貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(100)

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 「お恥ずかしながら……我が国では、聖女様は偽物だという者もおります」

 「ふふふ、他者の言葉より、ご自分の目で確かめられるのが一番です。その為に来られたのでしょう?」

 きっとそういうタイプだろうと推測して訊ねると、ホセ子爵は曖昧に微笑んだ。
 その後、実際にマリーを傍で見て来た僕に話を乞われたので、かいつまんで語っていく。

 「あそこにいる、書き物をしている修道士が見えますよね? 彼はエヴァン修道士。妻に関する聖女としての記録をしている人物です。より詳しく知りたければ彼に訊ねると良いでしょう。ところで、卿は見学に行かれないのですか?」

 「はい。レアンドロ様が行かれましたので。それよりも、猊下にお話ししたいことがありまして」

 お傍に寄っても? と訊かれたので、僕はちらりとカールを見る。
 カールは一つ頷くと、何らかの合図をして僕の傍に静かに寄った。
 ナーテもじっと目を光らせながらお茶を淹れ直してくれている。
 そっと懐に忍ばせた拳銃を確認し、僕はホセ子爵に向き直った。

 「構いません……何でしょう?」

 とは言いつつも、何となく内容が推測出来た。
 心構えをしながら訊き返すと、ホセ子爵は深呼吸を一つしてぼそぼそと語り出す。

 「もう猊下もお察しかと存じますが……我が国のレアンドロ殿下は道ならぬ恋をしておられます。勿論その感情が神の罰を受けかねない大それたであるとは私も重々存じておりますし、お諫めしたのですが」

 殿下は、その。ご幼少のみぎりより望めば何でも叶えられたやんごとなきお育ちにて……目的の為には手段を選ばぬところがございます――と、憂いを帯びた表情で続けるホセ子爵。

 「殿下のお考えを知った私が必死で押し止めている状態ですが……もし、猊下がご自分から身を引いて下さるのであれば、ことを穏便に済ませてもいい、と仰せになりました。私の申し上げていること、ご理解頂けておりますでしょうか?」

 うん、分かってはいたけれど。
 それでも不快感は湧き上がってくるもので、僕は眉根を寄せる。

 「成程、命だけは助けてやるから、妻と離縁しろということでしょうか」

 「端的に申し上げれば」

 「断れば手段を選ばず私の命を狙う、と」

 視界の端で腰に手をやるカールを、まだだと視線で押し止めてから、僕は相手をじっと見つめた。

 「私と妻は心を通わせた上で正式な手続きに則り結ばれたのです。それを横から無理やり引き裂こうなど、あまりにも無体であり、無礼ではありませんか? レアンドロ殿下は、人の心を何だと思っているのでしょう」

 に言うと、ホセ子爵は項垂れた。

 「やはり、お怒りになりますよね……」

 「加えて妻はこの国の貴族の娘であり、聖女でもある。それをエスパーニャ王国が強奪しようというのであれば、最悪戦になりかねません。ホセ子爵は外交官ですよね、その可能性はお考えになった上で先程のことを申し出てきたのでしょうか」

 「……言葉もございません。しかし、我が国は無敵艦隊を擁し、潤沢な大陸銀で潤っております。艦隊の最高司令官は実質レアンドロ殿下なのです。トラス王国も大国ではございますが、我が国に比肩出来る程でしょうか? 女性一人の運命と数多の人々が死ぬ戦――聖女様はどちらを選ばれるのでしょう?」

 「……それは、脅しですか?」

 「レアンドロ殿下はやりかねない、という意味で申し上げました」

 ホセ子爵がそう言った時、マリーがレアンドロ王子と共にバルコニーの方へ歩いて行くのが見えた。
 ヨハンとシュテファン、サリーナがついているから問題は無いと思うけれど……

 「……もし、レアンドロ殿下が聖女様のお心を掴むことが出来たら――猊下はどうなさいますか?」

 レアンドロ王子がマリーの心を掴む?
 いくら王子が美男子だからって、そんなまさか――ありえない。

 「私は妻を信じておりますので」

 仮定の話は意味のないことです、と続けながらも、僕の胸の内は不安に騒めていた。


***


 沈黙したままバルコニーの出入り口を見据えていると。
 暫くしてカレル様がそちらへ向かい、また出て来る。
 恐らく謝罪の件だろう、とホッとしたのも束の間、姿を現したマリーとレアンドロ王子の様子にぎょっとする。
 何と、レアンドロ王子はあろうことか嬉しそうにマリーに密着し、腰に手を回してエスコートしていたのだ。
 ホセ子爵の気遣わし気な視線が突き刺さった。

 ――嘘だ!

 衝撃に呆然としていると、こちらへ真っ直ぐ向かってくるマリー達。
 鍛え上げられた体躯、威風堂々たるレアンドロ王子と少女のように美しいマリー。二人並んだ姿は何だか妙に様になっていて……

 「マリー……」

 縋るように彼女の名前を呼ぶ僕に、彼女は心から嬉しそうに『後でね』と微笑んだ。そして、レアンドロ王子の方を向き、親し気にその胸に手を這わせる。
 色々と準備が必要なので先にサリューン枢機卿の元へ行くと言う彼女に、レアンドロ王子は名残惜しそうにその手の甲に唇を落とした。
 それはまるで――親密な恋人のようで。

 『レアンドロ殿下が聖女様のお心を掴むことが出来たら』

 先程のホセ子爵の言葉が脳裏に木霊していく。まさか、本当に?
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