貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(103)

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 レアンドロ王子はあの茶会の日から何かと理由を付けて屋敷に来るようになったのだけれど。
 マリーは歓迎する素振りを見せつつ、功績の為と称して次々と要求を繰り出し始めた。
 つい先日、

 「レアンドロ殿下、先の地揺れと大波で被害を被った地域で、生き残った人々が懸命に綿花を栽培しておりますの。それで作った綿布をどうか買って頂けないでしょうか」

 人道を盾に迫った売買契約も、砂糖と同じような条件で見事に取引が成立。
 そして、今日もまた僕の目の前では――

 「レアンドロ殿下、その……新大陸の人々なのですが、もう少し待遇を良くして優しくして差し上げることは出来ませんか?」

 と心優しき聖女として憂い顔を作るマリー。

 「聖女様、お待ち下さい!」

 レアンドロ王子が何か言う前に、「流石に新大陸での話は内政干渉になります!」とホセ子爵が口出しをした。

 「いいえ、いいえ。新大陸で虐げられる人々に、太陽神は眉を顰めておられます!」

 マリーが叫ぶように言った瞬間、目の前に幻影が現れた。
 恐らく銀の採掘場か何かだろう。
 新大陸の、肌の浅黒い人々がみすぼらしい恰好で、エスパーニャ人達に鞭打たれこき使われている光景だった。
 丁度逃げだそうとした一人が、銃で背後から撃たれて倒れる。

 僕は知らず、口元を抑える。
 これは……ここまで酷いとは思わなかった。

 「……こ、これは」

 「エスパーニャの民……新大陸の風景なのですか!」

 聖女の起こす奇跡を初めて体感した衝撃に、レアンドロ王子とホセ子爵はマリーに驚愕の目を向ける。

 「ええ。今現在の新大陸の光景ですわ。新大陸の民の何と憐れなことでしょう!
 聖女としてはっきり言っておきます。世界中、全ての民が太陽神の民なのです。エスパーニャ王国の民と分け隔てせず、ちゃんと金銭で雇って無理のない労働、まともな生活が出来るようにしてやって下さいませんか?」

 それが出来なくば、殿下はいかな功績を立てようと徒労になるでしょう。神の目を誤魔化そうとしても無駄ですので、誤魔化しは利きませんわ。

 そう言って涙ぐみながらじっと見つめるマリーに、レアンドロ王子達はただただ頷くことしか出来ないでいる。

 「わ、分かりました、必ずや!」

 「これが神の奇跡……恐らく他の者に話したところで信じてはもらえないでしょう」

 呆けたようなホセ子爵。
 神の奇跡の体験は、思ったより大きな衝撃を彼らに与えたらしい。
 それからが凄かった。

 「レアンドロ殿下。砂糖の買い取りをする上で、私の義兄のやっている銀行を置かせて頂きたいのですが、宜しいかしら? 銀行券というものを取り扱っておりますの。それがあれば、砂糖の取引だけでは無く商業も活発化しますし、何かと便利ですわ。殿下の肝入りとなれば、名声も高まることでしょう」

 「勿論ですとも。貴女がそう望まれるなら」

 もはやマリーを聖女と信じて疑わなくなった二人は彼女の言いなりである。

 「うふふ♪ 『美女・連環の計』は順調だわ」

 ね、グレイ? と微笑むマリー。

 『美女・連環の計』。
 マリー曰く、美女を使って強大な相手を誑し込み、更に様々な策を組み合わせて使うことで雁字搦めにし、弱体化させるものなのだそう。
 確かに正に今回の状況をぴったりではある。

 でも……大丈夫だろうか。
 相手が騙された、と気付いた時が怖いんだけど。


***


 「そろそろ仕上げね、金の生る木も布絵本も」

 テーブルの上に色とりどりの布、ボタンが散乱している。
 布絵本はどんなものか、僕も少し見せて貰ったけれど――ボタンの着け外しや紐結び等、ちょっとした仕掛けが施されていて、実に楽しい絵本が出来上がっていた。小さな子供の教育に実に役に立ちそうだ。
 侍女達と集まって布絵本を作るべく針を動かしているマリーは、そろそろ切り上げてカレドニア女王リュサイ達と話をしたいと言う。

 「だったら僕が呼んでくるよ」

 使いを買って出た僕は、女王に宛がわれた客室へ。
 しかし女王は不在だった。たまたま廊下に居た従僕を捕まえて訊ねると、ドナルド達高地の騎士が腕が鈍るとカレル様の訓練相手を願い出たそうで、女王リュサイもそれに付き添っているという。

 「中庭に居られるかと」

 「分かった、ありがとう」

 向かった先、中庭ではトーマス様、カレル様、高地の騎士達が練習用の剣で訓練に励んでいた。
 僕の姿に気が付いたトーマス様が剣を止めた。他に皆もそれに倣う。

 「どうした、珍しいな」

 「訓練のお邪魔をして済みません。リュサイ女王陛下とお茶会を、と妻が」

 僕が詫びると、カレル様が「丁度良いから休憩にしよう」と言う。
 従僕から布を受け取ると、汗を拭く男達――

 「リュサイ様!?」

 僕はぎょっとして声を上げた。
 何と、女王リュサイは侍女の真似事宜しく飲み物を配っていたからである。

 「グレイ様、お気になさらず。カレドニア王国でこそ女王などと大層な身分ですが、この国ではラブリアン辺境伯令嬢に過ぎませんもの」

 「そうそう、同じ『辺境伯』という共通点で仲良くなったんですのよね」

 フォション辺境伯家出のキャロライン様と「ねー」と微笑み合っている。
 思わず騎士ドナルドの方を見ると、彼は肩を竦めた。
 成程、一応意見はしたけれど、良いのよと押し通されたに違いない。

 「申し訳ありませんが、このような服装ですので着替えてからお伺いします、とマリー様にお伝え下さいまし」

 「分かりました」

 そう返事をした僕は、じわじわ迫りくるものを感じていた。
 トーマス様にキャロライン様が寄り添う一方で、女王はカレル様のことをかいがいしく世話をしている。
 まるで、自然な夫婦のようで――注意深く見ると、その目、その表情がカレル様に惹かれていると物語っていた。

 このことを、騎士ドナルドはどう思っているのだろうか――そう思って彼に手招きをして中庭の隅にあるベンチに座る。
 お呼びですか、とやってきた騎士ドナルドに、どう思うか訊ねてみた。

 「……陛下は、女王としての責務は承知している、と。一時の夢を見させて欲しいと仰せになったので今は黙認しているのです」

 「そうですか……」

 「ただ、あのような幸せそうな顔を見ると。時折、何とかして差し上げることは出来ないか、と思う自分が居ます。普通の貴族女性としての幸せがあっても良いのではないか、と」

 「カレドニア王国の統治はどうするんですか?」

 「……」

 騎士ドナルドは黙ったまま困ったように微笑んだ。
 答えが出ない、それが今の答えなのだろう。
 僕はそれ以上何も聞かず、「では、僕はこれで……」と立ち上がった。
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