そこまでは良かったのだけれど。



 マリーの話に、サイモン様がラクダの乳の有用性は分かったけれど人払いしてまでのことなのかと問いかけた。
 すると、マリーは特使を見る。
 特使は、頷いてイドゥリースにちらりと視線を投げかけると、アヤスラニ語で通訳をと言って立ち上がった。

 そして明かされた特使の本当の身分は――何と、アヤスラニ帝国皇帝イブラヒーム!
 只者ではないと思っていたけれど、まさか皇帝その人だったとは。

 僕はすっかり度肝を抜かれてしまっていた。


***


 「我が家は試されているのだろうな。短期間でどれ程の婚約式が出来るのかを」

 晩餐が終わって諸々を話し合ったり、「『何で教えてくれなかったんだよ!』」とイドゥリースやスレイマンに問い詰めて謝られたりしたその日の晩。僕は兄のアールと共にサイモン様に呼び出され、執務室に立っていた。
 勿論今後の事を話し合う為だ。

 特使の本当の身分が明かされた後は正に怒涛のようだった。
 皇帝イブラヒームが息子であるイドゥリースとメリー様の婚約をサイモン様に申し込んだのだ。

 サイモン様が精神の限界を超えたのか中座して食堂を出、叫ぶ一幕や(中座の直前でマリーを睨みつけていたから彼女に何か言ったのかと問いただすと、精神感応で縁談に関わる利益等を言っただけだと言い張っていた)、その叫びを聞きつけた皇帝の配下達が隣のサロンから殺気だって食堂に押し入ろうとして隠密騎士達と揉める一幕があったりした後――結局イドゥリースとメリー様の懇願に負ける形でサイモン様は婚約の承諾をすることに。

 皇帝イブラヒームはそれを喜び、イドゥリースの財産は帝国側で保障するから、メリー様の身分に見合うようトラス王国での身分を用意して欲しいとサイモン様に要請する。
 多分先刻のマリーへの贈り物は、帝国の財力を誇示することでイドゥリースに与えられるものを知らしめる為でもあったのだろう。

 だからこそ今、サイモン様は頭を抱えている。
 あれだけの財力、大国の皇帝を満足させるだけの婚約式が出来るのか悩まれているのだ。

 「キーマン商会を挙げて婚約式の準備をお手伝いさせて頂きます」

 「婚約式の際に着用するようにと、アヤスラニ帝国の正装を皇帝陛下が準備されているそうです。こちら側はトラス王国の正装を用意せねばなりません。宝飾品は最高のものをご用意しましょう」

 仕入れや調達は僕達兄弟の十八番、出来る限り全力で協力するつもりだ。キーマン商会の底力も問われている。
 僕達の言葉にサイモン様は張り詰めていたものが多少抜けたのか、肩を落として息を吐いた。

 「二人共、感謝する。豪華にする以上に王国中、いや世界中から耳目を引くような華々しい婚約式にせねばならない――元凶の一人でもある馬鹿娘にも協力させるとして。少し早いがを出すしかあるまい」

 「……?」

 「ああ、とりあえず形にはなったと報告があってな、既に屋敷に運び込まれてある。部品をもう少し調達して――突貫工事だな。はぁ……もっと確実性が欲しかったんだがな」

 サイモン様はそう言って、顔を上げると窓の外を見つめる。
 その先には、建設中のダージリン伯爵邸へと敷かれた道があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。