貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(3)

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 先程マリーには「下手したら戦争が起こるかも知れない」とは言ったけれど。
 アレマニア第一皇子の噂、周辺諸国の状況を考える限りでは高確率で起こると僕は見ている。

 軍を動かすには莫大な金がかかる。武器は確実に売れるだろう。
 『太陽神の恩赦状』は批判を受けた後、金さえ積めば罪を減じる形から大聖堂建立の為の寄進をして徳を積む等という形に変化しているが――実態は大して変わっていないと思う。
 恐らく大部分の資金は国庫と不寛容派の懐に入っている事だろう。

 つまり、不寛容派は戦を起こす事が出来てしまう。

 だが、マリーの予言で不作が訪れる事が分かっている以上、少なくとも今年は肝心の食料は高騰する見通しだ。
 兵糧不足であれば戦は来年再来年かも知れない。
 もし戦になれば僕はそれに乗じて神聖アレマニア帝国の寛容派諸侯を支援し、不寛容派諸侯の力――具体的には財産を奪うように動いてやる。

 「そこを利用して上手くやれば儲けられるわね、グレイ」

 マリーも同じような考えらしい。
 だけど、その為に幾つかの解決すべき問題があった。
 キーマン商会はアレマニアにも店を構えてはいるけれど、国とズブズブになっている商会が幅を利かせており、なかなか勢力拡大が出来ないでいるのだ。
 現時点ではアレマニアの拠点も人手も足りていない。
 だからこそ情報を常に集め、直ぐに動けるようにしておかないと。

 「だから情報は大事なんだよマリー」

 聖女としての力が必要になったら言ってねと微笑みながら言ってくれるマリー。
 僕も彼女に微笑みを返した。
 実に頼もしい。ここぞという時に使わせて貰うとしよう。

 ただ、直近の懸念事項。

 今年戦が起こせない場合。次期皇帝位を争う者達はどう動こうとするだろうか。

 僕ならば、どんな手を使ってでも聖女を味方に付けようとするだろう。
 何せ、地揺れを予言した本物の聖女だ。人心を掴むのにこれ程の逸材はいない。

 「聖女は神聖アレマニア帝国での権力争いに巻き込まれる事になる」

 遅かれ早かれ、接触してこようとするだろう。誘拐の危険に遭うかも知れない。
 僕がそう言うと、マリーは頭を掻き毟って嫌だと叫んだ。

 「折角グレイとまったり新婚生活を楽しんでいるのにぃ!」

 僕だって同じ気持ちだ。しかしこちらが嫌だと言って止めてくれるような相手じゃない……だからと言って、不寛容派を片っ端から燃やして回るのは駄目だと思うよ、マリー。
 下手をすれば魔女の烙印を押されかねない。神聖アレマニア帝国とトラス王国の戦に発展でもしたらそれこそ目も当てられなくなる。
 不寛容派に利用価値があると思わせておいた方がずっとやりやすい。

 その上でこちらが取れる対策として。

 聖女マリアージュに集中している世間の耳目を逸らさせるため。そして不寛容派が聖女を取り込むのを多少躊躇させるための何かが必要だと考えた。
 サイモン様と話し合った結果出した結論は、イドゥリースを賢者に仕立て上げる、という奇策。

 アヤスラニ帝国は神聖アレマニア帝国とは敵同士だ。過去に大きな戦争をしたこともある。
 イドゥリースが賢者として聖女の傍に居れば、不寛容派は聖女の背後にアヤスラニ帝国を見ることになる。混乱し、聖女に手を出すかどうか思い迷うに違いない。

 イドゥリースは父親の皇帝にこそ命を狙われる事は無いだろうけど、兄弟達はどうか分からない。
 賢者として教会の後ろ盾を得れば、あちらの宗教者である導師が煩いかも知れないけど、二度と母国に帰らないという意思表示にはなる。

 イドゥリースの父親が何かを言ってきても、アレマニアの皇帝選挙を持ち出して事情を伝えれば納得するだろう。ひょっとしたら協力をして貰えるかも。
 アヤスラニは地揺れと大波で沿岸部が甚大な被害を受けたばかりで国力を著しく落としている。そんな時に敵国の次期皇帝が好戦的なのは彼らにとって好ましくないと思う。

 「グレイは寛容派に味方するのね?」

 訊かれた僕はそのつもりだと頷いた。

 マリーを聖女と認め、僕を名誉枢機卿にしたサングマ教皇は寛容派だ。
 だから寛容派の皇帝に即位して貰う。マリーを守るためにも。

 僕の言葉にマリーが感極まったように抱き着いてきて頬にキスを落とした。

 「嬉しいわ、グレイ大好き……!」

 その、時だった。

 ぞわりと背筋に悪寒が走ったかと思うと、前脚のヨハンが鋭く叫んで銀色のナイフを投擲する。
 僕は咄嗟にマリーを抱きしめた直後、後ろ脚のシュテファンやサリーナも臨戦態勢になった。

 ヨハンが姿を見せろと叫ぶと、茂った草木をかき分けるように一人の男が姿を見せる。
 ヨハン達に腕を上げたなと言い、敵意は無いから武器を仕舞ってくれと男は笑ってマリーに視線を移した。

 「お久しぶりでございます、姫様。我輩を覚えておいででしょうか」と帽子を取って深々と頭を下げている。
 マリーは少し首を傾げ、あっと小さく声を上げると、僕の腕を軽く叩いた。

 「大丈夫、知り合いだから」

 ……心を読めるマリーが信頼しているようだから、大丈夫なんだろうけれど。
 躊躇いつつもそっと腕を緩めると、マリーは男に少し近付いた。
 男はアルトガルという名らしい。騎士のように片膝をついて礼を取り挨拶をしている。

 僕はじっと彼を観察した。
 名前からしてアレマニア人かとも思ったけど、身形に違和感を感じる。
 隠密騎士のヨハンとシュテファンに対する物言いから、戦いを生業に――そう考えたところで、僕はマリーの背中を突いて答え合わせをした。
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