貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
483 / 690
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

聖女出没ホットスポット。

しおりを挟む
 トゥラントゥール宮殿から帰った翌日、私はヴェスカルとエヴァン修道士を連れてソルツァグマ修道院へ足を運んでいた。
 昨日のレアンドロ王子には本当に参った。恋と崇拝の眼差しはよく似ている。
 レアンドロ王子は信仰心が篤いのだろうが、婚約者である皇女エリーザベトの前で私を情熱的に口説いているようにも感じられたから内心冷や冷やものだった。しかし思い返せば皇女本人は不快感をあまり見せてなかったので、恐らくあれがレアンドロ王子の平常運転。
 ということは、エスパーニャ王国自体が女を口説くことが礼儀みたいな文化圏なのだろう、多分。息を吐くように口説き文句を言うお国柄。
 馬車の中でそう結論付けたところで裏門の辺りで馬車を降りると、エヴァン修道士が「べリーチェ修道女、久しぶりですね」と声を掛ける。出迎えてくれていた彼女は「ええ、貴方もお元気そうね」と返した。そしてこちらに向き直り祈りの所作をする。

 「聖女様、ヴェスカルもお久しぶりにございます。グレイ猊下のお姿が見えないのですが、本日はいらっしゃらないのですか?」

 「ああ、彼は王都のキーマン商会の方へ。随分長いこと留守にしていたものですから」

 「まあまあ、伯爵と商会と忙しいことですわね。イエイツ修道士とメイソン修道士も例の仕事で駆けずり回っております。それが終われば留守にしていた間免除されていたお勤めを再開することになりますわ。
 エヴァン修道士、貴方もですよ。院長様は今後も彼らが聖女様のお傍に侍るのならば位階を上げるべく努力すべきだと仰っております」

 「まあ」

 イエイツとメイソンの二人には刻印の運び手となる子供達と共に一足先に修道院へ帰していた。種痘の方法を伝えること、そして植え継ぎ要員の孤児達を確保するためだ。
 ちなみに王宮へも同行して貰ったエヴァン修道士には、ヴェスカルだけでなくイサークの勉強も多少見て貰っていた。有難かったと思う。お陰で二人共勉強はそれほど遅れずに済んだのだから。

 「信仰が試されるということですね。望むところです。ところで院長は?」

 不敵に笑ったエヴァン修道士の問いに、べリーチェ修道女はそのことなのですが、と手に持っていた黒い布を差し出す。

 「目立つことは避けるようにとのことで……ご案内しますわ。聖女様と侍女の方、こちらを被って下さいまし」

 受け取ったそれを私とサリーナは頭から被った。目立たぬ色のドレスで来たが、これを被ると黒ミサ……もとい、訳ありっぽい貴婦人の出来上がりである。
 馬の脚共は、と見ると既に目立たぬような格好に変わっている。
 いつの間に……と思ったら、よく見ると服がリバーシブルだった。色々工夫しているらしい。
 裏門――ラベンダー畑側の入り口から建物に入り、修道院長室に案内される。
 何故だろう、人がやけに多いような。視線は結構感じたが、訳あり貴婦人状態なのが功を奏したのか声は掛けられなかった。
 院長室に入ると、テーブルの上には既に茶器やお菓子がセッティングされていた。馬の脚共が扉の両側に立ち、私は勧められた席へ。続いてエヴァン修道士も「失礼致します、」と席に着いた。
 茶器を動かすべリーチェ修道女。サリーナもヴェールと取って手伝い始める。私もヴェールを取った。
 顔見知りの修道女が湯気の漏れ出る薬缶を運んでくると、べリーチェ修道女は薬草茶ハーブティーを淹れ始める。

 「失礼致します」

 サリーナが毒味をした後、給仕される。
 仕方ないこととは言え、何となく気まずくて、そう言えば……と私は話を切り出した。

 「ラベンダーの花はすっかり終わってしまったのね」

 「はい。刈り取りは終わりましたので肥料を施す時期なのです。代わりにと言ってはなんですが、ラベンダーの薬草茶ハーブティーと焼き菓子を用意させて頂いております」

 花が見れなかったのが少し残念だったが、べリーチェ修道女の言葉に私はカップを手に取って香りを嗅いでみる。
 爽やかなラベンダーの香りが立ち上る。

 「ありがとう、目を瞑るとラベンダーの花畑が浮かぶわ」

 ラベンダー茶を堪能していると。

 「ところで、聖女様。そろそろ姉君のアン姫様――ウィッタード公爵夫人の出産が近付いております。もうお会いしに行かれましたか?」

 唐突に問われて、長いことアン姉に会っていなかったな、と思う。
 そう言えば前回会った時に色々注意してべリーチェ修道女にも頼んだんだっけ。

 「いえ、まだ。近い内にと思っているのですけれど、姉の妊娠は順調かしら?」

 「聖女様の仰る通りに軽く体を動かされ、また食べ物にも気を付けていらっしゃるのでお元気そのものですわ。このままいけば出産も順調かと存じます」

 「まあ、それは良かったわ」

 産婆でもあるべリーチェ修道女の太鼓判に安心していると、扉がノックされた。馬の脚共がそっと開けると、修道院長――メンデル・ディンブラ大司教の姿。

 「お待たせして申し訳ございません。聖女様の王都への無事のご帰還をお喜び申し上げます」

 「それでは、聖女様。私はこれで。ヴェスカル、行きましょう?」

 「はい」

 ヴェスカルはべリーチェ修道女に連れられて出て行った。あの子はこれから勉強である。
 私は首を横に振り、笑顔で修道院長を迎えた。

 「ありがとうございます。お久しぶりですわね、メンデル修道院長。お元気そうで何よりですわ」

 修道院長はお蔭様で、と言いながら席に座って自分の分のラベンダー茶を注ぐ。私の分にも注ぎ足してくれた。

 「お出迎えしなかったご無礼をお許しください。エヴァン修道士から話は聞きました……尊き御身を崇める者ばかりではないことが嘆かわしい。聖女様の身の安全には万全を期すため、やむを得ずこのような手段を取ったのでございます」

 「そう言えば、ラベンダー畑の方で馬車を降りたのだけれど……」

 エヴァン修道士が「それは私が」と口を挟む。修道院長は「表では目立ちすぎるのです、」と話し始めた。

 「このソルツァグマ修道院が聖女様と縁が深いとの話は諸国にも伝わり始めているようでしてな。
 先日もエスパーニャ王国のレアンドロ殿下がいらっしゃいまして。聖女様の奇跡の話を聞きたいということで、お話をしましたが……先程も来られましてな。ご挨拶に向かい、修道士に対応を頼んでこちらへ急いで来た、という次第で
 昨今ではトラス王国人だけではなく、他国の貴人も遠くから参拝に来られるようになりました。決まって聖女様とお会いしたい、ここには何時いらっしゃるのか、と訊かれます。聖女様が王都にご帰還なされたことが広まれば、一層人が集まって来るでしょうな」

 「まあ」

 何と、そんなことになっていたとは。
 すれ違った人の多さに納得である。つまり、聖女出没ホットスポットと認識された訳だ、ここは。
 聖堂の方を透視してみると、確かに様々な身形の多くの人々と共に祈りを捧げるレアンドロ王子が見えた。

 危ねぇー!

 そんな所にひょっこり聖女である私が現れようもんなら……エヴァン修道士や修道院長の判断は正しかったと言える。

 「……そう言うことだったのですね、ありがとう」

 私は心の底から感謝の言葉を述べた。
 メンデル修道院長&エヴァン修道士、グッジョブ。実にファインプレーである。
しおりを挟む
感想 925

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。