貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(49)

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 その時。

 「是非とも反射炉を作って貰いたいわね……大量に鋳鉄が必要になるから」

 マリーが独り言のように思案気に零している。ラーデウス卿が彼女の方に向き直った。

 「反射炉? 銅や鉛を溶かす為のものでしょうか」

 「ええそうよ。反射炉を使って鉄を製錬するの。蒸気機関車を実用化する為には必要なものなのよ」

 そう言ってマリーは頷く。魔猿のジークラスが首を傾げた。

 「鋳鉄……しかしあれは硬くて脆いものでは」

 「大型の反射炉を使うとね、加工に適した良い鋳鉄が出来るの。従来の鋳鉄や青銅よりは耐久性が上がるわ」

 それを聞いたラーデウス卿の顔色が明らかに変わった。マリーが何でもないように言っているのは蒸気機関車だけじゃない。
 鋳鉄で作られた大砲は砲身が脆く、暴発する事がある。同じ量・厚さでより耐久力のある青銅で作られるのが主流だ。しかしそれよりも良い素材が見つかったら?
 戦争において、素材強度が高い大砲は戦局に大いに影響する事だろう。

 そこまで考えたところで、僕はある事に気付いて内心あれ、と思う。

 「待って。それじゃ、獅子ノ庄での実験は……」

 「はっ……! 獅子ノ庄へ向かわせた者は鉄は鍛造鉄を用意しておりましたが、大丈夫でしょうか?」

 僕と同じことを思ったのだろう。ラーデウス卿が心配そうに訊ねた。

 「それは大丈夫だと思うわ。私が言っているのは巨大化した場合って事だもの。実験ぐらいなら強度的にも全然間に合う筈よ」

 その回答に僕はホッと胸を撫で下ろす。ラーデウス卿やジークラス、他の鍛冶職人達も同様に息を吐いていた。

 「かしこまりました」

 「鉄鉱山と炭鉱はダージリン伯爵領を透視した時にあったから、技術者を何人か父に頼もうかしら……」

 思案気なマリーにラーデウス卿が口を開く。

 「それでしたら、念の為こちらでも内々に何人か製錬や鋳造に長けた者を見積もっておきましょう」

 「ありがとう、助かるわ。多分だけれど、もう一つ猿ノ庄を作るような事になると思うから」

 いずれにしてもサイモン様にお話ししてからだろうが――鉄鉱山や石炭の採掘人員も確保しなければいけないだろう。僕としても領地経営に関わってくる事だ。


***


 ラーデウス卿と色々話しこんだ次の朝、猿ノ庄を出発する僕達を迎えに来てくれたのはなんと侍女のナーテだった。
 マリー様! グレイ様! と呼ばわりながら手を振り近付いて来る彼女にマリーが目を丸くする。

 「ナーテ、貴女が迎えに来てくれたの!」

 「はい、私がお迎えに上がりました! 何と言っても次に向かわれる熊ノ庄は私の故郷でございますから」

 成程、これまでも入れ代わり立ち代わり案内人が変わっていた。今度はナーテの番だという事なのだろう。

 「だから僕達と一緒には来なかったんだね」

 ナーテははい、と頷いた。僕達が鳥ノ庄に出発した後、彼女は単身熊ノ庄へ里帰りしたらしい。お蔭様でゆっくり過ごさせて頂きましたわ、と朗らかに笑っている。
 ラーデウス卿達と別れを告げた後、侍女ナーテの先導で僕達は熊ノ庄への旅路を向かう。草原が広がる丘の中を貫く穏やかな道だ。

 「猿ノ庄から熊ノ庄へは平坦な道が多いのでそうご負担にはならないかと存じます」

 牛や羊が放牧されている風景を横目に旅する事二日。
 途中にある谷間を抜けた先は、もう熊ノ庄だった。
 ナーテの先導で案内されたのは大きく立派な屋敷だった。所々にある窓や階段といった木造部分には精緻で優美な彫刻が施されている。

 屋敷の入り口前で、騎士の礼を取っているのはどっしりと大柄な男。
 恐らく彼が熊ノ庄当主その人なのだろう。

 「熊ノ庄当主、ヘルベルト・マカイバリでございます」

 案の定、そう名乗って顔を上げた熊ノ庄当主は焦げ茶の短い巻き毛に同色の瞳の熊のような人物だった。ナーテが父ですわ、と言った事に僕は驚く。というのも、外見的にあまりにもかけ離れていたからだ。
 ナーテが背の低い小柄な女性で子熊のような可愛らしさがあるのとは正反対で、山のような大男のヘルベルト卿。一瞬血のつながりを疑ってしまう。しかしその髪と瞳の色は落ち着いた同じ色合いで。
 僕の戸惑いを理解したのか、ナーテがクスクスと笑った。

 「グレイ様、私は母に似ましたの。兄のナシアダン・マカイバリなら父にそっくりですわ」

 お屋敷に戻られたらご覧になってみてくださいまし、というナーテ。マリーが「あ、その人多分見たことあるわ」と思い出したように声を上げた。

 「うふふ、大柄で目立ちますしね」

 確かにヘルベルト卿と似ているのなら目立つ事だろう。
 その後、もてなしの席で見かけたマカイバリ夫人は確かに小柄でナーテにそっくりだった。

 「つい先日、運良く春熊を仕留めましてございます」

 食事の席では熊肉料理を堪能した。ワイン煮込みだ。特別に一番美味しい左手部分の肉も入っているとか。
 何故左手なのかと訊くと、熊は左手で蜂蜜を舐めるからそこに蜜が沁み込んでいるからだそうだ。本当かどうかは分からないけれど。
 料理自体は意外にもかなり上品な味で美味しかった。もっとこう、野性味の味がすると思っていたんだけれど。
料理を褒め、話の序でに木造部分の彫刻の見事さも褒めると、ヘルベルト卿は熊ノ庄は木工業が盛んなのです、と嬉しそうにしている。
 食事が終わると、早速木工職人の工房へご案内しましょう、という事になった。
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