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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

異国の皇子様への憧れ。

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 リディクトを堪能して癒された後、私達は喫茶室へと戻る。先導していたサリーナが扉をノックしてその旨を伝えると、使用人が開けてくれた。
 私は喫茶室へ入ると、淑女の礼を取る。

 「イドゥリース様、スレイマン様。お待たせして申し訳ありませ――」

 しかしその挨拶は最後まで言えなかった。というのも、メリーがイドゥリースの膝の上に座ってニコニコしている光景が目に飛び込んできたからである。流石にこれは、と私は慌てた。
 イドゥリースは亡命したとはいえ、アヤスラニ帝国の皇子殿下である。これは余りにも気安過ぎはしないか。

 「な、何やってるの、メリー! イドゥリース様、妹が申し訳ありません」

 「マリーお姉ちゃま! 大丈夫、王子様は良いって言ったもの!」

 言って、メリーは悪びれもせずイドゥリースにぎゅっと抱き着いた。あわあわとしていると、イドゥリースは苦笑交じりにメリーの背をポンポンとする。

 「マリー様、ダイジョブデス。『私にも同じ年頃の妹がいました。良くこうして膝に乗せて話をしたものです。スレイマンに通訳をして貰いながら、アヤスラニ帝国の話をしていたのですよ』」

 「そうなのですか?」

 ちらり、とスレイマンを見ると、微笑みを浮かべて頷いている。その背後からひょっこりとイサークが姿を見せた。

 「メリーはね、異国の王子様が気に入ったんだよ。ほら、『千と一夜の物語』って本。あれみたいだってさ」

 「イサークまで来てたのね……」

 予想はしてたけど……まあ二人の行動はほぼワンセットだから。
 ちなみに、千と一夜の物語はまんまアラビアンナイト的な内容である。私も読んだ時はこちらの世界にも似たようなのがあったのかと驚いた程だ。

 「『千夜一夜物語アルフ・ライラ・ワ・ライラ』――アヤスラニ帝国よりも東にある、砂漠の国の昔話デスね。この国にも伝わっていたなんて驚きデス」

 というのはスレイマン。アヤスラニ帝国では割とポピュラーな物語だそうだ。

 トラス王国では数年前から翻訳されて出回り出した物語だが、これがメリーの愛読書となった。
 妹が物語の世界に近い文化圏、異国の風を運んできたイドゥリース――しかも、正真正銘の皇子様である――に憧れを抱いて懐くのも無理は無い。

 兎も角私達が席を外している間、暇を持て余していた二人が喫茶室で待っているアヤスラニ帝国人二人に興味津々で突撃してきたのは理解した。

 「ちゃんと御挨拶したの?」

 「したわ! ね、イドゥリース様!」

 「メリーの言う通りだよ、ちゃんとした!」

 などとやり取りがあった後――ダディサイモンとママンティヴィーナが顔を出した。

 「お待たせして申し訳ない――こら、メリー。イドゥリース殿から降りなさい!」

 「嫌! イドゥリース様と一緒にいる!」

 母ティヴィーナが「あらまあ」と目をパチクリさせ、父がこちらを見る。私は肩を竦めた。

 「私も言ったんだけどね……」

 「メリーちゃんたら、余程イドゥリース様の事が気に入ったのね。イドゥリース様、本当にご迷惑をお掛けしておりますわ」

 「カマイマセン、ダイジョブ」

 イドゥリースの言葉に甘える形で、仕方なくそのままで話す事になった。
 やはりというか、二人は離れて過ごしたくはないとの事。出来ればルフナー子爵家でお世話になりたいらしい。父は「そうだろうな」と頷く。

 「……お二方の言い分は理解した。だが、こちらにも色々事情があってな。暫くの間、二人共我が家に滞在して頂きたいと。グレイもその予定だ」

 「えっ?」

 聞いていなかったので寝耳に水である。ポカンとしていると、グレイが説明してくれた。

 「噂に対する牽制と、警備を固める為なんだ。対象が一ヵ所に固まっていれば守りやすいしね」

 勿論、ルフナー子爵家も警備を固めているけれど、と彼は続ける。
 噂は、社交界で流れている私と王子殿下がお似合いだというもの。その内、聖女と王子二人のどちらかを娶せるべきだという圧力に変わってくるだろう。

 「警備は?」

 「その噂の影響で外部から狙われている事への対策だ。実際、私が付けた者達からルフナー子爵家周辺では不穏な動きがあったと報告を受けている。
 幸いそうした者達はことごとく炙り出して事無きを得たらしいが、以前より数が大分多く手を焼いたそうだ」

 うちに滞在させる方がと進言を受けてな、と父サイモン。「それだけ聖女という存在を欲しているのだろう。お前はそれを自覚して、屋敷内であっても行動を慎むように」

 「じゃあ、イドゥリース様とスレイマン様とグレイお義兄様は今日からうちに泊まるんだよね?」

 「わあ、素敵! やったわ!」

 「お話もっと聞かせて! アヤスラニ帝国の遊びも知りたい!」

 弟妹達のはしゃぐ声を聞きながら、私はグレイに向き直った。

 「あの、グレイ……ルフナー子爵家は大丈夫なの?」

 流石にルフナー子爵家の家族が心配になって訊くと、「今の所は」と頷く。

 「カールのお蔭でうちの警備も隙が無くなってきたけれど、暗殺目的と誘拐目的じゃ守りやすいのは後者なんだってさ。誘拐する為には生かしておかなければいけないって意識が働くからだと。
 だけど、僕の場合は間違いなく前者、邪魔だから消されようとするだろうね。つまり、僕が居るのと居ないのとでは家族の危険度も段違いに違う。だからサイモン様は僕もこの家に滞在するようにって仰ったんだ」

 滞在の為の荷物はもう運び込んであるという。決着がつくまではこのままだそうだ。
 まあ、教会の書類上は結婚しているし。グレイが我が家に滞在している事実を広めれば、王子達との妙な噂も自然に消えて行くだろう。我が家の警備で身の安全も保障される――そう考えれば悪くない。

 納得したところで、部屋の扉がノックされた。
 ナヴィガポールから私達の荷物が遅ればせながら届いたらしい。
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