貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(83)

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 マリーは湯浴みの用意が出来たとのことで、サリーナ達に連れられて行った。
 僕はといえば、シルヴィオ殿下に軍の伝令を借り、キーマン商会コスタポリ支部及び商品券発行所に使いを出して貰う。
 短い間ながら、決まった事について言い含めておかなければならないことがいくつかあるからだ。

 先刻の話し合いの中で、シルヴィオ殿下には銀行や株式取引所の為にコスタポリの一等地を融通して貰えることになった。人を募り、立派な建物を建てたいと思う。


***


 「……というのが、聖女様やグレイ猊下にお聞きした一連の聖女様誘拐事件の顛末にございました!」

 目の前では、ベリザリオ枢機卿と選りすぐられた聖職者達、そしてファリエロを始めとする船乗り達がエヴァン修道士の熱弁に耳を傾けている。
 誘拐について詳しく知りたがったベリザリオ枢機卿に、エヴァン修道士が待ってましたとばかりに名乗りを上げたのだ。
 マリー誘拐のその時から、僕達と合流するまでをまるで全てを見ていたかのように臨場感たっぷり、脚色を付けて語るエヴァン修道士。
 ちなみに白鯨やイルカ達は、太陽神の要請で海神からの啓示を受け、聖女の危機に急ぎ馳せ参じたことになっていた。
 マリーから聞いた白鯨の実情を思い出すと、僕は表情を保つのに必死だ。

 ……この人、実は演劇の素質もあるんじゃないんだろうか。

 そんなことを考えていると、シルヴィオ殿下がちょいちょいと人差し指を動かす。
 顔を近づけると、耳元で囁かれた。

 『マリーは偶然助けられた、みたいに言っていたのですが、本当ですか?』

 『無差別に救命を念じたところ、ああなったそうです。ちなみに白鯨が彼女を助けたのは不純な動機からでした。というのも、』

 僕の知る真実を囁き返すと、シルヴィオ殿下も僕と同じように何かを堪えた表情になる。

 「実際私も船の上からかの奇跡を目の当たりにしました。誘拐犯が誘拐犯なので、この事件は公にこそは出来ませんが――船乗り達の恐れる白鯨をはじめ、数多のイルカ達の見守る中、一頭のイルカに跨ってグレイ猊下の乗る船に近づいて行かれる聖女様のかのお姿は、秘めたる伝説として語り継がれるに相応しいものにございましょう!」

 その物語が締めくくられると、聴衆は口笛を吹いて囃し立てたり、拍手や感嘆の声を上げたりした。
 一人の聖職者が「天空を舞う鳥達のみならず、海の生き物までも聖女様に従うとは……」と感じ入ったのを皮切りに、
 「あの光景は今思い出しても夢のようだったな!」
 「うんうん、凄かった!」
 「あの時は恐ろしかったけどよ、こうして語られると面映ゆいぜ!」
 とファリエロやリノ、マルコ達船乗り組。
 それを聞いていたベリザリオ枢機卿達は「羨ましいことだ、聖女様が海獣らを従えるそのお姿、私も見てみたかった……」と少し悲しそうにしている。
 その様子にエヴァン修道士は少し慌てた様子で懐から件の帳面を取り出した。

 「即席ですが、私が見たその光景を絵に残してございます! 是非ご覧ください!」

 テーブルの上に広げられた件の絵を、全員が取り囲む。

 「……おお、その光景が目に浮かぶようだ!」

 絵を見て喜ぶ聖職者達。

 「この小船の櫂を握っていたのがこのマルコにございます、そしてこれはグレイぼ……猊下ですね」

 得意げなマルコに、皆が熱のこもった眼差しで一斉に僕の方を見たので、「僕は小舟に乗っていましたが、正しくこの通りの光景でしたよ。白鯨も大人しいものでした」と微笑んで、当たり障りない証言をしておいた。
 エヴァン修道士が「僭越ながら、」と声を上げる。

 「ここで神の僕エヴァンがベリザリオ猊下を始めとする諸兄方にご提案を。事件は表沙汰にこそは出来ませんが、宜しければここにおられる皆様の連名で、せめて聖女様をお助けしたイルカやクジラ達を聖獣とするべく教皇猊下に嘆願致しませんか?」

 「おお、それは良い考えです! 聖女様の御身をお救いしたとなれば、聖獣として認めるべきでしょうね」

 「コスタポリの教会も建て直しの最中です。聖獣の彫像を置いたならば……」

 「素晴らしい提案だ! 港町コスタポリの教会として相応しい! 聖女様に悪しき魔の手が迫った時、我らは海獣の精神でお助けするのだ、という意思表示にもなります!」

 「それと、今回の事件を秘して語り継ぐ為の相談にも乗って頂きたいのですが……」

 わいわいと盛り上がるベリザリオ枢機卿達に、エヴァン修道士が不穏な相談を持ち掛ける。
 楽しそうだし、水を差すのも何なので、「素晴らしいお考えです、彼女にも皆様のお気持ちをお伝えしておきますね」とだけ伝えた。
 僕の本能が告げている。
 こういうのはとんでもない形になりがちだ。
 うん、全て彼らに任せよう。僕は何も知らない。深く関わってはいけない。

 サリーナとナーテがマリーに掛かり切りなので、カールが「グレイ様の護衛である以上、色々あるかも知れないからってサリーナに仕込まれたんですよー」と紅茶を淹れてくれた。
 そのお陰か、ベリザリオ枢機卿達の熱気が少し落ち着く。

 「はぁ……野の鳥や獣達には本能的に分かるのでしょうな、聖女様が神の娘なのだと。聖女様を攫った者達の心は欲望へと向かい、太陽神に背を向け汚れ切っている。罪深きことです」

 「さよう、特に魔女に堕ちかけたフレールという女と、聖女様を手に掛けようとしたダンカンという男には、自分達がいかに罪深いことをしたのかを我らがとくと教えてやらねばなりませぬ。相手は背信者、我らの信仰も試されることになりましょう!」

 神の僕として、信仰というものをよくよく説いて聞かせ、悔い改めさせねばなりません、と燃える聖職者達。
 アーダム皇子達には逃げられない寛容派による説教の日々が待ち受けていることだろう。
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