貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
498 / 689
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(104)

しおりを挟む
 「お待たせ致しましたわ、マリー様。私にお話があるとか……?」

 一刻程後、女王リュサイは騎士ドナルドを伴って喫茶室に姿を現した。
 マリーは彼女達を迎え入れ、「どうぞお掛けになって下さいまし」と席を勧める。
 では……とソファーに腰掛けた女王リュサイ。騎士ドナルドがその背後に控えた。
 香り高いお茶が振る舞われた後、マリーが本題を切り出す。

 「実は、リュシー様に提案がありますの。エスパーニャ王国とカレドニア王国の同盟を結ばれては、と」

 「エスパーニャ王国と?」

 「ええ。エスパーニャ王国の交易船は度々海賊に襲われています。アルビオン王国が海賊を雇ってそうさせているのですわ」

 聖女としての能力で確かめたので間違いはありません、とマリー。
 それまで黙っていた騎士ドナルドが発言を求める。

 「エスパーニャ王国と我がカレドニア王国とで挟み撃ちに、ということでしょうか」

 「話が早くて助かりますわ。幸い、レアンドロ殿下がこちらにいらっしゃっておりますし。私が仲介すれば、同盟は成ると思うんですの」

 自信たっぷりの発言に、女王リュサイと騎士ドナルドは顔を見合わせる。

 「エスパーニャ王国との同盟は、申し入れてもなかなか受け入れて貰えないと叔父様が仰られていました。マリー様が仲介して下さるのは嬉しいことですわ」

 「有難いお話ですが、エスパーニャ王国は受けるでしょうか? 幾ら何でも、同盟という国家間のこと、レアンドロ殿下は聖女様の言われるとおりに動いて下さるのでしょうか?」

 ――凄く有難いけれど大丈夫だろうか。

 そんな期待と不安が綯交ないまぜになったような二人。
 マリーは目を細めると、扇をパラリと開いた。

 「ああ、それは大丈夫ですわ。レアンドロ殿下は信仰篤く、賢い方。共通の敵を持つ両国の同盟の意義を分かって下さると思いますわ。私が場を設けて立ち合い、殿下にそれをお伝えするつもりですの」

 レアンドロ王子が訪れたのは、その次の日のことだった。


***


 ホセ子爵を伴って現れたレアンドロ王子。
 マリーは女王リュサイ達を交え、喫茶室でお茶会を開く。
 簡単な挨拶を交わした後、「リシィ様は御一緒ではないのですか?」と訊ねた女王に、レアンドロ王子は「彼女はつい最近祖国から使いの者がやってきたそうですが――その後は何故か姿を見ていませんね」と首を傾げている。

 「ご病気? お会いしに行くべきかしら?」

 心配そうな女王リュサイ。数十秒後、窓の外でカラスが鳴いた。

 「……ご病気ではないようですわ。ただ、お元気がないみたいですわね」

 「まあ」

 「使いの者から気落ちするような話を聞いたのかも知れませんね」

 レアンドロ王子の言葉に、手紙を書こうという話をする。
 と、マリーが思い出したように「気落ちするようなお話と言えば、」と切り出した。

 「レアンドロ殿下。気になることを耳にしましたの。エスパーニャの商船が海賊に悩まされているとか……太陽神によれば、裏でアルビオン王国が糸を引いているそうですわ」

 酷い話ですわよね、と悲し気な表情を作るマリー。
 レアンドロ王子は「な、何と!」と驚愕し、ホセ子爵は「やはりそうでしたか」と苦々しい表情を浮かべる。

 「そこで私は考えましたの。カレドニア王国と同盟を結ばれては、と。カレドニア王国のリュサイ女王陛下にとっても、アルビオンの好色王は不倶戴天の敵だそうです。それに……かの王は聖女たる私の身柄を狙っているとか。私、恐ろしくて……」

 体を掻き抱きながら怯えて見せるマリーに、レアンドロ王子は庇護欲を掻きたてられたようだった。

 「何と……道理で海賊のことで取り締まるよう苦情を申し入れても、一向に被害が減らぬどころか増える訳だ。そうなれば確かにカレドニア王国との同盟は我が国にとっても意義がある。ホセ、そなたはどう思う?」

 「アルビオン王国が海賊を嗾けてきているのであれば、反対する理由はございません。しかしそれには裏付けが必要です」

 いかな聖女の言葉であろうとも、飽くまでも冷静なホセ子爵。マリーは裏付けならばありますわ! と声を上げる。

 「レアンドロ殿下。殿下は無敵艦隊の主と伺いました。海賊達を拿捕して証拠を掴めば良いのですわ。 太陽神はこう仰せになりましたの。『アルビオンの海賊、ヒューズ・ドレイクがアルビオン王の私掠許可証を所持している』と。艦隊で海賊達を駆逐し、私掠許可証を手に入れればアルビオン王に言い訳は出来ませんわ。
 神の教えを失ったアルビオンに、再び神の恩寵を齎す為に、どうか殿下のお力添えを頂けないでしょうか。これはグレイには出来ぬことなのです」

 マリーがちらりとこちらを見る。
 レアンドロ王子はほう、と優越感を帯びた眼差しを向けて来た。
 僕は小さく「そうですね。悔しいですが……武勇のない身には、流石に海賊退治は私には出来ません」と口にして項垂れてみせる。
 この時の僕の目には――レアンドロ王子が仕掛けられた罠に疑問すら持たず、むしろ前のめりでかかっていく憐れで馬鹿な鳥に見えて仕方が無かった。怒る気はすっかり失せていたのだった。
 僕のそんな態度が諦めた負け犬だと思われたかどうかは定かではないが、レアンドロ王子の笑い声が喫茶室に響き渡る。

 「成程! しかし海賊退治となれば、私も命を懸けねばなりません。神はその功績をどれ程のものとして下さるのでしょうか」

 「そうですわね……海賊退治が終われば、功績はグレイのそれを超えることになりますわ。後は――神の難問を残すのみとなります」

 「ほう! 分かりました。必ずや、海賊退治を成し遂げて、難問にも答えて見せましょう。その難問は、もう決まっているのでしょうか。時間が惜しいのです。先に教えて頂くことは出来ますか?」

 「勿論ですわ。紙に記して出立の日にお渡しいたしましょう」

 その後、無事に女王リュサイとレアンドロ王子の間で同盟の約束が交わされた。聖女であるマリーの立ち合いであり、このことは教会を通じて公にされることになる。

 そして、レアンドロ王子の帰国の日。
 見送るマリーは、その難問の紙を手渡しながら、それに正しく答えられるまでは会うことは叶わない、太陽神が許さないと伝えている。
 中身を改めたレアンドロ王子は、世界中の学者をかき集めてでも必ず答えを出してみせると言って帰って行った。僕も見せて貰ったけれど、学者なら解けそうな感じの数学の証明問題。
 数学が得意なヤンが興味深そうに頑張れば出来そうだと言って書き写していく。
 本当に大丈夫なのかな――そう不安が心を過ったのも束の間。

 「解明出来るといいわねぇ、私達が生きている間に」

 マリーの前世で四百年かかった証明問題だと聞いて、僕は素っ頓狂な声を上げた。
 だから大船に乗った気持ちで居てね……って、本当なのそれ!?
しおりを挟む
感想 924

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。