289 / 671
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(5)
しおりを挟む
「雪山の民はマリー様に従い、ひいては我らの仲間になる――そう言う事か?」
「そう受け取って貰っても構わぬ。山の民の血は時を超え再び一つになるであろう」
その言葉に、ヨハン達とアルトガルがかつて一つの民だったことを僕は知る。そう言う事だったのか。
マリーは暫し考える素振りをした後、アルトガルが仲間になるのであれば協力するのもやぶさかではないと言った。そして提案があるとも。
少し身構える様に問い返したアルトガルに、マリーは微笑みかける。
それは山岳国家ヘルヴェティアに銀行業をしないかというものだった。
聞き慣れない言葉だったのか、きょとんとするアルトガル。
しかし僕はそれだ! と直感的に思った。
他国の人間であるアールであれば警戒されるけれど、ヘルヴェティアの民が経営するのであればどうだろうか。
傭兵業をしてきた彼らであれば言葉も問題ないだろう。
彼らが銀行業に携わり、神聖アレマニア帝国に支店を作ってくれれば。
アレマニア帝国は腐敗している。後ろ暗い事をして蓄財している輩も多い事だろう。
そうした者達の貯め込んだ表に出せない金をヘルヴェティアの傭兵達が守る安全な場所で秘密裏に預かると話を持ち掛け、その上で発行される預かり証を広めていく。
行けるかも知れない――僕は神聖アレマニア帝国の金を巻き上げる算段をし始めた。
***
「『イドゥリース、スレイマン。ちょっと良いかな。話――というか、相談があるんだけど』
イサーク様、メリー様。イドゥリース達とちょっと話したいことがあるんですが、良いですか?」
「ええー! グレイお義兄様、王子様とは私が先約だったのよ?」
夕食後、僕は部屋に戻ろうとするイドゥリース達を呼び止めた。
イドゥリースの手を握っていたメリー様が抗議の声を上げる。
先約の事を訊けば、スレイマンの横にいてヴェスカルと手を繋いでいたイサーク様が「メリーが本を読み聞かせして言葉の先生になってるんだ」と説明する。
先生だからとメリー様は張り切っているらしい。
僕はすみません、と謝った。
「すぐに終わりますので」
「すみまセン、メリー姫。話ガオワレバ、スグ行きマス」
「ええ、ご本を広げて待ってるからすぐ来てね! くれぐれも長い話は駄目よ、グレイ義兄様」
最期に念押ししたメリー様はイサーク様とヴェスカルと共に去って行った。それを見送ってから僕は彼らに向き直る。
「『イドゥリース、随分言葉が上手くなったね。全く喋れなかったのにこんなに短期間で大したものだよ』」
彼らと話す時はアヤスラニ帝国語を使っていたから気付かなかった。正直言って驚いた。
僕の称賛に、イドゥリースは少し恥ずかしそうにはにかんでいる。
「『ヴェスカルも交えて教わっているのですが、先生が良かったのですよ。ほぼ毎日教えて貰えば否が応でも身に付きます』」
「『ところで相談って?』」
「『実は……』」
スレイマンに催促され、僕は諸事情をかいつまんで説明する。
「『そういう訳でイドゥリースに賢者になって貰いたいと思っているんだけど……』」
「『私が賢者様に!? そんな、恐れ多い! マリー様には恩がありますし守るためと言われれば否やはないのですが、ただこの事が父や導師達に知られたら……』」
イドゥリースは狼狽し、尻込みしている。
それはそうだろうなぁ。アヤスラニ帝国では賢者は聖女以上に崇拝の対象なのだから。
「『導師達は何か言うかも知れないけど、君のお父上は理解してくれると思うよ』」
僕は彼が賢者認定された場合のメリットも話す。
兄弟達から命を狙われなくなり、教会に身分を保証して貰えること。
勿論、やる事は星占いでのマリーの補佐なのでこれまでと変わらない。ただ、賢者として居てくれさえすればそれで。
「『勿論その事で困った事が起きれば僕が全て引き受けて解決する。だからお願いします。賢者を引き受けて貰えないかな』」
僕は深く頭を下げて頼み込む。
イドゥリースは暫く沈黙した後、「『わかりました、引き受けましょう』」と承諾の言葉を告げた。
「そう受け取って貰っても構わぬ。山の民の血は時を超え再び一つになるであろう」
その言葉に、ヨハン達とアルトガルがかつて一つの民だったことを僕は知る。そう言う事だったのか。
マリーは暫し考える素振りをした後、アルトガルが仲間になるのであれば協力するのもやぶさかではないと言った。そして提案があるとも。
少し身構える様に問い返したアルトガルに、マリーは微笑みかける。
それは山岳国家ヘルヴェティアに銀行業をしないかというものだった。
聞き慣れない言葉だったのか、きょとんとするアルトガル。
しかし僕はそれだ! と直感的に思った。
他国の人間であるアールであれば警戒されるけれど、ヘルヴェティアの民が経営するのであればどうだろうか。
傭兵業をしてきた彼らであれば言葉も問題ないだろう。
彼らが銀行業に携わり、神聖アレマニア帝国に支店を作ってくれれば。
アレマニア帝国は腐敗している。後ろ暗い事をして蓄財している輩も多い事だろう。
そうした者達の貯め込んだ表に出せない金をヘルヴェティアの傭兵達が守る安全な場所で秘密裏に預かると話を持ち掛け、その上で発行される預かり証を広めていく。
行けるかも知れない――僕は神聖アレマニア帝国の金を巻き上げる算段をし始めた。
***
「『イドゥリース、スレイマン。ちょっと良いかな。話――というか、相談があるんだけど』
イサーク様、メリー様。イドゥリース達とちょっと話したいことがあるんですが、良いですか?」
「ええー! グレイお義兄様、王子様とは私が先約だったのよ?」
夕食後、僕は部屋に戻ろうとするイドゥリース達を呼び止めた。
イドゥリースの手を握っていたメリー様が抗議の声を上げる。
先約の事を訊けば、スレイマンの横にいてヴェスカルと手を繋いでいたイサーク様が「メリーが本を読み聞かせして言葉の先生になってるんだ」と説明する。
先生だからとメリー様は張り切っているらしい。
僕はすみません、と謝った。
「すぐに終わりますので」
「すみまセン、メリー姫。話ガオワレバ、スグ行きマス」
「ええ、ご本を広げて待ってるからすぐ来てね! くれぐれも長い話は駄目よ、グレイ義兄様」
最期に念押ししたメリー様はイサーク様とヴェスカルと共に去って行った。それを見送ってから僕は彼らに向き直る。
「『イドゥリース、随分言葉が上手くなったね。全く喋れなかったのにこんなに短期間で大したものだよ』」
彼らと話す時はアヤスラニ帝国語を使っていたから気付かなかった。正直言って驚いた。
僕の称賛に、イドゥリースは少し恥ずかしそうにはにかんでいる。
「『ヴェスカルも交えて教わっているのですが、先生が良かったのですよ。ほぼ毎日教えて貰えば否が応でも身に付きます』」
「『ところで相談って?』」
「『実は……』」
スレイマンに催促され、僕は諸事情をかいつまんで説明する。
「『そういう訳でイドゥリースに賢者になって貰いたいと思っているんだけど……』」
「『私が賢者様に!? そんな、恐れ多い! マリー様には恩がありますし守るためと言われれば否やはないのですが、ただこの事が父や導師達に知られたら……』」
イドゥリースは狼狽し、尻込みしている。
それはそうだろうなぁ。アヤスラニ帝国では賢者は聖女以上に崇拝の対象なのだから。
「『導師達は何か言うかも知れないけど、君のお父上は理解してくれると思うよ』」
僕は彼が賢者認定された場合のメリットも話す。
兄弟達から命を狙われなくなり、教会に身分を保証して貰えること。
勿論、やる事は星占いでのマリーの補佐なのでこれまでと変わらない。ただ、賢者として居てくれさえすればそれで。
「『勿論その事で困った事が起きれば僕が全て引き受けて解決する。だからお願いします。賢者を引き受けて貰えないかな』」
僕は深く頭を下げて頼み込む。
イドゥリースは暫く沈黙した後、「『わかりました、引き受けましょう』」と承諾の言葉を告げた。
47
お気に入りに追加
4,794
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!
酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」
年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。
確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。
だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。
当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。
結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。
当然呪いは本来の標的に向かいますからね?
日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。
恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。