貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(84)

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 出航の時。
 僕達はシルヴィオ殿下やベリザリオ枢機卿達と別れの挨拶をしていた。

 「それではシル殿下、ベリザリオ猊下、そして皆様、お世話になりました。例の件、宜しくお願い致します」

 僕とシルヴィオ殿下はすっかり打ち解けていた。シルで良いと許可を得たので今後は僕も彼の事をシル殿下と呼ぶことに。

 「グレイ、マリー。こちらこそ色々相談に乗って貰い、感謝する。仲間に加えて貰って本当に助かったよ」

 シル殿下には諸々頼んで機密を抱えさせてしまったが、僕達の仲間となることで領地の財政難も解消されたので、彼の表情は晴れやかだった。
 その隣ではベリザリオ枢機卿達が恭しく僕達に聖職者の礼を取っている。

 「今後のコスタポリのことは私ベリザリオは勿論、後ろに控えるガリアの神の僕達が尽力致しますので、聖女様におかれましては大船に乗った気持ちでお心安くあらせられませ。道中のご無事をお祈り致します」

 「皆、ありがとう! 後日また様子伺いをしますわね!」

 湯浴みをして化粧を施し、髪を結いあげて小ざっぱりしたマリーが上機嫌に微笑んで彼らと握手を交わす。
 船に乗り込んだ後は、ファリエロの号令で帆が上がり、僕達の船はコスタポリの港を離れた。
 どんどん小さくなっていくシルヴィオ殿下達の姿。隣ではマリーが大振りに手を振っている。
 僕は最後にぺこりと頭を下げ、船室へと戻ることにしたのだった。


***


 「ナヴィガポール! ああ、ナヴィガポールだわ! 私、帰って来れたのね……!」

 海沿いの岩山に張り付いたようなナヴィガポールの街並みが見えてくると、マリーが涙ぐんでいる。
 一時は命すら危なかったんだし、感激もひとしおだろう。
 僕達キーマン商会の船が戻って来たことに、船が港に近づいた頃には人々が集まって来ていた。
 ふと、太陽が陰る。

 「むっ!?」

 誰かの呻き声。
 そちらを見ると、鷲のマイティーが翼をバサバサと動かしながらシュテファンの腕に止まろうとしていた。

 ――クワァ!

 そこへ頭上から響く烏の鳴き声。
 僕達が仰ぎ見ると、マストの上に一羽の烏。

 「リーダー!?」

 サリーナが差し出した布をマリーが手に巻くと、賢いリーダーは再び鳴いて、そこに降り立った。
 そのタイミングで船の帆が下ろされていく。

 「来てくれていたのね。ありがとう……」

 リーダーの羽を優しく撫でるマリー。
 ヨハンがその様子を見て微笑んでいる。

 「マイティーもリーダーも、恐らく我らを追って参ったのでしょう。ナヴィガポールでマリー様の帰りをお待ちしていたのです」

 「マイティーも撫でてやって下さい、マリー様」

 ――ピィーッ!

 シュテファンの言葉にそうだそうだと言わんばかりに甘えた声を出し首を動かす大鷲。マリーの手で撫でられて、マイティーは気持ちよさそうに目を細めた。

 鳥達と合流したところで、船から港に掛けられた梯子を下りていく僕達。
 その時既に黒山の人だかりなっていたナヴィガポールの人々が、どっと歓声を上げた。
 面食らっている様子の彼女の耳に、僕は口を近づける。

 『皆、僕達が緊急出港する時に物資を提供したりしてくれたんだ。津波で街を救ってくださった聖女様を今度は自分達が助けるんだって』

 「!!」

 マリーが感極まったように片手で口を覆う。
 彼女の目がみるみる内に潤み始めた。
 そっとリーダーを自分の手に移すと、マリーは彼らに向かって丁寧に淑女の礼を取った。

 「皆さん、本当にありがとう。お陰様で私はこうして無事に戻って来れました!」

 ナヴィガポールの人々は、そんな彼女に「良かった」、「無事で嬉しい」、「お帰りなさい」等と口々に言葉を掛けている。

 「皆様の御恩は決して忘れません」

 『協力してくれた彼らに十分報いたいわ、グレイ』

 聖女の能力で伝わって来た言葉に、僕は『勿論だよ』と頷いた。

 「ご無事で何よりでございました、マリアージュ様」

 船の片付けや積み荷の整理等はリノの兄イルディオが引き受けてくれることに。
 ファリエロ達と共にナヴィガポールの領主館に向かうと、迎えに出てきていた代官レイモン達の一団と合流。

 その中には――

 「聖女様、よくぞご無事で。お迎えに参上致しました!」

 警察隊率いるロイジウス・ウーファーにアーベルト・メレン達隠密騎士達も居た。

 「ありがとう」

 「マリー様の体調を見て、出立を考えております」というアーベルト。
 相談の末、今日は一日領主館で休んで、明日ダージリン領へ向けて戻ることに決まった。


***


 「うーん、冷めててもオコノミ美味しいわ! 私、この為に生きてるー!」

 青空の下、マリーがはしゃいだ声を上げている。その傍ではリーダーとマイティーがオコノミのおすそ分けを貰って仲良くがっついていた。

 レイモンやジュデット、ファリエロ、リノ……皆に礼を言って別れを告げた僕達は、ナヴィガポールを出立する際、おかみさん達からオコノミの差し入れを貰っていた。
 何故おかみさん達かというと、ガリア食堂の髭親父やピエールは僕達がマリー捜索にナヴィガポールを出て行った後、王宮の料理人にオコノミを伝える為に王都に向かったそうだ。
 髭親父やピエールの留守中はおかみさん達が代理で店を切り盛りしており、このオコノミは彼女達からの心遣いだった。

 彼らはもう王都に着いた頃だろうか。オコノミを味わいながら、なんとなくそちらの方角を見やる。

 と、その時だった。
 一陣の風。飛び散る何かを頬に感じ。

 「あああああ――っ!」

 気が付いた時には、僕の皿は空っぽになっていた。

 ピーヒョロロロロ……

 「鳶にございます、大胆不敵にもグレイ様のオコノミを盗んで行きました」

 笑いを堪えた様子のアーベルトが指さした先には何かを足に持って凄い速さで飛んでいく鳶。そしてそれを追いかけるリーダーとマイティーの姿。

 「ぼんやりして余所見するからよ、グレイ」

 マリーがクスクスと笑いながら、ナーテから受け取った僕の顔を濡れ布巾で拭ってくれている。
 視線を落とすと、シャツにもソースの黒い染みが飛び散っていた。

 「そんな、僕のオコノミがぁ……」

 情けない声が出る僕。
 それなりに気に入っていた服が台無しだ。オコノミだってまだ半分しか食べてなかったのに。
 その後、鳥達の追いかけっこの末にリーダーとマイティーが取り返してきたオコノミは残ぱ……ボロボロぐちゃぐちゃの何かと化していた。

 ――クワァ!
 ――ピィ!

 得意そうに鳴く彼ら。
 僕の為に取り返してきてくれたんだね。ありがとう、と微笑んで。

 ――うん、要らないな。

 それらは無事、ご褒美として二羽の胃袋に収まることとなったのだった。
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