貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

運命の分かれ目。

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※途中から神視点あり。
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 「『導師達が!? 何と……』」

 私はイドゥリース達を探し、事の顛末を話して聞かせた。彼の顔が驚愕と絶望に彩られる。

 「導師達の力、強いデス。イドゥリースが追い出されたのも、導師達の言葉の影響、少なくないデス。皇帝陛下も、導師達には敬意を表していマス」

 どこの国の宗教も同じようなものか。
 イドゥリースは項垂れてしばし沈黙を守っていたが、やがて顔を上げた。

 「『仕方ありません、マリー様。アヤスラニ帝国の為にありがとうございました。散々警告され、道が示されてきたのに、他ならぬ彼らが道を選び取ったのです。お気に病まれませんよう』」

 アヤスラニ帝国の皇子がそれを言うなんて。悲壮な諦めを感じ取った私はいいえ、と小さく返すので精一杯だった。

 「それで、マリーはどうするつもりなの?」

 グレイに気遣うように訊かれる。私は溜息を吐いた。

 「出来る事はそう多くは無いの。避難していない町を透視で見て、そこの導師が町中に出掛ける時を見計らって鳥達に精神感応を使って襲わせたりするだけ。距離があるのと強く念じないといけないからそう頻繁にも出来ないわ」

 鳥達はそこまで高度な思考をしていない為、精神感応に呑まれて支配されやすいとはいえ、遠隔複数ともなると精神的疲弊がかなり酷い。

 しかし一定の効果はあるとは思う。町に出た導師が鳥達に一方的に襲われれば、人々の耳目を集める。一体何が起こっているのか、まさか神の怒りを買ったのか等と思ってくれれば御の字だ。

 「これで恐れを抱いて意見を翻してくれればいいんだけど……」

 ところが導師達は遂に意見を翻す事は無かった。それどころか、鳥達を恐れて引きこもるようになったのである。

 予言のその時は、明日未明――もう何時間もない。

 打つ手は、無くなった。



***



 「いよいよだな、雌豚よ」

 疲労の余り、昏倒するように眠りについた私。果てしなく続く暗闇の中、ぼうっと白い光を纏ったサタナエル様の姿をした神が立っていた。

 「サタナエル様……アヤスラニ帝国の人々が」

 「警告はなされ、道も示された。お前のやる事はそこで既に終わっている。
 あの十三番目の皇子も言ったように、彼ら自身で選び取った道だ。それは尊重せねばなるまい」

 「でも……」

 透視していた時、見てしまったのだ。穏やかに暮らすアヤスラニ帝国の普通の人々を。

 遊んではしゃぐ子供達を。
 笑い合う母と子を。
 優しい瞳の老人達を。

 彼らの命を、見捨てなければならない。

 ごめんなさい、ごめんなさい。私……。

 見ない振りをしていたそれが、蓋をしていた心から溢れ出す。
 気が付けば、私は泣いていた。

 ズシリと重く冷たい石の杭を胸に打ち込まれたような思い。胸が悲しみで張り裂けそうになる。

 神であるサタナエル様は、お前はよく頑張った、と私の頭に手を乗せた。

 「考えてもみるがいい。お前の世界で同じことが起こったとて、人々は従うだろうか? いや、大部分の者は住み慣れたそこに留まり従わない事だろう。
 仮に誰かが東京で明日大地震が起こる事を知り得て、逃げろと真剣に人々に訴えたところで、信じて逃げる者は幾人もおるまい。
 精々後になって、後悔するのが関の山だろう。それで生き残った者が大地震を訴えた者を糾弾したとて何の意味も無い事だ。過去に戻ったとて、同じことが繰り返されるであろう」

 「それは……確かにそうだけど……」

 「しっかり休むが良い、雌豚よ。これも運命なのだ。目が覚めたら全ては終わっているだろう」

 じわり。

 周囲の闇に溶け込むように、炎が氷を解かすように。頭の上に置かれた手から安らぎと温もりが注ぎ込まれ、意識が薄れて行く。

 「少しだけサービスしておいてやろう」

 クククッと笑う声。それきり私の意識はぷつりと切れた。


***


 聖女が現れたという知らせ。

 それに加えて旧き教えを奉ずる教皇が『聖女の予言』を諸国へ伝え、備えるようにと使いを出したという噂は、船乗りや商人を通じて帝国の町々へも伝わっていた。

 『聖女の予言』によれば、一月もしない内に大きな地揺れが起こり、ガリア東岸からアヤスラニ西岸までの町々が大波に襲われるという。

 大きな口では言えないが、先だっては十三番目の皇子、イドゥリース殿下も同じような事を発表し、世を不安に陥れたという事で国を追われたと聞く。

 それから何日か経った後。礼拝堂にて導師達が説教を垂れて言うには、「聖女を名乗る悪魔が語りかけて来た」「他に聞こえる者が居ても、耳を貸してはならぬ」。

 「もしかして予言は真実なのでは?」などと口にする者があれば熱心な信徒達が導師達に密告し、鞭打ちの処罰を受けた。

 そんな日々の中、沿岸部の町々に皇帝陛下の早馬が届く。
 早馬が伝えた内容は、聖女の事に触れられていなかったものの、予言を肯定するような命令だったらしい。

 それを知った導師達は激昂した。
 町々の官職に根回しをした上で太守達に、

 「皇帝陛下は悪魔にたぶらかされている、その命令を聞けば陛下が悪魔払いをして正気に戻られた時にさぞかし悲しまれる事だろう」

 「悪魔の命令を遂行するというのならばお前を不信仰者とする事もあり得るぞ」

 などと詰め寄ったという。

 太守達は迷った。

 導師達の権勢がそこまで強くない町は皇帝陛下への忠義に天秤を傾け、命令を遂行。
 しかしそれ以外は押し負け、「皇帝陛下にご命令の意味と意義が良く分からなかったので問い合わせる」という形で保留としたのである。

 人々は表向きは平静を装っていたが、影では不安を口にしていた。
 そして、予言の日が差し迫って来たあたりで導師達が鳥達に襲われる光景を目撃する。


 ――悪魔ではなく、本当に聖女様なのでは。
 ――そう言えば、ヒラール商会を始めとする商人達が沢山の荷をどこかへ移動させているのを見た。まさか本当に?
 ――神の怒りに触れたから導師達は鳥に襲われているのではないか。
 ――そう言えば最近井戸の水が異常に少なかったり濁ったりしていた。良くない事が起こる前兆なのでは。

 そんな疑惑が人々の中に芽生え始めていた。

 予言の日がとうとう明日に迫った真夜中――人々は一斉に飛び起きる。

 「夢……いや、でもあれは」

 「お前も変な夢を? 俺はこの町が地揺れで崩れ、大波に呑み込まれる夢を見たのだが」

 「ええ、私も同じ夢を見たわ。これが最後の慈悲だと」

 家族だけではなく、近隣住人全てが同じ夢を見ていた事が分かった。

 「どうする? 予言が本当に起こったら」

 「俺は逃げるぞ。そこまで家財がある訳でも無し、命あっての物種だ。お前も支度をしろ」

 「はっ、馬鹿馬鹿しい。導師達も言っていたではないか。悪魔は神の如き奇跡を起こす事が出来る。悪魔の仕業に違いないから騙されるなと」

 「悪魔だろうが何だろうが、構わん」

 「本当に悪魔に従って逃げる気か? 私が導師達にお知らせしたらお前達は二度とこの町に戻って来れなくなるぞ」

 「……そうしたければそうするが良い。俺は自分の信じる道を行く」

 そうして、最低限の物をかき集め、慌てて夜陰に紛れるように町を逃げ出した住人が四割程。そこが運命の分かれ目となったのである。
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