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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(125)
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アヤスラニ帝国から、マリーへの誕生日の贈り物として膨大な量の金銀財宝や高価な品々がラクダと共に届けられた。
目録が読み上げられた時も思ったけれど、聖女であったとしても少しやり過ぎではないかと思うぐらいの品々だ。
サイモン様を始め、ご家族全員が感嘆の溜息を吐いてそれらを見つめている。特使達は得意そうな表情をしていた。
しかしマリーはそうした品々よりも、ラクダ達を嬉しそうに見詰めている。
特使がそれに気付いて不思議そうにその理由を問うと、彼女はそっと人差し指を口に当てて「あのラクダ達も勿論下さるのよね?」と強請った。戸惑いを見せながらも了承する特使に、僕は彼女が動物好きであることを伝える。
肝心の贈り物ではなく、それを運んで来たラクダを喜んでいるマリーに、釈然としない様子の特使。
マリーはにこにこしながら特使を見つめている。特使もそれに気付いてマリーと視線を合わせた――そのまま無言で見つめ合っているので、何やら秘密の会話を聖女の能力でしているようだと気付く。
不意に特使がラクダ使いを世話すること、シュパット――これはラクダの乳で作られた酒だ――について口にしたので、マリーがきっとラクダについての何かを伝えたののだろうと見当をつける。
サイモン様やカレル様の視線を受けて僕が代表して彼女を問い質すと、とてもいい話だから落ち着いて話せるように場所を変えようと言った。
その時丁度キャンディ伯爵家の従僕がアールとアナベラ様が帰宅したことを告げに来て、丁度夕食の支度も出来ただろうと僕達は食堂へと移動する事に。
兄夫婦に旅から帰った挨拶をして席に着き、そのまま特使を交えての晩餐となった。
マリーがサイモン様にこれは重要な話だからと人払いを頼んだ。曰く、ラクダの乳には病に打ち勝てるように体を強くする効果があり、それで作ったお酒を薬として売りたいとのことだった。
成程、それでラクダを嬉しそうに見ていて欲しがったのかと納得する。そんな効能があることは知らなかったけれど。
カレル様に飲んだ事があるのかと訊かれたので頷く。塩気があって、甘くなくあまり美味しいものじゃなかった。
バンカムに入れて砂糖を混ぜれば多少は飲めない事も無いけど……僕はやはり慣れ親しんだ牛の乳の方が好きだなぁ。
同じく飲んだ事があるアールも味を思い出したのか顔を顰めている。
そこまでは良かったのだけれど。
マリーの話に、サイモン様がラクダの乳の有用性は分かったけれど人払いしてまでのことなのかと問いかけた。
すると、マリーは特使を見る。
特使は、頷いてイドゥリースにちらりと視線を投げかけると、アヤスラニ語で通訳をと言って立ち上がった。
そして明かされた特使の本当の身分は――何と、アヤスラニ帝国皇帝イブラヒーム!
只者ではないと思っていたけれど、まさか皇帝その人だったとは。
僕はすっかり度肝を抜かれてしまっていた。
***
「我が家は試されているのだろうな。短期間でどれ程の婚約式が出来るのかを」
晩餐が終わって諸々を話し合ったり、「『何で教えてくれなかったんだよ!』」とイドゥリースやスレイマンに問い詰めて謝られたりしたその日の晩。僕は兄のアールと共にサイモン様に呼び出され、執務室に立っていた。
勿論今後の事を話し合う為だ。
特使の本当の身分が明かされた後は正に怒涛のようだった。
皇帝イブラヒームが息子であるイドゥリースとメリー様の婚約をサイモン様に申し込んだのだ。
サイモン様が精神の限界を超えたのか中座して食堂を出、叫ぶ一幕や(中座の直前でマリーを睨みつけていたから彼女に何か言ったのかと問いただすと、精神感応で縁談に関わる利益等を言っただけだと言い張っていた)、その叫びを聞きつけた皇帝の配下達が隣のサロンから殺気だって食堂に押し入ろうとして隠密騎士達と揉める一幕があったりした後――結局イドゥリースとメリー様の懇願に負ける形でサイモン様は婚約の承諾をすることに。
皇帝イブラヒームはそれを喜び、イドゥリースの財産は帝国側で保障するから、メリー様の身分に見合うようトラス王国での身分を用意して欲しいとサイモン様に要請する。
多分先刻のマリーへの贈り物は、帝国の財力を誇示することでイドゥリースに与えられるものを知らしめる為でもあったのだろう。
だからこそ今、サイモン様は頭を抱えている。
あれだけの財力、大国の皇帝を満足させるだけの婚約式が出来るのか悩まれているのだ。
「キーマン商会を挙げて婚約式の準備をお手伝いさせて頂きます」
「婚約式の際に着用するようにと、アヤスラニ帝国の正装を皇帝陛下が準備されているそうです。こちら側はトラス王国の正装を用意せねばなりません。宝飾品は最高のものをご用意しましょう」
仕入れや調達は僕達兄弟の十八番、出来る限り全力で協力するつもりだ。キーマン商会の底力も問われている。
僕達の言葉にサイモン様は張り詰めていたものが多少抜けたのか、肩を落として息を吐いた。
「二人共、感謝する。豪華にする以上に王国中、いや世界中から耳目を引くような華々しい婚約式にせねばならない――元凶の一人でもある馬鹿娘にも協力させるとして。少し早いがあれを出すしかあるまい」
「あれ……?」
「ああ、とりあえず形にはなったと報告があってな、既に屋敷に運び込まれてある。部品をもう少し調達して――突貫工事だな。はぁ……もっと確実性が欲しかったんだがな」
サイモン様はそう言って、顔を上げると窓の外を見つめる。
その先には、建設中のダージリン伯爵邸へと敷かれた道があった。
目録が読み上げられた時も思ったけれど、聖女であったとしても少しやり過ぎではないかと思うぐらいの品々だ。
サイモン様を始め、ご家族全員が感嘆の溜息を吐いてそれらを見つめている。特使達は得意そうな表情をしていた。
しかしマリーはそうした品々よりも、ラクダ達を嬉しそうに見詰めている。
特使がそれに気付いて不思議そうにその理由を問うと、彼女はそっと人差し指を口に当てて「あのラクダ達も勿論下さるのよね?」と強請った。戸惑いを見せながらも了承する特使に、僕は彼女が動物好きであることを伝える。
肝心の贈り物ではなく、それを運んで来たラクダを喜んでいるマリーに、釈然としない様子の特使。
マリーはにこにこしながら特使を見つめている。特使もそれに気付いてマリーと視線を合わせた――そのまま無言で見つめ合っているので、何やら秘密の会話を聖女の能力でしているようだと気付く。
不意に特使がラクダ使いを世話すること、シュパット――これはラクダの乳で作られた酒だ――について口にしたので、マリーがきっとラクダについての何かを伝えたののだろうと見当をつける。
サイモン様やカレル様の視線を受けて僕が代表して彼女を問い質すと、とてもいい話だから落ち着いて話せるように場所を変えようと言った。
その時丁度キャンディ伯爵家の従僕がアールとアナベラ様が帰宅したことを告げに来て、丁度夕食の支度も出来ただろうと僕達は食堂へと移動する事に。
兄夫婦に旅から帰った挨拶をして席に着き、そのまま特使を交えての晩餐となった。
マリーがサイモン様にこれは重要な話だからと人払いを頼んだ。曰く、ラクダの乳には病に打ち勝てるように体を強くする効果があり、それで作ったお酒を薬として売りたいとのことだった。
成程、それでラクダを嬉しそうに見ていて欲しがったのかと納得する。そんな効能があることは知らなかったけれど。
カレル様に飲んだ事があるのかと訊かれたので頷く。塩気があって、甘くなくあまり美味しいものじゃなかった。
バンカムに入れて砂糖を混ぜれば多少は飲めない事も無いけど……僕はやはり慣れ親しんだ牛の乳の方が好きだなぁ。
同じく飲んだ事があるアールも味を思い出したのか顔を顰めている。
そこまでは良かったのだけれど。
マリーの話に、サイモン様がラクダの乳の有用性は分かったけれど人払いしてまでのことなのかと問いかけた。
すると、マリーは特使を見る。
特使は、頷いてイドゥリースにちらりと視線を投げかけると、アヤスラニ語で通訳をと言って立ち上がった。
そして明かされた特使の本当の身分は――何と、アヤスラニ帝国皇帝イブラヒーム!
只者ではないと思っていたけれど、まさか皇帝その人だったとは。
僕はすっかり度肝を抜かれてしまっていた。
***
「我が家は試されているのだろうな。短期間でどれ程の婚約式が出来るのかを」
晩餐が終わって諸々を話し合ったり、「『何で教えてくれなかったんだよ!』」とイドゥリースやスレイマンに問い詰めて謝られたりしたその日の晩。僕は兄のアールと共にサイモン様に呼び出され、執務室に立っていた。
勿論今後の事を話し合う為だ。
特使の本当の身分が明かされた後は正に怒涛のようだった。
皇帝イブラヒームが息子であるイドゥリースとメリー様の婚約をサイモン様に申し込んだのだ。
サイモン様が精神の限界を超えたのか中座して食堂を出、叫ぶ一幕や(中座の直前でマリーを睨みつけていたから彼女に何か言ったのかと問いただすと、精神感応で縁談に関わる利益等を言っただけだと言い張っていた)、その叫びを聞きつけた皇帝の配下達が隣のサロンから殺気だって食堂に押し入ろうとして隠密騎士達と揉める一幕があったりした後――結局イドゥリースとメリー様の懇願に負ける形でサイモン様は婚約の承諾をすることに。
皇帝イブラヒームはそれを喜び、イドゥリースの財産は帝国側で保障するから、メリー様の身分に見合うようトラス王国での身分を用意して欲しいとサイモン様に要請する。
多分先刻のマリーへの贈り物は、帝国の財力を誇示することでイドゥリースに与えられるものを知らしめる為でもあったのだろう。
だからこそ今、サイモン様は頭を抱えている。
あれだけの財力、大国の皇帝を満足させるだけの婚約式が出来るのか悩まれているのだ。
「キーマン商会を挙げて婚約式の準備をお手伝いさせて頂きます」
「婚約式の際に着用するようにと、アヤスラニ帝国の正装を皇帝陛下が準備されているそうです。こちら側はトラス王国の正装を用意せねばなりません。宝飾品は最高のものをご用意しましょう」
仕入れや調達は僕達兄弟の十八番、出来る限り全力で協力するつもりだ。キーマン商会の底力も問われている。
僕達の言葉にサイモン様は張り詰めていたものが多少抜けたのか、肩を落として息を吐いた。
「二人共、感謝する。豪華にする以上に王国中、いや世界中から耳目を引くような華々しい婚約式にせねばならない――元凶の一人でもある馬鹿娘にも協力させるとして。少し早いがあれを出すしかあるまい」
「あれ……?」
「ああ、とりあえず形にはなったと報告があってな、既に屋敷に運び込まれてある。部品をもう少し調達して――突貫工事だな。はぁ……もっと確実性が欲しかったんだがな」
サイモン様はそう言って、顔を上げると窓の外を見つめる。
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