貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(98)

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 聖女に夫が居るとは聞いていたが。

 思わぬ誤算だった。
 先程聖女の前に跪いて内に湧き上がる想いを伝えた時。何故か彼女は頬を染めながらも困ったように隣にいる赤毛の聖職者の男の方を窺い見ていた。それが夫だったとは。

 聖女が美し過ぎて見惚れ、その夫の自己紹介までは聞いていなかったのは自分の粗忽さ故。

 だが――
 レアンドロは聖女の隣に我が物顔で座る赤毛の男をそっと盗み見た。
 この男はグレイ・ダージリンと言い、身分は伯爵だという。この若さで伯爵であるのはこの男の実力ではなく偏に聖女のお陰であるのだろう。
 背丈は自分と左程変わらない位か。しかし武器を振るい戦う力、身分、財力共に自分が男として上位だ。

 伯爵如きが聖女を妻とするのは余りにも身分不相応だ。
 勝算は、ある。

 自分の失態を詫びながら、レアンドロは手探りを始めた。

 「グレイ卿はどのようにして聖女様と知り合い、結婚したのか興味がありますね」

 「レアンドロ殿下。グレイには兄君がいらっしゃるのですが――」

 アルバート王子によれば、兄弟姉妹同士での結婚だったのだという。
 皇女エリーザベトがあの方々ですわ、と口を挟んできた。彼女の好きな小説の登場人物にそっくりだと伝えた二人だという。
 レアンドロは記憶を手繰る。招かれた夜会で見かけた背の高い暗い赤毛の男と黒髪の美女の姿を思い出した。
 赤薔薇姫と呼ばれていた――あれが聖女の姉だったのか。
 確かに妖艶さのある美人だった。レアンドロの好みでは無かったが。
 男の方はルフナー子爵家の長男だと言ったか。ということは目の前のグレイ・ダージリンも元は子爵家の出、ということになる。
 レアンドロは何故かお茶を咽ている聖女に顔を向けた。

 「失礼ですが、」

 聖女の実家は伯爵家だった筈。それが何故わざわざ下位の子爵家の男なんかと。

 ――もし、弱みでも握られて強いられた婚姻であれば自分が救い出して見せる。

 些細な表情の変化も見逃すまいと見つめるレアンドロ。
 聖女は口角を僅かに上げ貴族然とした表情になり、レアンドロを見つめ返した。

 「それは私が望んだからですわ」

 グレイの兄と姉の仲を取り持ったのも聖女だと答える。
 信じがたい返答に愕然とするレアンドロに、聖女は更に已むを得ない場合以外は社交界に出ず、静かで穏やかな生活を望んでいると追い打ちを掛ける。

 ――信じられない。社交界に出ないだと!? それは貴族女性としては致命的ではないか。望めば女としての最高位である王妃や皇妃にもなれように!

 「女性の全てが王妃や皇妃になれれば幸せなのだとお考えなのなら、それは間違いとだけ申し上げておきますわ」

 しかし聖女は首を横に振り、レアンドロの考える女の栄華を全否定する。王妃や皇妃は聖女の望みとは真逆に位置するものであり、気楽な生活と自由、それが実現する環境こそが彼女が望み求めるものなのだと。

 「王妃だのなんだのはごめんですわ。私の幸せは他の誰でもない、私が決めるもの」

 強い眼差しで断言する聖女。
 レアンドロの脳裏に、エスパーニャの王宮で欲望にぎらつく女達の眼差しが思い起こされる。それを比べれば、目の前の聖女のそれは強い意志の光が宿り、清冽な心を感じた。

 「根本的な価値観の相違ですね」とアルバート王子が言う。

 そうなのだ、と納得してしまった。
 俗世の栄華等、神の娘であるこの女性にとってはどうでも良いことなのだ。

 先程の質問をした自身が、何だか汚れた存在のようにすら感じられた。
 レアンドロの口の中に苦みが走る。歯車というものはなかなか上手く噛み合わないものだ。
 そういう欲の無い女性こそ、王妃として好ましいというのに、本人がそれを望んでいない。

 ――聖女の求める、気楽な生活と自由。

 「グレイ卿がそれを体現していた、と?」

 「その通りですわ」

 聖女は頷き、毎日が楽しいのだと夫であるグレイ・ダージリン伯爵を愛おし気に見つめる。

 「そうだね、マリー」

 良い妻に恵まれた私は果報者です、と聖女の愛称を呼びながら幸せそうな表情を浮かべるグレイ・ダージリン。

 両想いで夫婦仲睦まじい様子に、レアンドロはギリリと奥歯を噛み締める。目の前に繰り広げられているのは、自分が求めてやまない幸せの形だった。

 ――認められない。認められるものか。

 聖女はその尊き御身に相応しい居場所というものがあるのだ。
 決して、汚らわしい赤毛男の、伯爵程度の妻でいて良い訳では無い――そこまで考えて、レアンドロはとうとう自覚する。

 ――ああ、正直に認めよう。グレイ・ダージリンが妬ましい。私はリシィでは無く、聖女を妻に欲しいのだと。

 『男ならば欲しいものは奪うものだ』

 父王の言葉が脳裏に蘇る。
 これまではそれに反発心を覚えていたのだが、自分も確かにその血が流れているらしい。

 レアンドロの脳裏で聖女を妻にする計画が組み上がって行く。
 ただ、聖女がレアンドロに心を傾けてくれたとして――人妻だった女性を王妃にということになれば、いくら聖女であっても純潔が失われている以上大反対に遭うだろう。教皇も反対するに違いない。

 目の前では聖女がリスや小鳥達に余った菓子を与えている。
 アルバート王子によれば、餌付け等はしておらず、聖女が呼んだからこそやってきたのだという。
 その小さな奇跡を見つめながら、レアンドロは思考する。


 聖女がエスパーニャの王妃となることが問題無く認められる為には。
 そうだ――グレイ・ダージリンさえ死ねば。
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