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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(4)
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サイモン様にお会いして知らせる事があるというアルトガル。僕達も同席する事にした。
彼は僕の予想通り、雪山の民――山岳国家ヘルヴェティアの人間だった。
優れた傭兵を輩出する他、金属細工に革製品、毛織物に刺繍――腕の良い職人が多く、土産にあったような雪山独自の煎じ薬も需要が高い。
チーズも香り高くコクがあって美味いと評判で、キーマン商会としては仕入れを主に行っている。
傭兵と言えば、商会にも何人かヘルヴェティア出身の者が居たなと思う。僕の護衛として雇った彼も確かそうだったっけ。
ヨハンとシュテファンが雪山の民は隠密騎士と同じような存在だと言った。
アルトガルの『高山の同胞』という言葉――どうも隠密騎士達と雪山の民には深い繋がりがあるようだと思う。
ヘルヴェティアの話を聞いたマリーは両手を胸の前で組んで上機嫌になった。
彼女がこういう表情になる時、決まって面倒な事になるような気がする。
「……またぞろ碌でもない事を考えているな?」
「うるさいよ、父!」
「そんな目で私を見ないっ!」と僕にも言われたけど、こればっかりは。
***
結果的にアルトガルはとんでもない情報を持って来ていた。
聖地でマリーがアブラーモ大司教から保護したヴェスカルが、第一皇子アーダムとは腹違いの兄弟――つまり第二皇子だったという事が判明した。
アレマニアの寛容派は、ヴェスカルに目を付け、彼を次期皇帝に推そうとしているらしい。
「どう考えても皇帝とは名ばかりの血塗られた傀儡コース決定じゃないの!」
マリーが激昂する。アルトガルは動じずに左様でしょうなぁと世間話のように相槌を打った。
衝撃はそればかりではなかった。
神聖アレマニア帝国の次期皇帝候補、第一皇子アーダムが、聖女であるマリーを妻にと狙っているというのだ。
勿論僕の命も狙われている。覚悟はしていたけど、最悪な状況だ。
しかし、収穫はあった。
第一皇子アーダムが聖女に会う為トラス王国を訪問する動きがある事から、今年戦争が起こる確率は低い。加えて皇帝選挙を巡る詳しい勢力図も分かった。
現在、神聖アレマニア帝国の不寛容派を牛耳っているのはアブラーモ大司教の弟で選帝侯でもあるデブランツ大司教。
デブランツはマリーの所為で兄のアブラーモが聖地で囚われの身になった事で恨みを抱いており、聖女を認めずアブラーモを救い出して教皇にするべしと主張しているという。
しかし先だっての地揺れの予言成就から不寛容派は分裂しており、デブランツ大司教の権勢は弱まっている。
付け入る隙があるとしたらここだろう――僕がそんな事を考えていると。
「クッククククク……」
下を向いたマリーの様子がおかしい。肩を震わせて低い不気味な笑い声を上げ始めている。
「グレイの命を狙い、この私の安穏ニート生活を壊そうとするなんざ良い度胸だ! 今すぐ燃やすわー。つうか、燃やすしかないわー」
顔を上げるなり発せられた怒りに塗れた言葉にぎょっとする。
続けて言われた台詞はちょっと人様には到底聞かせられないような余り宜しくない言葉であり、マリーの本気度を雄弁に物語っていた。
ヤバい。
侍女のサリーナが「マリー様、お言葉遣いが……」等と悠長な事を言っている。
僕は慌ててマリーを後ろから羽交い絞めにした。
集中できないように、こうだ!
「うひゃっ、離してグレイ!」
無我夢中でマリーを擽る。彼女は身を捩ってこれはヴェスカルの為でもあると言って暴れた。
『チャーシュー』というのが何か分からないけど、アブラーモ大司教の件も広まっているだろうし、犯人は直ぐマリーとバレてしまうから駄目だ!
「グレイ猊下、どうかされましたか?」と不思議そうに首を傾げるアルトガル。
マリーがアーダム皇子の股間を燃やすと言ったのが文字通り可能なんだと知らないって本っ当幸せだよね!
マリーがこうなったきっかけになったアルトガルを僕は恨めしく思いながらもその事を教えてやると、アルトガルは戦の時に人知れず兵糧を燃やす事が出来ると羨ましがっている。
いやだからマリーにそんな物騒な事をさせられないって!
そうこうしている内に、ヨハンとシュテファンがアーダム皇子の首を取って来ると言い出し、カールまでが尻馬に乗り、事態は混沌としてきた。
マリーは流石に彼らを危険に晒す訳にはいかないとやはり自分が燃やした方が足が付かないと言っているけど、足が付いちゃうんだってば!
結局、サイモン様の容赦ない拳骨でその場は収まる事となる。
思わず彼女を解放する程すっごい音がしたけど……マリー、大丈夫?
***
結局、アレマニア第一皇子の一部を燃やすとますますヴェスカルが狙われるだろうとのサリーナの言葉。ヴェスカル本人の意向も交えて教皇に相談してはどうかとの提案が採用される事となった。
無難な所に落ち着いて、僕もホッと胸を撫で下ろしてた、その時。
マリーが不意に、「まだ本題を話していないわね?」とアルトガルを見つめる。
隠密騎士達が即座に動き、その場が剣呑な雰囲気に包まれた。
僕は内心溜息を吐く。
次から次に、休まる時がない。
ヨハンとシュテファンがマリーが全てを見通す神の目を持つのだと警告を発すると、アルトガルは不敵に笑って語り始めた。
彼の本題、それは聖女による山岳国家ヘルヴェティアへの庇護だった。
戦争になれば傭兵業は儲かるのに何故だと思うも、アルトガルの言い分を聞いて成る程と納得する。
特に好戦的なアーダム第一皇子が皇帝となれば、必ず傭兵を輩出しているヘルヴェティアを取り込もうとする。
今現在の自治が危うくなる以上に、取り込まれてしまえばヘルヴェティアの民は戦で使い潰されてしまうだろう。
ならばいっそ、完全に神聖アレマニア帝国とはすっぱりと関係を断ちたい。
「時至れば、『山岳国家ヘルヴェティアは聖女にのみ膝を折る国であり、如何なる国も手出しならぬ』と一言仰って頂ければ」
そう締めくくってアルトガルは深々と頭を下げた。
彼は僕の予想通り、雪山の民――山岳国家ヘルヴェティアの人間だった。
優れた傭兵を輩出する他、金属細工に革製品、毛織物に刺繍――腕の良い職人が多く、土産にあったような雪山独自の煎じ薬も需要が高い。
チーズも香り高くコクがあって美味いと評判で、キーマン商会としては仕入れを主に行っている。
傭兵と言えば、商会にも何人かヘルヴェティア出身の者が居たなと思う。僕の護衛として雇った彼も確かそうだったっけ。
ヨハンとシュテファンが雪山の民は隠密騎士と同じような存在だと言った。
アルトガルの『高山の同胞』という言葉――どうも隠密騎士達と雪山の民には深い繋がりがあるようだと思う。
ヘルヴェティアの話を聞いたマリーは両手を胸の前で組んで上機嫌になった。
彼女がこういう表情になる時、決まって面倒な事になるような気がする。
「……またぞろ碌でもない事を考えているな?」
「うるさいよ、父!」
「そんな目で私を見ないっ!」と僕にも言われたけど、こればっかりは。
***
結果的にアルトガルはとんでもない情報を持って来ていた。
聖地でマリーがアブラーモ大司教から保護したヴェスカルが、第一皇子アーダムとは腹違いの兄弟――つまり第二皇子だったという事が判明した。
アレマニアの寛容派は、ヴェスカルに目を付け、彼を次期皇帝に推そうとしているらしい。
「どう考えても皇帝とは名ばかりの血塗られた傀儡コース決定じゃないの!」
マリーが激昂する。アルトガルは動じずに左様でしょうなぁと世間話のように相槌を打った。
衝撃はそればかりではなかった。
神聖アレマニア帝国の次期皇帝候補、第一皇子アーダムが、聖女であるマリーを妻にと狙っているというのだ。
勿論僕の命も狙われている。覚悟はしていたけど、最悪な状況だ。
しかし、収穫はあった。
第一皇子アーダムが聖女に会う為トラス王国を訪問する動きがある事から、今年戦争が起こる確率は低い。加えて皇帝選挙を巡る詳しい勢力図も分かった。
現在、神聖アレマニア帝国の不寛容派を牛耳っているのはアブラーモ大司教の弟で選帝侯でもあるデブランツ大司教。
デブランツはマリーの所為で兄のアブラーモが聖地で囚われの身になった事で恨みを抱いており、聖女を認めずアブラーモを救い出して教皇にするべしと主張しているという。
しかし先だっての地揺れの予言成就から不寛容派は分裂しており、デブランツ大司教の権勢は弱まっている。
付け入る隙があるとしたらここだろう――僕がそんな事を考えていると。
「クッククククク……」
下を向いたマリーの様子がおかしい。肩を震わせて低い不気味な笑い声を上げ始めている。
「グレイの命を狙い、この私の安穏ニート生活を壊そうとするなんざ良い度胸だ! 今すぐ燃やすわー。つうか、燃やすしかないわー」
顔を上げるなり発せられた怒りに塗れた言葉にぎょっとする。
続けて言われた台詞はちょっと人様には到底聞かせられないような余り宜しくない言葉であり、マリーの本気度を雄弁に物語っていた。
ヤバい。
侍女のサリーナが「マリー様、お言葉遣いが……」等と悠長な事を言っている。
僕は慌ててマリーを後ろから羽交い絞めにした。
集中できないように、こうだ!
「うひゃっ、離してグレイ!」
無我夢中でマリーを擽る。彼女は身を捩ってこれはヴェスカルの為でもあると言って暴れた。
『チャーシュー』というのが何か分からないけど、アブラーモ大司教の件も広まっているだろうし、犯人は直ぐマリーとバレてしまうから駄目だ!
「グレイ猊下、どうかされましたか?」と不思議そうに首を傾げるアルトガル。
マリーがアーダム皇子の股間を燃やすと言ったのが文字通り可能なんだと知らないって本っ当幸せだよね!
マリーがこうなったきっかけになったアルトガルを僕は恨めしく思いながらもその事を教えてやると、アルトガルは戦の時に人知れず兵糧を燃やす事が出来ると羨ましがっている。
いやだからマリーにそんな物騒な事をさせられないって!
そうこうしている内に、ヨハンとシュテファンがアーダム皇子の首を取って来ると言い出し、カールまでが尻馬に乗り、事態は混沌としてきた。
マリーは流石に彼らを危険に晒す訳にはいかないとやはり自分が燃やした方が足が付かないと言っているけど、足が付いちゃうんだってば!
結局、サイモン様の容赦ない拳骨でその場は収まる事となる。
思わず彼女を解放する程すっごい音がしたけど……マリー、大丈夫?
***
結局、アレマニア第一皇子の一部を燃やすとますますヴェスカルが狙われるだろうとのサリーナの言葉。ヴェスカル本人の意向も交えて教皇に相談してはどうかとの提案が採用される事となった。
無難な所に落ち着いて、僕もホッと胸を撫で下ろしてた、その時。
マリーが不意に、「まだ本題を話していないわね?」とアルトガルを見つめる。
隠密騎士達が即座に動き、その場が剣呑な雰囲気に包まれた。
僕は内心溜息を吐く。
次から次に、休まる時がない。
ヨハンとシュテファンがマリーが全てを見通す神の目を持つのだと警告を発すると、アルトガルは不敵に笑って語り始めた。
彼の本題、それは聖女による山岳国家ヘルヴェティアへの庇護だった。
戦争になれば傭兵業は儲かるのに何故だと思うも、アルトガルの言い分を聞いて成る程と納得する。
特に好戦的なアーダム第一皇子が皇帝となれば、必ず傭兵を輩出しているヘルヴェティアを取り込もうとする。
今現在の自治が危うくなる以上に、取り込まれてしまえばヘルヴェティアの民は戦で使い潰されてしまうだろう。
ならばいっそ、完全に神聖アレマニア帝国とはすっぱりと関係を断ちたい。
「時至れば、『山岳国家ヘルヴェティアは聖女にのみ膝を折る国であり、如何なる国も手出しならぬ』と一言仰って頂ければ」
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