貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

春待ち花。

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 そしてその時は訪れる。

 大きな揺れが、突如として襲った。
 家の中で眠っていた者達は飛び起き、また悲鳴を上げる。
 朝早く起きていた者は立っていられず地面に倒れ込んでしまう。
 大地には裂け目が出来、家屋は倒壊し、高い建物は崩れ落ちた。

 揺れは、長く続いた。

 町から逃げ出すべく内陸へと歩いていた人々も、町が遠くに一望出来る場所までやってきた頃大きな揺れを受けた。彼らはしゃがみ込み、震えながら神や聖女への祈りを唱える。

 「やはり予言は本物だったのか」

 「ああ、神のお慈悲だったのだわ」

 「町を逃げ出して正解だったな」

 「町は、町はどうなっている!?」

 揺れが収まった頃、町の光はすっかり消え失せていた。満月の光を頼りに目を凝らす。

 轟々という音が、遠くに聞こえていた。

 「そんな、そんな」

 「おお、町が……」

 「俺達の故郷が消えて行く……」

 四半時も経たずして、町は闇のような大波に呑み込まれて消えてしまった。
 辛うじて難を逃れた人々は、為す術も無く呆然とその場に立ち尽くしている他無かった。


***


 「――はっ!?」

 私はパチリ、と目を覚ました。夢だったのだろうか。それにしては嫌にリアルだったけれど。
 がばっと起き上がると、サリーナを呼んだ。

 外を見ると、もう日が昇っていた。その時、自室の扉が軽くノックされ、サリーナが入って来る。

 「おはようございます、マリー様」

 「サリーナ! 今何時頃なの!?」

 時間を訊くと、もう朝食もとっくに終わっている時間だった。
 起こしてくれなかったの、と訊くと、起こしたけれど起きなかったと言われる。

 「かなり強く揺さぶっても起きない程よくお休みでしたよ。余程お疲れなのだろうと思いましたので」

 「そう、ありがとう」

 私は大きな息を吐き、肩を落とした。
 もう全ては終わってしまった。

 着替えを済ませた所でグレイが心配して来てくれた。
 お昼までまだ時間がある。サリーナが部屋にお茶と軽く摘まめるものを運んできてくれたので口にする。
 立ち上る紅茶の湯気、その香りに心が落ち着きを取り戻す。
 そんな私の気持ちを察してくれたのか、グレイは静かに付き添ってくれた。込み上げてきたものがあり彼を抱き寄せて顔を胸に埋めても、黙って頭を撫でてくれている。

 それに勇気付けられた私は、深呼吸して各地がどうなっているのか透視してみた。
 すると、ガリア王国方面は何ともう後片付けが始まっていたのである。他の避難していた町々も同様。

 アヤスラニ帝国で避難出来ていなかった所は更地になったままだったが、高台に大勢の生き残った人々がいるのが見えた。

 ――良かった、助かった人も結構居たのね。

 犠牲は残念だったけれど、最後のあがきとばかりに自分がやった事が無駄じゃ無かった事に喜びを覚える。

 この事は伝えておいた方がいいだろう。私はアヤスラニ帝国皇帝を透視したのだが――。

 皇宮には姿が見えなかった。慌ただしく行き交う人々、透視と精神感応を使って探っていると、どうも皇帝イブラヒーム直々に救援部隊を指揮して出かけてしまったらしい。

 皇帝の所在を透視し直して生存者の事を報告し、シルに教えたような津波後の処置についてアドバイスすると『感謝する』と礼を言われた。火山噴火の事も注意するように伝える。ここからは彼らの領分、これでもう大丈夫だろう。

 火山を透視し、その周辺住民の責任者っぽい人に精神感応を使う。五日後に噴火する旨を伝えると、地震に見舞われたばかりだったからか反応は早かった。

 続いて聖地のサングマ教皇と連絡を取ると、そちらも大した被害が無く済んだようだ。事前に分かっていた事と、補強しておいたのが良かったらしい。

 各地を透視した様子を話して聞かせると、グレイは私を優しく抱きしめ、背中を軽くポンポンと叩いた。

 「君はよく頑張ったよ。本当にお疲れ様、マリー」

 「……うん」

 「後は皆に任せていれば良いから」

 「うん」

 肩の荷が下りた私は思い切り背伸びをする。

 聖女の仕事はもうこれで終わり。もう何も考えず何にも煩わされる事無く穏やかに暮らしていたい。
 神から見て合格点を貰えたかどうかは分からないけど、やるべき事はやったのだ。
 その報酬として、念願のだらだらニート生活を満喫するつもりである。

 その日から、私は家に完全に引き籠った。私達の結婚式まで後一月を切っていた。



***



 それから。

 聖女の予言、そしてそれがピタリと的中していたという事実が王都に伝わると、王宮から貴族から夜会だの何だの理由を付けて私を公の場に出そうとする動きがあったらしい。しかし父サイモンが

 「娘は聖女として人々の安寧と無事を休む間もなく神に祈りを捧げ続けて疲弊しております。どうぞ静かに休ませて頂きたい」

 と全て突っぱねてくれていた。感謝しかない。

 引き籠りながらも私はグレイとの結婚式に向けて動いていた。
 結婚式に関しては一緒に挙げるアナベラ姉や義兄アールも打ち合わせに参加する。
 合同結婚式なのでかなり大がかりなものとなるだろう。

 父サイモンと式次や出席者の最終チェックをしたり、母ティヴィーナや祖母ラトゥとドレスのサイズが変わってないか確認したり刺繍をしたり。
 また、祖父ジャルダンとイサーク、メリー、ヴェスカルと一緒に我が家の隣に増築する屋敷が施工開始したのを見学に行ったり、図面を見てニヤニヤしたり。カレル兄やトーマス兄と鉱山発掘の計画を練ったり、グレイの誕生日をお祝いしたり――家族と穏やかに何気ない時間を過ごした。

 ある朝、愛馬ハリボテに駆け足をさせた後――池の畔には黄水仙の花が満開になっていた。地面を見ると、明るい緑の新芽が顔を出してきている。
 散歩がてらクジャクを見に行ってみると、見事な長い尾羽がいつの間にか生えていた。
 寒さもだんだん緩んできており、恋の季節である春はもうすぐそこだ。

 そうそう、週刊ヌーヴェルに連載する小説も書き始めた。ある程度書き溜めてから掲載して貰うつもり。ちょっと魔が差して王子とその従者のBL短編を書いたら意外にもサリーナが続きを読みたがった。

 毎日が充実していて、全然退屈はしていない。

 グレイ達も忙しかった。毎日のように三人連れ立って行動しているのを見た。
 その甲斐あってか、とうとう王都にカフェ一号店を開店したらしい。アヤスラニ帝国風の内装や制服を着た女中が居て、カフェオレの評判も上々。ブームが下の階級にも広がってきているのも手伝って連日大賑わいだそう。
 イドゥリースはコーヒーバン豆の選別を楽しそうにしている。グレイ曰く、彼の評価はかなり厳しいのだとか。
 スレイマンは秘密の工房で拳銃の開発に協力してくれているらしいけれど、彼のお蔭で画期的なものが出来たらしい。ほぼほぼ今使われている銃と遜色ない効果を得るまでになっており、後少しの改良が必要という段階まで来ているそうだ。

 そんな日々の中、何故かアルバート第一王子から「自分を王太子とするように働きかけてくれないか、聖女としての貴女をグレイ殿共々尊重し、政治の面で必ず恩返しをする」などという旨の諦めの悪い手紙が届いたり、メティが遊びに来てシルからのお礼の贈り物と手紙を渡されたり。振り返ると色々な事があったと思う。

 そうこうしている内にあっという間に時間は流れ。遂に結婚式の日を迎える事となったのであった。
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