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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(5)

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 「雪山の民はマリー様に従い、ひいては我らの仲間になる――そう言う事か?」

 「そう受け取って貰っても構わぬ。山の民の血は時を超え再び一つになるであろう」

 その言葉に、ヨハン達とアルトガルがかつて一つの民だったことを僕は知る。そう言う事だったのか。
 マリーは暫し考える素振りをした後、アルトガルが仲間になるのであれば協力するのもやぶさかではないと言った。そして提案があるとも。
 少し身構える様に問い返したアルトガルに、マリーは微笑みかける。
 それは山岳国家ヘルヴェティアに銀行業をしないかというものだった。
 聞き慣れない言葉だったのか、きょとんとするアルトガル。
 しかし僕はそれだ! と直感的に思った。

 他国の人間であるアールであれば警戒されるけれど、ヘルヴェティアの民が経営するのであればどうだろうか。
 傭兵業をしてきた彼らであれば言葉も問題ないだろう。
 彼らが銀行業に携わり、神聖アレマニア帝国に支店を作ってくれれば。

 アレマニア帝国は腐敗している。後ろ暗い事をして蓄財している輩も多い事だろう。
 そうした者達の貯め込んだ表に出せない金をヘルヴェティアの傭兵達が守る安全な場所で秘密裏に預かると話を持ち掛け、その上で発行される預かり証を広めていく。

 行けるかも知れない――僕は神聖アレマニア帝国の金を巻き上げる算段をし始めた。


***


 「『イドゥリース、スレイマン。ちょっと良いかな。話――というか、相談があるんだけど』
 イサーク様、メリー様。イドゥリース達とちょっと話したいことがあるんですが、良いですか?」

 「ええー! グレイお義兄様、王子様とは私が先約だったのよ?」

 夕食後、僕は部屋に戻ろうとするイドゥリース達を呼び止めた。
 イドゥリースの手を握っていたメリー様が抗議の声を上げる。
 先約の事を訊けば、スレイマンの横にいてヴェスカルと手を繋いでいたイサーク様が「メリーが本を読み聞かせして言葉の先生になってるんだ」と説明する。
 先生だからとメリー様は張り切っているらしい。
 僕はすみません、と謝った。

 「すぐに終わりますので」

 「すみまセン、メリー姫。話ガオワレバ、スグ行きマス」

 「ええ、ご本を広げて待ってるからすぐ来てね! くれぐれも長い話は駄目よ、グレイ義兄様」

 最期に念押ししたメリー様はイサーク様とヴェスカルと共に去って行った。それを見送ってから僕は彼らに向き直る。

 「『イドゥリース、随分言葉が上手くなったね。全く喋れなかったのにこんなに短期間で大したものだよ』」

 彼らと話す時はアヤスラニ帝国語を使っていたから気付かなかった。正直言って驚いた。
 僕の称賛に、イドゥリースは少し恥ずかしそうにはにかんでいる。

 「『ヴェスカルも交えて教わっているのですが、先生が良かったのですよ。ほぼ毎日教えて貰えば否が応でも身に付きます』」

 「『ところで相談って?』」

 「『実は……』」

 スレイマンに催促され、僕は諸事情をかいつまんで説明する。

 「『そういう訳でイドゥリースに賢者になって貰いたいと思っているんだけど……』」

 「『私が賢者様に!? そんな、恐れ多い! マリー様には恩がありますし守るためと言われれば否やはないのですが、ただこの事が父や導師達に知られたら……』」

 イドゥリースは狼狽し、尻込みしている。
 それはそうだろうなぁ。アヤスラニ帝国では賢者は聖女以上に崇拝の対象なのだから。

 「『導師達は何か言うかも知れないけど、君のお父上皇帝陛下は理解してくれると思うよ』」
 僕は彼が賢者認定された場合のメリットも話す。
 兄弟達から命を狙われなくなり、教会に身分を保証して貰えること。
 勿論、やる事は星占いでのマリーの補佐なのでこれまでと変わらない。ただ、賢者として居てくれさえすればそれで。

 「『勿論その事で困った事が起きれば僕が全て引き受けて解決する。だからお願いします。賢者を引き受けて貰えないかな』」

 僕は深く頭を下げて頼み込む。
 イドゥリースは暫く沈黙した後、「『わかりました、引き受けましょう』」と承諾の言葉を告げた。
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